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目を開いて

 

    

 暗がりの中で、目を開けた。

 まず飛び込んで来たのは、彼の鼻のラインだった。

 ものすごく至近距離に顔がある。

 沙希は、自分の心臓がそわそわと逃げ出す準備をはじめたのを感じた。

 でも逃げることはできなかった。

 身体を動かすことができないのだ。


 左の手首が焼け付くように痛い。

 沙希の左手は、頭の上まで上がった状態になっていて、そこで何かの下敷きになっているのだ。

 引き抜こうとしても、びくともしない。

 何度かやってみて、あきらめた。


 沙希の身体の上には、 クラスメートの相馬 勇将(そうま ゆうしょう)の上半身が乗っかっている。

 それほど重くはないが、胸の上に顔が乗ってるのが困る。

 バストにあごの角が突き刺さる感じで、これがやたら痛い。

 もしかしたら、手首よりこっちの方がつらいかも知れない。

 でも、退けてくれと頼むのは恥ずかしい。


 沙希は相馬の顔を見なおした。

 すっきり通った鼻筋の両脇に、伏せたまぶたがある。

 ああ、こんなにまつ毛が長かったんだ。


 その時やっと気付いた。

 こんなはずはない。

 あたりがこんなに暗いのだ。

 自分の周囲がどうなっているのか、全く見る事ができない。

 なのに、相馬の顔だけはっきり見えるのは何故だろう。


 「そ、相馬くん。 ねえ」

 恐る恐る、声をかけた。

 一瞬、彼の眉間に苦しげなしわが寄る。

 長いまつ毛が持ち上がった。


 「安堂‥‥?」

 「あ、よかったあ、意識無いかと思った。

  ねえ、ここどこ? どうしてこうなっちゃったの?

  確か、旅館の廊下にいたんだよね?」

 「オマエ、なんにも覚えてないのかよ。

  崖崩れだよ。 旅館が土砂で埋まったの!」

 「ええっ」


 驚いて頭を持ち上げたら、何かに額を激しくぶつけた。

 「い‥‥っったぁ‥‥」

 「ばか。 やたら動くなよ、ぎりぎりふたり分しかスペースないんだぞ」


 相馬は右腕を伸ばして、沙希の頭を探り、ぶつかったところを確かめた。

 「ほら、この上は2センチくらいのモンだ。

  もう動くなよ、オマエとろいんだから、ここが崩れたらもう助かんねえぞ」

 「うん」

 沙希はおとなしくうなずいた。

 相馬にとろいと言われるのはいつものことだ。

 少しも腹は立たなかった。


 「変だなあ。 あたしなんにも覚えてない」

 沙希は暗闇でため息をついた。

 「卒業旅行で箱根に来てるのは分かってるか?」

 「うん。 クラスで動けるのもこれが最後だからって、代議員の佐野くんが発案したんだよね」

 「あいつはお調子者だからな。

  見ろ、来た途端に集中豪雨だ、天気予報くらい調べとけってんだ」


 「日にちはみんなの都合もあったんだからしょうがないよ。

  でもロープウェイが馬鹿みたいに揺れてこわかったね」

 「こんな山肌に貼りついたようなとこに宿を取るから苦労すんだろ。

  で、どっこも行かずにみんなして部屋でゲームばっかして寝たろ?」

 「あんまり寝てなかったよ。

  明日の朝まで降ってたら、帰れないかも、とか言われて。

  気になってテレビの予報ずっとつけて見てたもん」


 沙希もそのあたりは覚えていた。

 寝たのか寝てないのかわからないような状態で朝になって、まだ雨が激しかったので出発を見合わせた。

 昼前に、消防署から避難勧告が出され、あわてて荷物をまとめた。


 「食堂に集まれって言われたのに、オマエいないから、探しに行ったんだよ。

  そしたら廊下でぼーっと崖の上を見てるじゃないか。

  俺が近づいて、話し掛けたの覚えてるか?」

 「うん。 馬鹿かあオマエは! って怒られた」

 「その瞬間に、どっと崩れたんだ」


 ハーモニカみたいに長細い旅館だった。

 沙希たちの泊まった部屋は南の端で、食堂は北の端。

 部屋からの景色が良くなるように、廊下は崖の斜面側にある。

 窓から外を見ても、暗い斜面しか見えない。

 その斜面の様子にギョッとして、沙希はいつまでも見入っていたのだ。


 斜面には白い泡のように水の幕ができていた。

 良く見ると、崖のあちこちから水が湧き出しているのだ。

 それが斜面の土肌を覆い隠して流れているので、ギャザー付きの布のようになって見える。

 天然のカスケードだ。


 良く考えたら、確かに馬鹿だ。

 つまり、それだけ沢山の亀裂が、崖の表面にあったから水が通ったのだ。

 崩れる前兆だったわけだ。

短めのお話です。もともと自分のHPで掲載していたのですが、わかりにくい話になってしまっていたので、編集をしながら書き直しています。

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