第127話 帝国民と貴族達の憂鬱 その4 貴族の黄昏その1
第127話を投稿します。
いろいろ話が詰まっていますが長いので読み飛ばしても大丈夫です。
誤字脱字報告ありがとうございます。これも見直ししましたが疲れているので見落としがあると思います。
よろしくお願いします。
やがて貴族達を乗せたトラックは要塞都市ミルドに到着した。
「久しぶりだ」貧乏貴族のド・スルト男爵がトラックを降りて、大きな屋敷に向かって歩かされる。
横を見ると司書長のフルトハイム男爵もトラックを降り、大人しく歩いている。
「短期間でこの街も変わったな、あんな大きな建物なかったはずなのに」
「おい、口を閉じて歩け」と隊員に言われた。
貴族たちは、自衛隊がドーザ方面隊本部の一部が本部施設として使用している、元要塞都市ミルド領主アルフレッド・フォン・ドリルステン伯爵の接収した屋敷に連れてこられ、一人ずつ名前を確認されている。
第7師団第7偵察隊が要塞都市ミルドとの交渉に際して、交渉を受け付けない小さな抵抗を受け、城門を破壊して、街中に戦闘偵察小隊や斥候小隊の装輪装甲車が乗り入れ、少数の警備兵は直ぐに降伏してしまった。
領主のドリルステン伯爵も逃げ出す所を、斥候小隊に捕まりそのまま屋敷を接収されてしまったのだ。
しかも・・中には使用人が12名と通信奴隷のエルフが2名もいて、エルフは日本に保護されて奴隷紋を消すために、宗谷特別行政区に送られている。
名前を確認された貴族たちは再度トラックに乗せられ、要塞都市ミルド郊外の建物に連れてこられた。
貴族たちは大きな建物の前に集められ、説明を受けている。
「皆さん遠い道のりをお疲れ様です。体調の悪くなられた方は申し出てください。
皆さんはこの施設でしばらく生活して頂きます。
ここでは、皆さんのお仕事やその内容。また、情報をお持ちなら教えて頂きます。
生活に関しては、短い方で2日、長い方で・・・これは人によるのでわかりません。
ただし、ここで皆さんを殺害したり拷問や奴隷落ちなどはしませんので、ご安心ください」
・・・
「よかった」となりのフルトハイムが言う。「殺される」と思っていたからの安堵だろう。
「質問良いか」ド・スルト男爵が言う。
「質問お受けします。どうぞ」
「私はド・スルトだ。何の容疑で連れてこられたのだ」
「はい、皆さまそれぞれ違う容疑ですので、取り調べで個人にお答えします」
「そうか・・それでも何かしらの容疑はあるのだな」
「この場ではお答えできません」
「では皆さんは建物に入って頂きます」
貴族たちはぶつぶつ言いながら素直に従っている。
建物は要塞都市ミルドの外に作られた収容施設なのだが、ロの字をしていて、中央に運動施設がある。
他には大浴場と大食堂が完備され、それぞれの部屋は個室になっていた。
個室のドアは鉄製で頑丈ではあるが、毎朝7時に開けられる。そして就寝時間までは開け放たれ、就寝時にいる事を確認されると1部屋毎に施錠される。
特に大浴場は一度に20人以上は入れて、シャンプーや液体石鹸に着替えの下着も用意されている。
ド・スルト男爵の様な貧乏貴族は自宅に風呂を持っていない。
待遇としては、まあ優遇されているなと考えている。
また食事も簡素ではあるが健康に気を使った内容であり、薄味なのだが帝国での食事と違って旨い。
帝国の食事は保存食を料理して出す事が多く、全体に塩分多めである。
塩抜きしてから調理すれば良いのだが、大抵の場合はそのまま調理しているので塩分が極端に多い結果となっている。これでは寿命も短いわけである。
ド・スルト男爵は考えていた。
「ここに入っている貴族は約100人以上だが・・・臣民としての取り調べなのか、それとも・・他に意図が」
ド・スルト男爵は暇なのでいろいろ考えているが、真意が解らないので諦めた。「取り調べの時に聞けばよいだろう」とも思っている。
他の貴族とは食事と風呂ぐらいで、簡単な会話程度しかできなかった。
