5話
タイトルを変更しました。
『蒼穹の歌姫伝』→『「蒼穹の歌姫」と呼ばれた少女は、サンクチュアリを探して旅をする。』
「ふわあぁー」
覚醒しきっていないまま、ベッドでごろごろしながら欠伸をする。
目覚まし時計やスマホがなくても決まった時間に起きれる特技、前世ではあまり役に立つ場面がなかったけど、この世界には目覚まし時計なんてないから、とても役に立っている。
異世界に転生し、世界樹の元で目覚めてから2ヶ月が経った。
シエルと邂逅し歌を歌った後、僕は守り人達に世界樹全体を案内してもらった。最初に目覚めたあの部屋はいつの間にか僕専用になっていたらしく、魔法でのものづくりの方法を知ってから、色んなものを作って置いてある。空間収納魔法使えるようになって、この部屋と接続してあるという便利仕様だ。
今作ってあるのはお風呂とキッチンとトイレだ。守り人達にはもちろん、それらの習慣がなく、何故必要なのか説明するのが大変だった。
まずお風呂。この世界にはとても便利な浄化魔法があり、わざわざ大量のお湯を使う必要が無いのだ。しかし、僕は湯船に浸かりぼーっとする時間が好きなのだ。なので、守り人達を説得し、部屋の一部を風呂場に改造したのであった。
キッチンは比較的簡単に受け入れられた。守り人達は食事をする必要が無いが、ラタトスクは世界樹がもたらす果実を食べているし、地上界の生命体が食事をすることも知っていたようだ。食べ物ならあるよ、と言われたので食材は分けてもらっている。
トイレについても神霊は排泄しないし、浄化魔法があるせいで変な顔をされたが、なんとか納得してもらった。この3つの水周りについては全て魔法で浄化、管理して完全に循環させているので魔法さまさまである。
精神生命体は魔法を使う上で、そうでない生命体より大きなアドバンテージがあるらしく、精神生命体は魔法を自身のイメージだけで使えるが、他の生命体は術式─精霊に送る指示の言葉─がないと使えないそう。エルフ族である僕はイメージだけで魔法を使うことが出来るので、こうしたことが簡単に出来てしまうのだ。
そんなわけで、世界樹の根元にある、この洞は前世で僕が住んでいたマンションの部屋のようになっていた。
その部屋を出て、少し冷たい空気のイル島で大きく伸びをする。この2ヶ月間、起きたら大気の神霊のエールと一緒に体力作りをしていた。今日はいつもより早く起きたためか、肉体を持たない神霊なのに運動が好きなエールはまだいない。
さてどうしたものか、とラジオ体操をしていると、シエルのほとりにある泉にファンテーヌがいるのを見つけた。
何をしているのだろうと近づくと、ファンテーヌの方も僕に気づいたようで、こちらに来てくれた。
「おはよう、ファンテーヌ」
「おはよう、ソラ。前から気になっていたのだけど、あの身体を動かすのに何か意味があるのかしら?」
ラジオ体操のことだろうか。
「運動前のストレッチだよ。筋肉がよく動くように身体を程よくほぐすんだ」
運動前にはパフォーマンスを良くするためにラジオ体操のような動的ストレッチが大事なのだ。逆に、運動後は体を伸ばしたりする静的ストレッチをする必要がある。
「そう。私達は肉体を持たないからやっぱりよく分からないわ。剣を振るったりするのだって、エールが昔、地上界に行った時に会ったヒト族がやっているのを見て憧れて始めたのだから」
エールが僕に剣を教えようとしたのは、仲間が欲しかったからなのだろうか。ちなみに僕は前世で弓道をやっていたので、剣より弓の方が得意だったりする。ちなみに中学高校共に何故か部活は水泳部だったりする。種目は100m個人メドレーだった。
