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 ……なーんて、思ってた時期もありました!


 腕に抱えていた桶を床に置き、被っていた麦わら帽子を脱いでテーブルの上に置く。

 ふう、と息を吐いて額から零れた汗を拭った。



 四歳の頃、乙女ゲームのヒロインに転生したと気付いた私、アイヴィー。現在七歳。

 そう、あれから三年経った。幼かったせいか、思考と言動が年齢的に合わずどうしてもちぐはぐだったのが、今は大分自然になったと思う。

 多分だけど、ああしてちぐはぐだったのは、持っている知識量に差があり過ぎたのも原因じゃないかなと私は考えている。

 三年前の私、前世の知識が根強く残ってたからなぁ。まぁ、されども三年ともいう程の量だったけど。


 そんな私だが、今は両親の家業の手伝いをしている。

 両親はいわば農家だ。人を雇う程の大きな土地じゃないが、家族だけと考えるとそれなりの量を生産している。

 主に作っているのは麦だ。パンとかそういうのの素になる小麦粉とか、そういうのの原料ね。ん? じゃあ麦というか小麦を作っていると言った方が正しいかもしれない。


 そして、何よりここが重要なのだが、私の家はとてもとても貧しい。

 何故だかわからないが、基本的に赤字気味の生活を強いられている。

 正直冬は毎年何とか越せたなぁという感じ。今年の小麦の収穫は良さげなので、今年も何とか冬は乗り越えられそうだ。

 だがしかし、両親はこの生活がデフォルトなようで、最大限の倹約をしており、そのおかげであまりにもひもじくて辛いという思いはあまりしていない。


 でもまぁ、わかるでしょう。

 こんな生活の中、毎日生きるのがある意味必死な中。

 私は未来の王妃になるんだから! とか。

 私を他の平民と同じと思わないで! とか。

 そんな思考持ってられると思う? 答えはノー。 無理ですよ。


 そんなの、現実を見てなさすぎる夢見がちな女の子の妄想よ。

 可笑しいよね、多分私そういう思考の持ち主だったんだろうなって思うんだけど、今じゃありえなさ過ぎて逆にドン引きしてしまう。

 というのも、これからの未来にわくわくしていた私に与えられたのは、味の薄いスープと、そのスープでどうにかふやかさないと食べられそうにもない固いパンだった。

 あまりの質素さについ不満が溢れそうになったけど、ふと、いやこれがいつもだったと思い出した。前世の記憶のせいでごっちゃになっていたんだろう。それが私の元々の日常だった。今更文句を言っても困らせるだけ。