例の司書長のフルトハイム男爵もあれから会えていない。
収容施設では、1人の貴族に対し30分程度の聴取があると聞く。
ただし、他の貴族は話の内容を教えてくれない・・・当然なのかもなとド・スルトは思っている。
ド・スルトの聴取の日が来た様だ。この施設に来てから3日が経過していた。
朝食の後に部屋に戻ると1枚の紙が置いてある。
「本日11時よりお話をお聞きします。部屋にて待機をお願いします」と丁寧に書かれていた。
「いよいよか」とド・スルトは呟き。どうなるのか不安であった。
やがて時間が来て、2名の隊員と1名の指揮官・・腕に腕章があるのでそう思った。
「ド・スルト男爵は居ますか」と言ってドアの外に隊員達が迎えに来た。
「おる」と短く言うと「いよいよだな」と呟き外に出る。
「お待たせしました。こちらにどうぞ」と言う指揮官についていく。隊員は男爵の後からついてくる。
やがて小さな部屋に机と椅子が3つある。「向こう側の椅子にお座りください」
男爵が座るのを見ると、無線で何か言っている。良く解らない・・日本の言葉なのか。
「もうすぐ参ります」とだけ言うと机の手前側に2つ並んだ椅子の一つに腰掛ける。
隊員は外で警備する様だ。
・・
少しの時間が流れ、「お待たせしました」と少女のようなメイドが入って来てあったかい紅茶を置いていく。良い香りだ。茶葉は一流品なのだろう。帝都で紅茶は高い・・貧乏貴族では手も出せない。
「さっお茶が来ましたので、どうぞ。あっ毒や薬は入っていせんよ」と可愛いメイドが言う。
指揮官は「すまない」と言うとお茶を飲み始めた。
不思議な事に幼いメイドも指揮官の横に座る。
指揮官はそのタイミングで話を始める。
「遠いところお疲れではないですか。体調が良くないとかありますか」と体調を聞く。
「捕虜にそんな労りは不要だ」と男爵。
「いや皆さんは捕虜ではありませんよ。保護しているのです」
「んっ捕虜ではない保護だと・・勝手に家に来て連れてこられて捕虜ではないと申すのか」
「はい、保護する為にお連れしました。ただ抵抗した場合は逮捕していますがね。難しい所です」
「解せぬ。捕虜でないなら返せ」
「ええ、お話が聞けましたらお返しします」
「話さないと言えばどうなる。殺すのか」
「ああ、大丈夫ですよ。必ずお聞きしますから」
男爵は訳が解らない。
「では始めましょう。まずはお生まれからお願いします」
男爵の質問には答えないのに相手の質問は勝手に進めている。少し腹が立ってきた。
男爵は無言で通してやろうと思う。
「お生まれは交易都市リリコネで宜しいですね。貧乏な家族の次男。3人の男兄弟。父親は・・商人。
しかも利益度外視して街人に品物を安く売ったりしていますね。
母親は農作業の手伝いに、家計は苦しそうですね。
えーと、ド・スルト男爵は第1次対アトラム王国戦争ではドメステンの警備隊長までしていましたね。
第2次対アトラム王国戦では上陸してきたアトラム王国兵士をドメステン要塞港の城壁を利用して弓矢で100人以上殺しています。特に後半、城門から馬で部下10名と出て、敵の指揮官を討ち取りました。
これにより爵位を徐爵されて男爵になり、帝都警備隊の隊長になられたのですね。
隊長を15年程やってから退役して小さな家に帝都外の畑で暮らしていたと。間違いないですか」
小さなメイドが男爵の半生を話している。
ド・スルト男爵は驚過ぎて声が出ない。「・・・そっそのとおりだが・・・ハイエルフ・・」
「お茶でも飲んで落ち着いてください」と指揮官は言う。
ド・スルト男爵はゆっくりお茶を飲むが・・もう冷めている。出された時に飲んでおけば美味だろうにと思う。
「そうですね。最初は皆さんそんな反応ですよ」指揮官が言う。
「お前もハイエルフなのか」とド・スルト男爵はどもりながら言うが・・
「いえいえ、毎回そんなお顔を皆さんされますので、何となく解るだけです」
