表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/27

5

 



 商店街に初めて来たのは四歳の頃だった。

 賑やかな光景を見て、それが楽しくて。直ぐに帰ってしまうのが勿体なくて強請って。

 そこで、自分の前世を思い出すきっかけを得たのが、始まり。


 でもそれからも、何回かここには訪れている。だから、両親がよく利用するお店では、顔を覚えてもらっているし、道のりだって覚えている筈だ。

 ……だと、思ったんだけどなぁ?


「ええっと……」


 私、アイヴィー。 絶賛商店街で迷子中です。



 いや、厳密に言うと迷子というわけではない。

 多分こっちの道で合っている。……合っている筈なんだが、目の前の障害物のせいで先に進めず、しかし、違う道を選ぶと本当に迷子になってしまいそうで困っているという状態。

 まぁつまりは、道に迷子というか、対応に迷子というか。そんな感じ。

 そして、その障害物って言うのが、この目の前にいる男性。


「こんにちは、お嬢さん。 お買い物ですか?」

「は、はあ……」


 横から声を掛けられて、自分に対してだと思っておらずそのまま進もうとしたら、滑り込むかのように目の前に立ち塞がれた。

 きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていたせいで、目を付けられたんだなと理解するも、最早手遅れ。

 後ずさりする分だけ距離を詰めて来る。 いや、距離を置いた分以上に詰めて来る。 近い。


「何をお求めで?」


 貴方に関係無いですよね……?

 そう言いたくて口を開こうとするけれど、さらにぐい、と距離を詰められて、その身長差と掛かってくる圧に思わずびくりと身体を震わせる。

 思えば、アイヴィーとして生まれてからこの方、悪意に触れたことがない。

 冷静に対処しなきゃ、と考える反面、湧き上がるのは一種の恐怖。胸元に寄せていた手でぎゅっとその部分の服を握る。

 答えない私に、再び同じ質問を掛けて来る男は、ちっとも笑っていない笑顔を張り付けていて。恐ろしい。


 商店街、って……こんな怖いところだったっけ……。


 あまりに迫ってくる怖さに、咄嗟に買いに来た物の一部を答えてしまう。もう何でもいいから解放して欲しかった。

 幸いにも目の前の男はただの押し売りなだけみたいだ。人攫いじゃないだけ、まだマシ。


「へぇ。 奇遇ですね、その商品、私の方でも売っているんですよ。 今ならお安くしますよ。いかがですか?」

「け、結構で……」

「はい?」

「……」

「金額はですねぇ」


 安いでしょう? と笑う男に首を全力で左右に振りたい。 圧が、圧が怖い。

 しかもちっとも安くない。いつも買っている場所の五倍ぐらいの値段がする。答えた商品は、一部だけ。だから、その値段でそれらを買ってしまうと、他を買うお金が無くなる。

 でも、買うと言うまで離してくれそうにない。

 ……うう。 お父さん、お母さん。過保護って言ってごめんなさい。もうアイヴィーは分別付けられる子なんだから大丈夫よね、と評価してくれたのにごめんなさい。私、まだまだでした。


 しかし、これはもう諦めるしかない。これもまた一つの経験だろう。

 何よりこの断り切れない性質は、前世からくる押し付けの弱さもある気がする。

 なんというか、イエスマン、ってやつ。 「出来るよね?」と言われた反射的に「はい」って答えるのが、最早身体に染みついているような感覚。圧に弱すぎる。

 ――こういうのは、痛みを覚えて学んでいくしかないのかもしれない。

 アイヴィー、初めての前世を思い出したくなかったエピソードの完成である。怖いもの知らずに断れる強さを目指し、精進します。


 ぐ、と胸元を握っていた手に再び力を入れた後、ゆっくりとその力を抜いていく。

 慎重に、これ以上の損失を被らないように。穏便に。

 事なかれ主義であろうとする前世の感覚に、ちょっとでも抗いながら、今もなお強引な商売を押し付けてきている男性を見る。


「わ、わかりまし」

「おい、おっさん」


 買います。と答えようと口を開いた瞬間だった。

 私と、男性の間に、何かが割り込んでくる。


 視界いっぱいに広がったのは、黒。 直ぐに、人の後ろ姿で、後頭部だと気付く。

 私よりやや小さい身長の少年が、私の前に立って、目の前にいた男性と対峙していた。

 なに。

 そう、疑問に思うより先に、目の前の少年が突然のことで驚き、目を見張っている男に向かって一方的に声を張り上げた。


「そりゃぼったくり過ぎだろ!」


 賑やかの筈の商店街が、一瞬静まり返ったような気がした。

 実際は気のせいだ。けれど私の中で、まるでこの空間だけ切り取られたかのように、少年の声が頭に響く。

 疑問に、思うまでも無い。 目の前に割り込んで来てくれた少年は、私を助けてくれたんだ。

 まだ何も解決したわけでもないのに、安堵がじわりと胸に広がる。胸元から降ろした手が、そっと彼の服の裾を握った。


「な、ガキが何言ってきやがる!!」


 思った以上に、あの男は気が短かったらしい。いちゃもんをつけられて、笑って誤魔化すこともなく、直ぐに逆上し出す。

 多分、子供相手だから凄めば押し切れると思ったのかもしれない。実際、私はその怒鳴り声が怖くて、つい握ってしまった彼の服の裾を、さらに力強く握ってしまった。ちょっとだけ怖さで視界が滲む。


「俺知ってんぞ。 粗悪品を相場の何倍も高くして押し売りしてるだろお前」

「適当な事言うな!」

「適当じゃねぇよ!」


 が、と男が少年の胸倉を掴んだ。身長差があるせいか、少年の爪先が地面すれすれまで持ち上がるのを見て、私は顔を青ざめる。

 どうしよう。どうしよう。

 辺りを見渡せば、流石にこの騒ぎに周りも気付いたらしく、ざわざわと行き交う人達がこちらを窺う様子が目に入る。


 見てないで、助けて。そう言いたくて、口を開こうとするけれど、味わった恐怖が上手く言葉を紡いでくれない。

 そうしている間も、前で、二人は言い争っていて。

 不意に、男性が少年の胸倉を掴んでいる手とは反対の手を振り被った。殴るつもりだ。そう気付いた私は、目をぎゅっと瞑った。足が竦んで、動かない。


 けれど、一向に音は響かなかった。


「おい。 子供に手を上げるたァ、どういう了見だ?」


 あれ、と思うより先に聞こえてきた声にばっと目を見開いて見上げる。

 男性の手首を掴んでいたのは、いつも両親が利用しているお店の店主さんだった。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