 そんな食事の日々を過ごしている内に、未来という不確定過ぎる、ある意味非現実的な妄想と我儘も一緒に飲み込んで消化してしまったらしい。

 ようするに、馬鹿馬鹿しくなった。というか、無理だと悟った。今を生きることを精一杯頑張らないと、死ぬ。胡坐なんてかいていられない。


 いやそれでも、結構ギリギリまで夢見てたんだよ。三年ぐらい。つい最近まで。

 あ、はい。 そうです。 つい最近目が覚めました。 


 そもそも、平民の子供なんてもうこのぐらいの年になったら親の仕事の手伝いだけじゃなくて、何なら働きに出てる子だっている。

 うちの両親は優しくて、確かにうちは貧しいけれど、アイヴィーが嫌なら無理に働きに行かなくたっていいからな。

 たまに、家の手伝いをしてくれたら嬉しい、みたいなことを言ってくれている。

 いやほんと、優しすぎる。こんな人達に向かって文句なんて言える? 言えるわけない。 寧ろ夢見がちのアイタタ女の子とかやっててごめんなさい。


 そんな感じで、目が覚めた私は今、意気揚々と両親の家業である農業のお手伝いをしている。

 今は、ひと段落を終えたのでそのまま井戸から水を汲んで家の中に持ってきたところ。

 一度足元に置いた桶を今度は台所まで運ばないといけないが、一休みしようと椅子に座る。


「くぅ……足いたぁ……!」


 座ると、じぃん、と痺れるような足の痛みを覚えた。爪先を立たせては伸ばすのを繰り返す。まだまだ、労働というのは慣れない。


「アイヴィー、お疲れ様。 ありがとね」

「お母さん! んーん、当然だよ、家族だもん!」


 こと、とテーブルにコップが置かれた。水が入ったそれを差し出してくれたのは、先に家に戻っていたお母さんだった。

 いつもと変わらない優しい笑みを浮かべるお母さんに、つい私もつられて笑顔を浮かべる。

 差し出されたコップの水を一気に飲み干せば、染みわたる水分につい唸った。そんな様子を見て、お母さんはまた笑みを深くする。


 乙女ゲームでは一切描写されていなかったから知らなかったこと。

 それは、私の両親がとても優しい人であるということだった。

 いつも愛情だっぷりに育ててくれる両親は、辛いことだって、一緒なら大丈夫だと笑顔の絶えない人達だった。

 私は、そんな両親がとても大好きだった。

 それもあって、私は夢を見ることをやめた。

 ゲームでは、両親のことは殆ど語られていない。つまり、ゲームの時期には私は両親と一緒に住んでいない可能性がある。

 まぁ、当然かもしれない。貴族の学校に通うのに、平民の家から通うなんて無理だ。


 そして何より、両親の在り方がいつの間にか私の憧れになっていた。

 心の底から愛し、愛されるなら、相手が誰であろうと、自分の立場がどうであろうと、幸せだと笑う二人。

 ああ、これが愛なのか。 そう私の中の価値観が変わっていった。


 そうすると、不思議なことに未来への憧れより、今のこの細やかかもしれない幸せがとても尊く、大事にしたいものだと思えるようになった。

 両親と共に過ごし、大変だけど、頑張って畑仕事をして。汗水たらしながらも、笑顔の絶えない生活。

 そして、もしかするとちょっとしたきっかけで、誰かと出会って、大きな幸せとは言わずとも長閑に暮らしていく。

 なんて素敵なことなんだろうと思えた。


 ……そうなると、正直未来の王子様に期待するのってどうなんだろう? という気持ちまで湧いてきたわけで。

 光魔法に目覚めて。貴族の通う魔法学校に入学して。婚約者がいるはずの王子様と出会って恋に落ちて。いろんな障害を乗り越えて、幸せになる。

 波乱万丈で、乗り越えたらそりゃあもう一生に一度の大恋愛って感じはする。

 けれど、別にそんな大きなものじゃなくても良い気がする。


 両親とも暮らせなくなるし、何より今の生活にそこまで不満を抱いていないし。


 いいじゃんね。今のままで。


 自分の中で改めて自己完結して、うんうんと頷く。

 おかわりとしてコップに注がれた水を、今度はゆっくりと味わう。うん、冷たくはない。当たり前だが。


 この生活を壊したくないし、学校に行きたくないから光魔法に目覚めたくは無いんだけど、魔法は使えたら便利だろうなぁ。

 これはゲームでの情報だが、魔力というのは属性はあれど、魔力消費量がかなり変わってしまうが、他の属性の魔法が全く使えないわけではないらしい。

 なので、魔法が使えればこの水だって上手くいけばひんやりと冷やすことだってできるのだろう。

 しかし魔法は血の遺伝が関係するらしく、基本的には貴族だけが使えるものとされている。まぁ、貴族は貴族と結婚するし、平民は平民と結婚するからね。

 だから、平民と貴族では、生活水準が全然違うんだとか。

 ……生活水準が全然違う人同士の結婚って、上手く行くもんなのかな。ゲームだから、っていうの、ありえそうだよなぁ。


「アイヴィー、ちょっといい?」

「うん? なぁに?」

「明日なんだけど、ちょっと商店街に買い物に行って来て欲しいのよ」

「商店街に? 私一人で?」

「そう。 本当はお母さんもついて行ってあげたいんだけど……畑の方がね、ちょっと進みが遅いところがあるみたい」

「あ~……なら、私よりお母さんが残った方が良いもんね。 わかった」


 申し訳なさそうにするお母さんに大丈夫だよと笑みを返す。

 この両親は、とても優しいが、少々過保護だなと思うところがある。

 その代表的なものとして、私アイヴィーだが、現在七歳にして、今回初めて一人で商店街のお遣いを頼まれた。

 そう、初めて。

 多分だけど、初めてのお遣いはもっと幼い頃に済ませるものだと思う。

 アイヴィーは可愛いから人攫いにあったら大変だから、とか言っていっつも両親二人共か、どっちかが付いてくる。


 だからこそ、逆に今回一人でとお願いされて、私は気合に燃えていた。

 待っててお母さん! 私、ちゃんと頼まれたもの、買ってくるよ!


 その日の夜。私一人で買い物に行くことを聞いたお父さんがめちゃくちゃ渋ってしまって、説得するのに時間が掛かった。



 

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