第61話 チロルの森駐屯地1
第61話を投稿します。
よろしくお願いします。
スルホン帝国皇帝ガリル3世は再度御前会議を招集していた。
「その後のアトラム王国の動向について説明せよ」
サイネグ宰相が報告する。
「陛下、アトラム王国内の間諜からの報告では、第2艦隊の行く先はドーザ大森林に間違いありません。なんでも冒険者を装った間諜を忍び込ませて一度は「神々の洞窟」を開けたらしいのですが、閉じてしまい、再度開ける為にアトラム王国は第2艦隊を派遣したらしいです」
「なんという事だ、神話の洞窟があったのか、実際にアトラム王国がそれを手に入れると、帝国は背後からも狙い撃ちにされるな」
「陛下、大森林は例の日本国がいる地域です。我々との戦闘の前に日本と戦になるかと思います」
「そうか、東地区に日本がいて怪我の功名だな」少し違うが良いとしよう。
「ところで例の日本軍はチロルに入るのか」
「はい、皇帝陛下名の割譲書を受諾していますから、チロルに城を立てるはずです。我々の監視を付けています」
「なら、完成直前に第3、第4、第5の生き残りで、総攻撃せよ」
「我々も準備に6ヶ月は必要ですが、城となるともっとかかると思います。余裕で準備出来ます」
「なら今動かせる第5師団の生き残りをバーグの街郊外に移動させよ」
「はい、直ちに命令いたします。今いるのは第5師団の第1中隊、第4中隊、第5中隊に第5攻城隊と砲撃隊の半分です。これだけで約40万人となります」
「それで良い、ただし第5師団には第3師団と第4師団と合流するまで無意味な戦闘はしない様に命令しておけ」
「閣下かしこまりました」
「それから間諜を日本にも入れたいが策を考よ」
「それならチロルの森の民を装って接近させます。城を作るなら地元民の協力は不可欠ですから」
「そうだな、それで潜り込ませるように手配せよ」
「かしこまりました」
スルホン帝国は見え見えの手を取ろうとしている。
冒険者ミソラ・ロレンシアは横浜に戻っていた。
仲間を集めて、打ち合わせをする。
「日本国にはアトラム王国の事で迷惑をかけた」
「だがミソラ、日本は細かい情報からアトラム王国の手を読んでいたのだろ。ミソラが気にする事でもないと思うが」
「ですが日本には良くしてもらっているのに申し訳なくて」
「それよりお嬢、そろそろアトラム王国に戻らないか」
「そう、それを決めたかったのです」
「お嬢が一言いえば、出発するぜ。お土産と土産話もたっぷりだ」
「そうね明日海上保安庁に言うわ」
「明日出発か、楽しみだな」
「・・・・・・」
彼らはアトラム王国第2艦隊が全滅した事を知らない。テレビのニュースでも流れているのだが、言葉が判らないので、日本に起こっている事を聞いてはいなかった。
特に第三管区海上保安本部や外務省担当官も言わないでいた。
翌日、冒険者ミソラ・ロレンシアは第三管区海上保安本部と外務省担当官に「本日出港すると」大陸語で伝えた。そして「相談ですが、みんなはアトラム王国に戻るとして、私は日本の皆さんのお役に立てないかと思います。是非に」
「それは、ミソラさんはアトラム王国に戻らず日本に留まるとの意思ですか」と尋ねられる。
「はい、そのつもりです」と冒険者ミソラ・ロレンシアの意思は固そうだ。
「困りましたね、協力と言っても・・・」と外務省担当官は言葉に詰まる。
「なら、アトラム王国の言葉を翻訳機に入れる作業は如何ですか。大陸語を使えるミソラさんしかできない作業と思いますが」と第三管区海上保安本部担当官が助け舟を出す。
「その手がありましたね。ですが帰りたいと言われましても我々には手段がありませんよ。簡単に2万キロ先に送り届けるける訳にはいきません」
「私は冒険者です、それくらいは何とかして見せます」根拠のない自信である。
「他のお仲間は如何するのです、ミソラさんが居なくて大丈夫なのですか」
「話はしていませんが、今から戻って話します」
「それが良いと思います」
