第109話 捕虜の世界 その1 ある戦士の記憶続き
第109話を投稿します。
チロルの森大戦で捕虜となった女中隊長サニラの話です。
文化の違い、作戦の違い、何より機材の違い・・
捕虜としての暮らしも根本から違う。サニラは何を思うのか・・と書いていると長くなりました。
今から3か月も前にドーザ大陸大戦が発動された。
陸自第2師団駐屯地のチロルの森駐屯地と分屯地では壮絶な戦いが繰り広げられ、多くのスルホン帝国兵士が戦死している。
特に砲撃によりその多くを失った、スルホン帝国第3師団、帝国第4師団、帝国第5師団の生き残りは、敵の城を目の前に殆どの戦力を削がれ、最後の抵抗も空しく死者だけを増やしていた。
陸自第2師団とその協力各隊は、チロルの森駐屯地及び分屯地手前で降伏している帝国兵士達を武装解除して、一般兵はその場で解放。将校は捕虜として拘束され駐屯地に連れてこられている。
元スルホン帝国第4師団第3中隊長のサニラは敵城まで9Kmの地点で突然現れた敵兵により武装解除され、捕虜として敵城に連れていかれた。
ただ、元第3中隊は将校のみ捕虜として捕獲されているのだが、一般兵たちはその場で武装解除後に解放されている。サニラは日本が何を思っているのか知るすべはないのだが、捕虜にしない時点で「いやな勘」が働いている。
「何も将校だけ捕虜にしなくても良いのに」と言葉に出ていた。
つづいて「私の人生もここまでか」将校だけを捕虜にする事に理由は1つしか思い浮かばない。
見せしめで断頭の後にさらし首がお決まりである。
「少しは女らしい事がしたかったな。無駄な時間を使ってお茶するとか、買い物に行くとか。はははは」
そんな事を考えていたサニラは突然面白くなってきた。そんな事、今まで考えた事も無いのに、できる筈もないと思うと笑いが込み上げてきたのだ。
「さて、最後はスルホン帝国軍人らしく堂々としていよう。どうせ死ぬのだから」
サニラ達将校は後ろ手に拘束されて、大型トラックの荷台に乗せられて、チロルの森駐屯地に連れてこられた。異様な風景である。
軍事施設なのだから無機質で機能的であるのは間違いないのだが、帝国のキャンプ等とも違う異質な雰囲気を漂わせている。
大型トラックには顔見知りも多くいた。ただし皆男である。
帝国師団で将校をしている女はサニラ一人である。
やがてトラックが止まり、一人ずつ荷台から降ろされ、近くの場所に集められ座らされた。
周囲は小銃を持つ隊員で警備をしている。
「その場で待て」大陸語で一人の兵士が言った。「すごいな兵士が大陸語を喋っている。スルホン帝国師団に敵国語が堪能な奴はいなかったな」とサニラは、ぼーと見ている。
「お待たせした。これから皆さんを取り調べしますので、お名前、所属、出身地などを報告して頂きます」
サニラは「誰が協力するものか」と思っている。
「えーと、ご協力頂けると将来解放される事もありますので、よろしくお願いします」と大陸語で伝える。
サニラは「妙に遜っている奴だな」と思う。
「勝兵なのだから命令で良いのに日本は変な国だな」と隣の将校が言っている。サニラは見た事がある、多分第3師団の中隊長の筈だ。
「サニラ、サニラだろうお前、第3師団第2中隊長のトルザだ、演習の時少し話したよな」
サニラは覚えていない。
「そうだっけ、覚えてない。それに第3師団ってミリムソーマから向かったんでしょ、なんでここにいるの」
「久しぶりなのに冷たいな。まあいいか、俺たちはミリムソーマから東に敵を撃つべく進んだのだが、全て敵は判っていたみたいで、すぐに爆弾が降って来て大砲がやられ、無理してその後、強硬軍で進んだのだが、城の手前でまた爆弾だよ。おかげで大きく負傷して、捕虜となりここに連れてこられた。
聞いてくれ、敵は俺を治療して歩けるまでにしてくれたんだ。ほら」
トルザは松葉杖を見せる。「スゲーだろ」「なんだそれ」「つめてーな」「ははは」
サニラは久しぶりに声を上げて笑ってしまった。
「お前さんも捕虜になったのか、第4師団が来るのはまだ先だと思っていたが」
「いや先に第5中隊と大砲隊攻城隊がやられてしまって、歩兵だけになったから速度が上がってたのだよ」
「なに、第4師団も先に砲がやられたのか、我々も同じだ」
