21話
本日2度目の更新です。
プルミエのマスター、ダニエル。その本当の職業は、異世界からやってくる歌姫達に弓を教えること。
それ故に、彼の一族は"レーヴァテイン"の所持者を見ただけでわかる特殊なスキルを持っている。
ヘッグが珈琲と苦闘していた時、マスターが呼んでる、と言うマルティナについて行き、初めてあった僕を歌姫と呼んだ時にはたいそう驚いたものである。
あちらも僕がこの年齢で既にレーヴァテインを保持していたことに驚いたらしく、教えることが少ないと笑いながら、歌姫のみが使える特別な結界魔法を教えてくれたのだ。
その時に、いくつかの結界が今後すぐに必要になると言われた。なんのことかよく分からなかったのだが、冒険者ギルドに行き、エマからの依頼で公爵邸に行った時、この人は一体何を知って考えていたのだろうと少し怖かった。
彼がすぐに必要になると教えてくれた結界魔法は、リヴィエール公爵邸全体に張られていた結界を無効化する結界と、毒や麻痺などの状態異常を無効化する結界。本当に彼は何でもお見通しなのである。
ただ、それらの結界魔法は体力と魔力の消費が激しいため、たくさん使うことは無理だ。だから、タイミングがとても重要になってくる。カルロに助力を頼んだのはそのためだ。
「それで?」
ダニエルの少し掠れた声が部屋に響く。
僕は念の為、元々張っていた防音魔法を強化して、話し始めた。
「公爵邸を乗っ取っていたのはベルトラン侯爵家現当主の妹のクレモンス。目的は公爵家夫人の座。エレオノーラ様とレオン様は閉じこれられており、生きてはいますが容態はまだよくわかっていませ。
邸に残されたマクシムさん、ブロンシュさん、エマさん、カルロさんは無事です。今は通常通りに業務を行ってもらっています。
また、マクシムさんの息子のエドゥアルさんがメディオ学院から戻ってきてまして、彼には騎士団のティメオさん、魔法研究所のナタンさんにこのことを伝えに行ってもらっています。事の進行具合は彼の使い魔と常に連絡を取り合ってします。彼は騎士団とまだ話途中のようですが」
「わかった。マルティナ、お前から元使用人達に伝えろ。集合は30分後だ」
「はい」
ダニエルは状況説明しかしていないのにもう何をするのかわかっているようだ。
一礼したマルティナが部屋から出ていく。
「場所は俺が案内します。ソラはその間にベルトラン侯爵邸へ向かって、クレモンスの娘のクララを保護します」
「ブロンシュが気にしたのか」
「はい」
僕が途中で買ったルセイアの簡単な地図にラヴィーニが魔法でたくさんの裏道を記していく。それを見ながらダニエルとラヴィーニは使う道などのを話しを始めた。
ダニエルは元々騎士団に所属していて、この街のことをよく知っている。それに、前公爵と一緒に育った仲だそうで、だからこそ、公爵邸から追い出されたマルティナ達をすぐに保護できたのだろう。
そんなダニエルでさえ、リヴィエール公爵家で何が起きているのかわからなかったのだ。一体、クレモンスはどんな手を使ったのだろう。
「クララ嬢はどうする」
「本人の意思を確認してからですが、母と話したいと言うならば公爵邸へ。もう母には会いたくないと言うならここへ連れてきたいです……お願いできますか?」
無理なら冒険者ギルドで保護してもらおうと考えている。
「わかった。確かにクレモンスがやっていることが公になれば、ベルトランはあの親子と縁を切るだろう。兄の方はどうするつもりだ?」
「師匠ならリュミエール学園に知り合いがいると思いまして」
「ああ、いる。伝書鳩を飛ばそう。そいつにリュカを保護してもらおう。他は何かあるか?」
使い魔としての伝書鳩を口笛で呼び出すダニエル。騎士団で使用されている"言霊"というスキルで、鳩にメッセージを残すことができるそう。もちろん、目当ての人以外には知られないように、隠蔽魔法もかけなければいけない。
「特にないですね。クララ嬢の保護と使用人達の移動が完了したら、次はエレオノーラ様とレオン様の状態確認に入りますから」
「わかった」
「私はここで失礼しますね」
ラヴィーニに何かあったらすぐに連絡を、と言い、僕は一人で部屋から出る。
もうマルティナの指示が回っているのか、店員達が人が多い訳でもないのに忙しく動いていた。その中にマルティナの姿を見つけると、彼女もこちらに気づいたようで、"大丈夫"という意味のウィンクを送ってきた。僕はウィンクができないので、"了解"の意を込めて頷き、店を出る。