「あのそれで、私も日本語を話せるようになったら大学と言う所に入れますか」
「試験がありますのでそれ次第です」
「是非、異文化を学びたいのです」
「ミソラ・ロレンシアさんは貴族出身なのでしょ、そんな事決めて宜しいのですか」
「はい、どちらにしろ、どこかの貴族と結婚する運命ですから日本で勉強しても問題ありません」
問題がある気がするのだが、ミソラ・ロレンシアの意思は固い。
冒険者ミソラ・ロレンシアは戻って冒険者仲間に伝えた。
「本日出港します。食料も水も40日分はありますから大丈夫ですね」
「おう、大丈夫だ。いつでも出港できるぜ」
「それで相談なのですが、私は日本に残りたい。戻っても政略結婚させられるだけだし、日本でもっと学びたいのです」
「そうかお嬢がそう言うなら止めないが、おれも残るぜ。冒険者に家族は居ねえからな」
「水臭い、なら私も残る」「俺も」と冒険者ミソラ・ロレンシアを含めて7人全員が残ると言い出した。
「おーい船長、出港準備だ、俺たちは残るがな」と言い、冒険者達は自分たちの荷物を取りに戻った。
「遠い異国に残るとは、冒険者だねー」と船長は言い、引き留める事はしなかった。
「さて、大森林でも行って冒険の再開だ」と冒険者は意気込む。
第三管区海上保安本部と外務省担当官は呆れていた。
「では臨時パスポートと入国許可証を特別に出しますよ」と外務省担当官があきらめた様に言う。
その頃、日本山国境検問所では、第2施設大隊と第3普通科連隊がチロルの森に駐屯地が完成するまでの間の野営地を作っていた。
「何度目の引っ越しだ」と第3普通科連隊員も愚痴をこぼす。
「3回目だぞ」と通りかかった第2中隊長の山下隊長に言われ、隊員は直立不動になって敬礼をした。
「いいから作業を続けろ。少なくとも師団長から差し入れられた毛ガニの分は働け」と山下は笑いながら言った。隊員もつられて笑う。実に平和である。
「そういえば、領主のハイデルバーグは最初の戦闘から引き籠っていると聞いているが、その後は知っているか」と北山第3普通科連隊長は連隊本部幕僚に聞く。
「いえ、村民や村長の話でも見ていない者がほとんどです」
「そうか、ならば師団本部と連絡を取って挨拶に行ってみるか」
無線にて師団司令本部と連絡を取り、師団から中野1等陸佐幕僚長と共に元領主ハイデルバーグに会いにいく事になった。
中野一等陸佐幕僚長が麓の駐屯地からチロルの森まで偵察バイクで駆けつけた。
「中野一等陸佐バイク好きですか」
「そうとも北山一等陸佐いや連隊長。バイクはいいぞ」
「幕僚長専用バイクでも受領したらどうです」
「いや本格偵察は第2偵察隊に任せるよ。俺は走らせるだけで満足だ」
「ええここでは標識もないですからね。事故だけは起こさない様にお願いします」
「心得ている」
「では準備は出来ていますので、こちらにどうぞ」と言いつつ96式装輪装甲車を改造した派生型の96式指揮通信車に案内した。
「連隊から護衛に第4普通科中隊が付きます。さあバーグの街に行きましょう」
第3普通科連隊長と幕僚長を警備する第4普通科中隊が新たに配備された96式装輪装甲車に全員乗り込みバーグの街に向かった。
バーグの街まで10kmなのであっという間についた。城門の検問を皇帝陛下の文書を見せながら通過して、少し小高い丘の上に建つハイデルバーグ邸に96式装輪装甲車で乗り付けた。
中から慌てて執事が飛び出してくる。
皇帝陛下の文書を見せて、ハイデルバーグ氏との面談を求める。
「面談できなければ、立ち入るぞ」と脅かしを忘れない。
第4普通科中隊の第1小隊と第2小隊が帯同する。
第3小隊及び第4小隊は入り口を警備する。早くもバーグ街の住人が何事かとハイデルバーグ邸の入り口から覗く。第4小隊が入るなとジェスチャーで伝える。
一応、第3普通科連隊長と幕僚長は応接に通してもらったが、応接室の中と廊下、入り口を第1小隊と第2小隊が警備を固める。
少し待たされて、ハイデルバーグがメイドと共に現れた。
