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喋る黒猫とうそつきの麦わら  作者: 香澄 翔


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旅人の理由

「でも謙人けんとさんは旅の途中ですよね。まだ旅を続けるのですか?」


 ありすの問いに僕はすぐには答えられなかった。

 旅をしているからこそ、ありすと恋人同士になんてなってはいけない。そう考えていた。だけどこうしてありすと彼氏彼女の関係になった以上、今度は逆に考えなければならない。

 もともと僕の旅には目的はない。だから無理して旅を続ける理由なんてなかった。

 だけどありすとつきあい始めたから。それが旅を終える理由で良いのだろうか。僕にはわからない。旅を終えたとして、僕はこの後どう生きていけばいいのだろうか。

 僕の旅の理由は無くなったのだろうか。

 たぶんそうではない気がする。


「わからない。まだ決めていない」


 僕は素直に答える。何と答えていいのかもわからなかった。


「……もし旅を続けるのでしたら、私も連れて行ってほしいです」


 ありすの言葉に僕は何も応えられなかった。

 ありすをつれて旅をする事自体は不可能ではない。ただいろいろと問題も多くなるだろう。

 ありすはやっぱり女の子だし、そうそう野宿という訳にもいかない。それにありすはまだ中学生だ。義務教育中で学校にだって行く必要がある。

 僕が中卒で仮に困ったとしても、それは僕の人生だ。僕が困れば済む。


 まぁ一年遅れで高校にいく事だって不可能じゃあないだろう。それほど成績が良かった訳ではないけれど、全くどこの高校にも行けないというほどには悪くはない。定時制や通信教育という手だってある。まだ取り返す事はできる。

 そして最悪でも兄の経営する会社では雇ってもらえるかもしれない。たぶん兄は僕には甘いから、拒んだりはしないだろう。むしろいつかそうなると思っているからこそ旅をする事を許してもらっているのかもしれない。


 僕はまだ子供だからと甘えている事には違いなかった。

 けどそれにありすを巻き込んでいいのだろうか。

 ありすと共にする旅は、それはそれで楽しいかもしれない。

 だけどありすの人生を僕の想いだけで壊してしまう訳にはいなかった。


「旅を続けるかどうかも含めて、すぐには答えを出せない。考えさせてほしい」


 僕はそう答える事しか出来なかった。


「はい、わかりました」


 ありすは必ずしも全てを納得した訳ではなさそうだったけれど、素直に頷いていた。

 たぶんありすも僕が決めた事を否定したりはしないだろう。なにせ八年もくるかもわからない約束の少年を待っていたくらいだ。僕だけが旅を続けるとしたら、ありすはたぶんこの村で待ち続けるのだろう。いつ戻ってくるかわからない僕を。

 でもそれでいいはずはなかった。

 僕は近いうちに答えを出さなければならない。

 僕の旅の意味の答えを。


「ごめん。はっきりと言えなくて」

「いいんです。まだ昨日の今日ですから。答えられなくて当然だと思います」


 ありすはにこやかに答えていた。

 僕に気を遣ってくれているのだろう。

 旅を続けてきた僕。そうはいっても中学卒業してからの数ヶ月の事にすぎない。

 旅を続ける意味。旅の意味。旅の理由。

 僕はまだ見つけ出せていない。

 ありすとこうしてふれ合った事で、僕の旅の意味は変わってしまうのだろうか。

 旅を続ける意味はどこにあるのだろうか。

 僕はまだ何も見つけられなかった。見つけていなかった。


「答えを出せるまで、待っていてほしい」

「わかりました。いつまでででも待っています」


 ありすは今度はにこやかに答える。

 納得をした訳では無いだろう。でも僕が真剣に答えている事は理解してくれたのだと思う。

 答えは出せなかったけれど、ありすと僕は二人、もういちど手をつないでゆっくりと歩き出していた。

 やがてひまわり畑は終着点へと向かう。やっぱりほぼ反対側にでてしまっていたらしい。思っていたよりもだいぶん遠い場所だった。

 ただこうして体が大きくなってしまえば、それほど遠いというほどの距離ではなかったと思う。

 そしてひまわり畑を抜けた先に、あの時のほこらが見えていた。


「あ……れ……?」


 最初に声を出したのはありすの方だった。

 僕も奥へと目をみやる。

 そこには確かに祠はあった。あの時と同じ祠だ。

 だけどあの時とは違い、祠はもうほとんど朽ち果てていた。

 ぼろぼろになった切妻屋根。お供え物もされてはいない。風雨にさらされて、木の葉が積もっていた。

 もう何年もここには誰もきていない。そんな佇まいをしていた。

 観音開きの扉は半分開いてしまっており、奥にには大きな石の上におかれていたのであろう御幣ごへいはもうほとんど破れてしまっている。元は白かったのであろうが、年月に晒されてすっかり変色してしまっていた。


「そんな……」


 ありすがもういちど声を漏らした。

 子供の時にみた祠は、もっと綺麗に整えられていた。誰かの手によるお供え物もあり、手入れもされていたと思う。


「誰もここにこなくなっていたのかな」


 僕は言葉を漏らす。

 想い出の場所だけに、この有様には残念な気持ちを抱いたのは確かだった。

 だけどありすは僕が感じていたのよりも、ずっと強い感情を抱いていたようだった。明らかに気落ちした表情で、何も言わずにただ祠を見入っていた。

 ただもしかしたら逆にだからこそここには人がこなくなっていたのかもしれない。僕達が迷子になってしまった事が原因だったのかもしれない。

 僕はただ呆然と立ち尽くすありすには何も言う事が出来なかった。

 だけどこのままでいい訳は無いとは思う。


 つもった木の葉などのゴミを除いていく。もっていたタオルで磨ける程度のものはごしごしと磨いて、少しでも汚れをとっていく。

 さすがに御幣を取り替える事はできなかったけれど、ひとまず出来るだけ綺麗に掃除をして僕は観音扉を閉じる。

 少しがたがきているのか、なかなかちゃんとしまってくれなかったけれど、なんとか扉を閉めて、少しでも元の形に戻していく。


 その間、ありすはずっと立ち尽くしていた。少しもその場から動く事はなかった。

 ただ瞳に涙をため込んでいて。もしほんの少しでもこぼれていたとしたら、そのまま号泣しはじめていたのじゃないかと僕は思う。

 だから何も言わなかった。

 ありすの様子に僕はただ胸を締め付けられていた。


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