日が傾きかけている。日付が変わる前までと自分で言ったから何とか頑張らないと、と思いつつ、ここからは"普通の冒険者"として振る舞うことが重要なので、少し肩の力を抜く。
道端では流れの吟遊詩人達がリュートを弾き、詩を口ずさみ、踊り子たちが踊っている。
踊っている人たちを見ているかのように少しそこで足を止めた。しかし、目的は踊りや詩ではなく、すぐ側の壁に書かれた文字。
「『踊れ踊れ踊り狂え……その名は"メメント・モリ"。忘れることなかれ。生きとし生けるもの全てに等しくその死神はやってくる。生きとし生けるもの全てにトーテンタンツの祝福が与えられる……』」
「前の前の世界大戦と同時期にこの辺で酷い病気が流行ったのさ。それはその病を忘れないようにするためのもの。病は神が地上界に与える罰だからね」
「……誰ですか?」
それを見ていた僕に声をかけたのは吟遊詩人の一人。
艶やかな茶髪を後ろで一つに縛り、頭には緑の帽子。大きな二つの瞳は翠の色。身長は160くらいで、声で男性だろうと判断したけれど、中性的な美貌を持つ人だった。
「俺は旅の吟遊詩人メルクリウス。それにしても、綺麗な声だ。どうだ? 俺らの仲間にならないか?」
メルクリウスの視線の先には、金髪に赤いメッシュ、金色の瞳の青年。紫系統のグラデーションがかかった髪と白い瞳の青年。僕よりメタリックが強い銀髪に紫紅の瞳の青年。
「いえ、お断りします」
「そう言わずにさ。男の子だからって意地はらなくていいんだぜ? 名前は?」
「……アズール」
咄嗟に、前世のオンラインゲームで使っていた名前を口にする。
なんなんだ、こいつ。
「アズール、一緒に来ない?」
「用があるので」
そう言ってその場を立ち去ろうとするが、メルクリウスが細身なのに意外と強い力で僕の腕を掴む。
「綺麗な声だね」
「……なんなんです?」
「俺が知る限りの声から考えると、リゼイル王国の元王女のエレオノーラ様と、前の"歌姫"のアリシアを足して二で割った感じだ」
ウザったく思っていたが、メルクリウスのその言葉に目をむく。
リゼイル王国の元王女? 公爵家夫人のエレオノーラのことなら、確か同王国の公爵家の出だったはず。
それに、"前の歌姫"……?
メルクリウスの翠の目に視線を合わせる。
「それを僕に言ってどうするんです?」
「ん? そんな感じの声だな〜って思っただけさ」
意味がわからない。
こいつ、本当に何がしたいんだ?
「僕はやらなきゃいけない事があるので」
「……いつでも待ってるからさ」
腕を掴んでいる手を引き剥がし、早足で歩く。
後ろを振り向く気にはなれなかったけど、メルクリウスの仲間から観察されているような気がした。
❁❁❁❁❁❁
「これは思わぬ収穫だな……」
メルクリウスが薄く笑みを浮かべながら呟く。
「え、なに? メルクリウス、あーゆーのがタイプ? そりゃ、ミューズのどの子にも見向きしないわけだわ」
赤のメッシュが入った金髪が、ニマニマしながらメルクリウスの肩を抱き、人差し指で彼の頬をつつく。
「ちげーよ」
それを嫌そうに振り払うメルクリウス。
「何か見つけたんですか?」
今度は銀髪が問う。
「ああ。男だが、あれは多分"歌姫"だ」
「……冗談はやめろ……男が歌姫なんて聞いたことがない」
紫髪の青年はぽつりと小さな声で呟いたのだが、仲間にはしっかり聞こえているようだ。
「冗談じゃねえ。後、バックス、お前はそろそろ酒飲むのやめろ」
そう言って紫髪─バックスから酒瓶を取り上げるメルクリウス。
「そうですよ、身体に悪いそうですから」
「マルスのたまに飛び出る荒い口調と毒舌よりはいいんじゃない?」
「お前は一旦黙れ、デルピニオス」
銀髪の名がマルス、金髪の名がデルピニオスというようだ。
「さてさて、どうするか……」
楽器を背負いながら微笑むメルクリウス。
他の三人もその場から歩きだし、ミューズと呼ばれた九人の美しい踊り子達もそれについて行く。
「次のトーテンタンツが近いかもな、今代の歌姫くん」
メルクリウスは藍色の髪の少年が行った先を見つめていた。
その様子を影から見ていたものが一人。
『チッ……めんどくさいことになった……』
漆黒の髪と瞳、灰色の肌の大男は誰にも聞こえない声でそう呟き、そこから忽然と消えた。
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