体は痩せこけていて、いまにも倒れるのではないかと心配した。
「初めまして、我々は日本国陸上自衛隊です」
「知っている。なに用だ」機嫌が悪い。
第3連隊長の北山は思い出した。1度目の戦闘において最初に偵察しに来た人物が目の前のハイデルバーグであった。ならいくらでもやり様はある。
「久しぶりですなハイデルバーグ殿、覚えていますかな」
ハイデルバーグは覚えてはいなかったが、男たちの着ている服には覚えがある。
「いや覚えていないが誰だ」としらを通す。
「そうですか、ならこれはご存じでしょ」と89式5.56ミリ小銃を見せる。
突然ハイデルバーグは「うわー」と声を出し震え出した。
「すこし薬が効きすぎたようですね」と北山は言い。
「実は戦いに来たのではありませんよ。あなたの敬愛する皇帝陛下より我が国にこの領地を拝領しましたので元領主に挨拶しに来たのです」
「なんだと、執事がそんな事言っていたが、怒鳴りつけたところだ。陛下がそんな事をするわけがない」
「御覧になりますか、これです」と言って皇帝陛下の書面を見せて「お解りになったでしょ」とダメ押しする。「皇帝陛下の印とサインがある本物ですよ」
「そそ、それは本物の命令書なのか。この地は私で最後なのか」と言いながら気を失った。
メイドがお茶を入れてきたが、断って執事を呼び、ハイデルバーグを介抱させた。
「執事殿、ハイデルバーグが起きましたら「この屋敷はハイデルバーグ氏が使ってかまわないと、ただし後日制定する税金を払ってくださいね」と伝えてください」北山は意地悪である。
「さて話し合いも出来そうにないですから、我々は行きますか」とハイデルバーグを見ながら北山は言う。
中野も頷き「ダメだな」と言いながら腰を上げた。
「では中野幕僚長、バーグの中心で皇帝陛下の命令書開示と行きますか」
「そうするか、ハイデルバーグ氏が後で目覚めて騒いでも、先手を打って街を押さえるか」
「そうしましょう」意外と悪だくみが好きな二人である。
第3普通科連隊長と幕僚長は連れ立って入り口に向かい、96式指揮通信車に乗り込んだ。
96式指揮通信車に客人を乗せるスペースは無い。本来は指揮通信要員が6名に基幹連隊指揮統制システムシステム要員が4名必要であるが今回は通信要員2名のみで残りの椅子に中野幕僚長が座る。指揮長席は北山の指定席だ。なお、もう30年近く96式装輪装甲車を使い続けているので防衛装備庁は23式装輪装甲車を開発中である。まもなく試作車が東富士演習場でテストされる予定だ。
一行はバーグの街に戻り、中央の噴水のある広場に車両を止めて、96式装輪装甲車から隊員が飛び出し一帯を警備している。中野と北山は96式指揮通信車の上に登り、拡声器を使って街に響く様に声を届ける。
「我々は日本国陸上自衛隊である。スルホン帝国皇帝ガリル3世よりこのハイデルバーグ領地を割譲された。目的は我々との平和協定である。よってハイデルバーグ領は本日より我々日本国の領地である。残りたいものは残れ、去りたいものは去れ。日本国はこの地に基地を作る。その後は街の代表者と相談という事になる」
「なお日本国は皆の生活を変えようと思っていない。普段どおりに生活してほしい。以上だ」
近くで聞いていた街人が聞く。「あのぉハイデルバーグ様は如何なさるので」
「ハイデルバーグ殿は今まで通りバーグの街に住む。領主ではなくなっただけだ」
「はい、私たちは日本国民となるのですか」
「あなた達の処遇に関してはまだ何も決まっていない。ただし、帝国民であるから日本国民にはならない」
「領地だけ日本の領土となる」
「よく解らないのですが」
「いまはそれでよい、我々の基地が完成した後に決める事になる」
「我々は行くが質問があれば街の代表者がチロルの森まで来なさい。答えるであろう」
もともとバーグの街は領主からの資金が入っていない。自主運営でやりくりしていたから領主が変わっても税金が増えるとかなければ気にしない気質であった。
ありがとうございました。