第46話 捕虜返還
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港町ドルステインから「大島」に向けてドーザ大陸交渉艦隊は発進していった。
補給船「ましゅう」との合流を果たすべく進行する。やがて2,200kmの距離を43時間かけて「大島」に到着した。
補給艦「ましゅう」から艦隊全艦に燃料補給を受け捕虜の健康状態を確認した。比較的みんな元気そうに見えた。
実は「大島」に来たのは補給艦「ましゅう」だけではなかったのだ、海洋観測艦 の「ふたみ」「にちなん」「しょうなん」の3艦が合流した。海底地形の調査目的だった。
日本近海域の調査は完了しており、移転前とほとんど変化ない事が確認されている。
いよいよ未知の大海調査に乗り出してきたのだ。
目的はズバリ潜水艦隊を安全に航行させるためである。潜水艦自身にも海底地形探知能力はあり、未知の外洋でも航行できるだけの能力はあるのだが、海底地形図があった方が作戦行動に支障が出ない為にあると便利である。
海洋観測艦は各種洋上測定器に海流温度計測、音響観測機器を搭載しているが、今回は海底地形探査であるから音波を海底に向けて発射して海底反射損失測定装置(BLMS)により海底地形を探る事が主目的ではあった。このまま艦隊と同行して「大島」などの南西諸島近海と「大南島」の近海に港町ドルステインに至るルートの調査である。
補給が済んだドーザ大陸交渉艦隊は再度港町ドルステインに向けて発進した。実は「にちなん」などの海洋観測艦は観測しながらの航海では最大18ノット程度、通常航海では15ノット程度が妥当とされていたので、ドーザ大陸交渉艦隊は通常の半分程度の15ノットでの航行となった。艦隊は広がった各海洋観測艦を守るように護衛隊毎に別れながら、海洋観測艦の邪魔にならない様に距離を取ってついて行く。
実はドーザ大陸交渉艦隊には知らされていなかったが、艦隊の後方約50kmの位置に呉基地所属の第1潜水隊群から「いそしお」「くろしお」「もちしお」のおやしお型潜水艦第5番艦、第7番艦、第11番艦の3艦が後を追っていた。だが知らされていないとは言え、各艦のソーナー・システムにはなじみのある音が確認されていた。潜水艦隊は護衛艦群と同様に別組織であり潜水艦隊群の動向は知らされないのが通例であった。
潜水艦隊もドーザ大陸交渉艦隊に合わせてゆっくりとついて行く。
港町ドルステインには予定より遅く、約80時間後に到着した。
40km手前でSH-60Jによる放送を行い、港艦隊に沖に退避してもらい補給艦「ましゅう」を港町ドルステインに横付けした。旗艦「エミリア」より大きい。港で迎えたトーマス2世は長さ220mにもなる補給艦を見てびっくりしていた。砲艦なら第3艦隊を見たことはあるのだが、鉄の補給艦でそんな大きさのものは聞いた事も見たこともない。
外務省担当官が、トーマス2世や領事に挨拶をして、捕虜引き渡しの書類にサインをもらっていた。
「補給艦でこんな大きさの艦は初めて見ました。しかも鉄製艦とか」と領事。
「ええ、燃料を運ぶだけの船なら民間でも400メートル級がありますよ」と担当官。
「民間でそんな巨大な船があるのですか」とトーマス2世。
「ええ、前の世界では活躍していましたね。今は原油地が近くなったのでそこまでの大きさは必要ないですがね。なにしろ短時間で運べますから昔に比べ楽になりました」と担当官。
つづけて「中隊長と小隊長は如何したのですかな」
領事は言いにくそうに「遅れてくるそうです」
トーマス2世も「やれやれ」と言ったゼスチャーをする。全異世界共通なのか。
「そうそう言い忘れていました。捕虜は全員帝国陸軍が連れて行きます。それとは別に領主のソミリア伯爵が領事館に来所されています。捕虜引き渡しが終わりましたらパーティーを開きたいとの希望です。その時はぜひ貴国の艦隊司令殿もいらしてくださると、ソミリア伯爵の顔も立つのですが。いかがですか」
担当官は少し考えて「ですが、帝国陸軍がまた変な事を考えないとも限りませんが」と言う。
トーマス2世は慌てて、「港艦隊から精鋭を出してお守りします。伯爵の立場もご理解ください」
港町ドルステインを拠点とする地方艦隊を持つほどの人物だから、帝国内でも相当発言力があるのだと思われる。担当官は「では交渉してまいりますのでお返事はお待ちください」
港町ドルステインの港に横付けされた補給艦「ましゅう」の乗船口に階段が付けられ捕虜が次々と降りてくる。隊員は人数確認で大忙しである。最初に補給庫に設けられた簡易収容施設からの人員を下ろす。船上と港で別々に人員確認をする。船に潜まれても後が大変であるから慎重に数える。
1,000名程が降りたところで、帝国陸軍第5師団第1中隊の隊員が港に何人かで来た。
