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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者に幼馴染を寝取られたが、女神様は見ていてくれました2

作者: 後藤

途中に陥落する前の王国の描写追加しました


努力は報われると信じて、一所懸命生きていたつもりだった。

世界を救う為、己の力が役に立つと期待に胸弾ませていた。

世界が平和になれば、幼馴染である聖女と幸せな家庭を築けると信じていた。



だが…。




(全ては徒労、無価値、無意味…か)




クマが濃く、虚ろな目をした赤髪の青年は、今まさに行われている華やかなパレードを、焦点が定まらぬ目で見つめる。



熱狂する住民。

空へ広がる色とりどりの花火。

陸龍に引かれる神輿。

その上で、煌びやかな衣装に身を包んだ4人の人間が、民衆へと手を振っていた。



『さぁ!今回見事に四天王二匹目を倒した、勇者様パーティーを紹介します!』



街に張り巡らされた魔導スピーカーより、耳障りの良い女性の声が響きだした。

皆、声を抑え、その声に耳を傾け始める。



『まずは新しく加入した、聖騎士ことクゥ=コロッセ様!』


声に答え、茶色の長い髪をポニーテールにまとめた女性が、凛と笑みを滲ませる。



『次に大魔導こと、ハラー=ミットゥナイ様!』


燃えるような紅い髪の少女が、昔見せてくれていた笑みを零す。



『そして聖女こと、マータ=ユルビッチ様』


銀色の長い髪を靡かせ、清楚な女性が今はもう見る事が適わない微笑を浮かべる。




『最後はお待ちかねこの方!勇者様ことケンタ=ヤマムロ様ぁぁぁぁぁ!』


歓声が、沸きあがった。

黒く短い髪の男性が、剣を掲げ熱に答える。



(俺の名前は、無いか…当たり前、か)



勇者の掲げた剣…聖剣がキラリと光った。

聖剣は意思を持っており、使うものに対して形を変えると言う。

「ニホントウ」と呼ばれていた、芸術品に近い異国の剣。

叩き切るのではなく、純粋に斬る事へ特化した残酷な、されど美しい刀身。



(あれ程恋焦がれたのに、アイツが持ってるというだけで汚く見えるな)



青年がそう思いながら見ていると、ふと違和感を覚えた。

先日まで妖しくも魅力的な光を放っていた光が、弱くなっている気がしたのだ。



勇者が、聖剣をいきなり神輿の床に刺した。

その乱暴さに苛立ちを覚えると共に、折れたはずの心が悲鳴を上げる。



『おおっと!』


歓声が、本日最大の音量をあげる。

神輿場の勇者が、聖女と大魔導を抱き寄せ、口付けを交わしたのだ。


聖女と大魔導は嫌がるそぶりも見せず、むしろ喜び、雌の顔を垣間見せる。

聖騎士は横目で、それを羨ましそう眺めていた。




(… … …くっ!)



妹であった者、幼馴染であった者の、記憶の中の彼女達とは異なる顔。

青年は吐き気を何とか押さえ込むが、次の瞬間それすらを忘れるほどの衝撃を受ける。



ふと、勇者と目が合ったのだ。



黒髪の少年は勝ち誇ったように口を歪め、密着する女性2人へと何かを伝え、青年の方を指差した。

大魔導と聖女とも、目が合う。

だがそれは、嫌悪感を隠そうともしない、喩えるならば道端に落ちた動物の糞を見るかのような目へと変わった。



(…ははは、はは…っ!)



耐えられない。

青年は踵を返すと、賑やかとは別の方面…街の出入り口へと足を進める。



「ガッドラーか、さっさと出て行け」



街の出口で、青年…ガッドラーへと、衛兵が声をかけた。

顔見知りではあるが、その声に親しみは無く、むしろ憎しみが込められている。




「ったく、よりにもよって勇者様達に歯向かうなんてな」

「… … …そう、だな」



衛兵の声にガッドラーは力なく答え、再び振り向き…昨日の事を思い浮かべる。


栄光を夢見た、メテルスブル王国。

今までこの国の未来のために努力してきた男の居場所は、もうここには…無かった。





□ ■ ■ ■ □ □




「ヤマムロ様、また剣術の訓練をサボりましたね?あぁ、また聖剣をそんな乱暴に!」

「ちっ、うぜぇのが来た。いいじゃねーか、俺、強いんだし」

「ですが基礎は大事です、ヤマムロ様は動きが大きい分隙が…」

「あーあー!うっせぇ!ハラー!マータ!コイツ何とかしろよ!」




今日も王城内で豪勢の限りを尽くす、勇者ケンタ。

魔王フェスティボを倒すべく異世界から召喚されたこの少年は、始めこそ謙虚であったが次第に名声へ溺れて行った。



「兄さん、ケンタは充分強いです。先日の四天王だって簡単に倒したです」


妹である、大魔導ハラー。

旅の途中大魔導として目覚めたが、それこそ最初は兄であるガッドラーと一緒に居たいが為に旅に同行していた。

最初はガッドラーお兄ちゃんと慕っていた彼女が、名前を呼ばなくなって久しい。

幼い頃に両親を無くし、共に必死に生きてきたのに…勇者と釣り合うようにと、勝手にどこぞの貴族の養子となっていた。



「ガッドラー、もしかして貴方、ケンタに嫉妬して嫌がらせしているの?だとしたら器が知れるわよ」


幼馴染であり、婚約者でもある聖女マータ。

ガッドラーは彼女の護衛として、魔王討伐の旅に参加していた。

未だキスしかしていないが、彼女の慈愛満ちた眼差し、微笑み、声は全てガッドラーに向けられていた。

…が、今はもはや同じ時間を共に過ごそうともしない。

それどころか、敵視しているのではないかと思うほどの毒を吐くようになった。



「…そういうわけじゃない。だけど努力は裏切りません。剣術を身につければ、ヤマムロ様はもっと強くなります」



同意を求め、ガッドラーは聖騎士クゥへと目を向けた。

武に関しては共感出きるモノを多く持つため、こちらの味方してくれるだろう。



「ガッドラー殿、訓練で疲れた所を敵が狙ってきたらどうする?貴様は責任を取れるのか?」



だがその期待は裏切られ、ガッドラーは女性3人を敵に回してしまう形となった。

しかも言ってる事が、メチャクチャだ。


ここで妥協するのは簡単だ。

だが、勇者が強くなれば、より救える命が増える。

ガッドラーはそう覚悟を決め、本音を曝け出す事にした。


チラリと、勇者の横に無造作に置かれた聖剣を見る。

今は藍色の鞘に収められてはいるが、その刀身は妖しく、美しい。

自身の剣への愛情はあるが、それを掠めてしまうほどの魅力を聖剣は持っている。

あぁ、アレを振るう事ができれば…と言う想いを胸に秘め、ガッドラーは勇者を真っ直ぐと見つめた。



「…今のヤマムロ様の強さは、聖剣の恩恵によるものです。聖剣がなくなった時の事を考え…ぐぁ!?」



ガッドラーの物言いの途中、勇者が投げた陶器のコップが顔に当たり、砕けた。

額にヌメリとしたモノを感じ、思わず膝を突く。

頭を上げ様子を伺うと、顔を真っ赤にした勇者がツバを飛ばしていた。



「てめぇ!俺が聖剣無しじゃあ何もできねー様な言い方だなオイ!」

「違います!万が一聖剣が無い時も戦えるよう訓練すべきだと」

「同じじゃねぇか!あぁ、ムカつく!実にムカつくなぁ!…そうだ!」



勇者は徐に立ち上がり、ガッドラーの頭に足を乗せる。

内心苛立つが、立場的に歯向かう事は出来ない。



「じゃあよガッドラー、勝負しようぜ」

「勝負、ですか?」

「おう、明日、騎士団の訓練場で模擬戦だ。勿論聖剣は使わねぇ。お前が勝ったら、言う事聞いてやるよ」


ガッドラーは勇者に聞こえぬよう、息をはいた。

聖剣が無ければ、勝てる可能性が高い。

いやむしろ、負ける要素は見当たらない。

勇者は強いが、それはガッドラーが言ったように聖剣の力によるものが大きい。

確かに同年代の子と比べると抜きん出てはいるが、ガッドラーの方が強いのは明らかであった。



(これでマータ達も目を覚ましてくれるかもな)