そんな顔とはどんな顔だと思うが、自分の顔など貧乏貴族では高価な鏡などは買えない。
ふいに、「マーガレットに鏡も買ってやれなかったな。苦労掛けているな」と思ってしまった。
小さなメイドは笑っている。
「これから買って差し上げれば宜しいのではないですか」と言われた。
生きていれば買ってやる機会もあるのかなと思う。
「では、本題です。貴方は過去に帝国で不正を働いたことがありますか」
「帝国の兵士でもない、そなた達がなぜ帝国の心配や犯罪捜査をするのだ」
「もっともなご意見ですが、少し事情が込み入ってまして、簡単に言うと皇帝からの依頼です」
「皇帝陛下が臣民である貴族を取り調べとは、如何なものなのか」
「皇帝は重臣に暗殺されかかり、家族を奴隷市場にて売られようとしたのです。そんな皇帝を日本が助け、日本に降伏を皇帝は認めました。そして皇帝のお願いとして腐った帝都貴族や大富豪などを調査して欲しいとの依頼なのです」
「皇帝陛下が暗殺・・奴隷市場で皇族が・・」男爵はショックを受けた。臣民であろうとも皇帝をお守りして滅びる時もご一緒と考えていたのに、よりによって身内に暗殺をされるとは、しかも日本に助けて貰い敗北を認めたなどと、全てあってはならない事である。
「ええ、全てを説明すると時間がかかりますので簡単に説明しましたが、皇帝の意思でもあります」
「だが、お前たちは帝国を負かせた勝者だ。なぜお前達は皇帝の願いで動いているのだ」
「そこなんですよ。デリケート・・微妙な所は。詳しく申し上げられないのですが、帝国はまだ存在しています。
そして皇帝が日本の保護の元に「お願い」と言う形で我々は協力をしています。
ですので、ここで見つかった犯罪者は帝国の法律で裁かれることになりますが・・帝国は死刑か無期投獄か奴隷落ちしか処罰がないので、日本が裁判を人道的に行う様に審判に立ち会います。これは皇帝の許可を得ています」
「まったくわからない」と男爵。
「上手く説明できないのですが、皇帝の名の元に全ての貴族と豪商に聞き取りを行います。
抵抗した者は皇帝に逆らう犯罪者として逮捕しています。これには帝国兵の皆さんも協力頂いております」
「皇帝陛下が降伏したと発布された書を見ているから、そこまでは理解した。そこから先だ」
「どこですか。裁判ですか。量刑ですか」
「なぜ皇帝陛下が臣民や重臣を取り調べるか、いくら暗殺未遂とは言え、全員ではなく関係者を捕らえ拷問すれば良い話ではないか」
「はい、私たちからの回答が多くなっていますが仕方ない事ですね。
実は暗殺しようとしたのはサイネグ宰相なのです。そして皇族を売って逃走資金にしようとしたのもサイネグ宰相でした。そして奴隷市場は複数の商人が絡んで、貴族も・・買い取るのは殆ど貴族か豪商ですから。
そんな経緯で皇帝は腐った帝国内部の粛正を考えたのです。もちろんサイネグ宰相は捕えています」
「そこだよ、判らないのは、日本は勝利したのだから日本の法を使えばよいのではないのか。なぜ帝国にこだわる」
「そう思いますよね」
・・・・
約1か月前の事である。チロルの森を割譲されて戦闘が落ちついた頃、非公開で「国家安全保障会議」を開催していた。議題は「スルホン帝国に対する制裁について」であった。
その数日前に首相に佐野官房長官、高野防衛大臣との3者会議でアトラム王国との条約締結前のアトラム王国視察と国王との謁見。
更にスルホン帝国に対する制裁などを話し合い、内閣承認及び防衛省提案の「スルホン帝国に対する制裁特別法」を国会で可決していた。
その内容を基に国家安全保障会議を秘密裏に開催していた。
「これで何度目の安全保障会議だろ」と当壁総理は言うが、思ったことが口に出てしまった。
「総理、5回目です」佐野官房長官が補足をする。
「そうだったな。日本が災難に見舞われて5回目の会議だ」
「そうですね。災難と言い切れるかどうか、本日は帝国相手の話ですから」
