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遅筆故にのんびりと更新していきたいと思います。
よろしくお願いします。
その日は、晴天だった。
空を見上げたら、一面が青で。ところどころに浮いている白いふわふわしたものがあって。
「おとうさん、あれはなぁに?」
指を差して、問い掛けた。
お父さんは、そんな言葉につられて、空を見上げる。
私より遥かに高い身長は、その分だけ空に近くて、ちょっと羨ましい。
「あれはね、“雲”って言うんだよ」
「くも?」
雲と言われたそれは、動くことなく、空の真ん中でふよふよと浮いている。
触れたら、ふわふわしているのだろうか。そんな気持ちから、つい爪先立ちして、手を伸ばす。
「雲はね、雨を運んで来てくれるんだ」
「あめを?」
そんな私の様子を笑ったお父さんは、そっと抱き上げて、私を肩に乗せた。一気に視線が高くなって、空が近くなって嬉しくて両手を上に伸ばす。
「危ないから捕まってなさい」と横から声が聞こえた。お母さんだ。
今日は、みんなでお買い物に行く日。“商店街”っていう場所に行くらしい。私は初めて行く。
雲に興味津々な私を見て、お父さんは雲が何なのかを教えてくれた。
雲は雨を運んできてくれるもの。けれど、辺りを見渡しても、雨なんてちっとも降ってない。
「あめ、ふってないよ?」
「雨は重たいからね、沢山の雲じゃないと持って来れないんだ」
「じゃあなんであの“くも”さんは、ひとりできたの?」
青空の中で、ぽつんとある雲。
「あの雲さんはね、慌てん坊さんだから、一人で来ちゃったのよ。 これから、みんな来るわ」
隣で私とお父さんの話を聞いていたお母さんが、くすくすと笑いながら教えてくれる。
そっかぁ。 あとからみんなくるのか。
ぽけ、と口を薄く開いたままじっと雲を見つめた。後からみんな来るなら、寂しくないねとつい笑顔になる。
「それじゃあ、雲のお友達がみんな来る前に、お買い物を済ませないとな」
そっとお父さんの肩から降ろされて、手を差し出される。その手をぎゅっと握って、反対の手は、お母さんと握った。
商店街はちょっと遠いから、抱っこして行こうかと言われた言葉を、嫌がったのは私だ。
一緒に並んで歩いて行く。私はもう四歳なんだから、それぐらい出来るのだ。
雲から目を離して、お父さんとお母さんとお話しながら、初めての道を歩いていく。
……ふと、横目にもう一度だけ、雲を見た。
――あわてんぼうさんだなんて、まるでどこかのサンタクロースみたい。
「……?」
「どうしたんだい?」
「ううん、なんでもない」
さんたくろーす、ってなんだろう?
自分で思った言葉が理解出来なくて、首を傾げてしまうと、お父さんに声を掛けられる。
なんだか、言ってはいけないような気がして。慌てて首を左右に振れば、考えることを止めて改めて、ぎゅっとお父さんとお母さんの手を握る。
「疲れたら言うんだよ」と優しく言ってくれるお父さんを見て、嬉しくてふにゃりと微笑んだ。
雲のことは、もう頭の中から無くなっていた。
◆
初めて来た商店街は、たくさんの人がいて、凄く楽しい。
ただその空間にいるだけでも楽しくて、意味も無く辺りを右へ左へ顔を振る様にして見てしまう。
「おっ、その子がお子さんかい? 可愛いねぇ!」
そう声を掛けてきたおじさんに、満面の笑みを浮かべた。可愛いという言葉が、褒め言葉なのを私は知っている。
「アイヴィー、です! よろしくおねがいしますっ」
「おお、挨拶も完璧だなぁ。 よろしくな」
よく挨拶できました、と頭を撫でられるのも嬉しくて、ふわふわと笑う。
そんな私の手を握ったままのお父さんは、おじさんとお話を始める。何かを指差しながら話していて、よくわからないお皿みたいなのに、指を差していた物が移動する。
何を乗せているんだろうと首を傾げるけれど、身長が足りなくて良く見えない。でも、お父さんもおじさんも私に気付かずに話をしている。
ちょっとだけ悔しくて、ぴょんぴょんと爪先で跳ねる。でも結局見えなくて、気になって仕方ない私はとうとう頬を膨らませて、お父さんの手を引っ張った。
「ん? どうしたアイヴィー?」
「それ、なぁに?」
「それ? ああ、これは笊だよ」
「ざる?」
「今日買うものをここに入れてもらってるんだ」
おじさんが手に持っていた笊を中身が落ちないようにそっと傾けて見せてくれる。その中には、私も見たことがある野菜が入っていた。
ジャガイモ、ニンジン。……これは何だろう?
「これは?」
「これは玉ネギだよ」
「たまねぎ?」
「まるいネギだから、玉ネギ」
確かに丸いなぁと思えば、素直に頷いた。
他にもあって、これは? これは? と問いかける度にお父さんはちゃんと答えてくれる。
全部の名前を覚えて、端から指を差して名前を言えば、よく覚えましたと頭を撫でてくれた。
「アイヴィーちゃんは頭がいいなぁ」
おじさんも、感心したようにそう言っていて、褒められていると理解した私は笑みを浮かべて、えっへんと胸を張った。
そんなこんなで、買い物も終わったらしい。
お父さんとお母さんが買った物を見て、全部揃ったと確認すれば、お父さんの大きな手が頭の上に乗る。
「それじゃあアイヴィー、帰ろうか」
けれど、私はその言葉に目を見開いて首を左右に振った。
買い物が終わったのだから、あとは帰るだけだとわかっているのに、まだ帰りたくなかった。
商店街の賑やかさが楽しくて、もうちょっとここにいたかったのだ。
やだ、と駄々をこねる私に、ちょっとだけ困ったような表情をしたお父さんは、お母さんを見る。
お母さんはちょっとだけ考える素振りをした後、笑って頷いた。
「時間はまだあるし、折角だし広場に行きましょうか」