今までの勇者の言動を思い出し、ガッドラーは眉をひそめる。

女性を見れば勇者と言う事を誇示し、手を出そうとする。

いや、実際手を出して孕んだ女性すらいる。

なのに、国から脅しをかけて口を噤ませているのだ。


それだけじゃない、始めは距離を置いていたハラーとマータも、いつの間にか慕うようになっている。

聖剣の力を無駄に使い、派手に勝利する。

また、魔法職の彼女等を前衛として使うという愚考を行い、わざとピンチに陥らせて、颯爽と助ける。

最初から勇者として力を振るえば、何も問題が無い局面が多かったはずだ。

その積み重ねで、女性陣の心を手に入れんとしている。


ガッドラーは、その事に関しても危機感を抱いていた。




「わかりました、…それで、ヤマムロ様が勝った場合は?」

「パーティーから抜けろ」

「…っ!?」



俺に口うるさく言うな、程度の要望だと思っていたガッドラーだが、思い切った提案に対し言葉が詰まった。

もし、自分がいなくなれば、勇者を誰が制御するのか。

いや、マータやハラーを、誰が守ってやれるのか。



(…しかし、ココで受けねば改善しない、か)




「…わかりました」


「おう、んじゃ、明日な」

「あ、ケンタ殿!お供します」

「ケンタの部屋で、残りを食べるです!」



勇者はにやりと笑い、乱暴に聖剣を手繰り寄せ、部屋から出て行く。

ハラーとクゥはガッドラーに見向きもせず、同じく退室し始めた。

ただ、マータは、未だ膝をついているガッドラーを見ているようだった。



「恥ずかしい男ね、男の嫉妬はみっともないわよ」



顔をあげ、幼馴染を見ようとした所での言葉に、ガッドラーは息が止まる感覚に陥る。

心臓が振るえ、体に冷たいものが走った。



(…もはや回復もしてくれないんだな)


ズキリと、額に鈍い痛みが残る。

小さい頃は少しのかすり傷でも、大げさに回復してくれた幼馴染の面影。

もう、無理なのだろうか、と。

その幼馴染の足音が遠ざかる度、面影が歪み、涙となった。









翌日。

王城内の騎士団訓練場には、多くの観客が詰め掛けていた。



(…これ、大げさすぎないか?)



たかが、模擬戦をするだけ。

なのに、騎士達どころか王族、貴族までもが混じっていた。



(逆に言えば、コレは好機だ)



コレだけの前で負ければ、いくら勇者とて心を入れ替えざるを得ないだろう。

ガッドラーは訓練場に持ち込まれた椅子に行儀よく座る勇者を見つけ、ため息をついた。

横に侍らせた聖騎士クゥからはともかく、実妹であるハラーからも憎しみの目を向けられ、陰鬱とした気持ちとなる。



(…あれ?マータは?)


「ガッドラー」


勇者の横に、幼馴染の姿がいない事に気付いたと同時に、後ろから声をかけられた。

振り向くと、あの頃向けてくれていた笑みを浮かべた幼馴染が、ガッドラーへと頭を下げる。


「昨日は治療もせずごめんなさい、貴方の血を見て、動転しちゃってた」

「あ、あぁ…」


嬉しい反面、ガッドラーの中に戸惑いが生まれた。

幼馴染の手のひらを返した様を訝しむが、そういえば気まぐれな面もあったな、と納得する。



「ガッドラー、頑張ってね」

「ん、有り難う…懐かしい味だな」



差し入れ、なのだろう。

マータの差し出した水筒を受け取り、中の物を飲む。

すると、昔からマータが淹れてくれた…最近は飲む事が出来なかった、特製の紅茶だった。

カラアゲレモンという柑橘類の強烈な芳香が、そして離れたと思っていた幼馴染の思いやりが、ガッドラーの沈んだ心を奮い立たせてくれた。



「ガッドラーさん、準備はよろしいですか?」


「あぁ、始めよう」



猫の被り方だけは一人前だな。

心の中で笑いながら、ガッドラーは武器を構えた。

得物は、愛剣のカッツバルゲルだ。

対して勇者は、木刀であった。



「ヤマムロ様、武器はそれでよろしいのですか?」

「はい、この位はハンデが合ったほうが良いでしょう」



丁寧だが、完全にこちらを見下している様。

ガッドラーは苛立つが、平常心でいようと、怒りを抑える。


まるで時間が止まったような感覚。

流れを生み出したのは、上階の席に座っていたメテルスブル王だった。



「皆の者聞け!この戦いは神聖な契約で執り行われる!」


ざわめきが消え、皆、メテルブルグ王へと姿勢を正した。


「聖女ユルビッチの従者ガッドラーが勝てば、勇者殿はガッドラーの下で訓練を行う!そして勇者殿が勝てば、ガッドラーは従者を罷免される」



静かに湧き上がる声々。

だがそれは「従者のクセに不敬な」や「身の丈を知らぬ弱者」など、ガッドラーを非難するものであった。



(勝てばいいんだ、勝てば、全てが良い方向へと向かう!)



妹の心は、完全に勇者のものであろう。

だが、幼馴染は、婚約者はまだ可能性がある。

そして、勇者は真面目に強くなり、魔王軍の脅威になるはず。


ガッドラーはそう信じ、武器を構える…が。



(…な、んだ?)



グラリ、と、世界が歪む感覚。

同時に、遠くで試合開始の合図が聞こえた。



勇者が、いつも通りバカ正直に突撃してくるのが見えた。

力が抜ける手で、勇者が振り下ろした木刀を、辛くも受け止める。




「どうしました?ガッドラーさん?」




勇者の、嘲りが含まれた声。

反撃しようとするが、ガッドラーは体を動かせないでいた。





(なんだ、これ!)



体が重く、視界がぼやける。



「毒、効いてきたみたいですね」


勇者の憎たらしい顔もぼやけているのが救いだが、その口からボソリと発せられた言葉が、がッドラーの頭をクリアにする。


毒。

俺は何を食べた?

いや、…飲んだ!?



次の瞬間、ガッドラーは、いつの間にか勇者側へと移動している幼馴染の方へと顔を向けた。


目が、合う。


すると、マータは気まずそうに目を伏せ、横を向いた。




「お前が…」

「お、おおっ!?」

「お前が、アイツにさせたのかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



怒りが、ガッドラーの身体能力を上げる。

毒を無理やり押さえ込み、勇者へと会心の一撃を至近距離で叩き込んだ。



「何…、だと…」



しかし、片手に持つ木刀に、軽く防がれてしまった。




「僕は頼んでないよ、マータが勝手にやった事さ…俺の事を想ってな!」


勇者は本性を表すが、この状況でそれに気付くものはいないだろう。

口と目をイヤらしく歪め、勇者は言葉を続ける。




「昨日ベッドの中で言ったんだよ、俺が負けたら二人だけの時間が減る、ってな」

「な、ベ、ベッド…、だと?」

「あー、お前達そういやヤッてないんだっけか。あんないい女、さっさと手出せよ情けねー。おかげで俺が美味しい思いできてるんだがな」

「そんな、そんな…」

「もう20回はしてるし、後ろの穴も経験済みだ。昼と夜のギャップがたまんねーんだよな。最近じゃ喜んで小便見せてくれるぜ」



信じられない。

手を握るだけで恥ずかしがり、口付けを交わしただけでも顔を真っ赤にした、マータが…。

ガッドラーの心に、敗北感が浸蝕し始める。



「あ、お前の妹も食ったから。アイツは露出癖あるんだぜ?ローブの下は基本ノーパンだ、うひひ」



(…コイツだけは!)



ガッドラーの頭の中は、勝ち負けなどもはやどうでも良くなっていた。

一太刀、こいつを…!



「ま、そろそろ終わらせようぜ!俺の踏み台になってくれてありがとよお・義兄・さん♪」



勇者は後ろに飛び距離を開けた瞬間、木刀から眩い光が生み出された。

明らかに殺意が込められた、眩い軌跡。

が、それはガッドラーの得物を砕け散らせ…まるで意志を持ったかのように、ガッドラーの脇をすり抜け、霧散した。



勇者は首を捻るが、周りからすればすごい技に見えたのだろう。

しかも木刀で、だ。

勇者の力を垣間見て、皆興奮し始めた。



(ちが、う…、あれは木刀なんかじゃない!)



今の勇者の強さを、ガッドラーは一番知っている。

聖剣が無ければ何もできない…、つまり聖剣があれば…!