「皆揃いました。総理」と国家安全保障局長が言う。
「よし解った。遠野局長、司会を頼む」
「解りました。では指名により僭越ですが、本会議の司会を務めさせていただきます。国家安全保障局長を仰せつかっている遠野と申します。よろしくお願いします」
・・
「では始めさせていただきます。事前に頂いた文書については本日の会議内容を含めて機密事項となっています。他言する事の無い様にお願いします。
先に述べた通り、文章では本日会議の目的が書かれていたわけですが、「スルホン帝国の扱い」となっています。帝国はチロルの森を日本に割譲しましたが裏に何かあると防衛省は考えています。
もし戦闘を激化させるための策略だとしても、また帝国が日本を認め友好的関係を築く場合にも、過去の戦争責任と賠償が割譲で見合うのかが問題となります。
そこでスルホン帝国を国として扱うのかが問題となります。
これは外務省が専門だと思いますので発言をお願いします」
「はい。外務大臣の佐藤でございます。ご存じの通り転移した日本は孤立しており、国際機関もございません。
つまりスルホン帝国とは言いますが、日本が国として認める5つの項目。
①国民となる定住者がいること(恒久的住民の存在)。
②一定の固有領土を要すること。
③統治組織が存在すること。
④他国と条約の締結等の外交的能力をもつこと。
この4つについては確認ができています。
ただし、最後の5番目
⑤重大な国際法違反を伴わない樹立でなければならない(適法性)。
⑤に際して、国連もございませんし、建国過程において正常でない政権交代がある事も確認されています。
そこで、順法国でもない、批准もできない状況であり、国際法がそもそも適用できない状況であります。
しかもスルホン帝国は日本に対し敵対する事で、日本は個別自衛権・・米国との『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約』は米国本土が存在しない現状において履行できない事が確認されています。
そこで在日米軍からの申し入れにより、外務省は在日米国大使館大使を米国全権責任者として個別条約を締結し、在日米軍との共同作戦を実施できるようにいたしました。
この個別条約は現在も生きていますが・・通称「ブルードラゴン」飛来の際に撃退を目的に三沢のF-16が4機共同作戦に参加して・・残念ですがF-16CJが2機パイロット2名の殉職が確認されました。
以後在日米軍については「ブルーリッジ」を旗艦とする第7艦隊揚陸部隊は大三角州への資材運搬や南西諸島に対する天然ガスプラントの運搬と設置等に活躍して頂いております。
話を戻しますと、スルホン帝国については承認する国際機関も無く、国際法を無理に適用しても順法国とは思えません。
よってスルホン帝国は国と認める事は外務省としてはできません」
「外務大臣。国と認めないと言ってもドーザ大陸にスルホン帝国はあるのだが・・」当壁総理は発言する。
「当壁総理。おっしゃりたい事は解ります。外務省としては国としての承認手続きができないだけです」
「つまりあれか、台湾などの様にか」
「総理それは違います。
台湾は政治上の問題で承認国から外しただけであり、ある意味我が国は台湾を独立した「国」として暗黙の了承をしていますが、スルホン帝国には国際ルールを守らない事において国と認められないと申しています。
簡単に言うとイスラム国の様に領土や組織も外交能力もありますが、国家樹立手段が違法であり、国として我が国は認めておりません。いやイスラム国についてはテロ集団としての認知をしております。
同様に独立運動等により不正に国を名乗っている諸国に対しても同様の状態でございます」
「・・・そうか、イスラム国は極端だが、北朝鮮やパレスチナが政治的な理由だと認識しているが・・」
