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『蒼穹の歌姫』と呼ばれた少女は、サンクチュアリを探して旅をする。  作者: Myua
1章:異世界への転生と世界樹シエル
6/32

4話

いつもより少し長めです。


評価ありがとうございます。


 守り人達や精霊の笑い声をBGMに、僕はしばらくの間シエルを見つめていた。何かを考えていた訳ではなく、ただ、なんとなくぼっーとその世界樹を眺めていた。


 1人の世界に閉じこもりかけていた僕を現実世界に引き戻したのは、守り人や精霊とは違う、甲高い少女の声。


「あれ、目覚めたの。もう少しかかると思ったんだけど、案外早かったわね」


 声のした方に顔を向けると、そこにはリスのような耳と尻尾を持った、守り人達より少し大きい─といっても50cmもないだろう─女の子。世界樹の枝に座っていて、派手なオレンジ色の髪を高い位置で括り、そこから3本の三つ編みにしている。紅い瞳が木漏れ日を反射していてとても綺麗だ。



「初めまして、僕はソラ。君は?」


「あたしはラタトスク。ウロボロスと同じ神竜が一翼。世界樹の守り人と共にこの世界を見守り、事柄を記録管理する時属性の竜よ」


 守り人達がさっき会わせたいって言ってた竜か。それにしても、竜はドラゴンを想像していたのだけど、ラタトスクの見た目は人間の子供とリスを合体させた感じだ。もしかしたら、属性を持つ生命体のことをまとめて"竜 "と呼んでいるのかもしれない。



「うおっ……」


「ふーん……聞いてはいたけど、こんだけ魂が強いとあんたも苦労するわね」


 少し考え事をしていたらラタトスクが目の前まで来ていた。羽がある訳でもないのに宙に浮いているから、きっと重力操作をしているのだろう。


 時の精霊のノッラ達から、浮くのは簡単だが、飛ぶのは難しいと聞いていたので、最初に見た時に枝の上にいたラタトスクは難しい重力操作ができるのだろう。


「守り人達も言っていたが、その"魂が強い"ってどういう意味を持つんだ?」


「凄く簡単に説明すると、魂の強さはそのまま魔力量の大小になるわ。魂が強い、つまり持っているエネルギーが入る器が大きい、大きいから自然と取り込むことのできるエネルギー量も多い、ってわけ」


「器の大きさは生まれた時から固定なのか?」


「そうね。ルカ(体力値)は訓練や肉体の成長で増えていくけれど、マナ(魔力値)は最初から固定よ」


 魔力量は魂に関係するのか。そうすると、ラノベでよく見る魔法を使ったら使った分だけ魔力が増える現象は起こりえないな。


「筋肉は裏切らないってやつか」


「さらに言えば、種族ごとによってもだいぶバラツキがあるわ。ヒト族のように同じ種族でも大きく変わる種もいるけど」


 守り人からの説明も併せて考えると、恐らくエルフ族は魔力が結構多いんだろう。魔力が多いからはじめから肉体を持つ精神生命体なのかもしれない。


 ……ん? ルカ、マナ……?


「そのルカとマナというのは?」


「ああ、これをあげるのを忘れてたわ。瞳を閉じて……」


 言われた通り瞳を閉じると、ラタトスクはどうやら僕の両瞼に触れたようで、軽く触れられる感覚があった後、


「……い"っ!」


 両眼に今まで感じたことの無い激痛が走った。細い針で突き刺されたような鋭い痛み。


「……もう開けて大丈夫よ」


 痛みは一瞬だけだったらしい。そっと瞼を開けると、視界が凄くクリアになった。世界樹の葉の濃淡や生えている草花がくっきりと見える。


 僕は元々視力1.2あって、周りがメガネコンタクトだらけの中でゲーム中毒者にも関わらず、そこそこ視力が良かった。ここに来てからは別の体だが、視力は同じくらいだったようで、ものを見るのにも特に困らなかったのだが……


 これは凄い。クリアになり過ぎて少し怖いくらいだ。


「それじゃあ、精霊や魔素の流れじゃない、この世界に満ちているエネルギーの流れそのものを感じてみなさい。そこにさっきの答えがあるわ」


 エネルギーの流れ……すなわち魔力の流れ……感じる? どうやって?