「ヤマムロ!お前、聖剣を使ったな!」



聖剣は、使用者の求める形となる、と言われている。

つまり、アレは木刀に見せかけた、聖剣だ。

昨日、勇者は聖剣を使わないといったはずだ、なのに…!



ガッドラーがその事を責めようとするが、勇者は人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。



「負け惜しみですか?でもそれは酷いですね。これのどこが聖剣に見えますか?」



「おいおい、負けたのを剣のせいにしだしたぞ」

「無様ね、潔く負けを認めれば良いのに」

「あれが聖剣なはずないだろ、馬鹿じゃないの?」



観客も、ガッドラーへとより強い非難をぶつけ始めた。

ガッドラー自身、信じて貰えるとは思っていない。

ただ、仲間であれば…、勇者の今の強さを間近で見ていた3人ならば、と、期待を込めて目を向けた。



「見損なったぞガッドラー殿、いや、ガッドラー。武人として少しは尊敬してたのだがな」

「兄さん、もうやめてです!恥ずかしいです…あんなのと血が繋がってるなんて、いや、です」

「ガッドラー、負けても少しは庇ってあげようと思ってたのに…、さすがにソレは」


だが、それは易く崩れ去ってしまった。

拒絶、失望、嫌悪。

ありったけの悪意を、聖騎士、実妹、婚約者からぶつけられる。


「そ、そうだ!じゃあ今ココに聖剣を持ってきてくれ!それが聖剣ではないなら、持って…」

「もう良い!止めよ!」



ガッドラーの言葉に、勇者が始めて焦りを顔に出した。

やはりか、と言葉を続けようとするが…、上から、メテルスブル王の厳格な声が響く。



「ガッドラーよ、見苦しいぞ!木刀が聖剣だから負けただと?あまりにお粗末な言い訳ではないか!」

「陛下、しかし聖剣というモノは、形を自由に…」

「えぇい、もう良いこの痴れ者が!神聖な試合を貶しおって!貴様は王都、いや、この国から追放する!」

「な…、ぇ・・・」


「残念ですガッドラーさん、今まで有り難う御座いました。うひっ…努力は裏切らない、今でも同じ事言えるか?ざまぁ!」



そこから先の、ガッドラーの記憶は曖昧だ。

周りから、耳が腐りそうなほど罵詈雑言を浴びせられ。

騎士団連中に、クズと袋叩きされ。

勇者は、何も無かったかのように帰り。

実妹であるハラーからは、口頭で絶縁され。

兎に角、多くの事が起こりすぎて、ガッドラーが我に返ったのは空が茜色に染まった頃であった。



「マータ…」


会場にはもはや誰もおらず、いや、ただ1人。

まっすぐと、ガッドラーを見つめる存在が居た。



「ガッドラー、私ね、貴方の優しさは好きだった。でもね、命をかけて戦っていく中で、貴方の優しさじゃだけじゃ物足りなくなったの」


「…マータ、それ以上は言わないで、くれ」


「貴方と違う、ケンタの押しの強さ。私は次第にそれが心地よくなった。貴方の見守る優しさより、ケンタの守ってくれる強さを好きに…ううん、夜を共にするにつれ愛するようになったの」


「でも、俺とマータは、婚約」


「無かった事にして?もう貴方に関心が持てないの…私はケンタと寄り添い生きていくわ。彼を支えてみせる。聖女としてじゃなく1人の女として…だから、さようなら」




あぁ、徒労だな。

全て、徒労だった。




マータが城内へ、一度も振り向かずに消える。

ガッドラーは心臓が壊れるほどの悲しみを感じたが、既に出尽くしたのか…涙は流れなかった。





□ ■ ■ ■ □ □




(結局、一言も謝りはしなかったな)



毒を飲ませた事は勿論だが、一方的に婚約を解消して「ごめんなさい」すら、元婚約者からは聞けてない。

だが、心底どうでもよくなっていた。



(…心が壊れた、ってやつか)



昨日まではあんなに焦がれたのに。

落ち着いて昨日の流れを思い返してみると、ガッドラーの中にはもはや幼馴染と実妹の存在は希薄となっていた。


復讐、という気持ちさえ無い。

なんかもうどうでもいいな、とガッドラーは空を見上げる。



(その内俺の中から存在が消えるかもな、そっちの方が都合が良いか)



「ほら、さっさと消えろ!明日までに国をでろよ」

「あぁ、そうしないと捕まって死罪だからな」




見送りはなし。

いや、逆に悪意のある目を向けられるよりマシか、と、ガッドラーは門を潜った。



(さて、どうするかなぁ。帝国へ向かうか、それとも冒険者として自由都市で暮らすか)



気付けば、選択肢は多い、しかも広い。

勇者達との縁は失ったが、何と言うか…そう、可能性だ。

好きな所にいけるし、別の女性と恋愛もできる。



「自由を得た、って奴か。まぁ、とりあえず、壊れた武器をどうにかしないとな」



『武器だったら、セイヴが直せるの!』



つい漏らしてしまったガッドラーの独り言に、後ろから答える声があった。

明るく、元気溌溂とした音色。


ガッドラーが振り返ると、黄色いワンピースに身を包んだ、12歳ほどの少女が笑顔を作っていた。

首を少し横に倒し、その金色の長い髪が、風に流される。



「どうしたお嬢ちゃん、街に戻らないと危な…い…」



ふと、ガッドラーはこの少女を知っている気がした。

いや、知ってると言うより、ずっと近くにいたような…。



(いや、まさか…、でも、この感じは)





自身のたどり着いた答えに驚愕し、ガッドラーは唇を湿らせ、紡ぐ。






「…聖剣?」


『すごいの!やっぱガッドラーは解ってくれたの!』


「まじか」



目の前でピョインと撥ねる、少女。

言ったガッドラー自身も、未だ信じられないでいた。



『セイヴはセイヴ=ザ=クイーンなの!これからもよろしくね、ガッドラー!』


「いやいやいやいやいや」



続けての衝撃の告白に、ガッドラーは頭痛を覚える。

セイヴ=ザ=クイーン。

神話に伝わる、聖剣を作り出したと言われる剣の女神だ。


少女の嘘…とは考えられないでいた。

見た目はこんなんだが、滲み出る雰囲気は間違いなく聖剣なのだ。




「アイツ、あー、いや、勇者の傍に居なくて良いんですか?」

『あんな奴、もうどうでもいいの!あと、普通に話して欲しいの』


「いや、でも、貴女、聖剣ですよね?」

『セイヴが勇者と進むと誰が決めたのかなーって。あと普通に話して欲しいの』


「えー…、聖剣無くなった事に気づいたら、俺が疑われる展開だコレ」

『分身を置いてきたから大丈夫なの!当分は同じ性能で使えるの!』


(あー、そういや何か変だなー思ったんだよ)


ガッドラーは思い出した。

パレードの際、勇者の掲げていた聖剣の光が、弱くなっていた事を。

解れよあのクズ勇者!

んー、まぁ、成程そういう事か、と得心…いや、やはりまだできない。



「なんで、俺なんです?」

『むー、ガッドラーが普通に話してくれないの』



ガッドラー本人は、まじめな話をしてるつもりだ。

だが、セイヴの頬を膨らませる様を見て、思わず口角が上がる。

先ほどまで悪意に晒されていた分、ホッと安心できた。



「では失礼して…、なんで俺なの?」

『ガッドラーはセイヴをいっつも見てくれていたの!大事にしろと言ってくれたの!』



セイヴの言葉に、ガッドラーはつい赤面してしまった。

見られていた。

よほど変に映っていただろうと、変な声を上げそうになる。



『セイヴ嬉しかったの!セイヴの力じゃなく、セイヴ自身を見てくれたガッドラーが好きになったの!』

「いや…、結局は、セイヴが聖剣だったから、だと思う。」

『きっかけはそうだと思うの!でもでも!ガッドラー、いつもセイヴを見守ってたよね』



そうだっただろうか、とガッドラーは過去の自分を見つめ直す。

…確かに、勇者が聖剣、いや、セイヴを雑に使うのが耐えられなかった。

傷がついてないか、血糊が残ってないか、欠けてないか。

言われてみれば、暇さえあれば見つめてた気がする。

それはいつしか聖剣だから、ではなく、一振りの剣として認識してたかも知れない、と、ガッドラーは苦笑を浮かべた。



『それに、セイヴの力に頼らない様言ってくれたのも嬉しかったの!結局今までの人って、セイヴを道具としか見てくれなかったの』



それはそうだろう。

剣はあくまで戦う武器、つまり道具だ。

だから、勇者がそのように使うのは当たり前だった。

だが、それでも納得できない自分がいた。


何故か。



『ガッドラー、勇者にいつも言ってたよね。セイヴに振り回されるなって。セイヴに相応しくなるように訓練しろって。セイヴね、そういう考え好きなの!えとね』




道具としてではなく、一緒に生きていく存在って感じがして、素敵だと思うな。




セイヴのその言葉に、ガッドラーの中で、何かがすとんと落ちる。

あぁ、そうだったのか。

俺は、本当に嫉妬してたんだな、と。


勇者の聖剣への執着の無さを見ると、次第に聖剣を欲するようになってしまう。

だからこそ俺はどうにかして、勇者に執着して貰おうとしてたのか、と。



(…はははっ、同じだな)