「僕はいつもより早く起きてしまって、今やることがないんだ。ファンテーヌは何をやってるんだい? 良ければ手伝うけど」
「あら、じゃあお願いしようかしら」
そう言ってファンテーヌは泉の方へ向かう。
どうやら、僕も転生当初お世話になった回復薬"ロゼ"の原料を取っていたようだ。
ロゼの原料は泉の聖水を吸った世界樹が、花や葉の先から高密度の光属性の魔素を聖水と共に出す朝露だ。ファンテーヌの仕事は泉の聖水の管理とロゼの調合。光魔法には傷を癒す効果があるが、痛みを消すことは出来ない。そこで、神経へ作用することの出来る闇魔法で痛みを和らげるそう。闇の魔法はどんなことが出来るのだろうと少し怖く思っていた僕だったが、結構有用なの魔法らしい。
そんなわけで、朝露をガラスの小瓶に詰めた後、闇属性の魔素を光属性の魔素と対消滅しないように入れるのだそうだ。
対消滅というのは属性が異なる魔素が高密度の状態で同じ場所にある時に起こる現象で、互いに事象干渉し合い、魔素そのものが消えてしまうらしい。消える時にその場で膨大なエネルギーを放出し、周囲に被害を与えることもあるそう。
どうしてそんな危険なことをしてまでロゼを作るのかというと、世界樹に稀にやってくる"勇者"のためらしい。
地上界と冥界の狭間にある"煉獄"には世界に悪影響を及ぼす魔王や悪魔が住んでおり、時折、地上界ではそれらを倒す資質のある勇者が生まれるらしい。
しかし、勇者の生まれ持った力だけで魔王を倒すのは困難であるらしく、世界樹に力を求めてやってくる者がいるらしい。
きっと、大地を癒すシエルを見た者達がそうした噂を広めたのだろう。そして、シエルはそういうものを拒まず、勇者として認めた者に世界樹の加護を与え、高性能な回復薬であるロゼを与えるそうだ。これも世界を救う一環なのだろう。
僕にできるのは、ファンテーヌが調合したロゼがきちんと出来ているかを"視る"だけである。
「じゃあ、これをお願い」
「はーい」
ファンテーヌからガラスの瓶を受け取り、スキルを発動させる。
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《ロゼ》
・世界樹の聖水から作られる回復薬
・原料▹▸世界樹の聖水
・属性▹▸光・闇
・回復量▹▸ルカ値▶全回復・マナ値▶上限値の半分が回復
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すると、瓶の手前に透明のスクリーンが現れ、それにはそのロゼの詳細が記されている。
この能力の名は"インデクス"で、僕の右目にあるラタトスクからもらった紋章に宿っている。
この力はその"もの"の本質を視ることが出来る、所謂ステータスを視るスキルだ。これはラタトスク固有のスキルではなく、大昔にあるヒト族からもらったらしい。
瞳の中にある紋章を見つけた時、前世で大好きだったゲームにも瞳に紋章があるキャラがいたな……と少し感傷に浸っていた。
瞳の中にあるので、刺青では無いが、その紋章は─実際は僕が勝手に刺青と思っているだけで、正式名称は〜の加護紋章というらしい─見たことの無い魔法陣になっている。ラタトスクや神霊に何の魔法陣かと聞いても自分達にはそれが見えないと言われ、幻像魔法で見せてみても、同じことを言われた。これは謎に包まれている。
そして、左眼に宿っているのはラタトスクの加護。どんぐりを持っているリスの形をしている。
これはこの世界の全ての言語を訳し、僕の言葉をこの世界の言語にしてくれるこれまた便利なスキルだ。ただ、"読む話す聞く"はできるけれど、"書く"はこのスキルではカバー出来ないようで、そこだけは自分で勉強してくれとのことだった。