「総理それだけではありません。他に4国が国連加盟5か国の承認を受けておりますが、その国家成立に対して違法性が認められ、我が国は承認をしていません」
「ではスルホン帝国に対しては外務省としてどの様な扱いとなるのだ」
「はい、我が国が領土であると宣言した日本山やチロルの森において、帝国からの一方的攻撃により、陸上自衛隊に1名が死亡し5名が負傷を負いました。これがテロ集団とする理屈です。もちろん個別自衛権の基に自衛隊は対処しましたが」
「最初から難しい話になって来た」
司会の国家安全保障局長が「総務省は如何ですか」
「はい、総務大臣の荻野です。我々は国内行政の取りまとめが主な業務です。
今回は特別措置法により「宗谷特別自治区」を超法規的に作成しました。
・・が、帝国が降伏した事を考えると我が国の領土化も考えられます。
ですが、正常プロセスとして市民の選挙により議会ができ、同時に行政役所ができて、これにより行政県や市と認められます。
論点がズレると思いますが、日本国領土でなければ行政県や市は作れないと言う事になります」
「その通りなのだが、帝国を日本領土と考える事は無い。なにしろ守り切れないし教育も行き届いていない。
そんな中で日本の法律を守らせること自体が無理であると思う。
我が国も戦争に負けてから新日本国憲法を作り民主主義的法律を整えてここまで来ている。
それに倣い、戦後処理に手を出す事はしても主体となる事は避けたい。
なぜなら、莫大に資金が掛かりすぎる。これを日本だけで賄うのは無理と思う」
当壁総理は、もしスルホン帝国が敗北し、国土とした場合は日本はハイパーインフレに入り経済は破綻すると考えている。
「佐藤大臣、帝国を国として認める要件が整っていないと言っていたが、もし戦闘が拡大して帝国が敗北した場合はどの様な扱いとなる事が考えられるかね」当壁総理は聞く。
「はい、建前から言うと国ではない為に、帝国が敗北でもすると元スルホン帝国民により新国を建国して、友好関係を築き、国として認めると手はあります」
「それでは、また帝国ができる可能性もあると思うが」
「その可能性はあります。
でしたらどうでしょ。皇帝に敗北を認めさせて、そのまま傀儡政権を作り、その政権の中枢を日本が指導の名目の元に民主主義の教育と民衆の生活向上を同時に行っていく事が出来ます。
ただし時間はかかりますしインフラ等の作成はODAになります。その場合「有償資金協力」にしては如何でしょうか。日本に対する戦後補償も可能と思います」
「その案は皇帝を捕らえて日本に協力させる前提となる。そんな事が可能なのか防衛大臣」
「現在はまだ小競り合いが続いている段階ですが、更に拡大すると防衛省は予測しています。
その場合は帝都まで攻め上がり帝都占拠をします。そして皇帝を捕らえ協力させる事は・・難しいと思っています」
「そうか高野防衛大臣もそう思うか」
「では当壁総理も同じ考えですか」
「うむ、ここまで「覇権主義」を掲げ、人を捨て駒の様に扱う帝国との話し合いはうまく行かんだろうと思う」
高野防衛大臣は考えながら発言する。
「そうですね。ですが何かきっかけがあれば好転するかもしれませんが、現状では難しいです」
佐藤外務大臣が発言する。
「当壁総理。外務省は建前で言いましたが、皇帝を捕らえ傀儡政権を樹立して帝国を整備するのが一番良いのではないかと思い始めています。例え皇帝がダメでも側近を捕らえて政権を樹立または継続させる事は可能であると思います。
多分ですが、その方が日本としても負担が少なくなると思います。
これは一例ですが、複数の案を持っておけば対処も可能でしょ。
外務省としては、帝国を国として承認するプロセスを含めて、プラン策定を進めたいと思います。
それにより、防衛省が主体になるでしょうが帝国に敗北を認めさせた際の、後事務が容易になります」
「今はそれしかない様だな。帝国が敗北すると限らんからな。皇帝含め逃げ出す事も考えなければならないぞ。高野防衛大臣はどう思うのだ」