ガッドラーは考える。

恐らく、マータも同じだった事だろう。

マータを見守ってたつもりが、執着が無いと思われてしまったのか。

多分、ハラーも同じような状態、だったんだろう。

考えてみれば、何度か、勇者が彼女達に言い寄る場面があった。

だが、俺は「大丈夫だろう」と妄信して見守っ…いや、何もしなかった、か。

そりゃあ、グイグイ行く勇者に取られるわけだ。



(自業自得、か。でも、だからと言って許せるわけないけどな)



とは言え、復讐心は無いに等しい。

結局は、無かった事、居なかった事にして、新しい生活を始めるしかない。


ガッドラーの中で、簡単はあるが気持ちの整理がついた。

すると、空が急に広くなったように感じた。

風が体を撫で、土の匂いを鼻腔へと張り付かせる。



「…で、要は俺と一緒に来てくれるって事かな?」

『勿論なの!もうあんな奴の元に戻りたくないから、よろしくね』



「でも俺、セイヴが思うような人間じゃないぞ?汚い部分も一杯あるし」

『そんなのセイヴ達神族も同じなの!普通に嫉妬するし、殺意抱くし、結構はっちゃけてる神も多いの!エッチな神もいるの!』



「…王国にセイヴがいなくて大丈夫かな?一応、魔王と戦ってるのに」

『知らないの!セイヴにはそんな責任まーったく無いの!ガッドラーにした事許せるわけ無いしね』



「ははは、有難う。…俺、そんな強くないんだけど、いいのかな」

『これから強くなればいいの!大丈夫、ガッドラーいつも言ってたの、努力は裏切らないって!』



「…っ!そうか…、そう、だよな。ありがとうな、セイヴ」

『うん!セイヴ、ガッドラーを見てたよ。頑張ったね!これからはセイヴも一緒なの!』



「それは助かるな。…さて、まずは何処に行こうか」

『自由都市リベルにいけばいいと思うな!あそこの迷宮に、セイヴの知り合いがいるの!』




青空の下、地面に2つの影が伸びる。

ガッドラーは横ではしゃぐ少女を見て、初めて仲間ができた、と。

王国を振る向く事無く、前へと進んだ。









そして、1年後…。


あらゆる国から干渉を受けない、自由都市リベル。

多くの者が冒険者として迷宮へと潜り、一攫千金を夢見る街。

そんな街で、ガッドラーは自由に生きていた。






『ねぇねぇガッドラー!今日はどんな仕事を受けるの?』

「んー、木材が不足してると大工さんが言ってたし、伐採作業でもするかな」

『賛成なの!だったらセイヴ、今日は斧になるの!それともノコギリ?』


石造りの建物が不規則に並ぶ街中を、2つの影が賑やかに歩いている。

体が逞しくなったガッドラーと、見た目が全然変わっていない剣の女神ことセイヴだ。



『聖剣をそんな事に使うなど、ガッドラー殿だけでありますよ』

「ダメか?」

『滅相も無い、個人的には好印象であります』



ただ、以前と異なる点と言えば、2人の横に別の少女がいる事だろう。

歳はセイヴと同じ位の、黒く短い髪。

灰色の軍服脱に身を包み、ガッドラーとセイヴに並んで、歩いている。



『イソロクも最初驚いてた事思い出したの!でも、あれはセイヴもビックリだったの!』

『でありますなぁ!まさか楯の女神である自分を鍋にして、炊き出しに使うなどとは!』

「あー、王国からの難民にふるまった時か懐かしいな。でも、お陰で皆助かったよ」



彼女は、イソロク。

ここ自由都市リベルの迷宮でガッドラーが見つけた、楯の女神だ。

セイヴの友人、という事で、今は共に行動をしている。

見た目は少女だが、セイヴと同じく女神であり、楯になる事が出来る。




「おう、ガッドラー!それにお嬢ちゃん達!」


『ポットデおじさん、こんにちわなの!』

『ポットデ殿、お疲れであります』

「ポットデさん丁度良かった、今日の夕食の、って何があったんですか」


馴染みの店の店主から声をかけられ、3人はそれに答える。

が、荒れた店先を見て、ガッドラーは目を細めた。



「あぁ、店の商品を盗もうとした奴らがいてな、捻って憲兵に突き出してやったよ」


ガッドラーは、またか、とげんなりした。

ここ最近、王国からの難民が流入し、治安が悪くなっているのだ。

この間もセイヴを攫おうとした奴らがいて、捕縛したばかりだった。



「王国は魔王軍に連敗中だからな。勇者達にはしっかりして貰いたいもんだぜ」

「はははっ、全くですね」

「本当だぜ、っと、今から組合かい?」

「えぇ、森林伐採の仕事を受けようと思いまして」

「ガッドラー…お前さん金級冒険者なのに…、いや、それがお前さんの良い所か」


『そうなの!』

『解っているでありますなあ!』

「まぁ、向上心が無い、ってのは自覚あるんですけどね」



その後夕食の素材を注文したガッドラー達は、その足で冒険者組合へと足を運んだ。

と、そこでやけにざわついてる事に気付く。

受付には職員が不在で、多くの冒険者が困っているようだった。



「来よったか、ガッドラー、それにセイヴとイソロク。ほれ、こっちへ来い」



組合内を見ていると、一人の女性がジョッキを掲げる。

ガッドラーは酒臭さに眉を顰め、女性へと近づいた。

エメラルド色の長い髪に、褐色の肌。

ガッドラーを見つめる釣り目が細まり、楽しそうな笑みを浮かべる。


彼女の名前はフェスティボ。

ある日、街の外で重傷を負っていた彼女を助けたのが、出会いだ。

何故かセイヴ、イソロクと顔見知りだったため、ガッドラーも深く考えず彼女を介抱した。

当初はその正体に驚くも、今は仲間に近い存在として交流している。



王国を追い出されて、1年。

ガッドラーはこの地で、多くの知り合いや仲間を得ていた。



「フェスティボ、一体何があってるんだ?」

『ってか、また朝から飲んでるの!』

『フェスティボ殿、酒臭いでありますよ』


「いいではないか、人間の造る酒は美味いからのぉ」



フェスティボと呼ばれた女性が、空になったジョッキに酒を注いだ。

すぐさま喉へ流し込み、プハァとなんとも美味そうに息を吐く。



「ガッドラー、どうやらお主に関係がある事じゃ。王国からお客様が来てるらしいぞえ」

「俺に?王国から?」

「そうじゃ、ふふっ、もうすぐ呼ばれるであろうよ。おもしろそうよの。どれ、妾も同席させて貰うか」



嫌な予感がすると同時に、ガッドラーは職員から声をかけられた。

職員はよほど興奮しているのだろう。

組合内全体に響くほどの大声で、驚愕の事実を伝える。



「ガッドラーさん、あの、王国から聖女様と大魔導様が!」



(…めんどくせぇ)



ガッドラー、セイヴ、イソロク。

3人の顔が、同時に歪んだ。




□ ■ ■ ■ □ □




「久しぶりね、ガッドラー」

「…お久、です」



冒険者組合内の応接間。

迷宮から出た珍しいものが、所狭しと並んでいる。

実はこの半分が、ガッドラーが見つけたものだ。



ガッドラーは、正面に座る女性2人を観察する。

大魔導と持て囃される、同じ色の髪を持つ元妹のハラー。

聖女として名高い、幼馴染で元婚約者のマータ。


2人ともその名に恥じぬ容姿と衣服ではあるが、その顔には薄らと疲労が刻まれていた。



「…それで?今更俺に何の用?」



実に1年ぶりの「勇者夫人」との再会。

会えば、自分の中に何かドロッとしたものが芽生える。

そう思っていたガッドラーであったが、特に何もない事に内心驚いた。


(…彼女達のお陰だな)