『風は空気の流れであることのように、魔力の流れはそれが動いているのを"認識"すればいいのです。大丈夫。少し手伝いましょう』




 突然、ウロボロスの時と同じように、頭の中に直接響く声。それと同時に僕の視界は真っ暗になった。守り人達も精霊もラタトスクも見えない。



 ただ、世界樹シエルと僕だけがいる、真っ暗な空間だった。



「僕に話しかけたのは君かい?世界樹シエル」


 大樹に向かって声をかける。


『そうですよ。今代の歌姫─ソラ』


 歌姫……ウロボロスも僕のことをそう呼んでいた。その言葉にはどんな意味があるのだろう。


『ウロボロスが守り人達に貴女を託した本当の目的は私に会わせること……しかし、私の力もだいぶ弱まってしまい、ウロボロスが期待したこと全てを叶えるには少々力不足なのです。なので、貴女自身にも協力願いたいのです』


「僕のためのことなんだろう?手伝うのは当然だ」


『ありがとう、ソラ。では、少し長くなりますが、私の話を聞いてください』


 どんな話が始まるのやら。


 僕は少し身構えて世界樹の声を聴き始めた。


『貴女のいたあの星─地球という名でしたね、地球とこの星は存在する宇宙は違えども、強い繋がりを持っています。そのため、物理法則やそこに住む生命体がどんなに違えど、片方の星で起こったことはもう片方の星でも必ず起こるのです』


「自然災害、とか?」


『そうです。私はそれを共鳴と呼びます。最初の共鳴は衛星の誕生。こちらの星では別の星がぶつかったことで、2つの衛星─2つの月が生まれました。それに共鳴して、あちらの星でもぶつかった星の欠片が集まり月が作られたのです』


 月の形成……前世での有力説はジャイアントインパクト。できた過程はその説の通りだけど、星が地球にぶつかったのは偶然ではなく、この星と共鳴したから、ということか。


 地球の生命誕生にも大きく関わってくる出来事が、別の星との共鳴で起こっていた……何とも不思議な話である。


『逆に、あちら星がこちらの星に影響を与えたことももちろんあります。一番は……知的生命体による"戦争"です。あちらの星で起こった二回の世界大戦はこちらの星でも起こっており、今なおこの星に大きな傷跡を残しています』


 自然災害などだけでなく人為的な戦争も共鳴するのか。


 ……それならあちらで起こってしまった三回目の世界大戦は……


『貴女がこちらに来る直前、あちらの星では三回目の世界大戦が始まりました。こちらの星でも時間差はあれど、三回目の世界大戦が起こるでしょう。貴女にお願いしたいのは、その戦争を止めること。止める方法は貴女にお任せします。私達は世界をただ見守る存在……介入することはできないのです。

 しかし、精霊の力は戦争に使われ、守り人達は荒れ果てた大地を見て、みな悲しんでいるのです。私はそれを救いたい。だから、貴女を─あちらの星で一番魂が強い者をこちらに呼んで欲しいとウロボロスに頼んだのです。強い魂を持つものは起点─特異点として世界に変革をもたらす。特にそれが"時の歌姫"ならばなおのこと』


 いきなり話が大きくなってきた。歌姫とか特異点とは何だ、と聞きたいことはたくさんある。


 でも、確かに仲良くなった精霊や守り人達が悲しむのは嫌だし、戦争を止めたいと思う。


 それに、あの世界で外交官だった父はなんとか戦争を止めようとしていた。隣の家の夫婦が外国人の友人がたくさんいる人でその人達にも働きかけてなんとか戦争を起こしてはいけないとずっと頑張っていた。

 もうその頃は一人暮らしをしていた僕だったが、父が心配でしょっちゅう実家に帰ってご飯を作っていた時に、愚痴を─特に仕事の話を─滅多に言わない父が、"絶対に戦争は起こさない。絶対にお前に戦争を体験させたくない"と言っていた。その時の僕は、"父さんだって戦争を体験したことないじゃん、二回も世界大戦を起こしたこの世界の人達はもう戦争なんて起こさないよ"、と笑って返した。


 本当に起きるなんて微塵も思っていなかったのだ。知り合いに連れられて行った紛争地域で銃弾の音が聞こえても、どこか別世界の事のようで現実味がなかった。


 でも、戦争は起こってしまった。あんなに父が頑張っていたのに。たった一瞬で建物も人も跡形もなく消えてしまった。だから、せめて、この世界の戦争は僕が止めたい。ブラックホールを呼び寄せてしまって、戦争以上に多くの人の命を奪ってしまった償いをしたい。その力が僕にあるのなら、僕はその最大限の力を使って、戦争を止めたいんだ。


