第207話 ドルツ転移前夜
投稿しました。
ドルツ移転前夜の光景です。
南大陸撤収作戦は比較的順調に進んでいる。
だが慢性的病人が3名発見された事ですんなりと転移させるには問題が発生していた。
「先天性糖尿が2名か、2人はまだ子供であったな」と南。
「はい、リフオ君が7歳でミヒラちゃんが7歳です」と吉田。
「家族構成は調べているか」
「はい、リフオ君については両親と弟が1名、両親はハイリンの農場で働いています。
ミヒラちゃんについては両親だけです。父親はドルトムントで雑貨屋をしており、奥さんも手伝いしています」
「ところで二人とも先天性だと聞いているが、発病は最近なのか」
「はい、発病はここ1か月以内です」
「そうか食料事情が改善したからか」
「因果関係は不明です、ですが突然悪化した様です、元々二人は体調が普段から悪く、一見するとそれが悪化した様に見えます」
「そうか、痛ましい事だ。薬は間に合うのか」
「手配しておりますが、ドルツが転移してしまう事で供給はストップする事が懸念されています」
「そうだな。転移先は6千年も経過した世界だから糖尿の治療が発見されて普及していると良いのだが」
「そう願いたいですが、司令・・・ギャンブルです」
「ふぅ、そうだな。期待だけで話をしているな」
「移転前日に現地視察を踏まえて、この3人に会いませんか」
「その様に手配願う」
「畏まりました。当日はドルツ国暫定首相であるハインリッヒ・ベトーラゼ氏が挨拶したいと来ています」
「ドルツの元首相は自害傾向があったはずだが、そこは大丈夫なのか」
「はい、ダークエルフも冥界に戻った今は、もう自害は諦め、自国民の為に首相を続ける覚悟が出来ている様です」
「そうか、会見予定を入れて欲しい」
「それでは現地視察予定を組み上げます。出立は明朝08時の予定でお願いします」
「了解した」
こうして第1水陸機動連隊も「おおすみ」など輸送艦隊と共に、護衛の第8護衛隊 DDG-176「ちょうかい」、DD-104「きりさめ」に守られ日本に戻って行く。
これで陸戦部隊の残りは、第1空挺団のみとなった。
第1空挺団は現在ドルトムント街において食料支援、生活支援を実施中である。
いよいよドルツ転移予定日前日となる。
「南司令出発時間です」
「了解した。すぐ行く」
「いずも」飛行甲板にはオスプレイと護衛のF-35Bが2機待機していた。
いまだに直上警戒の為、2機のF-35Bが上空警戒を実施している。
南大陸においては「ドラゴン」や海獣などとの遭遇経験はないのだが、念のためである。
南は飛行甲板に出て、陸上部隊、特に施設科隊を連れ帰るために第1海上補給隊のAOE-422「とわだ」、AOE-423「ときわ」の2艦が停泊し撤収の為の積み込み作業をしている状況を見ていた。
AAV7やトラックにドーザーなどの大型重機が次々と輸送艦に積み込まれるのを見ていた。
「では出発しましょう」吉田の声で南はオスプレイに乗りこむ。
南と吉田、それにハイエルフの族長とリナ、ミーナが同乗して、オスプレイは何事もなくハイリンに作られた簡易ヘリポートに到着し、迎えの疾風(はやて:高機動車)に乗りこみ、10分程度でドルトムントの街に到着する。
すぐにドルトムントに元からあった教会に入り、ドルツ暫定首相であるハインリッヒ・ベトーラゼ氏他5名の歓迎を受けた。
「南司令官殿、遠路お越しいただき有難うございます」
「ハインリッヒ・ベトーラゼ首相、元気で何よりです」
「お陰様でドルツ国民は大戦以前より元気になった次第です。あの風呂は大きくて良いですな」
「ははは。お気に召しましたか。日本古来からある健康環境です。疲れも回復します」
「日本が引き上げたなら、最初の事業として皆が入れる風呂の建設をします」
「是非、未来のドルツにも流行らせて頂きたい」
南は暫定首相と挨拶を交わしながら席に座る。
長いテーブルをはさんで、日本側とドルツ側に別れている。
少し離れて、教会の牧師とシスターが3名で見守っている。
「ハインリッヒ・ベトーラゼ殿、ドルツ側の移転準備は如何ですか」南が聞く。
「はい、お陰様で一部重症者を除いて怪我人は殆ど完治しており、動ける状態です。
またハイリンの農場拡張頂き、自給率は10%にもなっております。余剰食糧は保存し災害時の備蓄とします。
そして懸念であった一部住人の病気なのですが、吉田海将補殿より薬・・・インシュリンでしたか、を頂き衛生兵経験者に打つ訓練をさせています。
