26話
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段々世界の謎が明らかに……
ペリー侯爵令嬢のナタリアは、学園の木製の床をはしたなくないギリギリの速さで歩いていた。
二つ下の従兄弟のアレンから精霊を介して聞かされた話を、同級生の王太子に伝えるためである。
学園内にある花壇で花の世話を友人達としていた時、突然やってきたアレンの使い魔。彼の込められていた思念の内容は大変なことで、思慮深いと教師達から褒められる彼女でも、一瞬何が何だかわからなかった。
しかし、そのままではいけないと素早く自身を再起動させた彼女は王太子や彼の友人達が今いるであろう児童会室へ向かっいたのだった。(初等部は児童会、中等部は生徒会と名前が違うが、行事などを仕切るという役割は変わらない)
「失礼致します。フィリップ王太子殿下。ペリー侯爵が娘、ナタリアでございます。至急、お伝えせねばならぬことがございますゆえ、お目通り願います」
児童会室のドアをノックし、中にいるのであろう王太子の騎士の返事を待つナタリアだったが、聞こえてきたのは王太子本人の声だった。
「入れ」
「はい」
児童会室にいたのはフィリップ王太子と次期宰相のアルフォンスのみ。次の近衛騎士長と名高いリュカはどこへ行ったのだろうとナタリアは部屋を見渡す。
いつもなら、豪奢な革張りのソファーに座るフィリップの斜め後ろに立っているはずなのに、彼はその定位置にいなかった。
彼もいないと話にならないと焦るナタリアにフィリップが声をかける。
「リュカならイヴァーン先生が連れていった。彼に何か用か?」
「王太子殿下とアルフォンス様、リュカ様御三方にお話がございます」
「ならば、イヴァーン先生の元へ向かおう」
「感謝致します」
ソファーから立ち上がり、アルフォンスが開けた児童会室の扉から出ていくフィリップ。
扉を開けたままのアルフォンスに一礼し、ナタリアもその後を追った。
イヴァーンは騎士出身の女剣士で、魔法もかなり使えるため、魔法と剣術を合わせた戦術や騎士の心得を生徒に教えている。
そんな彼女自身の性格がよく現れている質素な部屋にイヴァーンとリュカはいた。
リュカはどうしてフィリップをはじめとした三人が来たのかわからないという顔をしたが、イヴァーンは王都にいるアレンが手を回したのだろうとすぐに気がついたようだった。
「どうしました、殿下。リュカに話があるからしばらく借りると言ったはずですが」
「ナタリア嬢が私達に話があるそうですから、児童会室よりこちらの方がいいと判断しました」
「そうですか。私も同席してもいいかしら、ナタリア」
「はい、もちろんでございます」
フィリップは部屋にある硬い木のソファーにどっしりと座り、その傍にアルフォンスとリュカが控える。
いつもの構図だと、それを眺めていたナタリアは立ったまま話を始めた。
「まず、アルフォンス様、リュカ様。アレックス宰相閣下が陛下と外遊に出ていらっしゃている今、リヴィエール公爵邸はクレモンス様の手中にあるそうです」
「……なんと言った?」
「どういうことだ」
ナタリアの言葉に顔を顰める二人。彼女自身、従兄弟の連絡を初めて確認した時はそう思ったものだ。それほど、この事態は異常ということ。
「腕のいい冒険者を雇い、何とか解決に向かっているようですが、エレオノーラ様の病を根本から治すにはアルフォンス様の力がいるとのこと。
また、クレモンス様の悪行が発覚したとなると、リュカ様の身も危ない。ですから、きっとイヴァーン先生が匿っていたのでしょう。しかし、妹御のクララ殿がクレモンス様の罪を見届けると公爵邸にいらっしゃるとのこと。リュカ様もそれを望むならば、とのことです。
そして、王太子殿下には二人が移動するため、学園と王都を繋ぐ転送魔法装置の使用許可をいただきたく存じます」
使い魔に載せられる思念は僅か。アレンは事実しかナタリアに送ることしかできなかった。しかし、ナタリアはその情報から今誰が何をすべきかはっきりと汲み取ったのであった。
「いいだろう。私も行くから、イヴァーン先生、こちらの処理を頼みます。ナタリア嬢は?」
「私もこちらに残り、先生の手伝いをさせていただきたく」
「わかった。そうしてくれ」
婚約者同士とは思えないほど淡白な会話を交わす二人。
「ナタリア嬢。アレン殿はどうしてそのことを知れたのだ?」
アルフォンスが問う。
「アレンは精霊と言葉を交わすことができます。たまたま、公爵邸の近くを通った時、精霊のような銀髪碧眼の少女が公爵邸の状況を教えてくれたそうです」