「そうなのか、敵は正確に我々の位置を把握していたのだな。大軍でも勝てるわけないぞ、それは」
「だな、この戦争は最初から我々の負けだ。敵は、いや日本は1万人の軍隊で250万人の帝国師団を壊滅させたのだから、ビックリだ」
「お前軽いな」
「当たり前だ、そうでも思わんとやってられん。どんな優秀な指揮官でも負ける要素が大きい。なにしろ日本は各師団の位置と構成をしっかりつかんでいたから、それに長距離飛ぶ砲もあって我々は全て手が届かない状況だよ。そして第3師団の生き残りも集められて燃やされた」
「燃やされたのか。空から?それは逃げられないだろう」
「そうだよ、宿営地でのキャンプを襲われた。儂は運が良かった。運が良くてこれだ。燃える爆弾が飛んできて逃げられなくなり、その後に鉄の矢が沢山飛んできた。ほんとにすごい魔法だと思った」
「日本は魔導士がいるのか」「いや後で聞いたら爆弾に詰める火薬のかわりに矢を詰めた爆弾らしい」
「そんな物があるのか・・・」
「あはは、あれは痛いぞ。矢が足に刺さる。頭にも肩にも、痛いなんてもんじゃないぞ。儂は幸運にも足だけだったがな」
「ふーむ、帝国は負けて当然なのか。考えてしまうな、帝国将校として」
「まっ気楽にいこうや。日本は儂を治療してくれた。儂の部下も治療してくれている。多分5万くらいだが」
「なに、1万しかいない軍隊が5万の帝国兵を治療しているのか」
「そうだよ。だから、儂らを殺さない」
「やってられんな。死んだ方がましだ」
「そう言うなよ。生きて国に帰り仕事でも探せば良いではないか」
「それも良いな」
サニラは少しだけ生きる目的ができたようだった。
「お待たせした、次はそこの女性将校お願いします」
サニラは隊員に連れていかれ、扉のある部屋に座らされた。隊員が後ろで見張っている。
「お待たせしました。沢山の帝国将校と話をして少し休憩させて頂きました」
入って来たのは中年の将校らしき2名と女・・・
「自己紹介はしませんのでよろしくお願いしますね」
別の将校が聞く。
「ではお名前と所属をお願いします」「サニラ、帝国第4師団第3中隊長だ」
「女性なのに優秀なのですね。おっと差別発言だった。女性でも優秀な隊員は我が国でも沢山おりますからな。帝国で女性兵士は珍しかったのでつい。すいません」
「なにをあやまっているのだ。私は捕虜だからどうにでもするが良い」
「いえいえ、サニラさん、私たち日本は司法があります。戦時法下ですが裁判が開かれ、判断されます。
一応サニラさんの弁護士も付きますよ」
「そんな遊びみたいな物、要らぬ」
「あっそれはできません。全員裁判される予定です」
「なら先に殺せ」
「うーんそれもできません」「ぬるいな」
「ぬるくても、裁判で公平に裁かれます。とは言っても戦闘時における不正や平和時の振る舞いなどで変わります。つまり、戦争に名を借りて残虐行為や不正取得や搾取がないかどうかです」
「帝国軍人としての矜持はあるつもりだ、そんな事するわけがない」
「ええ解ります。ですが・・結構いるのですよ。帝国軍人を名乗る方々の不正や差別、虐待が、それなので裁判で判断します」
「私はそんな事はしていない」
・・・・
「はい大丈夫ですよ」女が喋った。サニラはギクとする。
なにが大丈夫なのだ・・・
「有難うございます。次の質問です。出身地は何処ですか。お生まれは?」
「ムリナ街の郊外の名もない村だ」
「えーと、このどこですか」
中年将校は地図をサニラに見せた。
サニラは驚いた。帝国でも持っていない程の精密な地図である。
「ここ・・だ・・」
「ムリナ街から最初の村ですね。判りました。シヌム村と」
「村名まで解っておるのか」
「ええ解っていますよ。相手の事を調べてから戦闘していますからね」
「そうか・・・なっ聞かせてくれ、我々はどうしたら勝てたのだ」
「敵に対して大胆ですね。機密ですがヒントだけお教えしましょう。内緒ですよ。
空からドーザ大陸全ての街と都市を地図にしています。この地図は正確ですよ。
もっと精密な地図もありますがそれは見せられません。
この地図や空の目を駆使して帝国師団の動きは全て把握していました。
夜に紛れようとも、森に紛れようとも我々は見ていました。なので、向かってきた段階で全て把握していたのです。つまり奇襲も役に立たない状況です」