また、1名のB型肝炎ですが、いん・・インターフェロンでしたか・・を手配頂いて一か月に1回、約半年打つ計画をしております」
「それでは予定通り進んでいると言う事で宜しいですか。懸念としては渡せるインシュリンについては1年分であると言う事ぐらいですね。未来ドルツで治療が確立していれば良いのですが」
「ええ、それは懸念としてあります」
二人の会話は何時もの通りハイエルフのリナとミーナを通して通訳されている。
その時教会のドアから大きな声が聞こえる。
泣いている様な、叫んでいる様なドルツ語による声であった。
「なんでしょうか」と南。吉田は南を守るために立ち上がる。
ドルツ側も何人かが立ち上がった。
ミーナがドアの方に走って行く。
「危険です」と吉田。「大丈夫です」とミーナ。
ミーナがドアを開けるとそこには、女性が二人、男性が一人、跪き何かを願っている様だった。
「リナ翻訳できますか」南が伝える。
「はい、少し待ってください」とリナ。どうやら混乱していてうまく記憶を読みだせない様だ。
「ミーナ頼みます」「はい」
『心配ありません。一人ずつ何を望むのか話してください』と念話でゆっくり言う。
『最初は右の女性から』
指名された女性は、少し落ち着いてドルツ語で語り出した。
それによると、例の先天性糖尿が発見されたミヒラちゃんの母親で、日本の治療に感謝している事、だが日本が撤退してしまうと子供の病気が悪化して死んでしまわないか不安だと言う事。
それなら治療できる日本に子供と共に行かせて欲しいという希望であった。
しかし父親はそんな事は無理だと言う。そこで直にお願いしに来たと言う事らしい。
残りの二人は夫婦で、同様にリフオ君の親であった。
言っている事は同じで、日本が戻って行ってしまうとリフオは死んでしまう。
一緒に日本で働くので連れて行って欲しいとの希望である。
リナは南と吉田に状況説明と内容を簡単に説明する。
「判りました。南司令如何致します」と吉田。
「ふむ。気持ちは判るがな」
「ミーナさん、日本が戻っても1年分薬はある、ドルツが転移しても未来のドルツでは治療方法があると信じています。と伝えてくれますか」と南。
「はい」
ミーナは念話で南の話を伝える。
3人は落ち着いてきた。
「南司令官、この者達を日本に連れていって頂けませんか」ハインリッヒ・ベトーラゼ氏が悩みながら伝える。
「宜しいのですか、彼らは二度とドルツに戻る事はできませんよ」
「ええ、医療水準はドルツより日本の方がはるかに発展しています。彼らが望むのであれば彼らを受け入れて頂けないでしょうか」
「ですが、インシュリンは一年分お渡ししますし、未来のドルツに日本より画期的治療方法があるかも知れません」
「理解はできます。ですが彼らもそうだと思いますが、治療して頂いている今、この状態で転移してドルツに戻ってしまう事に際しては不安しかないのです。
もし治療薬が何かの手違いで無くなってしまったら、もし未来のドルツで治療法が無ければと、とても不安が大きいのです」
「そうですか・・・判りました。彼らの身柄は日本が預かりましょう。例のB型肝炎の方も含めて希望者は難民として日本での治療を保障しましょう」
「有難うございます。何から何まで本当に感謝します。日本が協力して頂けれなければ彼らは死んでしまう運命だったのです。ドルツでは彼らの様な未知の病気については一か所に集めて経過観察しかできなかったのです。転移前のドルツにはそのような施設が5か所もありました」
「そうなのですね。痛ましい事です」
「ミーナさん、彼らに日本へいく事を許可されたと時間がないので急いで支度してここに集まってくださいと伝えてください」
『あなた方の願いは届きました。すぐに支度してここに戻ってきてください。ですが日本に行けば二度とドルツには戻る事はかないません覚悟してください』
三人のドルツ人は口々に感謝を伝えて急いで戻って行った。
「ハインリッヒ・ベトーラゼ首相。治療方法を伝えた衛生兵の方も集めて頂けますか」
「直ぐに手配します」首相が並んだ一人に何かを伝えるとその者は立ち上がって教会から出て行った。
それを見送った首相は改めて感謝をされる。
「いえ、確かに未来のドルツに期待してだけで、なにも治療が継続できる保証もありませんでした。それは我々の落ち度です」
「そうおっしゃらないでください。先ほどの言った通りドルツでは未知の病なのです」
「彼らは、私たちが責任を持って治療の継続をさせて頂きます」
「よろしくお願いします」