神霊達は文字を必要としないが、地上界に行った時に見つけて貰ってきた(?)本がいくつかあるらしく、それを借りて勉強している。
とりあえずライヒ王国の公用語と世界樹と接点のある種族─具体的には、世界樹へ行く道である地点に住む種族のことで、ネジュ山に住む天狼族、最東端の島国に住む鬼族、南の大陸に住む鳥獣族のことである(竜族は神霊と同じで、意思だけでコミュニケーションを取れるらしい)─の言葉は書けるようになった。
加護を外しても、もう読み書きは問題なくできるだろう。前世で父親の書斎に篭もり様々な国の書籍を読み漁ったり、隣人夫婦の外国人の友人に連れられ世界各地を回った甲斐があったものだ。
昔から語学は得意だったが、そこの地理や歴史、民族性などを全く知らない言葉をこの短期間でよく覚えられたなと我ながら思う。
「うん。ちゃんと出来てるよ」
「ありがとう。でも、なかなか高品質のものはできないわね」
魔法でものを作る時、術者の魔力の使い方次第で、"高品質"という普通のものより性能の良いものが作れるらしい。ロゼの高品質なものは、ルカ値─所謂HPのことで、訓練や年齢、個体差などで値が大きく違う─だけでなく、マナ値─所謂MPのことで、魔力の多さ、魂の強さを示す。生まれてから死ぬまで上限は一定である─も全回復させる効果があるそうだ。
普通の性能でも半分回復して、それは十分凄いことなのに、ファンテーヌはその上を目指している。職人気質というか、とても真面目なのである。なんでも、大昔、一度だけ高品質が作れたらしく、その時の達成感が忘れられないそうだ。
「ファンテーヌなら出来るよ。僕も手伝うから、一緒に頑張ろう!」
「ええ! ありがとう。じゃあ、もう少しだけ手伝って貰っていいかしら?」
「もちろんだよ」
「嬉しいわ! それじゃあ、泉の水の様子を見てもらってもいい? 最近、少し水に違和感を感じるのよ」
それって結構大変なことなんじゃないかと、泉の方へ向かいながら話し続ける。
「それ、大丈夫なのかい?」
「ええ、嫌な感じはしないし、今のところ実害もないの。ただ、この泉の主たる私にわからないってことがとても不気味なのよね……」
「他の守り人達には言ったのかい?」
「ええ。水を吸い上げる根のラシーヌ、樹全体に水を行き渡らせる幹のトロン、水を外に出す葉のフォイユ、後は水が染みているイル島のソル、大気に水分が混じっているから、エールにも話したわ。でも、みんな特に変化は感じてないらしいのよ」
「うーん……泉の水じゃなくて、泉のこの地点に何か問題があるのかな?」
「私もその可能性はあると思ったのよ。ただ私じゃ何もわからなくって……危険じゃない範囲で少し見てもらっていいかしら?」
「おっけー」
泉の畔にしゃがみこみ、泉を覗いてみる。ぱっと見問題はなさそうなんだが、インデクスを発動させない限り、絶対とは言えない。
「Index」
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《世界樹の泉》
・イル島にある泉。守護神霊は泉の神霊ファンテーヌ
・ルカ値▹▸∞
・マナ値▹▸∞
・属性▹▸光・水
※亜空間からの接続を確認。泉に対象が触れた場合、亜空間に引き込まれる可能性95%。
こちらから接続するには、時属性魔法で接続地点を探し、扉を開く必要あり。
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……いやいや。ルカ値とマナ値∞ってなんだ。不滅の存在なのか?
