第8話 防衛戦闘 (改)
第8話を投稿いたします。
いつもありがとうございます。
2020/05/29 改訂
北部方面隊の札幌駐屯地、その中にある遺体安置所。
普段は事故などで殉職した隊員を一時保管するために使われるのだが、検死台に載っているのは、大きないのしし。
いや角の生えた『いのしし』の様なものである。
その死骸を前に、3人の人間が頭を抱えていた。
接続大地から運び込まれた死骸について、専門家の意見を聞こうと、秘密保持契約を交わした北海道畜産大学、鯨偶蹄目研究室、教授に助教授、獣医の3名である。
鯨偶蹄目とは、遺伝子解析により、『くじら』と『かば』は親戚であり、『かば』の親戚として、『らくだ』、『しか』、『きりん』、『いのしし』、『ぶた』、『うし』、そして『くじら』に『いるか』である。
当然、いのししの様な形状であるから、北部方面隊本部はその専門家として鯨偶蹄目研究室と獣医に解剖と分析をお願いしたのだった。
「なんですかこれは」「『いのしし』と聞いていたのですが、これは新種ですか?」
「秘密保持契約を交わしているので、隠さず言うと、政府発表の接続大地、宗谷岬の向こう側から来た動物です。
細菌等の培養と血液検査は札幌自衛隊病院の病理研究室に依頼しています。
先生方は、骨格や筋肉に細胞、特に自衛隊の5.56mmNATO弾をつまりライフル弾を受けても死なない秘密を探っていただきたい」
と北部方面隊本部担当官は冷静に言った。
頭部の毛皮を丁寧にはがし、骨と筋肉を露出させて、骨に通常のドリルを当てていた。
ドリルが入らない、硬いのである。
試しに超合金のノミで骨の表面を削ろうとするが、ノミを受け付けない。
大学教授
「だめだなダイアモンドドリル刃が必要かな」すこし訛っている。
「なんだろう。あまりにも骨が硬すぎる」大学助教授も同様な意見。
「骨だけにするには普通エイジングと称して、『炭酸ナトリウム』で煮沸する方法がありますが、時間がかかりますよ」と獣医
「頭部だけでしたらここでも出来そうですね」助教授は切り離しに挑戦しようとしている。
北部方面隊本部担当官は
「では頭部だけ切り離してみてください。
現地で隊員がまた襲われるかもしれませんので、駆除に有効な方法を実射で見極めます。
先生方は、頭部の検証が済みましたら、内臓など他の検証をお願いします。
とりあえずの見解でよろしいので、『いのしし』の亜種なのか、別の種類なのか判断をお願いします」
「わかっていますが、まずはDNA検査をさせてください」と教授。
「うちの研究室なら2日で他の動物との比較ができます」助教授。
「助手が検査しますよ」
「わかりました。特別に研究室までお送りします。
もちろんほかの方に知られる事なく進めてください」
獣医が採取した血液、唾液、特に脳細胞を保冷パックに詰めて北海道畜産大学の助教授は研究室に戻っていった。
それから30分間苦労の末に『いのしし』の様なものの頭部が切り離されたのであった。
それはいのししよりも頭部の骨が幅広く、しかも硬い。
幅広い部分にいくつかの跡があり、弾頭が当たったのだとわかる。
北部方面隊本部担当官は慣れているのか、表情一つ変えずに他の担当者を呼び、頭部を渡す。
「例のテストを至急実施する様に、また、テスト結果を速やかに現地並びに市ヶ谷にも伝えてほしい」
担当者は「はっ」とだけ言い、同じく無表情で受け取ると頭部を保冷クーラーバックに入れ、部屋を退出していった。頭部だけでも相当重いはずである。
・・
一方、巨大海洋生物を並走観察しているDDG-176「ちょうかい」とDD-117「すずつき」は観察開始前からビデオ動画を撮り、同時に海上自衛隊沖縄基地及び奄美大島基地を経由して、横須賀海上自衛隊司令部および情報分析室にも送っていた。
隊列は縦形で、先頭にDD-117「すずつき」後方3kmにDDG-176「ちょうかい」である。