「いいよ、シエル。僕は僕の持ってる力全てを使って戦争を止めてみせる」


『ありがとう、ソラ。お礼には足りないかもしれないですが、ラタトスクが貴女にあげた力を強化し、世界樹の加護を与えましょう』


「まだ何もやってないのにいいのかい?」


『この力があれば色々やりやすいでしょうし。それと、1つ忠告です』


 シエルが声音を変える。


 忠告、か。


 なんとなく予想はついている。


『ウロボロスが貴女をこの世界に連れてくる時、邪魔をしようとした者がいます』


 やはり、そのことか。


『私はその者のことを知ってはいますが、何故その者が邪魔をしようとしたのかわかりません。ウロボロスもわからないと言っていました』


「その者のことは教えてくれないのかい?」


 そう言えば、ウロボロスも教えてくれなかった。


『原初の盟約で、その者のことやその者がいる場所のことをこの世界で話すことは禁じられているのです。ごめんなさいね、ただ、その者は戦争を起こしたかった訳では無いと思うのです。それに、その者も私やウロボロスと同じでこの世界に直接介入することはできない。心の片隅に留めておいてくだされば……本当に力になれなくてごめんなさい』


 そういう理由があるのか。


「大丈夫、大事な約束なら仕方ないさ。それに、もう十分お世話になっているよ」


 完全な敵でもなければ味方というわけでもない。そういう者がいることに注意しなければならないだけだ。


 それに、シエルが僕を呼ばなければ僕はあの戦争で死んで僕─雨久花蒼空(みずあおいそら)としての意識は消滅していただろう。なのに、僕にもう一度生きる場所を与えてくれた。守り人や精霊達は僕の世話をずっとしてくれていた。それに恩返しをしたい。


 ウロボロス(ブラックホール)に頼んだのはシエルだが、彼女(?)はきっと僕の世界が飲み込まれることを望んでいたのではないと思うのだ。



 それと……


「あのさ、シエル。僕は君に"取り込まれていた"としてもなんの不満にも思わなかったと思うよ」


『……っ!!』


 おっ。反応がある。カマをかけてみるもんだな。


 ウロボロスに頼んだ時、シエルは魂の強い僕を自身に取り込み、戦争を起こさないように自分が介入するつもりだったのだろう。だって、その方が圧倒的に効率がいい。

 

 ただ、何者かが邪魔をしたことと、ウロボロスが僕に刻んだ印─首の右側にある尻尾を噛んでいる蛇の刺青のことだ─があるせいで、それができなくなったのだろう。


「真実はいつも見えないものであり、偽りはいつも世界に蔓延しているものである……ウロボロスがそう言っていたんだ。ウロボロスの話を聞いて、ウロボロスはわざわざ僕を自身に取り込まずに転生させることが可能なのだと思ったんだ。それをしなかったということは、取り込まないといけない事情が─ウロボロスの刺青を僕に入れる必要があった。

 何故か。転生した先で別の何かに飲み込まれないために。君の話が全て真実なんて初めからこれぽっちも思ってないさ。全部が嘘だとも思わない。星が共鳴することも、この世界を救いたいことは本当だろうし、シエルは精霊や神霊の主人みたいな立ち位置なんだろ?彼らを守り、望みを叶えたいと思うのは普通のことだ。だから、僕は僕の意思のみでそれの助けをするよ。シエルに救われたと思っているのは本当だからね」


『……貴女が目覚めてすぐ守り人や精霊達と打ち解けたのは計算外でした。あの様子だと、私が取り込んだとしても、貴女のことが気になって、神霊や精霊達が私から貴女を引き剥がそうとするかもしれないと思うくらいには。でも、そうですね、貴女自身がこの世界を救うことを望んでくれたのはとても嬉しいです……

 私やラタトスクから貰った能力を定着させるためには貴女自身が持つ固有の能力が必要です。それが何なのか貴女ならばもうわかるはず……戦争を止めるために必須なのは貴女の能力とフレースヴェルグの持つ能力。能力を使いこなし、彼に会って助力を仰いでください……頼みますよ、歌姫ソラ』


