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朝だ。
あれから、色々頭の中を整理したくて、私は早くに布団に潜り込んだ。
お父さんもお母さんも、初めてのお買い物に疲れたのだろうと思ったらしく、疑問に思っている様子は無かった。
四歳になってから、私はお父さんとお母さんと一緒に寝るのを止めて一人で寝ている。
二人は一人で寝ると言い張る私に寂しそうな様子だったけれど、私としては、早く一人前になりたい一心だった。
確かに、一人で寝るようになるにはちょっと幼過ぎる気もするが……そのおかげでこうやって一人布団の中で情報を整理することが出来るのだから、考えないことにする。多分だけど、前世の影響かもしれないし。
結論から言うと、色々考えようと思って早めにお布団に入ったのが悪かったのか、考える間もなく寝てしまった。
そして、思い出した前世の記憶は、一度寝て起きた朝には殆どあやふやになってしまった。
子供って、物覚えは良いけれど、忘れるのもそこそこに早いよね。
目覚めて覚えていたのは、思い出というよりもは知識と呼べるようなものをちょっとだけと、この世界を舞台とした乙女ゲームの内容だった。
何故か、ゲームのことは全然記憶が抜けていなかった。前世の自分がやり込んだ分だけの記憶と熱量が、鮮明に思い出せる。
私、アイヴィーは恋愛シミュレーションゲーム……通称乙女ゲームの『光のメルヴェイユ ~ 奇跡の花束を~』という作品のヒロインだ。
そう、私、ヒロインなのである。
約十年後、十五歳の時に私は光魔法が発現する。
発現するきっかけは詳細には語られないが、それをきっかけに私は貴族の通う魔法学校へと入学するのだ。
この世界は魔力に属性が存在する。
特に私が発現する光属性の魔力を扱える人というのはかなり希少で、それもあって光魔法を使えると判明して直ぐに学校に行くこととなる。
そこで、魔法のことを学びながら攻略対象者達と仲を育んでいくのだ。
勿論のごとく、ライバルと呼べるような女の子も数人出て来て、いじめられるイベントとか、真っ向勝負をしたりするミニゲームとかもある。
そして当然のように、断罪イベントもある。
何より、このゲームの最大の見どころは、全てを乗り越えた後の卒業の日。
ゲームのラストに進んだルートの相手からそのキャラクターのモチーフの花の花束を差し出されながら、愛の告白を受けるのだ。
このスチルが、とっても素敵だった。
スチルでありながら、エフェクトのように舞う花弁がさらに幻想感を出していて、相手の彼は真っ直ぐに私を見つめてくれて。
『貴方が、私の奇跡』
言い方は人それぞれ違うけれど、総じてみんなそう想いを告げてくれる。
私の最推しは、王道ではあったけれど、メインヒーローのフィランダー・セス・ヒュドラルギュロス第一王子。王太子だ。
白銀とも言えるような煌びやかな銀髪に、知的ともいえる緑の瞳がとても綺麗な人。
「……私が、ヒロイン」
ゲームのストーリーを初めから終わりまで思い返して、とくりと胸が鳴る。
段々と速まっていく鼓動に、改めてこの世界は、ゲームの世界だけれど、画面の先の世界じゃないと理解する。
だから、私はそのゲームのヒロインで。この先、魔法学校に通う。
そして、出会える。王子様に。私の、王子様に。
「……私が、奇跡」
そう、告げてくれるのだ。
誰よりも愛していると、一緒にいようと。貴方が奇跡なのだと。
画面越しじゃない。実在して、目の前で、告げてくれるのだ。
――嬉しい。
高鳴る鼓動が止まらなくて。布団の中で丸まっていた身体を揺らす。そろそろ起き出さないとお母さんが起こしに来てしまうけれど、私はこの先に訪れる、私のストーリーのことで胸と頭がいっぱいだった。
嬉しい。嬉しい嬉しい!
前世で何で死んでしまったかなんてもう覚えてないけれど。
きっといっぱい良いことして死んだんだと思う。だって今の私はヒロインだから!
ヒロインというハッピーエンドを約束されている存在に、王子様と結ばれる存在に生まれ変わった、私は選ばれた人間なのだ。
バッドエンド? 確かにゲームには存在したが、やり込んだゲームで私が選択肢を間違えるわけがない。
うっとりとした気持ちで、口端を上げる。
難しく色々考えようとしたけれど、もうそんな必要は無い。そもそももう覚えてない。ただ純粋に、鮮明に思い出せるゲームの記憶に浸る。
私はヒロインなんだ。 あのゲームの。この世界の、主人公。アイヴィーなんだ。
ああ、待ち遠しい。だって私は未来の王妃になるのだ。彼が、私を望んでくれる。こんな、平民暮らしなどする女ではない。
この世界は私のためにあるんだ。
前世がどうだったとか、そんなことはもうどうでも良くて。私はただ、未来への期待でいっぱいになった。
万が一にも間違えないように、ちゃんとゲームの台詞を覚えていなくては。頭の中で何度も何度も反芻する。
誰からも愛されるヒロイン。 大好きだったゲームの、ヒロインになったんだ。
「アイヴィー? 朝よ、起きなさいー?」
部屋の外から、お母さんの声が聞こえる。 私を呼ぶ声が。
夢のようだけど、夢じゃない。
だって私はアイヴィーなんだから。
ヒロイン、なんだから。
――ああ、早くその時が来ないかなぁ!