両艦よりビデオカメラを対象物に向けている。
何もない海上に少し白い縦の波が見えるだけであった。
突然DDG-176「ちょうかい」CICにて、「対象物、浮上!」との報告。
2艦の司令を兼務する望月艦長が対象物からの距離を7kmにするように指示。
ライブビデオの画面は「すずつき」撮影分を含めて「ちょうかい」CICでも見ている。
「浮上してきたか」望月艦長が漏らす。
浮上してきた姿は巨大な『うみへび』であった。見た感じは巨大な丸太がまっすぐ泳いでいるように見える。何しろ長さ55m、幅5mである。CIC一同こんな生物いたかなと思う。
画面越しに望月艦長は対象物がこちらを見た気がした。と思ったら「対象物潜航」報告。
水測員が「対象物接近中」「「すずつき」に向かいます」
DD-117「すずつき」CIC、「転舵、面舵いっぱい。最大船速」「面舵いっぱい。最大船速」「面舵いっぱい。最大船速」と各担当隊員が復唱する。
対象物との並走状態から距離をとろうとする。
『うみへび』は隊列を離れた「すずつき」を追いかけてきた。
「すずつき」は並走の28ノットから最大船速の35ノットにSM1Cガスタービンエンジン×4基を唸らせた。
左に転舵した事でバラストタンク右にさらなる注水と同時に斜度15度から20度に傾いた。
フルパワーで転舵した影響である。
『うみへび』も35ノットで追ってくる。僚艦のDDG-176「ちょうかい」から10kmは離れた。
DDG-176「ちょうかい」CICでも54口径127mm単装速射砲と68式3連装短魚雷発射管の起動を行った。
『うみへび』を追う形になっているので、射撃または97式短魚雷で少しでも離せればと考えていた。
こんごう型4番艦の「ちょうかい」は比較的新しいイージスシステムベースライン5を2021年の改修にて一部をベースライン7にアップグレードしていた。最新艦のまや型のベースライン8には届いていないが最新の部類に入る。
DD-117「すずつき」はなおも最大船速35ノットで疾走する。『うみへび』も後方500mまで迫っている。
もう余裕がないと見て、54口径127mm単装速射砲での射撃を望月艦長は指示した。
「射撃管制、目標『うみへび』安全装置解除、うちーいかた はじめ!」
『うみへび』は突然の衝撃にびっくりして、「すずつき」を追うのはやめて、DDG-176「ちょうかい」に向かってきた。「とりかーーじ」「射撃管制、効果あるまで連続射撃」「水雷長!12式魚雷用意!」「諸元入力完了!」「1番から3番発射」「1番から3番発射」水雷長の復唱と共に左舷の68式3連装短魚雷発射管から12式魚雷が飛び出していく。「1番から3番発射、確認」12式魚雷は短魚雷で最新式の音響ソーナーと磁気センサーを備え、最終誘導はアクティブソーナーにより驚異の命中率を誇る。
50ノット近くで急速接近して来る『うみへび』に次々と5インチ砲弾が当たり、徐々に速度が遅くなる。
DD-117「すずつき」も撃方をはじめた。62口径5インチ単装砲は「ちょうかい」と同径であるが長距離射撃用に砲長が延ばされており。「ちょうかい」の毎分45発に対し、「すずつき」は毎分20発と少ないが、有効射程は「ちょうかい」15kmに対して「すずつき」は最大24kmにもなる。最大射程はそれぞれ30kmと37kmである。
同じ5インチ砲弾を使用しているので威力は同じである。
有効砲弾20発程度、魚雷3発を受け『うみへび』は10ノットまで低下したが、まだ死んでない。
次の瞬間、どーんと衝撃が「ちょうかい」を襲った。
艦の後方底部、左舷機関室に衝突したのだった。
すぐにダメージコントロールを発令、点呼を行った。
戦闘時は水密扉を閉鎖しているので、左舷機関員6名の生存は絶望的であった。
磁気嵐後の最初の犠牲者である。
『うみへび』はこと切れて海上を漂っていた。ビデオや写真を撮り、ダイバーにより検証を実施した。