「任せてくれ、シエル」


 そう言うと、僕は元の空間に戻った。突然光と色が目に入ってきて、少し痛い。


「あ、シエルに呼ばれたんだね。どうだった?」


 目の前には当然だが、ラタトスクがいる。彼女の反応を見るに、あの空間にいたのはほんの一瞬のことだったのだろう。


「いや、なんでもないよ」


「シエルの加護をもらってるじゃん。なんでもない訳が無い。ま、詳しくは聞かないわよ」


 ラタトスクが指さした首の左側を見れるように魔法を発動し水鏡を作る。


 そこには1人の髪の長い女の人の刺青があった。


「それはシエルがこのイル島から出て何かを成す時になる姿だよ。地上界の生命体からは命の女神と呼ばれているわ」


「どんな時に地上界に行くんだい?」


「大きな戦があって大地が疲弊している時ね。シエルは争いでこの星が傷つくことを嫌っている。それを癒すことしかできないけれど、それくらいはやりたいと、結構な頻度で力を使っていたから、だいぶ力が弱まってしまっているのよ」


 シエルはいつも戦争が終わってからしか何も出来ないことが嫌だったのか。だから、事前に止めるために僕を取り込もうとした。それが、力を世界のために使って弱まっていたシエルがこの星を守るための最良の手段だったんだ。


 それを責めることなんて、僕に出来るわけがない。


「あれ」


「あらら」


 水鏡を維持したまま、ラタトスクと話していたら、シエルの刺青の周りに幹と根ができ、土が集まり枝が伸びて木の芽を付ける。木には太陽の光と泉が与えられ、大きな虹がかかり、花が咲き、葉が芽吹き、赤く美しく染まり、また季節が巡る。


 そんな、シエルと守り人達そのものを表すかのような刺青になっていた。


「それは僕らからの贈り物」


「シエル、ずっと悩んでいたんだ」


「ありがとう、ソラ。シエルがいつもより元気な気がします」


 ラタトスクを囲むように飛んできた守り人達は口々にそう言い、無邪気に笑った。


 きっとこの刺青はシエルだけでは─この世界樹の加護はシエルだけでは完成しないものなのだろう。


「シエル。僕、やってみせるよ」


 そして僕は歌う。


 "歌姫"と呼ばれていたから歌う、とは安直かもしれないけどきっとこれは間違いじゃない。合唱部ではなかったけど、高校の合唱祭で自由曲のソロをやったことがあるから、下手くそでは無いはずだ。


 それに、歌は僕と父を繋いでくれた、大切なもの。幼い頃、僕と父はあまり話さなかった。一緒にいることもほとんどなかった。僕は亡くなった母親にそっくりだったそうで、父は僕を見る度に母を思い出して辛かったのだろう。


 でも、ある日僕が保育園で習った歌をたまたま家で歌っていた時、父が涙を流したのだ。母に似ている、と。父と母が出会ったきっかけも歌だったそうで、僕は幼いながらに何かを感じ、歌うのをやめたのだが、父は歌ってくれと言った。その声が好きだと言ってくれた。僕はそれから歌うことが大好きになった。


 だから、大丈夫。歌は心を繋いでくれる。傷ついた心を癒してくれる。きっと、シエルの心も。


 歌い始めると、周りに精霊達が集まってきた。心做しか、ノッラが多い気がする。"時の歌姫"ってシエルが言っていたから、もしかしたら僕はノッラ達との相性がいいのかもしれない。


 ラタトスクが上を指さし、その反対の手を僕に差し出す。その手を僕が取ると、そのまま上に僕を連れて飛んでいく。後ろでノッラ達が支えてくれているのを感じた。


 守り人や精霊達に囲まれながら、僕は今まで下から見ていたシエルを上から見る。守り人達が僕の声に併せて歌うと、7色の花が咲き、同じ色の虹がシエルにかかった。


 シエルが守ろうとしたもの、僕が絶対に守ってみせるから。


 みんなで手を繋ぎながら、僕らは歌い続けた。












 僕らは知らない。僕の歌声がこの世界にもたらす影響を。












 世界は、密かに動き出していた。











❁❁❁❁❁❁







『……歌声が聞こえる』




 闇よりも暗い影の中。


 最凶と言われる神竜は突如自身の領域に現れた灯りを訝しげに眺めていた。



『心地好い……いい声だ』


 何万年ぶりに目覚めた影竜(ニーズヘッグ)はその声に微睡んだ。










❁❁❁❁❁❁







 明るい声。それはまるで光そのもののようで。


 俺の耳には……痛い。


 イル島と地上界を繋いでいる地点の1つ、ネジュ山の中腹にある、そこに住む特殊な種族すら知らない牢獄の中。狼のような大きな耳を手で押さえながら、そうポツリと少年は心の中で呟く。少年はボロボロの服を着ていて、その身体のあちこちに酷い─手当もされてない─傷がある。


 あれ……? 反射しない……? これは、魔法じゃない?