それよりも、問題はこの注釈だ。
「ファンテーヌ。別の空間から何者かがこの泉に接続しようとしてるみたいだ。おそらくだけど、その別の空間に呼びたいものがあるみたいだね。そのものが泉に触れたら、そちらに引き込まれる可能性が大きい。ウロボロスのように大規模な時空転移はできないけれど、一点と一点を繋ぐことが出来るほど力が強い者が干渉していると思う」
「予想外すぎるわ。ソラも気づいているでだろうけど、それはヒト族が異世界から"勇者"を召喚する時に行う方法と酷似しているから、別空間に行くのは間違いなさそうね」
この世界の者として生まれてくる勇者ではない、召喚された勇者については転生初日に守り人達から多くのことを教えて貰った。ほとんどは普通の勇者と同じで、特別に語らねばならないことはないのだが、召喚については知っておいた方がいいと言われたのだった。
その召喚は異世界のある一点と魔士─魔法使いのこと─達が作り上げた魔法陣を繋ぎ、その一点に引っかかった者を魔法陣の元まで転移させる、というものだ。
ちなみに、同じ魔法陣を使えば元の世界に帰れるらしいのだが、ほとんどの場合、勇者本人にその事が伝えられることはなく、こちらで一生を終えるらしい。
なぜなら、引っかかった者はその身体のまま転移するのではなく、ウロボロスに連れられた僕のように、その身体は死に、魂だけの状態でこちらの世界に来て、予め用意されている身体に入るらしいからだ。
つまり、帰ろうとしても、元の世界の身体は死んでしまっているため、埋葬されていて使えない場合がほとんどなのだ。そういう場合、魂が次元の狭間を彷徨い続けることになるらしい。精神生命体の場合は時空を行き来することに何の問題はないらしい。なんとも言えない話である。
「どうする? 呼び出しに応じてもいいし、勇者の転移と同じなら、こちらから扉を開く─時空を超えることも出来そうだけど」
僕が今、自分の力だけで時空転移ができるのは、肉体を持ちながら精神生命体でもあるエルフ族だからである。扉を開くことが出来るのも、マナ値の高い僕の魂が、肉体が元々マナ値の平均が高いエルフ族に入れたからこそなのだ。エルフ凄い。
魂の強さと肉体となる種族の強さが噛み合ってないと、そもそも身体に入れないらしい。
「目的が何かわからないのが厄介ね……貴女がもう十分強いことはよく分かっているから心配はあまりしてないけど……そうね、相手が望むようにするのが一番いいかしら。でも、何かあったらすぐに戻るのよ」
「大丈夫だ」
水泳部だったから泳ぐのは得意だし。
と言っても、この泉の水位はせいぜい僕の膝位までだ。
今の僕の身長は130cmくらい。5歳児にしては少々高めな気がするが、エルフ族は男女共に身長が高い種族らしい。前世で身長178.8cmで色々と苦労した僕はなるべく低めの身長になりたいところだが、今更言ってもしゃあないのだ。
膝より長い銀髪を高い位置で縛り、膝丈の白いワンピースの裾を持ち上げる。
「じゃ、行ってくる」
「気をつけ─」
"て"の音は聞こえなかった。
どうやら相手の目当ては僕だったようで、足の指先が水面に触れたら途端、僕はウロボロスに飲み込まれた時と同じような感覚に陥った。
泳ぐ必要ないじゃん、と思いながら、どんどんと下降していく身体を守るように結界を張り、受身を取れるよう体勢に調整する。
さあ、僕を呼び寄せたのは誰なのか。
そう身構えていた僕を迎えたのは、
『……お前があの歌声の主か』
漆黒の鱗と光のない瞳。
ゲームでよく見たドラゴンそのものが僕の目の前にいた。
宙に浮いたような姿勢のまま、呆然としている僕に対して、そのドラゴンは喋り続ける。
『……魂を見る限り、もっと、大人だと思ったのだが。しかし、ヴェルグがエルフ族は数万年後に滅びると言ってたのは間違いだったのか? 我が眠ってから数万年経っているのは間違いなかろうし。かといって、彼奴の予言が外れるわけもない……どういうことだ?』
僕はそのドラゴン─神竜のことを知っている。
ラタトスクから、会うことは決してないだろうが、万が一会ってしまったら、すぐにその場から逃げろと言われていた神竜。
約8万年前に大災厄を引き起こした諜報人。シエルから聞いた話も合わせて考えると、僕の前世の世界において大昔に起った生命の大量絶滅を共鳴によって引き起こした諜報人でもある。
「影竜……」
世界を見渡してもほとんどいない、時と闇の二属性を持つ神竜。
水の中のようなのに息ができるこのおかしな空間で僕が出会ったのは、原初の一翼にして最凶の名を持つ神竜だった。
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