「つ……ま…り…、勝てる見込みは最初からなかったと……」
「はい、その通りです」
「言い過ぎだな」別の将校が言う。
「すいません」
「ここからは私が続けよう。貴方は、あなた方はここから日本の東富士という所に送られ捕虜生活をして頂きます。明後日には送り出されるので用意をお願いしますね」
「そこでは別の生活が待っています」
「捕虜なので不自由もありますが、基本は健康的な生活になります」
交互に中年将校は喋る。
「ここまでは宜しいですか」「わかった」
「ではあなたは裁判もありませんので、このまま着替えて頂き食事を摂ってください」
「この場で脱ぐのか」
「いえいえ、女性自衛官を付けますからそこでお願いします」
「ではまた会いましょう」
「一つだけ聞かせてくれ、なぜ裁判とやらは無いのだ」
「この方が「大丈夫」と言いましたよね。それで無くなりました」
「この女が・・」
『うふふ』
「うっハイエルフ・・・ハイエルフが日本に味方しているのか」
「味方と言うより協力関係ですね。対価をお支払いしています」
「・・・同じことだ」「いえ大きく違いますよ」
「ではサニラさんお元気で」「連れて行ってくれ」
サニラは引きずられるように外に出され、別の部屋に連れてこられた。女性自衛官が4名いる。
「えーとサニラさんですね。これに着替えてください。抵抗は止めてくださいね」何か書かれた物を見て言われた。拘束を解かれ、サニラは大人しく着替えた。なにか「すうすう」する服だ。ゆったりして着心地が悪い。
「着替えたぞ」
「はい、次は健康診断です」
「なんだそれは」
「健康状態を計る物です。痛くはありませんよ」
サニラは少し遠い建物まで連れいかれ、健康診断を受ける。血液も少し採取された。
「異様な痛さだ」「そうですね、注射と言います。少し血液を採って病気などの健康状態を調べます」
「そなたは医者なのか」
「はいそうですよ」
「私は病気なのか」
「いいえわかりません。これからこの血液を検査します」
「そうか、自分では健康だと思っているのだがな」
「ええですが、全員の健康診断をするのが私の役目なので、もし病気が見つかったなら治療しますから安心してください」
「敵兵を治療すると言うのは本当なのだな。帝国では直ぐに斬首するから病気も怪我も無いのだが」
「そんなむごい事日本ではしませんよ。死に値する罪の者だけです」
「帝国では、捕虜は斬首が当たり前だ」
「日本は人権・・つまり生きる権利が敵であろうともありますので、捕虜でも死刑は相当な事をしない限りありません」
「そうか、わかった」
「では結果が解りましたらお知らせしますから、お待ちください。よし連れて行ってください」
サニラはまた警備兵に連れられて、今度は大きな部屋に連れてこられた。
「では食事だ、食事は無言で食べる様に。ついてこい」ごつい男性隊員が案内する。
サニラは隊員に連れてこられ、列に並ぶ。
「ではこのお盆を持ち、ここに並ぶ。次に食べ物が出されるので取り、お盆にこうやって乗せる。次にスープ。次にサラダ。次が果物かお菓子だ」
サニラの持つお盆にはたくさんの食料が並ぶ。「こんなにか」
「自衛隊では普通の食事です。ではここに座って食べてください」
サニラは黙って食事を始めた。
メニューはハンバーグに野菜の付け合わせと味噌汁にご飯、小さなサラダ。これは千切りキャベツにドレッシングがかかった物、果物はミカン1個である。
「帝国より豪華だぞ」「黙って食べてください」「わかった」
サニラは腹いっぱいになると眠くなってきた。疲れが出て来たのか。
「では片づけましょう。お盆を持ってこちらに。ここに食べ残しを捨てて食器はここに入れて。お盆はこちらに入れて。終わりです」言われるままにサニラは片づけをする。
女性自衛官が2名近寄って来た。
「はい、では宿舎に案内します」
「牢ではないのか」
「逃げだしたらそうしますが、とりあえずこちらで」
一人部屋に通され、女性自衛官が説明する。
「これが、水道。歯や顔を洗います。これがベッド。これがトイレ。ここを回すと水が流れます。用が済んだらこの紙で拭いて下に落とします。そして流します」