ところどころ骨らしきものが見え、頭部は右目が潰れていた。魚雷が吹き飛ばしたのではと思う。
曳航も考えたが、死骸を狙って別の『うみへび』が来てはかなわないので、サンプルを取って放置することとした。頭部は切断可能なほどだったので、切断後「すずつき」のSH-60Jで吊り上げて「ちょうかい」のヘリコプター甲板にビニールシートで梱包して固定した。
「ちょうかい」の左舷機関室部は直径1m程度の穴が開いており、殉職遺体は全てダイバーが回収した。
左舷機関室への浸水により、ガスタービンエンジンが2基使えなくなり、「すずつき」に曳航されることとなった。
予定行動を変更して、海上自衛隊沖縄基地まで曳航し、詳細調査実施をする。
殉職者遺体はDD-117「すずつき」に保存保管して、「ちょうかい」を沖縄基地まで曳航したのち、単艦にて佐世保基地まで帰ることになった。
『うみへび』頭部は「ちょうかい」にて沖縄基地まで運ぶことを考えたが、腐敗が酷くなると思い、急遽、陸上自衛隊沖縄駐屯地第15旅団隷下部隊の第15ヘリコプター隊第2飛行隊CH-47Jにて沖縄空港まで吊り下げで運び、沖縄空港から航空自衛隊美保基地所属の第3輸送航空隊第403飛行隊C-2輸送機1機にて横田基地まで運び、米軍の冷凍倉庫に入れる予定となった。
横須賀海上自衛隊司令部の情報分析室も佐世保の司令部も緊張から解放されていた。
海上艦の戦闘を見ていた統合幕僚監部では、海上自衛隊と別の緊張がうまれていた。
陸上自衛隊の稚内駐屯地と同敷地にある、航空自衛隊稚内分屯基地北部航空方面警戒管制団第18警戒隊が管理するJ/FPS-2レーダーは暫く北海道の各空港の国内線のみが表示されていたが、対空警戒用レーダー(3次元レーダー)に突然『アンノウン』アラートが響き渡った。
謎大陸から飛行物体が速度400km程度、高度1,500mで宗谷岬に何かが接近していた。
直ちに統合幕僚監部は千歳のF-15J部隊に連絡し、函館にて警戒業務についていたE-767にもエスコートをつける。
同時に陸上自衛隊第2師団司令部と第2師団第3普通科連隊本部と宗谷岬通信局にも連絡をいれた。
第2師団第3普通科連隊第1中隊宗谷岬本部では、対空戦闘に適した武器を持たなかった。
あるのは、84mm無反動砲、中距離多目的誘導弾、81mm迫撃砲L16、120mm迫撃砲。
装甲車としては、96式装輪装甲車8両上部にセットされた12.7mm重機関銃M2。
唯一対抗できるのは、第2偵察隊が保有する87式偵察警戒車2両搭載のエリコン社製25mm機関砲KBA-B02で対地・対空両用ではある。
携帯の対空火器は支給されていない。
第2師団第3普通科連隊本部には戦術用レーダーがあるのだが、第1中隊と第2中隊には支給されていない。
第2偵察隊は電子偵察小隊を連れてはこなかったので、レーダーはなかった。
警戒アラームを鳴らし、謎大地方面を注視する。
宗谷岬通信局から流れる接近情報に警戒を強める。
87式偵察警戒車はペリスコープや車体後面左側に備わるTVカメラで上空を警戒する。
ただし有効視認距離は3km程度であり心もとない。
宗谷岬から接続大地に向かって右方向、列島移動後の方位で、北西方面から300kmに接近。
OP-3Cは南西に接続大地を調査しているので会敵はしないようだ。
接続大地に装甲車は入れないので、防御陣地からは全員、岬に退避してきた。
まだ見えない。
突然誰かが叫ぶ。「2時方向飛行物体」
確かになにか飛んでいるのが見える。ただ背景の山岳に紛れて視認しにくい。
大きさも判断できない。緑の大森林上空を飛んでいるのがわかる。
『飛行物体』は何かを見つけたのか、上空で停止すると火を吐いた。
「うぉ 火をふいた」森林はたちまち森林火災となり遠くから様々な鳴き声が聞こえた。
「やばいな」
第1中隊宗谷岬本部中隊長から指示。
「総員散開!
