いたたまれなくて
走るのが苦手なのは、子供の時と変わらなかった。
なのに9月の体育祭で、クラス対抗リレーの選手になってしまった。
なり手がないので押し付けられたのだ。
日直の仕事で手間取って、HRに遅れた間に、決められてしまっていた。
「足が遅いのよ、迷惑かけるから変えさせて」
必死で訴えたがダメだった.
「じゃあ、何なら大丈夫なんだ?」
そう言われたら、これならと自信を持って取りかえられる種目が、沙希にはなかった。
結果は予測通りだった。
最悪だったのは、沙紀の番が来るまで、沙希のクラスがトップを保っていたことだった。
沙希にバトンが渡った途端、ひとり二人と抜かれて行った。
半周するまでに、最下位に落ちていた。
さすがにクラスメートたちは、明らかにがっかりした顔をしていた。
だから最初から言ってるのに。あたしだけのせいじゃないよ。
そう思ったが、申し訳ない気持ちもあったので、
「みんな、ごめんね。 あたしやっぱいない方がよかったね」
そう言ったら、みんなあわてて、
「そんなことないよ」
「気にしてないって。 安堂も気にするなよ」
と気を使ってくれた。
「すげえ鈍足だな! ちょっと信じ難いぞ」
相馬だけは、全然遠慮してくれなかった。
「うちのクラスは馬鹿ばっかだな!
こんなカメにリレー任せて、無責任もいいとこだ。
オマエも馬鹿正直に謝ったりして間が抜けてるよ」
ひどい。
あたしだって、好きで遅くなるんじゃないのに。
何か言い返したかった。
でも、相馬に怒鳴りつけられたら怖いので、沙希はその場を逃げ出した。
秋は学校行事が目白押し。
体育祭が終わると、11月始めの文化祭に向けて準備をしなければならない。
沙希のクラスはたこ焼き屋をやりたかったが、隣りのEクラスとかぶってしまった。
どちらかが諦めてくれと言われた.
「マラソン大会で成績が良かった方がやることにしないか」
隣りのクラスの実行委員がそんな提案をした。
マラソン大会といっても、全校行事ではない。
その時期、2年生は体育の授業でマラソンをやっていた。
「4回あるマラソン授業の最後に、2年全員でマラソンをやって順位を出すからな。
しっかり練習して体力つけとけよ」
最初にそう言われていたのだ。
マラソン大会というのは、その最後の授業のことだ。
「全員のタイムを足して平均値を出し、早い方のクラスがたこ焼きを取ろう」
そういう提案だったのだ。
沙希はまたしても憂鬱の虫に取り付かれた。
自分のタイムが大きく平均値を遅らせることは、やってみなくてもわかる。
体育祭の時は、順位が落ちるだけのことだったけど。
今度は賞品がついている。
負けたらその場だけのことじゃなく、文化祭まで申し訳ない思いが尾を引くことになる。
「ねえ、安堂さんが休んでくれたら、きっと勝てるよね」
実行委員の空山がそう言ってるのを、廊下で聞いてしまった。
「うちのクラス、足速い子多いもん。
安堂さんがいなかったらきっと勝てるわ。
ね、頭下げて頼んでさ、具合悪いとかって保健室行ってもらうってどう?」
「ええ? 怒らないか、安堂さん」
もうひとりの実行委員、小野という男子生徒がしぶった。
「大丈夫よ、気の弱い子だもん、頼んでみようよ。
本人だってね、足引っ張るの承知で走るの、絶対いやだと思うよ」
「お前が頼むのか?」
「うん、いいでしょ?」
「うん‥‥」
小野は一度賛成しかけたが、少し考えてから首を振った。
「やっぱさ、見え透いてないか?
先生にばれたりしてもまずいしさ」
「うーん。 ダメかぁ」
一瞬本気で、彼らが棄権を頼む気でいたことが、とても悲しかった。
マラソン大会の日、沙紀は学校を休んだ。
沙希のクラスは隣りのクラスに勝った。
やっぱり、あたしが走らないほうがよかったんだね。
沙希はため息をついて、優しいクラスメートたちを見ていた。
クラスにいて、同じ空気を吸っていても、彼らを同じ仲間とは思えなかった。
沙希はひとりぼっちだった。