「紙で拭くのか、勿体なくなのか」「ええトイレ専用の紙なので大丈夫ですよ」
サニラは少し抵抗があった。紙は高価な物、それで尻を拭くなどと考えられなかった。
「では明日迄お休みください」「もう何もないのか」
「ええ、明日起床して普通に生活して頂きます。明後日に迎えが来るので乗って移動します。それまでは三食の食事に運動時間に自由時間です。ただし騒いだら牢に入れますから今日は大人しく寝るなりしてください。これ歯磨き一式です。歯磨き粉が付いていますのでそのまま磨いてください」
「使ったことない」
「ですよね。これが歯ブラシ。これに歯磨き粉が付いているので、少し濡らして・・磨いてください」
隊員は水道の蛇口を回して少し水を出し歯ブラシを濡らすとサニラの口に入れた。
「うっ」サニラは味わったことのない味に唸った。
「はい口を開けて」隊員が歯を磨く。「こうして磨いて、全部の歯と歯茎の間を磨いたら歯ブラシを抜いて、水を含んでゆすぎます」
サニラは口に水を含んでゆすぐ。
「爽快だな」
「毎日歯磨きしてくださいね。そうすると歯が弱くなったりしません」
「歯が抜けないのか」
「ええ、抜け防止になります」
「わかったやってみる」
「一日2本差し上げますので、朝起きた時と、夜寝る前に歯磨きお願いします。チェックします」
「義務なのだな」「あはは、そうですね。ではおやすみなさい」
女性自衛官は部屋を暗くして出て行った。鍵がかかっている様だ。
帝国で教え込まれた兵士の心得とは違う事ばかりでサニラは戸惑っていた。
敵兵は殺す事で評価があがる。昇進も殺した敵兵の数次第なのに、自衛隊と言う日本の軍隊は殺さない。
チロルの森であれだけの帝国兵士を殺したのに捕虜は殺さない・・・なぜなのだ。
考えながらサニラはいつの間にか眠ってしまった。
朝、突然ラッパが響く。帝国でもラッパはあるから知っているが・・・起床なのか。
「それにしても良く寝た。疲れも取れるようだ。このベッド心地よい」
しばらくして女性自衛官が来て、「朝です。歯磨きと顔を洗ってください」
サニラは大人しく従い顔と歯を磨く、少しだけ慣れて来た。
「サニラさん本日の予定は、朝食その後に運動を行います。ランニングです。そして昼食、そして取り調べに、終われば今日は入浴できます。そして夕食に自由時間です。一日よろしくお願いしますね」
「ああ、よろしくたのむ」サニラは内心「つまらん」と思っている。半日で飽きてしまった様だ。
明日は東富士とかに送られる日だ、どんな所だろうとも思うが興味が出ない。
捕虜になってから何かが、心から抜けてしまった様に元気が出ない。仲間がいない事もあり一人でいる時間が長く感じられる。
どうにか一日の予定を無事終えたのだが・・・入浴・・普通に川で水浴びと思ったのだが、男女別々に風呂があり、貴族でもないのにお湯に入れる。
女性自衛官が中にいて、いろいろ洗い方や入浴の仕方を大陸語で教えてくれる。貴族なら入浴に慣れているのだろうが、一兵士には敷居が高すぎる。
サニラは言われるままに入浴をしたが・・・気持ち良い・・髪も久しぶりに石鹸で洗えた。良い匂いのする液状の石鹸だ、しかも洗い終わるとリンスと言う物まであった。これでしばらく経過してから再度洗うと髪が「つやつや」になった。
「貴族の令嬢みたいだな」サニラは鏡を見ながら呟いた。サニラははっとした。「鏡・・・・」
そんな高価な物、遠くで見た事しかない。それが普通に目の前にある。しかも誰でも使えるのだ。
風呂に鏡に石鹸・・トイレの紙・・・日本は何という国なのだ。これは戦う前に文化でも負けている。
・・・・・
サニラの心に何か芽生えた。
「よし、徹底的に日本を学んでやる。そして帝国に戻れた時には全てを糧として敵を撃つ」
サニラの心に芽生えた探求欲は、いろいろな物に向けられている。
ドアの取っ手も帝国で見た事も無い。水道の蛇口も帝国では水は出っ放し、止める事も出来ない。
この駐屯地と言う所の地面は固く固められている。色も違う。
それに風呂・・・自衛官の話では家庭に風呂があって毎日入れるらしい。と言う事は日本は貴族が多い事になる。なんという国なのだ日本は。
サニラはいろいろな思いが駆け巡り、東富士に向かう日が来てしまった。
大きな黒い機械が飛んできて・・・丸い図柄に止まる。