「総理、あり得る事ではあります。逃げられたら大問題です。平定した都市からの蜂起とか考えたくもありません」
「そうだな、蜂起か・・皇帝が逃げて命令が届けばあり得る事だな」
「総理宜しいですか」
「どうした、立川統合幕僚長」
「はい、高野防衛大臣がお答えした通りなのですが、帝都を包囲して逃げられない様にしてしまう事も考えられます。その場合皇帝だけは確保できると考えています。皇帝を保護する事ができれば、外務省の言う政権を維持する事は可能ではないかと思います」
「かなりの戦力をつぎ込む事になると思うが統幕長」高野防衛大臣が聞く。
「はい、ドーザ方面隊を組織して、北海道の3個師団を投入できると考えています。
そうすれば自衛隊の犠牲者を出すことなく帝都を1か月程度で包囲可能と判断しています」
「例の作戦Dプランでしたか。かなり費用が掛かるなと思ったが」
「大臣その通りです。戦費はかかりますが、ずるずると消耗していくより良いと考えます。
その為には帝国艦隊の撃破もシナリオに入っていますが、現在アトラム王国に送る護衛の海上自衛隊を選考している所であり、Dプランを選択するのであれば、帝国艦隊を西から殲滅する事も可能です」
「ふむ。当壁総理如何でしょうか」
「個人的な考えだが、戦争などは早く終わらせ国内生産のみに頼っている食料供給を海外からも受けられるようにしたい。国民の生活も楽になりインフレもある程度抑えられると思うが。その様にしたい」
「当壁総理宜しいですか」
「農水大臣、どうぞ」
「他国からの食料輸入ですが、行うなら最低半年はかかります。また衛生指導に農業林業漁業の指導も必要であり、すぐに始めませんと国内需要に追いつきません。防衛省に安全を担保頂けるなら技術者派遣も可能です」
「確かに自然相手だと農水大臣の言う通りだと思う。食料供給についてはアトラム王国が有力だが収穫量が日本に輸出する程ではないと聞いている。防衛省が施設隊を派遣して荒れ地を畑に変えていければ早いと思うが、高野防衛大臣どうですか」
「はい、農地改革だけではダメでインフラも改善して日本に運べる環境も必要かと思います。
確かに魔物や野獣が出没する地区での開墾については自衛隊が適任と思います」
「そうか。ではアトラム王国派遣隊は日本使節団の移送を中心に考え、更に対帝国艦隊打撃隊とアトラム王国インフラ構築と開墾に魔獣討伐を同時に行う程の部隊編成を行い王国に送り出してほしい。
帝国に対しては敗北させるにしても複数のシナリオ用意が良いだろう。
できれば帝都を包囲して皇帝に敗北を直接認めさせる事が出来れば、後の政策が進みやすいと考えるがどうだ」
「防衛省はそれで良いと思います。特にアトラム王国に対する支援については直ぐに承認頂かないと時間がありません。内閣案で国会提出の準備をお願いします。ODA承認も同時に。
帝国に対しては施策を複数考えていきます。外務省も最終的には国として認められる方法をお願いします」
「よし方向は了解した。佐藤外務大臣早速頼みます。
高野防衛大臣に立川統合幕僚長。王国と帝国の2面作戦にならなくて良かった。
早速アトラム王国に送り出す作戦の立案と国会提出用の法案を外務省と共同で作成して頂きたい。
農水省並びに経産省は王国と帝国のインフラ計画に防衛省に協力して欲しい。
法務省と文科省は帝国が敗北した場合の法律作成と教育を考えて欲しい。
厚労省はアトラム王国に対する技術者の待遇と新規移住者を考え頂きたい。
また、徐々に「宗谷特別行政区」に対する労働者派遣を検討して欲しい。
国交省は各国精密地図の作成とインフラ計画に基づく計画図作成をお願いしたい。
そして最後に総務省には帝国敗北後の行政指導をお願いしたい。専門だからな。
ただし、外務省と連動して欲しい。
以上だ、皆大変だが新しい市場が出来るのだ。それにより停滞していた国内経済が活性化する。