ガッドラーは、後ろで大人しくしている女性に感謝した。

王国での出来事を過去と割り切れているのは、間違いなくセイヴのお陰だ。

そして新しく加わった、イソロク。

この地で出会った、フェスティボやポットデ達。

仲間達との忙しくも楽しい時間が、過去を上書きしてくれた…、ガッドラーはそう思えてならなかった。




それに動揺したのが、ハラーとマータだ。

何かしら、恨み言を言われるとは思っていた。

なのに、ガッドラーは穏やかに対応してくれている。

勿論それは穏やかに、ではなくある種の無関心なのだが、2人は緊張を緩め、口を開いた。



「前置き無しで言うわ、ガッドラー、王国に戻って来て」

「魔王軍との戦いが激化してて、戦力が欲しいのです」

「貴方の活躍は聞いてるわ、多くの迷宮を制覇、地底竜の討伐、帝国皇族の救出…」

「短期間で金級冒険者に昇りつめた猛者、と評判です!」



2人の言う通り、ガッドラーは強く、そして有名となっていた。

されど本人は決して驕らず、謙虚

これは自分の力はセイヴとイソロクが居るからだ、という考えに由来するものだが、ここ最近では勇者以上に、ガッドラーは話題の種となっている。

王国では、ガッドラーのあの時の言動が真実として扱われ、勇者を引き立てる悪役として歌にもなっている。

が、それを信じる者は、この自由都市には殆どいない。



ただ、ある程度予想はついていたとは言え、ガッドラーの中に失望が生まれた。

あれだけの事をした身で、都合が悪くなるとこれだ。

王国について情報を持ってはいるが、ガッドラーはあえて聞いてみる。



「ところで、聖騎士は、クゥはどうした?今日は留守番か?」

「ク、クゥは…その、魔王軍と戦った時に、両腕を…」

「強力な呪いがかかってて、マータでも再生できないです…」



ふむ、と、ガッドラーは一呼吸置く。



「勇者がいれば大丈夫だろ?訓練無しであんなに戦えたんだからさ」

「えと、そう、でもないの…実は、聖剣の力が通じなくなっちゃって」

「多分敵が強くなったのです、ケンタは、んと今、く、訓練頑張ってるです」



アイツがそんな事するわけないだろ、とガッドラーは笑いを堪えるのに必死だった。

俺は本気を出していない、など妄言を吐き、酒と女に入り浸ってる。

戦いでは常に後列に隠れ、がくがくと震えている。

そんな内容の笑い話が、静かに広まりつつあるのだ。


首を少し捻り、ガッドラーはセイヴを覗き見た。

キョトンと、首をかしげる様が可愛く、心が穏やかになる。

聖剣…セイヴはここにいるが、勇者の手元にある分身でも数年は大丈夫だと本人が言っていた。


なのに負け続けてるという事は、勇者があの頃から何も変わってないと言う頃だろう。

併せて、勇者頼りで楽を覚えた王国の怠慢。


魔王軍は常に考え、対策し、変化していった。

要は、その差だ。




「…で、王国は俺に何をしてくれるんだ?」



ガッドラーは赤い毛を触りながら、再び、あえて、聞いた。

答えは予想できるが、そうあって欲しくない。

だが、その期待は泡沫のように消え去った。



「一年前の事を許す、と陛下は仰ってるわ」

「王国に戻れるです!私達も、あの時の事を許すです」

「ふふっあの人の強さを見たらあんな事言うのも理解できるもの。でも良かったわね、これで王国に…」


「…ぷっ!あはははっ、はははははははははははははは!」



突如笑い出したガッドラーに驚き、大魔導と聖女は言葉を止める。

セイヴとイソロクはそんなガッドラーを悲しそうな目で、フェスティボは無表情で見つめた。



「…あー、笑った、いや、笑えねぇ。話はもちろん断らせて頂くよ」



「…は、え、え?何で!?何で断るの!?」

「よ、良い話ですよ!名誉回復できるです!」



お前達は未だに、俺が嘘をついた、と思ってたんだな。

ガッドラーをそれを口にしようとするが、止めた。

今更、言っても仕方がないからだ。



「王国内での名誉とか、俺の人生にはもはや不要だよ」




「こ、このままじゃ王国が危ないの!いや、世界が危ないのよ!」

「何故そんな無関心です!?人々がどうなっても良いですか?こ、ココも魔王軍が来るです!」




「それこそお前達の旦那様が何とかしなきゃな、いやいや、勇者様万歳だな」




「…だったらガッドラー、私を一度だけ抱かせてあげる。だから、戻ってきて」

「何言ってるんだよ」

「過ちとは言え婚約した仲じゃない。私の事好きだったんでしょ?あ、もしかして今も…」

「それ以上口を開くな。…世界の心配してるようだが、大丈夫だ」



だよなぁ?、と。

ガッドラーは振り返り、フェスティボを見て尋ねる。



「お前は王国関係以外、手を出すつもりは無いんだろ?」

「勿論じゃ、先に喧嘩を売ってきたのは王国じゃからな」



妖艶な笑みを浮かべ、フェスティボは問いに答える。

驚いたのが、聖女と大魔導だ。

魔王と同じ名前を持つ女性を凝視し、首をかしげる。

フェスティボが自身の魔力を弱く放つと、2人はヒステリックに立ち上がった。




「ま、魔王フェスティボ!何故ここに!」

「愚問じゃのぉ、人間が作る美味しいモノを飲み食いしてるだけよ」

「こ、ここは人間の住む都市です!魔族が、なんで!」

「うるさいのぉ、ここは自由都市。そういう柵なぞ無意味な場所じゃ」



2人は顔を真っ青にし、次はガッドラーを見る、いや、睨みつける。



「ガッドラー!魔王と手を組んでたのね…裏切者!最低ね!」

「軽蔑するです!やはり貴方は。何も変わっていないです!」

「王都を一緒に滅ぼすつもりね!復讐のつもり?ほんっと小さい男!婚約、いや、幼馴染ってだけで恥ずかしいわ!」

「もうこれ以上恥をさらすのやめるです!さすがに情けなくて、泣きそうです!」



青から赤へと急変したあからさまな敵意に、ガッドラーはさすがにうんざりし始めた。

もうこれ以上話しても仕方がない。

ガッドラーはゆっくりと立ち上がり、セイヴとイソロクの頭を優しく撫でる。


「すまん、先に帰る。夕食作っておくから、後で戻って来てくれ」

『了解であります。…気を落とさずに、とは無理でありますか』

『うん、わかったの!ガッドラー、後は任せるの!』




「ちょっと待ちなさい!まだ話は…うっ!?」

「今ここで一緒に魔王、お、がは!?」



構わずガッドラーに詰め寄ろうとする2人を、フェスティボは顔色変えずに殺気を放ち、止める。




「騒ぐな痴れ者。ガッドラーが妾の夕食を作れぬであろう」

「お前、食べに来る気かよ」

「勿論じゃ、ダメかえ?」

「うんにゃ、でも自分の分の酒は持参だからな。…じゃあな、ハラー、マータ」




扉を開け、一度振り返り、ガッドラーは別れの言葉を告げた。

その時の目に悲しみが滲み出ているのに気づき、フェスティボの中に静かな怒りが湧く。




「魔族がいれば敵と見て害をなす愚かな王国民よ、あやつの名誉の為に言っておくが、あやつはこの戦争において無関係じゃ!」



フェスティボが殺気を強めると、聖女と大魔導の顔が青白くなっていく。

息も弱くなり、顔が苦痛に歪みだした。



『わっ!フェスティボ、止めるの!アイツらこのままじゃ死んじゃうの!』

『苛立ちは解るでありますが、それは戦場でぶつけるでありますよ、この酔っ払い!』

「…ふん!…この街を、ガッドラーをどうにかしようと思うなよ小娘ども」



室内の殺気が薄まると、聖女と大魔導は膝をつき、真っ青な体で震え出した。

魔王がいるからチャンス、ではなく、魔王がいるから殺されてもおかしくない、と今更気付いたのであろう。

股下に、黄色い水たまりができ始める。



踵を返し、ガッドラーの後を追おうとするフェスティボだが、そこに待ったがかかった。




