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「おーい、こっち!」
押し売り男事件もあった初めてのお遣いの、翌日。
私は、また商店街に訪れていた。
私に気が付いたデュークがこちらに向かって手を振ってくれる。家の手伝いとして肉体労働はし始めたが、如何せん走るという行為はあまりしてこなかった。
自分の中の全力を出しながら駆けたものの、ちっとも速さはなくて、それどころか、デュークの前まで辿り着くと息が絶え絶えで、言葉さえもちゃんと出てこない。
膝に手を当てて、ぜえぜえと息を吐く私を見て、デュークが肩を竦めた。ちょっと小馬鹿にしてる雰囲気が頭上から感じ取れる。
「あんなのろのろ走ってるのに、息切れ過ぎじゃねぇ?」
「っ、はぁ! 全力疾走だよ!」
屈むようにして顔を覗き込んで来るデュークと目が合った。海みたいな瞳は、目が合うだけで心臓がどきどきする。
いや、この動悸は普通に酸欠のせいだ。間違いない。
言われた内容を理解して、露骨に不満を顔に出して勢いよく言い返す。最早噛み付かんと言わんばかりの反論だが、デュークはその勢いより言われた内容にびっくりしたような顔をして。
「あれで全力疾走……?」
と、独り言のように呟いた。
聞こえてますからね。 足を思い切り踏ん付けてやった。
デュークとこうやって待ち合わせていたのには、理由がある。
というのも、昨日の押し売りやら何やらの一件で、私は自分にはまだ一人で買い物は早いと判断したのだが、それをデュークが断固反対したのだ。
こうやって言葉にすると、意味が分からないな?
順を追って説明すると、あの後、デュークの助けもあってちゃんと目当ての物達を無事に買うことが出来た私だったが、別れ際に彼にこう言った。
「親が私一人に買い物を行かせない理由がわかったかも。 なんというか、まだ早かったんだろうなぁ」
と。
因みに、一緒に買い物をしている内にデュークとは大分仲良くなった。
七歳の距離感ってよくわからないけど、子供って仲良くなるの早いよね。単純だからか、警戒心が無いからか。
……深くは考えないでおくことにする。前世というアドバンテージを持っている筈なのに、何かいっぱい言い合いとかし合った気がする。
だから、別れ際のこの言葉もついつい口から滑り出てしまったという感じだった。
自分が恥ずかしいという笑い話のつもりで、もうちょっと大きくなってからまたチャレンジするよと、前向きな言葉も付け加えて。
実際、今回の買い物だって私一人ではなくて結局デュークに助けてもらったわけだし。
七歳にもなって満足にお遣いも出来ないのはどうなんだろう、とは思うけど。まだ未熟だと気付けたことに意味があるのだ。
けど、その言葉を最後まで聞いたデュークはそりゃあもう、凄い渋い顔をしていた。
あ、因みに、デュークはどうやら同い年らしい。
寧ろ誕生日が私より早かった。名前がわからない時に少年って呼んでたのがちょっと申し訳なくなった。
そんな、七歳とは思えないぐらい渋い顔をしたデュークは、首を左右に振る。
「今日のあれは、たまたまだろ。 ……だから、暫く来ないとか言うな」
来ないと言っても、親と一緒に買い物には来るつもりだったために、その言葉にきょとんとしてしまった。
「だから、その、買い物目当てじゃなくても、来いよ。 ここ」
さらに付け加えられた言葉に、きょとんとしていた表情は、びっくりしたものに変わった。
流石にここまで言われたらわかる。つまり、デュークは。
「……また、会ってくれるの?」
しかも、買い物目当てじゃなく、彼に会いに来てもいいということではないだろうか。
実は、私はアイヴィーとして生まれて来てから、未だに同年代の友達がいない。
家がちょっと町から離れているのと、つい最近まで夢見がちのお花畑ガールだったせいで、平民の友達なんて!とか思ってたのだ。
だから全然他と交流を持とうとしなかった。
そりゃお買い物、一人で任せられるなんて思ってもらえないわ。
「当たり前だろ。もし、またあんなことになったら、その時は、また俺が守るから。来いよ」
気恥ずかしそうにしつつも、言い切るデュークに、思わず全身が熱くなった。
この子七歳だよね? 私もだけど。 え、なに、かっこよくない?