「よしおまえ達、帝国陸軍第5師団第1中隊の野営地についてこい」と言い。何人かが先頭で捕虜を連れて行った。「第1陣は2412名中976名です。残りは1,436名となります。本日はもう暗いので明日朝から下船させます」と隊員が担当官に報告をする。「宜しいですかな領事殿」
「ええかまいません。でしたら明日で終わりますね」
「その様ですね」
「ではパーティーの件お願いしますね」
「では艦隊に戻って話をしてきます。お返事は明日朝でよろしいですね」
「お待ちしますのでよろしくお願いします」
と話し合いが済み、担当官は補給艦「ましゅう」に乗り込み、階段を上げ、来た時と同じようにヘリポートに停めたSH-60Jに乗り込んだ。人数が少ないのでこの機体でも充分である。なにしろスピーカーも付いているのだから。
旗艦「いせ」に戻ると、遠山海将補、椎名主席幕僚に各護衛艦隊の司令3名と補給艦「ましゅう」艦長に担当官と「ひなた」の9名で話を始めた。
「あす領主のソミリア伯爵主催のパーティーがあり、招待されています」と担当官。
「帝国陸軍の餌食となるのでは」第5護衛艦隊司令が言う。
「ええそういったのですが、トーマス2世が港艦隊の精鋭にて守ると言っていました」
「あまり信用できませんね」椎名主席参謀も懐疑的である。
「提案があります」補給艦「ましゅう」の艦長が手を上げる。皆が見る。
「実は捕虜が暴動を起こした時の為に、12.7mm重機関銃M2を乗せた軽装甲機動車を8台と第12旅団の第3普通科中隊の一部を捕虜と共に新潟港から乗せております。領事館警備に最適と思われます」
「うむ、陸上自衛隊に協力を要請しましょう」
「なら、私と艦隊司令3名と「ひなた」さんに外務省担当官2名の計7名でお邪魔しようか」
「糧食班長にケーキとワインを出してもらいましょう」と椎名主席参謀。
「翌日15時までには捕虜の下船が終わると思います。朝から並行して軽装甲機動車の荷降ろしを用意します」
「周辺警戒も出来そうだな」と遠山海将補が言う。「それで決まりだな」と締めた。
翌日は捕虜の下船と、クレーンによる軽装甲機動車の荷下ろしが同時に開始された。
今回は戦闘艦では無いので市民も見学の為に集まって来た。
出店もあり一角は賑やかになっている。
外務省担当官は朝港に来ていた領事に挨拶をすると、本日捕虜引き渡しが15時位に終了する事と日本国から7名パーティーに参加する事を伝えた。領事は満面の笑みで受諾した。立場があるのだろう。
港地区特別警備班を再招集して港警備を、軽装甲機動車8台にて参加者を送迎し領事館を警備する。
捕虜の下船が終わり、総員2,412名の確認が取れた。
無線にて連絡し、遠山海将補と艦隊司令3名が白い儀礼服で用意が終わって待機していた。
「いせ」からSH-60Kを飛ばし参加者を先に集め、「いせ」から遠山海将補と担当官2名に「ひなた」が乗り込む。もう一機SH-60Jには糧食班長と糧食科員2名とケーキに「ワイン」と思ったが日本酒を4本ケースに入れて持ち込んだ。
軽装甲機動車は機銃をセットすると運転手と機銃手2名乗車となり、残り3名しか乗れない。複数に便乗して領事館に向かう。
領事館は約束通り港艦隊の精鋭らしきもの達30名が守っていた。
玄関アプローチ(馬車寄せ)に軽装甲機動車を入れて次々と艦隊幹部が降りる。「ひなた」も日本で作った赤いドレスを着て少し着飾っていた。外務省担当官は黒い礼服である。
最後に糧食班長と糧食科員2名がケーキと日本酒を持って入っていく。糧食班長達は渡したら船に戻る予定だ。玄関アプローチ(馬車寄せ)から道に戻った軽装甲機動車は道に縦列駐車して坂道の下を睨む。
高貴な館は丘の上にある。
玄関でソミリア伯爵と領事にトーマス2世がみんなを迎えた。
遠山海将補と艦隊司令3名は挨拶して初めて会う者には名刺を渡した。
「ソミリア伯爵とお見受けいたします。私は日本国海上自衛隊交渉艦隊の艦隊司令遠山海将補と言います。本日はお招きいただき喜んで参加させていただきます」と握手をする。
すかさず担当官が写真を撮る。
「本日はお招きいただいたお礼に、日本国のお菓子と酒を持参いたしました」と糧食班長を見る。
「領事殿、どちらに運んだら良いですか」と遠山海将補は言う。
慌てて領事は糧食班長達を案内した。糧食班長達は白い清潔なコック服である。
食膳室に運びそれで仕事は終わりである。
ダンスホールの様な空間に案内された。生演奏の知らない曲を演奏している。楽器も見た事のない物が大半である。
「ささ、こちらに」と長いテーブルの窓側を指定された。
どうやらソミリア伯爵が中央で、廊下側に領事と奥さんらしき人にトーマス2世と参謀らしき者が座っている。全員立ち上がった。
宴会は始まる。