『フェスティボ待ってなの、少し協力して欲しいの』


「お主が頼み事とは珍しいの…なんじゃ?」




声の主は、セイヴだ。

セイヴはフェスティボを立たせ、手を繋いだ。




『多分ガッドラーは黙っておけって言うけどセイヴが我慢できないの。大魔導、聖女、見ておくの』




セイヴの体が光ったかと思うと、その姿が無くなった。

代わりに、フェスティボの右手に2人が見慣れた剣、いや、刀が現れる。



「聖、剣…?」

「ど、どうしてここにあるです!」



『セイヴが聖剣なの。ねぇねぇ、コレ、見た事あるよね?』



剣から声が響き、驚く2人をそのままに、セイヴはその姿を木刀へと変えた。



「…木でできた剣、です?」

「いや、まって…え?…そんな!?…だったら、わ、私は」



大魔導の方は首を捻っていたが、聖女の方は何かを思い出し、目を見開いたまま…固まる。

どうしたのか、と大魔導が聖女を揺さぶると、聖女は嗚咽を漏らし始めた。



「まさか…、あの時、ガッドラーが言ってたのが本当?あの人が嘘を…、私、どうしたら…!」

「マータ!しっかりするです!どうしたんです!?」

「確かに試合前に弱い毒は飲ませたけど、ガッドラーが負ければ、少しは静かになると思ってただけ、なのに!」



『聖女は気付いたみたいなの!それに比べれ大魔導は全然ダメなの!』




木刀が光り、少女の形を成していく。

そのどや顔を見て、イソロクは苦笑いを浮かべた。



「まったく、魔族の手に聖剣を持たせるなど…、妾でなければ死んでおったぞ」

『あはっ、ごめんなのー!』

「まぁ良い、それより何があったか説明して貰おうかの」




「ハラー、さっきの木刀、あの時、あの人が持ってたの…!」

「あの時って、…ぁ、ぁぁっぁぁ!そんな!」

「あの人は約束破って聖剣を使ってた、なのに、私達はガッドラーを責めて、貶して!」

「う、嘘です!それがもし本当だったら、私達は…私はっ!」





ブツブツと言いあう大魔導と聖女を傍目に、セイヴはフェスティボへ今までの事を伝えた。

話が進むにつれ、何故かフェスティボに笑顔が浮かぶ。



『どうしてそう嬉しそうなんでありますか、酔っ払い』

「いや何、こいつらがやらかしてくれたお陰で、妾はガッドラーと出会えたんじゃぞ」

『む、そう言われれば、自分もでありますね』

「じゃろ?イソロク、ここは喜ぶところじゃぞ」

『そういう解釈、セイヴ嫌いじゃないの!…じゃ、そろそろ帰るの!』



ガッドラーがいないココには、もう用は無い。

セイヴ、イソロク、フェスティボの3人は、今日の夕食が何かを予想しながら部屋を出ようとする。



「ま、待って!待ってよ!私、どうしたら良いの…?」

「兄さんに、あ、謝らせて欲しいです!でないと、私…」



『知らないの』

『ガッドラー殿は求めないでありましょう』

「んー、酒は何を持っていくかの。ひとっ走り竜の巣から貰ってくるか」



大魔導と聖女は涙を浮かべ引き留めるが、3人は振り向きもせず、ドアノブに手をかける。

外からは、聞き耳を立てていた職員の逃げる音が響いた。




「お願い!彼に謝罪させて!私達、騙されてたの!知らなかったの!」

「兄さんの家に案内して欲しいです!謝るですから!お願い…です!」



「えぇい五月蠅い!消えよ狼狽え者!」



フェスティボが腕を振るうと、2人がパッと消える。

2人がいた場所には、仄かに湯気を上げる黄色い水たまりだけが残っていた。




『何処に飛ばしたの?』

「王国に送り返してやったわ!んー、つまみはどうするか」

『でも、また来そうでありますな』

「ふむ、であればまた飛ばすまでよ。…王国を落とした方が面倒は無いか」

『まーたフェスティボが物騒な事言ってるの』




そういえばお店でワイルドボア肉を買っていたであります、と。

イソロクが発した言葉で、3人の夕食メニュー論議は加速する。




ガッドラー家の食卓にボア肉のクリームシチューが並んだ日から、約2ヵ月後。

王国は、陥落の危機を迎えていた。



□ ■ ■ ■ □ □


メテルスブル王国。

勇者を召喚し、打倒魔王を掲げ、世界にて大きな発言力を得ようとした国。

ガットラーを追い出した勇者ケンタ=ヤマムロ達は、最初こそ魔王軍を圧倒していた。


だが、魔王軍もやられっ放しではない。

失敗、対策を繰り返し、やがて王国と拮抗するようになり、今では優勢となっていた。


原因は、勇者の不参加。


ガッドラーという抑止力を失い増長の限りを尽くした勇者ケンタは、ある日魔王軍に完敗してしまった。

聖剣の能力に頼ったごり押しは通じなくなり、勇者ケンタは連敗を喫し…心が折れてしまったのだ。



結果、王国は風前の灯火となっていた。



「西部砦、救援ともども全滅だってよ…」

「勇者様、なんで参戦しねーんだ」

「あんな奴に様なんてつけるな、ただの餓鬼じゃねーか」

「最初は強かったんだけどなぁ…、今じゃ役立たずだぜ」



疲労困憊の兵士の雑談に顔を歪め、王国の宰相が国王の部屋を訪れる。

国王は宰相の手を見、何も持っていない事へ深いため息をつき、王座へと深く腰掛けた。


「また、ダメだったか…」

「はい、何か…彼が戻って来てくれそうなモノを探すしかないでしょう」

「…まさか、あやつが真の聖剣の使い手、だったとは」


聖女マータと大魔導ハラーが、王国へ戻っ、いや、飛ばされてきた日。

ガッドラーの話は、国王の元へ届けられることとなった。


聖女達はそれこそ秘密にしようとしたが、このままでは魔王軍に負け、それを回避するためにはガッドラーの力が必要だと判断したからだ。



「勇者ケンタと聖女の婚約を破棄させ、聖女をガッドラーへ返すのはどうだろう」

「…難しいでしょう。仇敵の手垢で汚れた聖女様を求めはしますまい」

「貴族も興味なし、わが娘にも興味を示さん。どうすればガッドラーは戻ってくる」

「…いっそ、勇者様を好きにしていいと、送りますか」

「…それしか、無いかも知れぬ、な。…最初は勝てるはずだったのに」

「はい、あの時、勇者様の聖剣が魔王を仕留めたと思っていたのですが…」

「あぁ、奴は生きておった…。思えば、ガッドラーがいたからこそ、勇者ケンタの欲望が抑えられていたのかも知れぬな。…何故、ワシはあやつを追放してしまったのか。」



勇者を妄信していたから、と。

国王と宰相の中に、深い後悔が滲み始めた。




後悔しているのは2人だけではない。

勇者が住む豪邸内で、聖女と大魔導もまた、後悔に押しつぶされそうになっていた。



「ガッドラーに会いたいのに…!謝りたいのに!」

「魔王が邪魔するです、兄さん…私…」


聖女と大魔導は、あの日から毎日のように、ガッドラーへと謝罪の手紙を送ってる。

何回か会いに行こうともしたが、毎回魔王から強制退場をさせられていた。



「俺の前でアイツの話をするな!」

「何よケンタ!こんなとこにいないで戦いに行きなさいよ!」

「う、うるせぇ!雑魚には城の兵士だけで充分なんだよ!幹部が出てきたら俺が行く!」

「そう言って前回も後ろでガタガタ震えてたじゃない!情けない!」

「んだとぉ?」

「クゥが庇って両腕失った時も!何もせずただ震えてるばかりで役立た…」

「だまれ!」


酒を飲んでいた勇者が、マータへと瓶を投げつけた。

大きくそれて壁に当たり四散するも、マータの顔に悲しみが浮かぶ。


「そんなんだから聖剣に愛想つかされるのよ…、ガッドラーがいてくれれば!アンタがあんな事しなければ!」

「おいおいおいおい!お前だって試合前に毒を盛ってたじゃねーか!」

「あの時はどうにかしてたのよ!ガッドラーが負けても、庇ってパーティーに引き留めるつもりだった!」

「はっ!俺のを咥え込んでガッドラーの悪口言ってたくせにな今更!てめーもだぞ、ハラー!」