今日だけで何度デュークに感情を乱されたことか。
猛烈な恥ずかしさに、言葉を失っていれば、こちらを真っ直ぐに見つめるデュークが返事を問い掛ける。
「う、ん」
最早のぼせ上がったような心地のまま、頷いてしまったのも、無理もない。
「こっちの広場とかは、子供たちがよく遊んでるんだ」
「へぇ……なんか、公園みたい」
「コウエン?」
「あ、ううん何でもない!」
その後、善は急げと早速、デュークは次の日もここに来るように私に告げて立ち去った。
帰って、商店街にあったことを親に話したら凄い心配してくれたけど、助けてくれたこと、デュークのことを話したら安心したようだった。
ちょっとだけ、お父さんが複雑そうな顔をしていたような気もするが……お母さんが肘で突いたら直ぐに戻ったから気のせいかも。
それで次の日も行きたいと言ったら、心配そうな顔をしていたが、私の強い訴えもあって許可を貰えた。
合流したデュークは、商店街をそのまま通り過ぎて、いつか見た噴水のある広場へと連れてきてくれる。
しかし歩みは止まらず、さらに奥へと進んだところ、先程よりも人気が少なく、どちらかというと子供が多くいる場所へと辿り着いた。
遊具とかは無いが、それぞれが追いかけっこをしたり、地面に木の棒で絵を描いたり。そんな光景が広がるそこは、前世でいうところの公園のような。
デュークの説明を聞きながら、ついそれを口にして誤魔化す。
公園、流石にこの世界にはそんな考えはないのよね。
「で、あそこで遊んでる奴ら」
デュークがくい、と親指で一つのグループを指差す。
そこには、女の子一人と、男の子二人の三人が何か遊んでいる様子だった。彼らは、私達にはまだ気付いていない。
「一応、俺がよく遊んでいる奴らなんだけど……」
「デュークのお友達ってこと?」
「んー……まぁ、そうなる」
「……紹介してくれるの?」
ちょっと期待した気持ちでデュークを見た。自分よりやや小さい彼と視線を合わせる時は、少しだけ視線が下がる。
どうやら、デュークはそれが気に入らないらしい。昨日知り合ったばかりだけれど、何か雰囲気がそう言っている。間違いないと思う。
けど、視線の先のデュークは、今は身長差より私の問いかけに対しての言葉を考えているようだ。「んー……」とちょっとだけ声を出して悩んでいる。
え、紹介してくれるためにここに呼んだんじゃないの?
この状況から見て、どう考えても紹介するために私にここを案内して、彼らのことを教えてくれたんだと思っていた私は、彼らの方を見ながら黙り出すデュークに狼狽える。
……まさか、俺友達多いんだっていう、そういう嫌味的なアピール……?
嘘でしょ、と答えを求めるようにデュークの服の裾を引っ張る。ぐいぐいとちょっとだけ強めに引っ張ると、デュークの視線が再びこちらの方へと向いた。
あれ、なんかちょっとだけいつもより瞳の色が暗い。
海というより深海のような――。
「紹介しようかと思ってたけど……やめた」
「……へ」
「俺、まだお前のこと独り占めしてーし」
「……へ?」
「別のところ行こ」
軽く、細められた瞳が真っ直ぐに私を見ていて。
その仄暗さを感じる瞳から目が逸らせない内に言われた言葉を、理解した頃にはその場からもう離れていた。
噴水のある広場へと戻った私達は、その広場の隅。路地裏とまでは行かないけれど、あまり人が寄りつかないぐらいの場所の壁に二人して背を預ける。
「後教えたいとこだと、俺のお気に入りの店とか……」
「……でゅ、デューク、さっきの、その」
「ん?」
「独り占め、とか……なんとか……」
壁に背を預けて落ち着いたおかげで、今度は理解した言葉の内容で思考がぐるぐるする。
多分、私今顔真っ赤な気がする。昨日今日で、一年分の赤面を経験した気分。なんというか、彼といると、調子が狂う。
こういう男の子、なんて言ったかな。
そう、あれだ。
「全部本心だけど?」
――マセガキ、ってやつ!
いや、厳密に言うと私と同い年なので、私が言う言葉じゃないんですけど。
でも、あんまり覚えてなくても私には前世という経験がある精神の筈なのに。
「今度ちゃんと紹介するから。今は、アイヴィーの友達は、俺だけにさせて?」
こんなの。 どうにか出来るわけが、ない。
「う、うん」
だって。
「やった」って小さく言って笑うデュークの顔が、言葉の割には年齢相応な無邪気な笑顔なんだもん。
そんなの、反則じゃない?