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第三人称視点となります。

 



 平民には、基本的には魔力が存在しない。

 けれど、魔力が存在しないだけで、各属性の適性は持っている。

 しかし、それがわかることは殆どない。


 そもそも、平民にも魔力属性の適性があるという事自体判明したのは、本当に偶然だったと言う。

 過去に貴族の中で徐々に普及し始めていた魔力を媒体に作動する道具。

 通称、魔道具。


 それを平民にも流用できないかと思い立った人達がいた。

 しかし媒体となる魔力を平民は持ち合わせていない。

 それを補う方法として、用いられたのが魔力石だ。

 魔力石はその名前の通り、魔力を込められた石。強い魔力の場合は石が自生する場合もあるが、大体は宝石に魔力を付与する形で作成されている。

 魔道具に必要な魔力を、魔力石を使うことで、魔力が無い平民も使えるようにしようとしたのだ。


 その際に、人によって同じ魔力石からでも消費される魔力量に違いがあることに気付いた。

 そして、それを調べていった結果、適性のある属性の魔力石だと魔力の消費量が少ないという事がわかり、そのことから人には魔力を持っていようがなかろうが、須らく属性の適性があるということがわかった。


 そのことから、魔道具を平民に使用させる話は一度頓挫することとなる。

 貴族と平民の差は魔力の有無だと言われていたが、その意味には魔力属性の適性など魔法に関する全てが含まれていた。しかし、この件で、彼らの違いは純粋に“魔力”の有無だけであると判明してしまった。

 魔力石を持たせることで、平民でも魔法を使えるとなってしまう危険性。そして、何より仮説が正しければ、貴族と平民の間で生まれたきた子は、魔力を持って平民の持つ属性を遺伝して生まれて来る可能性。

 それは、貴族と平民との確かな隔たりを壊しかねないということから、全てが秘匿されることとなったのだ。

 故に、この国の者達は、未だにその事実を知っている者が極端に少ない。




 さて。

 根っから平民であったデュークは、底知れぬ闇属性の適性があった。

 魔力を持っていなかったために、それが露見されることは無く、本人もまたそのことを知らなかった。




 あの孤児院での事件の時、デュークは襲撃者と対峙して瀕死になるほどの重傷を負った。

 意識が朦朧としていく中、ただ必死にデュークはアイヴィーだけでもと手を伸ばした。


 しかし、次に意識が戻ったのは、孤児院で事件の全てが終わった後で、町の診療所だった。

 デュークはアイヴィーの無事を確認しようとみんなに訊いたが、みんな気まずそうに答えを噤む。

 嫌な予感がして、怪我は治ったもののまだ怠い身体を鞭を打ってアイヴィーの実家に行ったところ、聞かされたのはあの時の事件の詳細と、公爵家に引き取られたという話。


 彼女の両親は、いつもの明るさは無い。

 これ以上訊くのは躊躇われるほどで、デュークは居た堪れなさから、その場を早々に立ち去る。



 茫然自失。そんな状態のまま、デュークは孤児院へと訪れた。

 襲撃のせいでボロボロになった建物は、数日後修繕を開始し、それまでは、別のところで活動をしていくらしい。

 血痕も残った状態のそこは、死体などないけれど、まさに地獄絵図。


 ――守れなかった。


 デュークの心はその一色に染まった。守りたかったたった一人の女の子さえも守れず、のうのうと生き延びた自分が情けなかった。

 デュークに語った、彼女の両親の悲痛な表情を思い出すと胸が疼くように痛む。

 自分がもっと強ければ。しっかりしていれば。 そんな後悔ばかりが湧き上がり、苛立ちに近くにあった椅子を蹴り飛ばした。

 