「わ、私は、追放までは求めてなかったです!」

「嘘言わないでハラー!顔見なくなってせいせいしたって言ってたくせに!」

「マータこそ!兄さんの汚れ消してーってケンタとずっと抱き合ってたです!」

「あー!もー!うるせぇ!」


勇者がガチャンとテーブルを蹴り上げ、立ち上がる。

王国民が飢える中用意された食べ物を踏み荒らし、玄関へと向かい始めた。


「…戦いにいってくれるのね?」

「馬鹿言うなよ、賢者を抱きに行くんだよ!」

「最初はあんなに私達を愛してると言ってたのに!女ばかり、増やして!」

「最近は、全然抱いてもくれないです」

「この際言うけどな、お前らは俺のステータスなんだよ!女の数が多いほど男の格が上がるんだ!」



勇者の言葉に、聖女と大魔導の顔が強張った。

振るえる唇を何とか動かして発した言葉も、震えてだす。


「な、なに言ってるの…、そんな事の為に?」

「ケンタ、嘘、です。よね?」


「特にお前ら2人はガッドラーを絶望させるためだったからな!アイツがいなくなった時点で用無しだったんだよ!」


醜く歪んだ勇者の顔。

2人の目からは、涙がジワリを溢れてきた。


「ケン、タ、あなた…、嘘よね?」

「冗談と、言って欲しい、です」


「最近じゃすっかり緩くなったし、子供求めてきて重いし、面倒なんだよ!俺の本命はエルフ国の女王なんだよ!」


大きな笑い声を発し、勇者は聖剣を乱暴に掴み、玄関から出て行った。

残された2人はしばし呆然とするも、のそりと立ち上がる。



「…ガッドラーに、謝らなくちゃ。私、間違ってた。ケンタとは、別れる」

「私も、です。兄さんに、ひどい事を…!私も、どうにかしてましたです!」

「謝れば、許してくれるよね?ガッドラー、やさしいから」

「はい、です。きっと、いや、絶対許してくれますです!」



都合の良い妄想。

だが、2人の顔は次第に明るさを取り戻し始めた。



「婚約破棄を無かった事にしよう、うん、私、ガッドラーと結婚する!ガッドラーなら今の私でも受け入れてくれる、絶対!ガッドラーが本物の勇者なら、私の、聖女の力が必要だもんね!」

「私も!ミットゥナイ家の養子やめるです!兄さんと同じ苗字に戻って、またあの頃みたいに、慎ましく…!」


2人の頭の中には、ガッドラーとの幸せな生活を再建した妄想で一杯だった。

自身たちがした事を忘れ、都合の良い様に脳内のガッドラーが2人に微笑む。



その時ガゴン、と。

轟音と共に、玄関が吹き飛ばされた。


部屋の壁に何かがぶつかり、大きなヒビを生み出す。

それは、血まみれの勇者だった。


「な、何?…ちょっと、ケンタ!どうしたの!

「一体何が、…ぁ、ぁぁぁぁぁぁああ!ま、まま、魔!」




『セイヴ、久々に気持ち悪いって感情持ったの』

『全くでありますな、いやぁ醜い醜い』

「本当じゃな。…これ、聖女と大魔導、闇の女神である妾がわざわざ来てやったぞえ?この国の王に降伏を薦めて来い」



土埃が消え、玄関に佇む黒い影が見え始める。

2つに折れた聖剣をにじりと踏み、獰猛な笑顔が室内灯に照らされる。

それは、金色の剣と黒い楯を構えた、魔王であった。





□ ■ ■ ■ □ □




青空の下、笑顔で街を行き交う人々。

市場から響く、活力ある声。

空き地では子供が走り周り、何処からか歌が聞こえてくる。


実に平和な光景だ。


ただ違うと言えば、その平和を享受している人々が、すべて魔族だという事だ。

人間も見かけるが、誰もが暗い顔で、奴隷としてである。



元、メテルスブル王国王都。

魔王支配下である今は、魔都ニップルヘイムと呼ばれている。




その街中を、ガッドラーは懐かしさを感じながら歩いていた。

隣には、魔王フェスティボ。

セイヴとイソロクは気を利かせ、宿で待機しているようだ。





「どうじゃ、約2年ぶりの王都は」

「あぁ、懐かしいな。街を破壊していない事に驚きだよ」

「そのまま使いたかったからの。勇者を真っ先に倒して降伏させたわ」



軽く言ってのけるが、それがどれほどの難易度か…。

ガッドラーは半分呆れながらも、遠くから聞こえる悲鳴に顔を顰めた。


数ヵ月前、フェスティボは魔王として、王都を落とした。

そして今日、ガッドラーを招待したのだ。

…ガッドラーに、聖女、大魔導と最後の別れをさせる、ために。


ガッドラーも思う所もあったのか、フェスティボの好意を快諾したのだった。



(今は何ともないが、実際アイツらを前にすると…どうなるんだろうな、俺)



<いや゛ぁ!もう孕みだぐないぃ!生みだぐないぃ!>

<うるさい苗床だ!よし、続けてお前を使おう、ブヒヒ>

<いや゛あ゛あぁぁぁぁ!だずげで!ぐぞ、両腕があでばお前だぢなんがにぃ!>

<いいねぇ、お前見たいな奴を屈服させるのがたまんねーんだよ、ブヒ>

<くっ!殺ゼ!ゴロゼェ!勇者のせいだ!あいつのぜいで、んぎぃぃぃ!>



2人と出会った時の事を考えてるガッドラーの耳に、やや抵抗を感じるやり取りが聞こえた。


苗床。

恐らく、オーク種かゴブリン種が、人間の女に子を産ませているのだろう。

魔族の世界では、当たり前の事なのだ。

敗戦国の女性を使っているだけで、攫ってきているわけでは無い。

解ってはいるが納得できないな、と、ガッドラーは考えるのを止めた。



「しかしお主も大変だったと聞くぞ」

「あぁ、王国からのがしつこくてなぁ」



大魔導、聖女と邂逅したあの日から、ガッドラーの元に王国から手紙が届くようになっていた。

内容は、2人が言ってた事と同じで上から目線だった。

だが、戦況が悪くなるにつれ、その内容は遜るモノへと変わっていく。

終いには、勇者を好きにしていいから助けてくれとの嘆願になった。


(手紙じゃなく、王自ら頭下げに来いや、って返したのが最後か)



結局来なかった、というか、ハラーもマータも来ることは無かった。


(毎日のように手紙来てたけど、全部燃やしてたしな…)


家に乗り込んでこなかったのは恐らくフェスティボの仕業だろう、と、ガッドラーは隣を歩く褐色の女性へ心の中で礼を言う。




「ふふん、ならば王国を落とした妾に感謝する事じゃな!借り、じゃな!」

「今まで馳走した飯でチャラにしてくれ」

「であれば、これで貸し借り無しじゃな、今日から気兼ねなく食えるのぉ!…、と、ここじゃ」



2人が足を止めた場所。

そこは、シンボルが取り外された教会であった。



「ここにお主の元妹がおる、…見ていくかえ?」

「…そうだな、少し待っててくれ」



教会のドアを開くと、中から緑の光が淡く漏れ始める。

ガッドラーへ視線が集まるが、前持って話が来ていたのか、皆作業へと戻った。

ただ一人だけ、その視線は食い入るように、ガッドラーへと放たれる。



(魔力泉、か…。魔力の強い人間を霊体系魔族の餌にするんだっけか)



教会内にシンボルがあったであろう場所に、緑色の液体が入った水槽が置かれている。

中には、体の至る所から管が生え、四肢を失った元妹…ハラーが苦しげな表情を張り付かせていた。



意識はあるのだろう。

ガッドラーを認めた瞬間から、声にならない助けを上げる。

その眼には、希望。

苦しげな顔が、一気に明るくなった。


何かを話そうとするが、ブクブクと水槽に緑の泡が立つだけだ。

ガッドラーは実妹の顔を、何も浮かべない顔で見つめる。



(…いつまで生きれるか判らないが、さよならだ、ハラー)




最後になるであろう元妹の姿を目に焼き付け、ガッドラーは扉の取っ手に手をかける。

扉が閉まっていくにつれ、水槽内の女の顔が、絶望へと染まっていった。



(…ハラーとの思い出は、子供時代のしか思い出せない。喪失感は…無い、か)