第1中隊、第2中隊本部要員は装甲車陰にて監視を続けろ。
第2偵察隊本部に対空管制移譲」
「了解!第2偵察隊本部から第1偵察小隊第2偵察小隊各偵察警戒車は目標が800mに近づいたら対空自由射撃開始」
「第1偵察小隊、了解」「第2偵察小隊、了解」
『飛行物体』は右斜め後方、約1,500mの距離で何かを食べている。
まるで音が聞こえそうである。
「気づいてくれるな」の願いもむなしく、気が済んだのかこちらを見る。
なんだ? 匂いでもするのか? 隊員は気づいていなかった。
「ほたて」加工工場から立ち上る、「ほたて」を焼いている匂い。
道民にはあまりにも有名な貝柱の珍味、燻製「ほたて」、焼き「ほたて」、乾燥「ほたて」を、ここに来てから匂いに慣れてしまっていた。
一通り食べていたはずなのに、『飛行物体』は匂いにつられて飛んできた。
遠くから見ると神話の「ドラゴン」の様だ。
羽を広げた大きさ約12m、全長はしっぽ含まず胴体だけで7m程度。
大きい種なのか小さい種なのか、初めて見たのでわからない。
言えることは、最初にファイヤーブレスをはいて獲物が焼死したところで捕食するという事。
「ドラゴンとしては王道の戦術だな」と第2偵察隊隊長はつぶやく。
燃える森林を抜けようとしている。
民家のある加工工場には向かわせられない。
「第1偵察小隊、射撃開始」「第2偵察小隊、射撃開始」
「第1中隊、第2中隊は距離300mから射撃。84mm無反動砲、中距離多目的誘導弾も使用制限なく許可する」
第2師団第3普通科連隊本部からは、動物を北海道に上陸させるなと厳命を受けていた。
「各員ファイヤーブレスには最大限注意するように」まさか第1中隊長もこんなファンタジーな単語を言う日がくるとは思ってもみなかった。
エリコン社製25mm機関砲2門が吠える。
『ドラゴン』の羽に穴が開き、胴体にも出血らしき跡がある。
「いける」と思ったとき、200m手前に着陸して、ファイヤーブレスをはいた。
散開しながら撃ち続けていた第1中隊隊員の10名程が火だるまとなった。
第1中隊の96式装輪装甲車8両から撃ちだされる12.7mm重機関銃も至近距離なら効果が認められる。
さらに96式装輪装甲車1両に向けてもファイヤーブレスをはなった。
射手が焼け死んだ。
1分後、いきなり飛行物体『ドラゴン』は横倒になり動かなくなった、ようやく死んだようだった。
宗谷岬を守る全員が悲壮な気持ちとなった。
戦闘で11名の殉職、23名の負傷。動物の侵入は阻止できたが、大きな犠牲が出た。
勝利を喜べない。
なぜならたった2分で第1中隊の半数が戦闘不能となったからだ。
F-15Jは僅差で間に合わなかった。
舞鶴、横須賀を出港した護衛艦が現着するのはもうしばらく時間がかかる。
ライブ映像を見ていた。第2師団第3普通科連隊本部司令、陸上総隊本部、統合幕僚監部はだれも発言しなかった。
統合幕僚監部は甘かった対応を悔やんだ。
次回から戦闘規定について緩和され、人命第一となります。
いよいよ「戦闘国家」の誕生かも知れません。