「アレン殿が昔から不思議なやつなのは知っている。しかし、銀髪の精霊なんていないだろ、どういうことだ」
今度はリュカがナタリアに問う。
しかし、それに答えたのは彼女ではなく、アルフォンスだった。
「……いや、ナタリア嬢やアレン殿が言っていることはおそらく正しい」
「その根拠は?」
フィリップが面白そうに、アルフォンスにそう言う。
「生まれてすぐに死んだ妹は私や弟のレオンと同じ銀髪碧眼でした。死んでしまった後もレオンを見守っていてくれたのでしょう」
泣きそうになる目を押えてアルフォンスはそう言った。
彼はよく覚えていた。生まれた妹の小さい掌が、柔らかい頬が、次第に白くなっていくのを。温もりがなくなっていくのを。
その妹が今も自分達を見守っていてくれたことほど、彼の背中を押すものはないだろう。
「事情はわかった。アレンが手を回したのなら、愚弟もあちら側の準備をしていることだろうし、事態は一刻を争う。王都へ一時戻ろう」
そのフィリップの言葉で、その部屋にいた人物達は各自行動を始めた。
❁❁❁❁❁❁
「……やっぱり」
「わかったのか?」
「……ねえ、ヘッグ。あたしに何か隠していない?」
そのラタトスクの言葉に息を呑むニーズヘッグ。
彼らは世界樹シエルの裏側─ラタトスクの持っている、あるスキルの"在り処"にいた。
「……別に」
「嘘つけ。あんた、どうしてあたしが"精神は神竜なのに、身体は神獣"なのか、知っているでしょ?」
所狭しと本が置かれたその空間にラタトスクの甲高い声が響く。
「知らん」
「じゃあ、ソラと初めて会った時にまるであたしにあったことがあるかのように話したのはなんで? あたしはあんたが封印されてから生まれたはずなんだけど」
「……」
「他にもあるわ。どうしてシエルは約束の時が過ぎる前にあんたを解放したのかしら。それに、ソラのあれ」
そう言って、ラタトスクは幻像魔法でニーズヘッグの鱗で身体を覆ったソラを作り出す。
「古の伝承に記されている黒薔薇よね、これ」
ソラはその時、自身がどんな格好をしていたのか気にしていなかったため、覚えていないが、それはあたかも"黒鳥"。
「呼び名など知らん」
「あの子が白薔薇にまでなれちゃったらどうする気? 白鳥だって、この世界を終焉に導くことに違いはないわ」
「知らん」
「ああ! もう!」
ニーズヘッグの態度に苛ついたラタトスクは、しかし、そこにある本にあたるわけにもいかず、その怒りを持て余す。
「俺は、あいつがそれを望むなら、そうすべきだと思う」
「……どういうことよ」
「そもそも、ここには"エッダ"について調べに来たのだろう? 何かわかったのか?」
ラタトスクの追及をかわし、本来の目的を問うニーズヘッグ。
ラタトスクは長いため息をついた。
「ほんと、どうしてソラからエッダの気配がするのかしら」
「俺には何故それが危険なのかわからぬが」
「彷徨い子」
「?」
「あれは、最悪の彷徨い子。生まれる前に死んでしまった子供の魂を彷徨い子というのよ。稀に"輪廻の歯車"に行けなかった彷徨い子が精霊に近い存在として世界に顕現するの」
「だから、それの何が問題なのだ」
「わからない?! ソラにエッダが懐いたということは、エッダの母親がソラだということよ!!」
「前世で、ソラはエッダとなった子供を死なせた、と……?」
「たぶんね。ああもう嫌だ! 彷徨い子は自分の親以外の者に容赦がないはずなのに、ラヴィーニには何もしないのよ。寧ろ彼にも懐いている。これがどう意味か分かるわよね?」
「ソラとラヴィーニの子、ということか」
「そうよ。それ以外にありえない。でも、二人とも、前世で恋人でも夫婦でもないみたいだし、どういうことなの? それに……」
「それに?」
ラタトスクの濃いオレンジの瞳を、ニーズヘッグの灰色の瞳が飲み込む。
「輪廻の歯車にある二人の軌跡に繋がれた赤い糸……あの二人だけ異常に絡まっているの」
「……恋人でも夫婦でもないのだろう? 前世で血の繋がりがあった訳でもないはずだろう」
「そう。だから、物凄く怖い。だって、あんなに絡み合っていたら、あの二人は…………」
二人の間にしばしの沈黙が訪れる。
「……ラヴィーニに加護を与えたのは失敗だったか?」
「いえ、ゼノスからの干渉は受けたくないわ」
「そうか……」
ラタトスクとニーズヘッグがその空間から出ることはしばらくなかった。
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