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走って

 気がつくと、沙希は走っていた。

 尋常ではない勢いで疾走していた。

 

 ぬかるんだ地面を、軽快に蹴り出す足。

 全身がわずかにしなりながら、前へ前へと押し出される。

 日ごろの鈍足がウソのようだ。

 雨の粒が、痛いほど激しく顔に叩きつける。

 景色が、信じられないスピードで、後ろへ流れて行く。


 土砂で埋まった崖を飛び出し、斜面を駆け下りた。

 農道を走り抜け、濁流になった小川を飛び越えた。

 そうして全速力で走りながら、大声で叫んだ。

 「助けて! 助けて! 私と相馬くんを助けて!

  生き埋めになってるのよ。 崩れてしまう前に、助け出して!!」


 誰かが振り向いて、大声で人を呼んでいるのが見えたような気もする。

 それらの記憶全てが、夢だったような気もする。

 沙希が目覚めた時、雨はまだ降り続いていた。


 怪我をした手首に包帯が巻かれ、清潔なベッドの上に居た。

 ただし大きな病院の、病室ではなく廊下の隅だ。

 怪我人が多すぎ、病室に入れなかった。


 その怪我人の中に、相馬はいなかった。

 彼はすでに、別室に安置されていたのだ。

 


 何度聞いても、信じられない。

 お見舞いに来てくれたクラスメートにも聞いた。

 担任の桜井先生も、質問攻めにした。


 同じ答えが、全員から返ってきた。

 それでも沙希は納得できなかった。


 「そんなはずないわ。 すごく元気だったもの。

  大声でレスキューを呼んだのは、相馬くんなのよ。

  その声を聞いて、発見してもらえたんだって聞いてるわ」

 「それはあなたの声でしょ?」

 「違うわ!」

 沙希は珍しく引き下がらなかった。


 最初の崖崩れで、食堂に大きな岩がガラス窓を突き破って飛び込んで来たため、3人のクラスメートが一瞬で亡くなっていた。

 怪我人は12名。

 沙希も手首を梁とテーブルのすき間にはさみ、相当量の出血があった。

 ただ、発見された時は、寒さのせいもあってほとんど血は止まっていたらしい。

 しかし沙希にとってそんなことはどうでもよかった。

 こんなことがあるはずがない。

 沙希と一緒に発見された時、相馬はすでに亡くなっていた、とレスキューからは連絡があったという。


 相手はひらひらと手を振った。

 「意識がなくなる瞬間だもの、ドンとパワーが出たのよ。

  それを他の人がしたことと思い込んでるだけよ。

  でも良かったじゃない、助かって」


 ちがう。

 そんなはずはない。

 私は、相馬の体の重みを感じていた。

 胸の上に彼の顎が乗ってて、痛くてしょうがなかった。

 大きな声で励ましてくれた。

 私より、ずうっと元気だったじゃない!


 一つだけ、奇妙な気がした事がある。

 顔がはっきり見えたこと。

 あの暗がりで、自分の手足も満足に確認できなかったのに。

 彼の表情も、目の輝きも、はっきりと見ることが出来た。


 「じゃあ、幽霊なの?」

 見舞い客が帰って、誰もいなくなった病室で、沙希は口に出して言ってみた。

 絶対に死なねーぞ、と繰り返し叫んだあれが、幽霊?


 相馬くん、自分が死んだこと、知らなかったの?

 知っていたけど、私を勇気付けるために、来てくれたの?


 

 沙希の見たものがなんであれ、相馬の遺体は存在する。

 これは疑いのないことだった。

 その証拠に、一つのの案内がやって来た。


 沙希は検査とひどい貧血の治療のため、まだ病院のベッドにいた。

 「コクベツシキってなに?お母さん」

 情報を持って来てくれた母に聞き返す。

 「お葬式のことよ。

  沙希はまだ退院は無理だし、お香典だけ出して欠席することもできるわよ」

 「いや!」


 沙希はベッドに起き上がり、激しく訴えた。

 「私、行くわ。出席する。

  たった2時間くらい、外出許可とか出してもらえないの?」

 「まだ起きるのは無理じゃない?

  お母さんが代理で行って来てあげるから‥‥」

 

 「じゃあ一緒について来て!

  私は行かなきゃいけないの!

  ちゃんと相馬くんに会わなきゃ、遺体があるなら確認しなきゃ。

  でないと私、みんなにだまされてるかも知れないってずっと思うわ!

  そうよ、実際みんなが私をだましてるのかも知れないもの!」


 沙希の剣幕に、母は驚いて、医師に相談してくれた。

 2時間だけなら、と言うことで、外出許可が出た。


 「あなたがこんなに強く物を言ったのを、お母さんは初めて見たわ。

  いつも飲み込んでしまうけど、ホントは沙希は強い子なのよ。

  お母さんはちゃんとわかってる。

  確かめたいなら、行きなさい。

  ホントのことと、自分の信じることを、比べておいで。

  世界中の人が、沙希は気が狂ったと言っても、お母さんはちゃんと信じるからね」


 沙希は涙をこらえてうなずいた。

 制服を家から持ってきてもらって、青い顔のまま袖を通した。


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