6話
「影竜……」
世界樹の泉から亜空間まで僕を呼び寄せたのは、最凶の神竜だった。
『我が名を知っているのか』
「……神竜の一翼から聞いた。それで、僕に何の用だ?」
『ラタトスクか。彼奴もお喋りなところは変わらぬようでなにより』
……本当にどうしてこの神竜は僕をここに呼んだのだろう。ラタトスクから聞いた時に絶対に関わりたくないリストのトップに刻んだぐらい、僕は会いたくなかったのに。
「用件はなんだ」
『歌姫よ、ヴェルグに会いに行くのだろう?それの手伝いをしてやろう。起こしてくれた礼だ』
ヴェルグ? フレースヴェルグのことだろうか。
それに、"起こした礼"?
「……どういうことだ?」
『……詳しいことは知らないのか?ヴェルグがいるのは"ラニアケア"と呼ばれる八大神霊の住処のさらに奥。したがって、ラニアケアを通過する必要があるのだが、ラケアニアに行くためには、光・火・水・風・雷・土・時・闇の8人の紋章を持つ"勇者"─いや、全てが"勇者"とされている訳では無いが─を集め、さらに"天紋"を持つ者が2人以上いなければならないのだ。そやつらを探し、共にラニアケアまで行くのは少々骨が折れることだろうから、手伝ってやろうと言っているのだ』
そんなことは初耳だ。
守り人達はほとんどをイル島で過ごすから知らないかもしれないけど、世界中の記録を管理するラタトスクは知っている可能性が高い。
僕がイル島から出る直前に言うつもりだったのかな?
『本当なら10人集めねばならないところだったが、お主が、歌姫が入ったその身体は"時の一族"のようだから集めねばならないうち1人は自分自身という事だ。身体の何処かにその証があるはずだ。良かったな、手間が省けて』
"時の一族"……シエル達が僕のことを"時の歌姫"と呼んでいたのはそういう事だったのか。この身体に入れたことは本当に凄い幸運だ。証はシエルやウロボロスからもらった加護と似たような感じだろうか。今まで知らなかったから、背中とかにあるのかもしれない。後で確認してみよう。
それにしても、こいつ、僕が転生者であることまで知っている。"時の一族"であることも見破ったようだし、油断ならない。魂を見れるかのようなことも言っていたし。
「教えてくれてありがとう。だが、君を"起こした礼"というのは?」
『ああ、お主、世界樹のところで歌を歌ったであろう? 8万年前、我はちょっとストレス発散しようとしたら、シエルに怒られて罰として10万年間シエルが生み出した亜空間で眠らされていたのだ。期間の前に起きて外界に接触できるほど力が戻ったのは間違いなくお主の歌のお陰だろう』
……何やってるんだ僕はーー!!
いや、ちょっと待ってよ、シエルはこの可能性のこと知らなかったの? いや、シエルに限って、そんなことは無いと考えると、逆にわざとニーズヘッグを起こすために僕に歌わせた可能性もある。
とりあえず、僕は自分のせいで一番会いたくなかったものに会うことになったということがハッキリわかった。
『そんな訳だから、我はお主を手伝うぞ』
「いや、いい」
『何故だ?!』
「外に出た途端暴れられたら困る」
『そんなことはしないっ!!』
「いや嘘だろそれ」
ちょっとストレス発散、でニーズヘッグはこの星を死の星─さらに言えば地球も─にしかけたのだ。大地は干からび、海は干上がり、生命体はそのほとんどが朽ちかけた。
そこからこの星を生まれ変わらせたと言われているのが、インデクスのステータス画面でも見れる、"ルカ"と"マナ"の2人なのだが、残念ながらこの2人のことはラタトスクも守り人達も生まれる前のことらしく、よく知らないそう。シエルは間違いなく知っているだろうが。
あれ。
なら、どうしてニーズヘッグが眠らされた後に生まれたラタトスクのことをニーズヘッグが知っているのだろうか?