 そんな時、デュークはふと地面に落ちているリボンに気付く。椅子の影に隠れていたのだろう。

 深い、青色をしたリボン。思えば、あの日アイヴィーの髪を結んでいたのはこのリボンだった。

 リボンが編み込まれた髪の毛。難しいわけではないが、平民は湯あみも満足に出来るわけでもないから髪の毛を伸ばすのも一苦労という話もある。

 わかっていはいたのに、つい、切ろうかと吐露した彼女を止めてしまうぐらい、デュークはアイヴィーのあの細いけれど線のある、柔らかなミルクティーの髪が好きだった。

 いつか、自分の手で、あの髪に結ばれたリボンを解く権利が欲しいと願う程に、こがれていた。



 リボンを拾い上げて、そっと口付ける。

 つう、と頬を伝う涙も拭わず、ゆっくりと瞼を持ち上げて、仄暗い自分の欲を口に出した。


「……取り、返さねぇと」


 約束も、まだ果たせてない。

 渡したいものがあった。伝えたい言葉があった。

 そのために準備し続けた。あとちょっとだったのに。




『ほう、面白い魂を持っている』


 デュークが所謂魔王の力と呼ばれるそれと出会ったのは、その時。

 持ち合わせていた、闇属性に惹かれたのだろうか。それとも、別の何かに惹かれたのだろうか。


 その行き場の失った魂の話を聞いたデュークは。

 その日、姿を消した。




 ◆




 王宮に着き、フィランダーは真っ先に王への謁見を求めた。

 彼らが辿り着くまでに伝令は入っていたのか、特に問題無く王の間へと案内される。


 フィランダーの後ろには、一人を挟み、その後ろに見慣れぬ黒髪の青年がいる。

 アイヴィーがデュークと呼んでいた男。フィランダーは彼のことを一切知らない。

 それは自分の護衛も担っている、あの場にいた男達も一緒だった。誰一人として、デュークのことを知らなかった。


 男はきょろきょろと辺りを見渡すように、顔を動かしながら、フィランダー達の後を追うように歩いていた。

 その様はあまりにはしたないとも言えたが、貴族の顔をほぼ全て網羅しているフィランダーにとって、デュークは全く知らない男。そのことから、平民なのだろうと推測し、平民であるならマナーも何もわからないのも無理はないかと指摘することも出来なかった。

 他の男達もほぼ同じ理由から口を挟めず、その場は異様な沈黙を作っている。


 さらに、フィランダー達がデュークに声を掛けられないのには理由があった。

 それは彼の持つ魔王の力への畏怖。

 アイヴィーは気にも留めず、彼の胸元へと飛び込んでいたが、あの禍々しい闇の魔力を操る男の恐ろしさから、誰も彼に強く出ることは出来なかった。


 きっと、それは王宮にいたほぼ全ての人間がそうなのだろう。

 束でかかれば勝てる可能性もあるのにも関わらず、それが出来ない。

 本能が、無理だと語る。フィランダー達にとって、それは初めての感覚だった。



「……あれ」



 王の間へと向かう途中。中庭の横の通路を歩いている最中のこと、不意にデュークが足を止める。

 彼の声に、徐にびくりと肩を震わせたのは近くにいた男。「なんだ」とやや震えた声でデュークに話し掛ける。足を止めたことを咎めることも、無視することも出来ないようだ。

 フィランダーは恐怖を抱いていても、何故かそれだけだった。何もない状態から自分から何か声を掛けることは出来ずとも、つい足を止めた彼を咎めようとはしてしまった。

 それよりも先に、震える声がデュークに投げかけられたので、結局黙ったままデュークの方へと振り返るのみとなってしまったが。


「…………ここにあった薔薇は?」

「薔薇……?」


 感情の抜け落ちたような表情を浮かべたまま、デュークは誰に対してかわからない問いかけを告げる。

 それに反応したのは、それこそフィランダーだった。

 しかし、内容が理解出来ず、首を傾げた。デュークの視線の先を見れば、そこは何もない芝生のみ。王宮で生まれ、育ってきたフィランダーにとって、この光景は一切変わっていない。