最初は挨拶をして、社交辞令らしき言葉を発している。
日本側は正装した司令が4人並び「ひなた」に外交官2名が続く。
一応、遠山海将補が聞く「本日は帝国陸軍の中隊長は如何したのですか?」
領事が代行で答える。「あの方たちの仕事は終わりました。明日早くから要塞都市ドミニク・フーラに戻るそうです」とはぐらかして答える。
陸軍の関係性はこんなものなのかと思う。
ソミリア伯爵が「友好の証に乾杯をしましょう」と言う。
作法を知らない日本側は正直に「作法を知りませんので、ソミリア伯爵がご発声をお願いします」と伝える。
ソミリア伯爵はいつもどおりに「帝国に繁栄を」と言ってグラスを高く上げる。
日本側も言いはしないがグラスを高く上げて乾杯をする。
ソミリア伯爵は一口で飲み干す。
日本側はお酒と言うより「シャンメリー」だなと思う。アルコール度数は弱く甘い味付けであった。
まるでお子様がクリスマスに飲むシャンパン風の清涼飲料と同じくらいの味だ。
宴が始まり、フランス料理にイタリア料理を混ぜたようなコースが続く。
比較的美味しい。
遠山海将補はソミリア伯爵に帝国の概要について聞いていて、伯爵も日本国について聞いていた。
「そんなに早い馬車があるのですか、興味がわきます」
「それだけではありません、飛行機と言って日本国内を飛び一般市民を運ぶ乗物もあります」
「あの港で飛んでいた機械ですか」「いやあれはヘリコプターと言って少ない人数しか運べませんが、国内を飛ぶ飛行機は一時に200人以上運びます」「いやそれはすごい」
「日本の人口は約1億人ですが、帝国はいか程ですか」
「いやそれが判らないのだよ、数えたことが無いので」
「では街の人口はいか程ですか」「それも管理していないのですよ」
とかなり杜撰である。税金は如何しているか。
料理も後半になり、かなり満腹となってきて司令達は残し始めた。
そんな中、「ひなた」はもくもくと食べ進む。担当官が「ケーキ食べられますか」と聞く。
「大丈夫、別腹」と女子高生の様な回答をする。ハイエルフも別腹の様だ。
コースが終わり、デザートが出た。糧食班長特製のケーキ5種である。ゾーマ・ラシアス城塞都市特産のグレープシードルと共に出された。給仕はお盆にケーキを乗せ一人ずつ好みを聞いて回る。
ソミリア伯爵は苺ショートケーキを頼んだ。遠山海将補は渋めのチョコレートケーキである。
「ひなた」は全種類並べた。担当官が目を丸くしている「別腹と言っても・・・」と驚いている。
「遠山殿、このケーキとやらはうまいですな。沢山砂糖を使っている様ですね」「はじめて食べました」
「気に入ってくださると糧食班長も喜びます。どうぞ遠慮なさらないでお食べください」
領事夫人は噛みしめるようにケーキを食べた。相当うまいらしい。
「日本はこのケーキが毎日食べられるのですか」と夫人が尋ねる。
「ひなた」が答える。「ええ毎日食べられます。ですが太りますよ」と言う。誰が言っているのだ。
ソミリア伯爵は大人しくなった。
「このケーキと言う食べ物だけでも国力の差を感じる」としみじみ言う。
「帝都でも見たことが無い。帝都のお菓子と言えば硬い焼き菓子に砂糖をまぶした物。ミルクに浸さなければ食べられない代物だ。これが戦艦で作られたなど信じられない話だ」
「ええ、我々も長い航海になると、糧食班長がスイーツバイキングを開いてくれるのです。食べ放題です」
「それは士官だけでしょ」とトーマス2世。
「いえどちらかと言うと、一般科員の為です。我々上級将官は一人1個支給されます」と笑いながら遠山海将補は答える。
「ひなた」が「最高40個食べた」と聞かれてもいないのに答える。
「そんなに・・・・」と夫人は絶句した。
「ソミリア伯爵、後ほどお持ちした日本酒も飲んでみてください。多少強いですがうまいですよ」と遠山海将補が言う。
「それは試してみます」と伯爵。
こうして帝国陸軍の妨害もなく、パーティーは終わった。
「ひなた」は「もう食べられない」と言い。担当官は少し諫めた。
帝国との初めての友好パーティーは終わるのだった。
翌日、トーマス2世と参謀を護衛艦DDG-178「あしがら」に招待して内部を案内した。
特に10km先に木造の小舟を浮かべ、艦砲で一撃で沈めたところは、声も出ないようだった。
補給艦「ましゅう」は軽装甲機動車を積み込み、物々交換でアクセサリーや農機具や鉄の道具などをサンプルとして持ち帰る。「ましゅう」からはガラス玉や屑天然石など3流のお土産を渡す。だが相手は大喜びである。ちょろい・・・
こうしてドーザ大陸交渉艦隊は密かに海洋観測艦3艦を連れ日本に戻るのだった。
潜水艦隊3艦は「手前島」に基地を建設しているので、途中で別れる予定であった。
ありがとうございました。
次回からは新章となります。