一時的費用は掛かると思うが必ず回収できる。
特に防衛省は帝国内の新たな資源開発を含めて慎重に検討して欲しい。
頼みましたよ」
こうしてスルホン帝国とアトラム王国の扱いについては決定をした。
特にスルホン帝国に際しては敗戦処理を含めて幾つかのプランの作成が始まった。
・・・
そして貴族の取り調べを始める1週間前、皇帝を暗殺未遂から助け出し、ムリナ街郊外にある陸自第5師団本部で保護をしている。
エル・トーマス男爵と皇帝は個室を与えられて生活をしている。
「皇帝ガリル3世生活にご不自由はありませんか」
「南野将軍、大変気を使って頂いてありがたいと思っている」
「皇帝相談があります。本国より皇帝を通じて帝国政権を当分維持して欲しいと依頼がありました」
「儂は敗北宣言をしたはずだが?」
「存じておりますが、皇帝ご依頼の貴族の選別について我が国では帝国に対する警察権と言いますか取り調べできる権利がありません。それに貴族の反発もあると思います。
そこで敗北して頂いたのですが、皇帝の願いをかなえる為にまだ帝国を一定期間存続させて命令をできる環境をお願いしたいのです」
「日本は不思議な国だな。占領軍としてやってしまえばよい物を変な事に細かい」
「皇帝のおっしゃる通りですが、日本には憲法や法律が明文化されて国民も理解しております。
日本の法律に他国を支配する事は書かれていないのです。
ですので他国の臣民や国民に対する取り調べはできません。
皇帝が命令により帝国貴族や人民に対して宣言頂きたいのです」
「面白い事を、その程度は直ぐに可能だが文官がおらん。また元老院も開催できないぞ」
「皇帝命令は元老院を通さなくても発令できますか?」
「んっできるぞ。元老院など飾りだからな。名誉職だ」
「でしたら、なおの事、お手伝い頂けますか」
「それは理解したが、実際の文官が必要であると思う」
「それは命令の発布についてですか」「そうだ」
「なら、トーマス男爵を一時的に宰相とするのは如何ですか。皇帝への忠誠も高いです」
「トーマスか・・あ奴は戦闘は一流なのだが文官としての才能は見た事が無い」
「皇帝、交渉係をしているトーマス男爵なら文書に交渉も才能があると見込めますよ」
「そうか日本ではトーマスを信頼しているのだな」
「ええ、そういう事になります」
「ではトーマス男爵を呼んできますので、任命をお願いできますか」
「わかった」
「直ぐに戻ります」
・・
「トーマス男爵」
「はい何ですか南野将軍。」「皇帝がお呼びです」
「あっはい、すぐ行きます」
トーマス男爵は陸自第5師団の会議室にやって来た。
「皇帝陛下。その際は乱暴にしてしまい申し訳ありません」
「いや、トーマス。お前のおかげで儂は生きている。そして暴漢からも逃げる事が出来た。感謝しているぞ」
「ありがたきお言葉」
「トーマスお前にやってほしい事がある」
「皇帝陛下の命とあらば、なんなりと」
「実は先ほどまで南野将軍と話していた。日本は貴族や豪商を調査する事に儂の後ろ盾がないとできないと申すのだ。そこで日本に対して帝国を調査する権限を与えようと思う」
「解りましたが日本は不思議な考え方をしますね」
「ははは、そなたもそう思うか、儂もだ。そこでトーマスお前を臨時宰相に任ずる。日本に協力してやってくれ。これが花押印だ、お前に預ける。日本のやりやすい様にやってくれ」
「皇帝陛下・・・確かに承りました。皇帝陛下は良いのですか」
「儂はもう疲れた。余生があるのなら静かに暮らしたい。儂はやり過ぎた、目的が重臣達によって捻じ曲げられ、しかもそれに儂が気づきもしない。あれほど民衆の事を思っていたのに何故なんだろうなトーマス。
もう儂は本当に疲れた。生きていけるなら家族と静かに暮らしたいと最近良く思うのだ。
敗戦処理を日本と共にトーマスに託す。だから貴族や商人、一般民から優秀な者を選んで日本が思う国を作り上げて欲しいと思う。頼めるか」