「さて、次は城の中じゃな。騎士団の訓練場であった場所を改装し、闘技場にしたのじゃ」


極めて平坦な気持ちのまま、ガッドラーは元王国内を連れまわされる。

最後に案内されたのは、まるで闘技場のような規模に生まれ変わった、因縁の場所だった。

湧き上がる歓声の中を進み、最前列へと陣取る。



360度から見下ろせる、舞台。

その上では、黒髪の少年が人間の女性数人と戦っていた。



「いだい!やべ、やべで!やめどぉ!俺は勇者だうげぇ!おねがい!もう、やべで、くだざいぃぃ!」



いや、戦いというレベルではない。

勇者が一方的にやられている。



「あの女性達は?…見た事ある気がする」

「で、あろうよ。勇者が孕ませた女共じゃ」

「あぁ…」



ガッドラーの中に、久しく理不尽な怒りが生じた。

確かに、勇者は気に入った女性に手を出しては孕ませていた。

かといって、責任を取るわけでない。

金を渡したり、国から脅したり、時にはならず者を雇い流産するよう仕向けたりもしていた。


(その女性達が、恨みを晴らしてるんだな)


彼女達の恨みは相当のモノであろう。

死に物狂いの顔で、勇者を執拗に痛めつけている。



「勇者には無力化の呪いをかけておる、とは言え、そうするまでもなく弱いんじゃがの。ほんと、何故あのような者が勇者となったかわからぬわ」



この催しものは、勇者だけではない。

王族と貴族が老若男女関係なしで、連日このように恨みを持つものに痛められている。

死ぬ直前まで傷つき、そして回復させられる。

勇者達は、ただこのためだけに生かされているのだ。



(…うん、少しざまぁみろ、って思ってしまったな)



一瞬、ガッドラーと勇者の視線が重なった。

勇者は目を見開き、ガッドラーを二度見する。



「ガッドラー、ざん!たずげでぐだ、痛っ!だずげでぇ!俺がわる、がったです!お願、だず!もうい゛やだぁ!にぼんにがえりだい!いだいのはいや、なげぼぉ!?」



勇者が精いっぱい開いた口に、女性が振りかぶったフレイルの先端がシュートした。

歯が悲鳴を上げ、砕け、赤い飛沫を上げる。



見るからに大怪我だが、次の舞台までには回復されることだろう。



「参加するかえ?」

「いや、止めとく」

「で、あるか」



若干注目を集めながら、ガッドラー達はその場から抜け出す。

人混みの熱気で湿った肌が、通り抜けた風に冷やされた。



「…さて、聖女は見ていくかの?」

「あいつはどうしてるんだ?」

「ん、この街を治める妾の部下に惚れられての、その、番となった」

「まじか…、ってか、つがい…。まぁ、会って行こうかな」


ガッドラーはそう答えたが、フェスティボの微妙そうな顔を見て、何となく察してしまった。

決して、聖女本人は幸せでは無いだろう。




魔王に城内を案内されるにつれ、まるでカエルが潰れたような声が聞こえ始める。


 <や、やだブゲェェェェ!>

 <ホッ、ンボエァァァ!死ぬ、じぬ!>

 <ニギャァァァ!いだぁぁぁぁぁぁい!>



「…これ、アイツの声だよな。何してんだ」

「見ればわかるぞ、妾は後ろを向いとくがの」

「うーわ、すげぇヤな予感」



フェスティボに案内されたドアの前に立ち、ガッドラーは扉を開けた。



(…見なきゃよかった)



「ゴヘ、ガ、ガベエエエ!裂けンゲボッ!」



中では、ヌルヌルとした粘液まみれの巨大なイボガエルが、元婚約者と愛を確かめ合う真っ最中であった。

しかしサイズが違う。

カエルが動く度に、聖女が死にそうな悲鳴を上げる。

もはや昔の面影はなく、顔のあらゆる穴から液体が漏れ出していた。



「ちなみに、すでに4人産んでおる」

「人間換算すると異常だけど、まじか、すごいな人体」



「あ、ああ゛!ガッドラー!ぎで、んごぉ!ぐれたのねベェェ!ダズ、ゲデ!許しブゲェェェ!?おねが、い!あ、あなだの事!やっぱ私、ガッドラーが、好!愛しでる!だがらこいづの代わりにわだじと結婚しンホォ!そしでたす、げでぇぇぇぇ!ンヒィ!」




(…うん、さよなら、マータ)



最後に目に焼き付けたシーンは最悪だなと、ガッドラーは扉を閉めた。


ガッドラーへ助けを求める声を遠くに聞きながら、2人は城から出る。



「…で、どうじゃ?気が晴れたかえ?」

「いやぁ、思ったより何も感じなかったかな」


勇者に対しては、少しすっきりした。

が、元妹と元婚約者に対しては、残酷なほど無関心でいられた。

…そういうもんかと、ガッドラーは頭を振る。



『ガッドラー、大丈夫なの?』


「セイヴ、イソロクもか、どうしたんだ?宿で待ってる言ってただろう」


『慰めに来たのでありますが、大丈夫のようでありますな』


「あぁ…、ははっ、ありがとうな。さ、帰ろうか」


「なんじゃ、もう帰るのかえ?」



セイヴとイソロク2人と手を繋ぎ、ガッドラーは魔王の言葉に笑って返した。



「正直、魔族の生活文化は俺にはきついわ」

『なの!セイヴもちょっと相いれないの!』

『でありますな!自分もつらいであります』


「仕方ない奴らじゃ、今、竜を呼ぶから待っておれ」



「あ、待って。ちょっと吐いてくる、さすがにあれは…」



青い顔をしたガッドラーは口元を押さえ、トイレを求めて旅立った。

残された女性3人は、各々苦笑いを浮かべる。



「剣の女神よ、本来はあやつが勇者、なのであろう?」

『なの!でも王国が勇者召喚したせいで、滅茶苦茶になったの!」

「勇者の性質を無理やり譲渡させたわけじゃな」

『でも力は少し残ってたの!だからセイヴが今こうしてここにいる事が出来るの!』

「お主が意志を持って持ち手を選ぶなど異例じゃからの、腑に落ちたわ。全く、王国も馬鹿な事をしたもんじゃ」


『でありますが、今はその王国の愚行に感謝したいであります』


イソロクの晴れやかな声に、聖剣と魔王は頷く。


『なの!毎日が楽しいの!武器じゃない生き方最高なの!』

「うむ、魔王としてもあやつとだけは戦いたくないわい」






「うげぇ、気持ち悪い。カエル見たら当分思い出すな…うっ」


城内のトイレで、青い顔のまま情けなく嘔吐するガッドラー。

だが、彼はまだ知らない。



迷宮からの魔物の大氾濫。

迷宮産の財宝を狙った国々からの、リベル防衛。

異世界から召喚された無法者の討伐。



あらゆる敵を斬る、剣。

あらゆる攻撃を防ぐ、楯。



世界の歴史には登場しないが、ガッドラーと言うその名は、自由都市リベルの危機を幾度となく救った英雄として、残される事を。


彼は最強では無かったが、努力を重ね強くなっていった。

その横には常に2人の少女がおり、ガッドラーは「2人がいるから戦える」と言っていたそうだ。

また、魔王フェスティボとも親交があり、一説では夫婦であったとも言われている。




ただ、まぁ。




『ガッドラー、大丈夫なの?背中ナデナデしよっか?』

『水であります、何やら少しヌルっとしておりますが、どうぞ』

「情けないのぉ、…アレか!子作りが衝撃であったか!ならば妾が慣れる手伝いを」


「お前ら、ココは男便所だ、出てい、うぇぇぇぇぇぇぇ。あー、死にそ」




その歴史を刻み始めるのは、もう少し先になりそうだ。


読んで頂き、有難う御座いました

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― 新着の感想 ―
[良い点] 街中で孕み袋にされてるのを気づかすに通り過ぎるのかと思ったら、まさか目の前で見捨てるとは。なんという上級者。 主人公はたんたんと未練なく次の人生を歩んでるからこそ、最後に二人を目の前で見…
[一言] ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ
[良い点] マンネリな魅了系に疾走らずにいる点 それにより最初から名前がヤバいNTR追放側要員 (あんな名前してて魅了はないだろうな的な) 短編(文字数はそれなりにありますが)でさくっと終わる [気に…
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