「そんなものは元々ない」


 故に、そう言い切った。

 デュークは、ちらりとフィランダーの方を見た。光の宿っていないような瞳。暗い青がこちらを射抜く。

 つい、返事をしてしまったがフィランダーは改めて彼への恐怖を思い出した。じくりと胸の奥に澱みが溜まっていく。


「……薔薇園は存在しないのか?」


 視線を逸らしたくとも、それを許される気になれず、フィランダーは背中に冷や汗を流しながら、段々と息苦しさまで覚えた。

 しかし、そんな中不意にデュークが質問を重ねた。

 その内容には答えられると、フィランダーは首を左右に振り、そっと指をさす。そのまま無理矢理視線もそちらに向けることで、彼からの視線を逸らした。


「薔薇園はあっちの方角にある」

「色は」

「色? 赤、白、黄色……緑、紫……あと、橙だな」

「……なるほどな」


 何が一体なるほどなのか。

 一人納得した様子のデュークに、逆にわけがわからなくなる一同。

 フィランダーの答えに満足したのか。デュークは再び前を向き、先へ進むことを促す。


 傲慢ささえも感じさせる振る舞いに、フィランダーはつい疑問を抱いた。

 彼は、先程アイヴィーを抱擁を交わしていた人物であるのか、という疑問。

 あまりに雰囲気が違いすぎる。見た目は違わないが、アイヴィーに対しての姿と、今の姿は最早別人のようだ。



 そもそも、フィランダーがこうして王の下へと直ぐに向かったのだって、デュークに言われからだ。


 アイヴィーから離れ、こちらに来たと思った彼が、突然にこの国の王に会わせろと言ってきた。

 本来ならば、物言いと言い態度と言い。そもそも彼がこちらにしてきた危害を考えるとそんなものはまかり通らない。

 しかし、彼の言葉を聞き入れないということは出来なかった。

 彼は、付け足すようにこう言い放ったからだ。


「聞き入れたくないならそれでもいいが、その際は、俺はこの国の敵に回る」


 その言葉の危険性を理解出来ないほど愚かでは無かった。

 デュークもまた、自分の持っている力の膨大さを理解していた。きっと、この世界中の誰よりも理解している。

 それが取り込んだ魂を約一年で完全に自分のものにした結果なのだから。



 王の間への扉の前。

 中へと通され、進んだ先の椅子に座る一人の男がいた。


 フィランダーの父でもある、この国の王だ。


「…………なるほど」


 王は、フィランダーを見て、その後ろにいるデュークを視界に入れた。

 そして、徐に目を細め。露骨に顔を顰める。

 その表情は、まさに底知れぬ憎悪を無理矢理凝縮させたようなほどで、父のそんな見たことも無い表情にフィランダーは思わず狼狽える。


「(なんだ……?)」


 こんな平民と、王である彼が知り合いなわけが無い。

 それこそ、年齢だってフィランダーと変わらないのだ。旧知の仲というわけもない。

 しかし、それを問い掛けるほどの度胸をフィランダーは持ち合わせていなかった。気付けば、自分の他の者達は王とデュークの放つ気迫に負けたのか、殆どの者が過呼吸を起こしそうになっていた。

 正に地獄のような状態。

 それでも、フィランダーは自分のやるべきことをしようと顔を上げた。二人の仲を問う度胸は無くとも、自分の目で見た、先程の詳細を告げることは出来る。


「陛下、先程あったことをご報告いたします」

「……ああ、そうだな。 聞こう」


 視線は真っ直ぐにデュークに向けたまま、王はそう答える。

 重苦しい空気の中、必死にフィランダーはあの時の状況を説明した。出来る限り、主観的にならないように。

 背にいる魔王の力を持つ男の逆鱗に触れないように。間違いなく、フィランダーは説明する。


 説明を終える頃には、流石のフィランダーも顔色が殆ど抜け落ちていた。


「……報告ご苦労。 フィランダー含め、他の者達は下がってよい」

「は。 失礼いたします」

「魔王の子。 貴殿はここに残り給え」

「……」

「な、陛下何を……!」

「何か文句でも?」

「……いえ」


 やっとここから解放される。そんな思いから、退室の許可をもらい、徐に頭を下げその場を去ろうとしたフィランダー達だったが、引き留められたデュークの存在に驚き、つい口を出しそうになる。

 しかし王はそれを許さず、それどころかその場にいる全ての人を退出するように言い出した。

 魔王の力を持っている、得体のしれない男と王を二人きりにさせることなど出来るわけが無く、それにはフィランダー達だけではなく、その場にいた殆どの者が声を上げる。

 だが、結果として王は彼ら全てを部屋から追い出し、部屋の中、二人きりとなってしまった。




「どうなってるんだ……」


 こんなこと、まかり通るわけが無い。

 フィランダーは出た部屋の前から動けず、焦燥から表情を歪めた。


「陛下がああ言ってるんだ、仕方ないさ」


 そんなフィランダーの隣で、一人の男がそう声を掛けた。フィランダーの側近候補でもある男の一人だ。


 仕方ない? それで済まされると思うのか。

 フィランダーはそう言い返しそうになったが、そこでやっと、周りの様子が皆同じようであることに気付く。

 誰一人として、陛下自らが危険な選択をしていることを咎めることなく、それどころか仕方ないと、言う事を聞くのが正しいと疑わない様子。

 つい、自分もそういうものかと納得しそうになる。 けれど、胸に抱く焦りと綯交ぜになった不快感が、それでいいのかと訴えて来る。


「どう、なってるんだ……」


 フィランダーはもう一度、そう呟くことしか出来なかった。

 この異様な状況から、一刻も早く解放されたい。そう思わずにはいられなかった。



 その後、話し合いを終えた二人は、何事も無かったのように部屋の扉を開く。


 気付けば、改めてフィランダー達に向かってデュークと名乗った男は卒業三ヶ月前だという短い期間だというのに学校への編入が決まり。

 卒業後は王族が管理している辺境地の領地を得て、爵位を賜ることになっていた。

 何があったのか、フィランダーはわからない。それを聞こうにも、何故か父である王は、真っ直ぐに立ち去るデュークの背を冷めた瞳で見つめており、聞き出せなかった。

 王太子として、それでいいのかという葛藤はあったが、何故かこの時、フィランダーは今はこれに触れるべきではないと思った。


 後に、それが正しかったのだと思う時が来るとは思いもせず。



 

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