 歌が進むにつれて、少年の傷が癒されていく。外の傷も心の中の傷も。


 少年はその声が何なのかを知ろうとずっと下に向けていた顔を久しぶりにあげた。


 久しぶりに開かれた瞼の奥にある瞳は鏡のようだった。









❁❁❁❁❁❁








「さっきから何やってんだ?アレン」


「静かにしてくれ、ジークフリート。歌声が聞こえない」


「歌声ぇ? そんなもん聞こえねーよ」


 ライヒ王国王都ルセイアの中心にあるシュロス宮殿の中庭には、2人の少年がいた。口が少し悪く、淡い金髪とグリニッシュブルーの瞳の少年は木剣を振るっているが、もう1人の白髪赤眼(アルビノ)の少年は黒猫を撫でながら目を閉じ何かを聞いている。


「精霊達が喜んでいる……会ってみたいな、声の主に」


「聞こえない俺に言われてもな」


「君には言ってないよ」


 その時、遠くから2人を呼ぶ声がした。


「ゲッ。シャンタルにジャンヌ、今日はレオンはいねーのに、シャルロットまでいるじゃねーか。ルイーズのやつが居ないからって好き放題しやがって」


「気持ちはわかるけど、王子としてどうかと思うから僕ら以外の前でそういう言葉遣いしないでね」


 中庭に出てきた3人の少女から逃げるように走る2人。


「ほら、2人とも、こっち」


 そんな2人を隠し通路へ呼び込む、金髪碧眼の同じくらいの年の少年。


「エドガー。助けてくれんのはありがたいんだけど、アイツらを止めてくれた方がいいんだが」


「やなこったい」


「ジークフリートは火の勇者なんだから、勇者として召喚されたジャンヌを避けることはできないよ」


「それを言うならフォレ侯爵家嫡男のアレンは同じ家格のベルトラン侯爵家令嬢のシャンタルを無下にすることはできないだろ?」


「そうだけど……」


「リヴィエール公爵家に同年代の女がいたらこうはならなかったんだろうな……」


「言ってもしゃあない」


「だな」


 3人は宮殿内を侍女に見つからないように駆け抜けていった。










❁❁❁❁❁❁










「……」


「アーサー様?」


 従者の声に、その青年は現実世界に戻ってきたようだった。


「声が」


「え?」


「アリシアの歌声が聞こえた気がしたんだ……」


 水色の髪と紫の瞳を持つ青年は、その歌声に悲しげに美しい顔を歪ませた。


 ゼルタニア王国の東の山中にある小さなソール村。アーサーと呼ばれた青年はその村に住む、"鷹"の異名を持つ学者を訪ねてきたところだった。




 愛しい人を、取り戻すために。





 アーサーには、前世の記憶があった。前世での名を、雨久花昴(みずあおいすばる)という。










❁❁❁❁❁❁











 奈落の底で女は1人思う。





 あの子に重荷を負わせてはいけない、と。





 あの子には笑って生きて欲しい、と。









「そ……ら……」








 女は歌うことが好きだった。特に"ソ"と"ラ"の音が好きだった。







 もう会うことの無いだろう愛しい人は、その音に"蒼い月"という字をあてた。あの子が生まれた時のあの月を。











❁❁❁❁❁❁










『この歌声が聞こえるか?ヴィゾーヴニルよ』


『はい。聖竜(フレースヴェルグ)様』



 星のある辺境にて。


 2匹の白銀の竜が静かにその声を聞いていた。



『行ってこい、ヴィゾーヴニル。新たなる歌姫がレーヴァテインを使いこなせるかどうか、見極めてくるがいい』


『はい』



 1匹がその場から飛び立つ。向かう先は世界樹シエルが住む陸の孤島イル。








 吉凶を告げる神竜は静かに微笑んだ。











『さて、今度こそ、本物か?』


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