しかも、よく知っているような口振りだった。
……駄目だ、全然わからない。
『た、頼む! 起きてしまったのに後2万年もここで1人なのはさすがの我も色々と無理なのだ! 見つけださねばならない部族のうち、幾つかは心当たりがあるから、た、頼む! お主も我がいた方が心強いだろうし─』
「いや、全く」
『え』
「1人で探す方が楽そうだ」
『何故だ?!』
「子守りをしなくて済むからだ」
『ええっ?!』
何故そう言うかというと、ニーズヘッグが生まれたのは大暴れするほんの100年くらい前だそうで、竜族としては産まれたての赤子同然なのだそうだ。
赤子のはずなのに星を壊滅しかけたニーズヘッグも凄いけど。
でも、いくら力が強くても、いや力だけが強いからこそ、戦争を止めるという目的を持った僕には要らないのだ。
だから、適当に宥めてイル島に戻ろうとした時、
『……ソラ。すみませんが、その竜のことを頼まれてはくれないでしょうか』
「シエル……」
大樹の姿は見えないものの、亜空間の一点から聞き覚えのある声がした。
シエルがわざと僕に歌わせたのなら、どこかで出てくると思ったが、やっぱり出てきた。ということは、シエルにニーズヘッグを僕に連れていかせるという思惑があることは確定。
あぁ、めんどくさいことになった。
『貴女の力を利用したことは謝ります。しかし、その竜の力は必ずや貴女の助けになります。どうか、連れていって欲しいのです』
シエルがニーズヘッグを外に出したい理由はなんだろう。聞いても教えてくれないだろうが。会わせたい誰かがいるのだろうか。
「シエルに頼まれたら、断る訳には行かないね」
『ほ、ほんとか? 我は外に出れるのか?!』
「ちょっと静かにしてくれ、ニーズヘッグ。ただし、条件付きだ。僕の守護神獣として僕の庇護下─僕が君の庇護下にはいるのではなく─にはいること。こうすれば、僕の許可なしに暴れることもできないからね」
魔物や獣を一時的に使役する魔法は比較的簡単だが、高位の獣だと、一時的な使役には応じず、自らが定めた相手に守護神獣として一生ついて行くことがほとんどらしい。守護神獣になれば、僕の許可無しに勝手なことは出来なくなる。ちょっと可哀想かと思うが、世界を破滅に導かないためなのだ。
『それだけでいいのか?』
「うん」
『……ありがとう、歌姫よ』
「ソラ。僕の名前はソラだ」
『そうか、これからよろしく頼むぞ、ソラ』
漆黒の鱗で覆われているニーズヘッグの顔が、少し和らいだような気がした。
「……………………汝、ニーズヘッグよ、我、歌姫ソラの絶対なる守護者として、我と如何なる時も共にある誓うか?」
『──誓おう。我、ニーズヘッグは、汝、歌姫ソラの守護者だと、魂に刻もう』
魔法をかけながらの宣誓が終わると─宣誓の言葉はなんでもいいらしい─僕とニーズヘッグの間に八属性の紋章が入った魔法陣が現れた。魔法陣はぐるりと一回転した後にゆっくりと消えていく。これで契約完了だ。
『ありがとう、ソラ。その竜を頼みます。それと、あの歌……とても心が癒されました』
「そう……よかった」
シエルの気配が亜空間から消える。さて、僕らも戻らなくては。
「ニーズヘッグ、長いからヘッグでいいかい?」
『もちろんだ』
「それじゃあ、ヘッグ。一旦僕が作り出した亜空間の方に入ってくれるかい?」
『わかった』
亜空間への扉を作り出すと、ヘッグは素直にそこに入っていった。時属性の竜だから、危険がないとか分かるのかもしれないが、今までここに閉じ込められていたというのに……少々不安である。
「よし」
ヘッグが完全にこの亜空間から出たのを確認し、転送魔法を発動させる。行先はもちろんイル島である。
『……め……は……の象徴……を……す竜……愛を……いけない……は愛を……から……消えた時……は完全に壊れてしまう……!』
時空を超えるため生じるノイズでよくわからなかったが、この亜空間を出る時、誰もいないはずなのに、誰かの声を聞いた気がした。
❁❁❁❁❁❁
「…………ふぅ」
「ソラ!」
「大丈夫だった?」
「心配したよ」
「ごめんね、みんな。大丈夫だよ」
世界樹の泉に戻ってきた僕は守り人達から次々にそう声をかけられた。神霊や精霊はその属性ごとに意識を共有しているため、世界で起こっていることをだいたい把握している─興味が無いことは片っ端から忘れていくらしい─らしいが、あの亜空間には精霊の存在を感じられなかった。そのため、みんな何が起こっていたのかわからなかったのだろう。
「……ねえ、ソラ。ソラのその空間にいるのは何?」
ラタトスクが眉を顰めてこちらを睨む。流石は神竜。僕が隠蔽魔法を使っていないこともあるだろうが、同族のことはわかるのだろう。
「亜空間にはニーズヘッグがいたよ。シエルからの頼みもあり、連れ出してきた」
「危険すぎるわよ!!」
「わかってる。だから、僕の守護神獣にしてコントロールしている」
「そう……でも、厄介なものを押し付けられたわね」
もっと反対するかと思ったが、案外あっさりとラタトスクは納得してくれた。僕の魔法の技量を認めてくれてるからかな?
「なるようになるさ」
そう言いながら、ニーズヘッグの周りにガチガチに結界魔法をかける。もちろん、ニーズヘッグへの攻撃を防ぐものではなく、ニーズヘッグが外へ干渉しないための魔法である。
「おいで、ヘッグ」
扉を開くと、現れたのは漆黒の鱗を持つ巨大なドラゴン……ではなく
「おおーっ!あんなちっぽけだった世界樹がこんなにでかくなっているとは……時の流れは早いものだな」
「いや、ちょっと待って……なんでそうなってるの」
「うん? 我は少々大きすぎるのでな! 人化した方が何かといいだろうと思ったのだ!」
鱗と同じ漆黒で硬そうな髪と光のないダークグレーの瞳。手の甲や耳、首筋など、鱗が所々に残っている長身の美青年がそこにいた。ていうか……
「せめて服を着るくらいの常識を持って出てこいど阿呆ーー!!」
そう言って、僕は真っ裸のヘッグに思いっきり水塊を投げつけた。
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