後ろが扉の様に開いて、歩いて中に入り座らされる。そして飛び立ったと思うと直ぐに到着した。
ここが東富士なのかと思っていたら、今度は大きな機械に入り座らされる。C-2と呼ぶらしい。
普段は荷物を運ぶ機械だと言うではないか。これだけ広ければ帝国の大砲も運べると思う。
時間にして2時間位だろうか、急に連絡が来てベルトをしろと言う。着陸だと。
一応案内がされる。
「これから東富士に作られた簡易滑走路に着陸します。とても揺れますのでベルトを外さない様にお願いします。投げ出されて怪我します。では着陸です」
ドスンと振動が伝わる。
するとすぐに止まり、後ろの扉が開いた。
「皆さんは東富士に作られた捕虜収容所に入ります。山の中を切り開いた収容所ですから逃げてもなにもありません。移動は大型トラックで行いますので、一人一人乗りこんで座ってください」
降りる時に見たが草原が広がっているだけであった。飛んでいるときは外を見る事が出来ないので初めて日本の大地を見たが・・・帝国と変わらなかった。つまらない・・
トラックは厳重なゲートを超えると建物が沢山並んでいる場所に来ていた。
整列させられる。男女別である。女は2人だけ・・・誰だろうこいつ。
ゲートを幾つも徒歩で越え、小さな建物に入る。
「お二人はここで暮らす事になります。トラブルは最初は注意ですが、2回目以降は営倉行きです。仲良くしてくださいね。では渡す物がありますのでついて来て下さい」
女性自衛官に二人でついて行くと、これも小さな小屋に入った。
「これが下着、これがサニラさんの分で、こちらがマリナさんの分。これが顔を拭くタオルで濡れたら乾かして使ってください。着替えの服に靴と靴下。歯ブラシ、歯磨き粉です。これがベッドのシーツです。お渡しする物は以上です」こいつマリナと言うのか。知らない顔だ。
またしても必要な物は日本から支給される。なんという国なのだ。
「では戻りましょう。あっ忘れてました。胸にこれを付けてください」と言いながら布で出来た何かを渡してきた。どうやって胸に付けるのだ。と思っていたらマリナの布を取って胸より上に張り付けた。
「えっ付くのか」サニラの心の声が漏れてしまった。
「ええ、マジックテープになっていますので付きますよ。さっサニラさんも付けて」
つけてみた。落ちない。何か文字が書いてあるが読めない。日本の文字なのだろうか。
「着替えをしたら前の服からはがして、着ている服に付けてください。つけないと罰則があります」
小屋に戻ると相棒に話しかけてみた。
「サニラだ、マリナと言ったか。よろしく頼む」
「サニラさん・・あの勇敢なサニラ中隊長ですよね。私は第5師団第5中隊中隊長付き看護兵のマリナです。
チロルの森で日本の攻撃を受け負傷して置いていかれた所に日本が来て、殺されると思ったのですが、怪我をしているので捕まりそのまま大三角洲と言う所の病院と言う建物に送られて、治療されていました。
今日は東富士に行けると聞いて楽しみにしていたのです」
こいつ楽しみにしていたのか・・・なんと言う。
「でも、日本て凄いですよね。捕虜で負傷兵なのに毎日お医者様が見てくれて、傷に蛆が湧かないように薬を塗って毎日絆創膏を変えて・・毎日三食食べられたし、少し太りました」
なんておしゃべりなのだ此奴は・・耐えられるのかサニラ。自問自答していた。
「あっ昨日はお風呂もお医者様が許可して頂いて入れました。貴族みたいですよね」
少し黙ってくれと思っている。
だが・・・サニラはマリナを見て思う。帝国でこの年頃は結婚適齢期なのだ。
「年は?」「17です」
「成人したばかりか、なぜスルホン帝国師団に入れた」
「はい、父が第1師団の騎馬隊長で、コネです。早く結婚しろと言っていました」
「兵士から相手を見つけるのか」
「そうみたいです」
「だが結婚しても別々に生活しなければならない、兵士とはそう言うものだからな」
「はい父を見ているとそう思います。母も毎日父の健康を祈っていましたし、私もそうなるのかなと」
「第1師団の騎馬隊長は確か・・エル・トーマス男爵だよな。と言う事は男爵の娘さんなのか」
「はい、トーマスは父です」
「もうすぐ伯爵と言われているトーマス隊長か、私も憧れだった。勇猛果敢で負けなしだからな。