その時、子供を連れて家族達が戻って来た。
「フリオ君の両親はハイリンで働いている農業従事者だったな。日本でも仕事はあるだろう。一方のミヒラちゃんの両親は雑貨店を経営していたな」
「それとB型肝炎の者は21歳のフルト・ハイゼンさんです。現在ドルツ国軍の所属です」
「その彼も呼んで欲しい」
「了解」
集まった家族を中に呼び入れて南は話を始めた。ミーナが念話で内容を伝える。
それは日本に行ってしまうと二度とドルツには戻れない事、日本では治療方法があるのでそれは保証する。そして皆は難民として日本での仕事をしてもらう事を説明する。
家族は覚悟している様で、一応に感謝の言葉を述べている。
そこには先ほどまでいなかったミヒラちゃんの父親もいた。
元衛生兵の2名もやってくる。
「吉田君、彼らに説明してやってくれか」「了解。リナさんお願いします」
吉田は元衛生兵に、先天性糖尿病を持つ子供達の親の希望で日本に連れていく事。症状と治療法については他にも患者がいた場合に役立つ事。B型肝炎の患者についても日本へ行く希望を聞く事を伝えた。
彼らは一様に明るい顔になる。
理由を聞くと、親たちと同様に不安であった事が説明された。
「よかった」とドルツ語で感想を言っていた。
南は自分達がやはりギャンブルであった事をあらためて思い知った。
「考えが及ばず申し訳ないかった」と家族と首相に頭を下げた。
「やめてください。病人達の治療方法を日本が知っているだけで我々にはあなた達が神にも思えるのです。
あなた方があやまる必要はありません」と首相。
「吉田君、確認をしてください」
「はい」
吉田は家族達に最終確認をする。
「意思は変わらない様です」と報告する。
「そうか、では一緒に行くとしよう」
やがて、ハイリンで警備についていた21歳のフルト・ハイゼンさんがやって来た。
同様に説明し日本に行く覚悟があるかどうか尋ねる。
それによるとフルト・ハイゼン君も日本に行き、治療を受けたいとの希望がある。
「これで全員日本に行きたいと言う事か。私の思慮が足りなかったようだな」
「司令、その様な事はありません。彼らは治療して生きる希望を得られました。それは彼らにとって希望です」
「首相殿、彼らを日本で預かります。宜しいですか」
「南司令官殿、是非よろしくお願いします」
ベトラーゼと南は握手して合意した。
吉田はハイリンに駐屯している部隊から移送の為のトラックを手配する。
それは10分程度でドルトムントにやってくる。
「その家族2組と、フルト・ハイゼン君を移動させて欲しい」と吉田は伝える。
「ところでフルト・ハイゼン君の家族は良いのか」と南は吉田に聞く。
「聞いた所フルト君は独り身で家族は転移前のドルツに残されたとか、戻っても6000年も経過しているから会えないでしょうねと言っていました」
「そうか、それも痛ましいな」
一通り首相と情報交換した後に教会を出て、ドルトムントの街並みを見ながら「この光景も見納めなのだな」と南が言うと。ドルツ国民達が南に集まり口々に感謝を述べていた。
「皆司令に感謝している様です」と吉田。
「そうか、それなら良い。戻ろうか」
南と吉田にハイエルフは高機動車に乗りこみ、窓から手を振って発進していった。
トラックに乗ったリフオ君、ミヒラちゃんの家族とフルト君も一緒である。
一行はハイリンに到着すると駐機していたオスプレイに全員で乗りこむと「いずも」向けて飛び立ち、ドルトムントの街を一周してから戻って行った。
「吉田君、全部隊に撤収命令を」「了解」
南大陸に上陸していた全ての陸上部隊に対し最終の撤収命令が発令された。
「いずも」に戻った南は族長に会い、「明日正午に移転を神に連絡してください」と伝える。
リフオ君とミヒラちゃんの家族は、多目的室の一角を案内され落ち着いている様だった。
日本に行くワクワクが止まらないミヒラちゃんは騒いでいた。それはそれでかわいらしい。
隊員から手作りのぬいぐるみをプレゼントされてミヒラちゃんは更に騒ぐ。
ボン軍港ではドルツ人と日本人が一緒に陸上部隊の積み込みが慌ただしく展開されており、次々と日本に連れ帰る為の輸送艦が交代しながら積み込みをしている。
空挺団もボン港に整列して、隊列を組みながらAOE-422「とわだ」に乗船していく。
・・
「南司令全ての積み込みが完了しました」と吉田。
「宜しい、では最終点呼で取りこぼしがないか確認と機材類点検」
「はい、最終点呼を開始します」
ありがとうございます。