第4話 美しく(?)変身するアマ子
映画を見た帰り道。たかしとアマ子は余韻に浸りながら、沿道を歩いていく。
「ねえ、たかし。映画『旬デレラ』面白かったね。」
「そうだね、アマ子ちゃん。ヒロインが食べ残した野菜が旬じゃないと見破った王子様が、料理長を呼び出して1時間も説教をするっていう、今までに見たことのない斬新な映画だったね。」
「もう、そんなシーンどうでもいいでしょ?私が良かったなって思ったのは、家事手伝いのヒロインが美しくなって王子様の前に現れるシーンよ!あれは本当に綺麗だったわ。うっとりよ。今度ビューティー仮面に会ったら、私を綺麗にしてもらおうかしら。」
「うん、そうだね。」
「ちょっと、たかし!何よその ”うん、そうだね” って。全然興味なさそうじゃない。」
「いやいやいや、その、いいんじゃない?」
「何が”いいんじゃない?”よ。私はね、猫背を直してもらっただけなんだよ?あの変な悪魔が美しくなって、私が猫背を直してもらっただけって、おかしくない?」
「でも、あの魔狗瓶っていう悪魔だって、その次に会った時には顔が元に戻っていたじゃない。仮面に直してもらっても、同じことなんじゃないの?」
「美しくなりますよ、お嬢さん。」
「え?誰?ビューティー仮面?」
声をかけた主を見てみると、茶色いコートに深くベレー帽を被った怪しい男が立っていた。
「私は幻惑仮面でございます。こちらの化粧室でお着替えをすればア、見違えるような美人に生まれ変わりますよ。」
いつの間にか道端に1畳半程度のプレハブのような化粧室が用意されている。
「ちょっと、“見違える美人”って、今の私はどう見えているの?」
「これは失礼。美しい方はより美しくなりますよ、お嬢さん。」
「え~本当に?どうするたかし?」
「アマ子ちゃん、やめておこうよ。見るからに怪しいよ。」
「え~?!でもやってみようよ!どんな感じになるのか楽しみじゃない?」
「うーん。おじさん、これはいくらかかるの?」
「こちらはただいま、出血大サービス中で無料になりますなア。」
「無料だって!とりあえずやってみようよ!」
「うん、わかった。じゃあ、ここで待っているね。」
アマ子は嬉しそうにカーテンを開けて中へと入って着替え始める。
「お待たせ~♪」
カーテンが開くと、中からガラっと雰囲気の変わったアマ子が姿を現す。三色の濃いアイシャドウが入った、けばけばしいメイクに、腰よりも下の位置にまでくる銀色のファーを首から垂らし、ボリューム感あるウィッグをつけて、まるでライオンのような出で立ちで、たかしの前に現れる。
「じゃあ、たかし、行こうか。」
「いや、ちょっと待ってよ。アマ子ちゃん。おかしいって。そんな場末のスナックのママみたいな恰好なんてしないじゃないか。それにちょっと埃っぽいというか、カビ臭い感じがするんだけど?」
「何が?美しくなったでしょ?やっぱり魔狗瓶様は偉大なお人なのよ。」
先ほどの男がコートを脱ぎ捨て、鋭い牙に赤いしっぽをあらわにする。
「グワッガッガ!やってしまったなあ、たかしよ!もうアマ子は俺様のものだ!」
「ぐ、またお前か!いい加減にしろよ!その汚い手を離せ!」
「グワッガッガ!汚いもなにも、もうアマ子は俺様の忠実なしもべなのだ!俺様の言うことを聞くようになる専用パウダーを吸い込ませているのさア!」
「なんだよそのパウダーは。そんなものがあるなら俺にもよこせよ。くそ!アマ子ちゃんを取り戻すにはどうすればいいだ?」
「トォーウ」
「おお!その声は!」
「君がお腹がいっぱいで弁当が食べられないのなら、私が食べてあげよう、ビューティー仮面の登場だ!」
「なんだ?お腹すいているのか?ビューティー仮面。しかもなんか食い意地が悪い感じがするけど。」
「たかし少年よ!お前たちを助けることなど、朝飯前だということだ!」
「そうか、ビューティー仮面!早速なんだが、アマ子ちゃんがあいつに操られているんだ!洗脳を解いてくれ!」
たかしはアマ子の方に振り向き、大声で話しかける。
「ほら、アマ子ちゃん、ビューティー仮面が来たよ!ビューティー仮面に綺麗にしてもらおう。」
「たかしよ、アマ子は十分に可愛い。それはお前が良くわかっているはずだ。」
「お前、この前ブサイクって言っていたじゃねえか!こんな風になったのも、お前が主犯だからな!」
「よしわかった!ビューティー・ディナー・チケットだ!これをやろう!」
「ビューティー・ディナー・チケット?どういうことだ?食べたら美しくなれる料理が出るとでも言うのか?」
「夕暮れの暗がりを利用すれば、見た目はそんなに気にならないのだ!」
「お前絶対に馬鹿にしているだろ!そうじゃねえよ!悪魔からの洗脳を解いてくれって言ってんだよ!」