それに第1師団の第1騎馬隊は優秀な者しか入れない部隊だ。
そこの隊長なのだから親衛隊長にも匹敵するほどの有名人だぞ」
「父を知って頂いて嬉しいです」
「そうか、父を誇りに思っているのだな」「はい、とても」
「そうだな、強い父だからな自慢にもするのだろう。そうか・・・」
「あのー、父は生きているのでしょうか」
「それは判らないが、第1師団は西の守りが主だから戦争は先だと思うが・・・解らない。
なにしろ日本はあの速い空飛ぶ機械があって、あの速いトラックというものがある。
あれがあれば馬よりも早く部隊が展開できて、相手が来る前に準備は終わるだろう。
そうすれば、相手が攻撃する前に攻撃ができる。
あっすまぬ。そんなつもりで言ったのではない」
「いえ、兵士ですから戦うのは当然です。勝っても負けても運です」
「運と思うか。普通はそうだな」「違うのですか」
「違うのだよ。日本はスルホン帝国師団が動き出すところから見ていたのだそうだ」
「みっ見ていたのですか」
「ああ、本当だ、取り調べの最中に聞いた」
「第5師団も見られていたのですか・・・だからあんな事が・・・」
「第5師団は何があったのだ」
「第5師団は第2、第3中隊が全滅させられ、第1中隊も半分になっているのはご存じですか」
「知っている。チロルの森を超えた山で日本と戦闘になり死ぬか捕虜になったと聞く」
「そうなんです。それで第5師団は残りの約40万人で南から日本の城を攻めようとしていました」
「うむ、全体説明で知っている」
「ハイデルバーグの街を出てから少ししたら空から爆弾が降って来て、何かの破片が足と腹に当たって血が出て動けなくなったのです。そうしたら中隊長が置いていくといって、怪我した2000人近くは放置されました」
「隊としては当然の行為だ、進軍が遅れれば連携に隙ができる。私でもそうするだろう」
「ええ覚悟はしていたので・・・すると森の奥から日本軍が現れ、さっきのトラックに負傷した帝国兵を乗せてハイデルバーグの南、元々第5師団が野営していた所に大きな空飛ぶ機械が来て、私たちを何度も大三角州と言う所に運んで手当をされて今日退院です。あっいなくなっていた通信係のエルフもそこにいました」
「なにエルフもいたのか、それでは通信できぬではないか・・・・はっそういう事か。我が第3師団もエルフが逃亡した。はははは、最初から負けていたのか」
「どういう事ですか」
「簡単だよ。さっき日本に見られていたと言っただろ」「はい」
「隊や師団の通信はエルフが頼りだな」「そうです」
「ならばエルフがいなくなった師団や隊はどうなる」
「えーと、予定通り進軍するしか・・・」
「そうだ、帝国には戻ると言う選択は無い。特に合同作戦ならば戻ると作戦自体がつぶれる」
「あっっ、つまり各師団間で連携をしながらの作戦で連絡係のエルフがいないとしたら、師団は予定通り進むしか道は無い。日本がそこに罠を仕掛けて・・・」
「そうだな、我々は日本の罠に自分から嵌ったと思う」
「なるほど・・・だからハイデルバーグを出た所で攻撃を受け、エルフが逃げ出して・・・と言う事は第5師団は全滅ですか」
「私は第4師団だからわからない・・・が第4師団も全滅だ。降伏した者は捕虜となったがな」
「そうですか・・・私は怪我して生き残れたのですね」
「そうかもな・・・・ところでさっき風呂入れて貴族みたいと言わんかったか」
「はい言いました」
「お前の父は男爵なのだから貴族であろう」
「今頃ですか・・・あのー、サニラ隊長も経験するはずだったと思うので言いますが、
一般兵士が功績上げて受爵して男爵になりますよね。
家が変わると思いますか?」
「変わらんな」
「ですよ。風呂もありません。給料が少し増えるだけで名ばかりの貴族ですよ。家に風呂はありませんよ!!」
「ははははは。そうだなお前の言う事は正しい。はははは。すまん笑いが止まらん。ははは」
「いいですよ。どうせ貧乏貴族ですから。ははは」
サニラは心の底から笑った。笑いだしたらいろいろな思いが巡り止まらなくなった。
ありがとうございます。
1日2話目の投稿でした。
一度捕虜の気持ちを書きたくて書きました。
多分続くと思います。ははは。