「皇帝陛下の臣民としてトーマス男爵、皇帝陛下の命を受け賜ります。そして皇帝陛下の身の安全を日本に要求します」
「有難うな。だがそれに儂は報いる事が出来ない。それでも良いのか」
「皇帝陛下の命ですからトーマスは精いっぱい行うだけです。それが終われば私もどこかで静かに暮らしたいと思います」
「ははは、トーマスもそうか。ははは。おもしいのう」
「はい、皇帝陛下の安全が確認できましたら、ドーザ大陸に小さい家を建てて一人畑でもやりながら暮らしたいと思います」
「よし、話は終わった。たった今からトーマス宰相だ、任命の書は儂が書こう。自分で花押印を押しなさい」
「はい、やらさせて頂きます」
「それが終わればトーマスは宰相として皇帝名の命令書や親書を発行してくれ。ついでに南野将軍を呼んで欲しい。それまでに任命書を書いておくぞ」
「皇帝陛下畏まりました。すぐに呼んできます」
・・
「皇帝、決まりましたか」
「南野将軍。話した通りにした。ここに任命書がある。花押印を押せば儂の命令となる」
「了解しました。トーマス男爵は宜しいですか」
「皇帝陛下のご命令であれば疑う余地はありません。それに皇帝陛下の花押印をお預かりしました。
もう後戻りもできませんが、一つだけお願いがあります。
戦争犯罪者として皇帝陛下を裁くのは構いません。日本としても体裁があるのでしょうから。
ですが少しの温情としていつか皇帝陛下が家族と一緒に暮らせる事をさせて欲しいのです。
私はこれがお約束頂けるならば皇帝花押印をもって日本のやりたい様に協力します」
「話は解りました。日本政府としてはまだお約束できませんが、私が責任を持って日本を説得します。
ですので新しい国を作り上げましょう」
「南野将軍よろしくお願いします。日本にいるご家族といつか会って、一緒に暮らさせて頂ければ嬉しく思います。思い残すことなく宰相をお受けします」
「さっトーマス。花押印を自分で押せ」
「はっ皇帝陛下」トーマス男爵は花押印を任命書に押した。トーマス宰相の誕生である。
「さて南野将軍。これでトーマスは宰相になった。
そなた達が最初にしたいのは貴族制度の廃止と取り調べ、差別主義と奴隷制度の撤廃だな。
トーマス最初の仕事だ。日本に協力して廃止を命令しなさい」
「はい陛下。そうさせて頂きます」
「私からもよろしくお願いします。トーマス宰相」
「なんかむず痒いですな」
こうして「貴族制度」「奴隷制度」「異種族差別」撤廃の命令が発布され、「スルホン帝国国民全員に対する調査権」が自衛隊に委任された。
これを根拠にスルホン帝国貴族や豪商の取り調べが開始された。
・・・・
「これが皇帝の命令書です。ド・スルト元男爵」
「ふむ、これは皇帝花押紋。して宰相は捕まったと聞いたが今は皇帝陛下が直接命令を出しているのか」
「いえ、あなたの師匠であるトーマス宰相ですよ」とメイド姿のハイエルフが答える。
「えええー」驚くのは仕方ない。トーマス自身が一番驚いているはずだから。
ド・スルトは息を整えて、「それで帝国貴族をこの命令書により調査しているわけだな」
「ええそうです。新しい国を作る人材を調査しています。この調査は皇帝にも報告が渡されます。
もちろんトーマス宰相にも」
「あい解った。これまでの無礼を詫びる。さぁ何でも聞いてくれ」
「あはは、ド・スルトさん。貴方は終わりました。明日お帰りになります。そして帝都から住処を変えない様にお願いしますね、皇帝名の命令書が届かないと問題ですから。うふふ」
ハイエルフは意味深に言うのであった。
ド・スルトは「まいったな。師匠なら・・・いや今は考えない様にしよう」
ド・スルトは部屋に戻ってボンヤリしていた。
取り調べをされた貴族の中にボンヤリしていた者がいるのを思い出した。これか・・・
ありがとうございました。
難産でした・・・疲れた。
次回はその他の貴族の様子をお届けします。