「たかし!あんたもこっちにきて、魔狗瓶様に格好よくしてもらいな」
アマ子がたかしの腕をつかむと、動いた勢いで薄汚れた緑の胞子がたかしの服に降りかかる。
「アマ子ちゃん、待ってくれ!駄目だ!本当に助けて!ビューティー仮面」
「よし!洗い流してやる!ビューティー水風船だ!」
目の前に巨大な水風船が現れ、バウンドしながらこちらに向かってくる。
「おお!なんかデカいのが来るぞ!」
水風船はたかしとアマ子の頭上に来たところで破裂し、二人は滝のような水を浴びる。
「ぷはー!凄い水の量だな!死ぬかと思ったぞ?!」
たかしが顔を拭って、アマ子の方を振り向く。
「アマ子ちゃん、大丈夫?」
「たかし、私は大丈夫よ。さ、魔狗瓶様の下へ行きましょう。」
アマ子もずぶ濡れになったものの、眼が座ったままになっている。
「おい!ビューティー仮面!駄目じゃないか!全然効いていないぞ!」
「よし、私がなんとかしよう。」
「あなたは・・・ビューティー仮面2号!ずぶ濡れじゃないですか!」
「ああ、たかし君。1号に頼まれて水風船の中で、ずっとスタンバイしていたんだよ。」
「1号のおもちゃじゃないんだから、そういうの断った方がいいですよ。」
「さあ、そんなことより、たかし君。アマ子君を救う方が先決じゃないかな?」
「ええ、そうなんですけど、どうすればいいですか?」
「これを使うんだ。」
「何ですかこれは?」
「美容セット一式、ナイトキャップ付きだ!」
「それは要りません。今さあ、見ればわかるよね?アマ子ちゃんがおかしくなっているだろ?それを直すのが先だよ!わかるよね?!」
「よし!この黄色い紙で目を覚ましてもらおう!」
「2号、なんだその紙は。黄色いハンカチ的なやつか?」
「公共料金の支払い用紙だ!」
「なんでそれで目が覚めるんだよ!意味が分かんねえよ!しかも誰の支払い用紙だよ。まさか、どさくさに紛れて自分の支払いをアマ子ちゃんにしてもらうとしていたのか?」
「グワッガッガ!相変わらずの馬鹿が来たなア!たかし、お前も俺様の奴隷にしてやる!喰らえ!青カビビームだ!」
たかしはねっとりした薄暗い緑色の液体のようなものを浴びる。
「たかし君、大丈夫か?」
「う・・う・・魔狗瓶様は偉大なお人だ!この世界はすべて魔狗瓶様のものだ。」
「駄目だ!たかし君の目も虚ろになっているぞ!」
「よし!任せとけ2号!俺が目覚めさせてやる!たかしよ!これでも喰らえ!ビューティー・ハンド・リバースだ!」
1号がたかしの胸に飛び込み、高速で右手を左右に動かす。
「う、・・・ありがとう1号。往復ビンタしてくれたおかげで目が覚めたよ。でも、まだアマ子ちゃんは元に戻っていないけど、その方法を使うのはやめてくれよ。俺の服もカビ臭く汚れてしまったし。なんとかならないかな。」
「よし分かった!ビューティー・ジェット・エンジンだ!」
突如として飛行機のジェットエンジンのような、巨大な装置が現れて、たかしとアマ子に激しい風が吹き荒れる。
「うお~!吹っ飛ばされる~!」
強烈な突風によってアマ子たちに取り巻いていたカビ胞子が吹き飛んでいく。
「ああ!びっくりした!たかし、どうなってんのこれ?」
「アマ子ちゃん!大丈夫かい?目が元に戻っているぞ!正気を取り戻したみたいだね。」
「グヌ、なんということだ!洗脳が解けてしまったのか!こうなったら、喰らえ!ハイパー増殖カビ菌ビームだ!」
「いくぞ2号!」
「応、1号!」
「数の論理キック」
「グワ―!覚えていろ畜生!」
「ハッハッハ、ビューティー仮面は悪を許さないのだ!ではさらばだ!」
「ちょっと、待ってよビューティー仮面。」
「正義のヒーローは礼は貰わぬのだ。さらばだ、また会おう。」
「さっきのジェット風車みたいので、服がボロボロになったんだけど。」
たかしもアマ子も服が派手に破けて肌が露出した状態になっている。
「ねえ、ビューティー仮面。レディをこんな格好にしてくれてどうすんの?」
「意外と似合っているぞ。二人とも。」
「誤魔化さないで。あなたならこれくらい直せるんじゃないの?もしくは、もっときれいな服を用意してくれてもいいんじゃない?」
「よし、ビューティー・鉢巻を使え!」
「ビューティー・鉢巻ってお前、前回の道具じゃないか。そんな鉢巻じゃ体のほとんどを隠せないし、まさか、また小石で気を失うまで殴れとか言うんじゃないだろうな。」
「それで目隠しをして帰れば、他人の目を気にすることなく帰ることが出来るぞ!」
「じゃあ、お前がやってみろよ!俺たちはそんな恥ずかしい真似は出来ないんだわ。まずは手本としてやってみてくれ。おい!ビューティー仮面!逃げるんじゃねえ!2号も!」