18話
魔剣→精霊剣
と変更しました。
ルグラン男爵邸よりも何倍もあるであろうリヴィエール公爵邸の庭の一角からそこに入る。
どこから入るのだろうと思っていたら、エマが植木の一つを押すと扉のように開いた。確かにこれは見た目だけでは分からない。
ラヴィーニはわかっていたようだが、彼みたいに特殊な能力を持っていないとあれは見破れないだろう。
エマやエドゥアルはラヴィーニに見破られたことに驚いていて、バレないように直さないととか言ってたけど、いくら直しても多分彼の瞳は欺けないと思う。
庭の隅を移動し、使用人達の部屋があるらしい建物の裏手までやってくると、またエマは何の変哲もない壁に手を当て、そこを引き戸のようにして開けた。
一体何のためにこういう仕組みが沢山あるのか疑問だったが、公爵邸だからじゃない、というラヴィーニの意見で確かにそうかもしれないと納得した。
そうして建物の中に入り、静かな廊下を歩いていく。案内された一室には40代くらいのヒト族の夫婦がいた。
「父さん、母さん!」
「エドゥアル、どうしてここに?」
エドゥアルとよく似た夫婦は彼の登場を予想していなかったようで、目を白黒させていたが、僕らの方に気づくと、さらにそれを強めた。
「エマ、この子達が……?」
女性の方が慌てたようにエマに尋ねる。
「はい。ランクは登録したばかりなのでBですが、Aランクの魔物やギルドマスター、私を難なく倒したので実力はA、もしかしたら、Sかもしれないくらいには」
エマはそう言ってるが、圧倒的に実戦経験が足りないからそこまで強くないと思う。寧ろ、よくサイモンは僕らをBランクしたなと感心したぐらいだ。
「でも、こんな子供に……お坊ちゃまと同じくらいでしょう?」
「しかし、あれに警戒されないために子供で強い冒険者と言ったのは御二方です」
「エマ、ありがとう。いくつであれ、冒険者なら受けた依頼は達成せねばならない。私は彼らにこの事を頼む」
詳しい話は聞いてないんだけど。クロエが貴族関係の依頼は特定の冒険者に半ば強制的に秘密裏に受けさせると言っていたから、そんなもんなんだろうと思ってた。
「はい、マクシム殿。ソラさん、ラヴィーニさん、こちらはリヴィエール公爵家執事長のマクシム、その妻で侍女長のブロンシュです」
「マクシムだ。本来は冒険者に依頼などしたくなかったのだが、やむを得ない状況なのだ。どうか力を貸してほしい」
胸に片手を当て、腰を折るマクシム。髪と瞳の色はエドゥアルと同じで、左眼にモノクルを付けている。黒い執事服がよく似合っている。
「ブロンシュです。巻き込んでしまってごめんなさいね。できる限りでいいので、助力を頼みます」
エマやレナと同じような礼をするブロンシュ。柔らかい茶髪に琥珀色の瞳で目元ととかエドゥアルと似ている。服装はエマと同じメイド服。
「ソラと言います。依頼を受けた以上、できることを全力でやらせていただきます」
そう言ってフードを取る。冒険者ギルドから移動してる途中でずっと亜空間で作成していたショートカットのウィッグを付けているので、髪が銀髪なのはバレないだろう。エルフ族特有の耳も隠れるようになっている。
ちなみに色は、僕は何でも良かったのだが、ラヴィーニからの要望で彼と同じ色にしてある。魔法ってつくづく便利だと思う。
ルセイアに着く前に作っておいて、ティメオやナタン、ジャンヌと会う前に付けておくべきだったと後悔したが、今更だろう。
「ラヴィーニです。依頼完遂に全力を尽くします」
ラヴィーニもフードを取る。どうやらクロエの時と同じように狐族や猫族ではないとわかっているようだが、この世界にはたくさんの獣人族がいるため、彼らがラヴィーニの種族を追求することはなかった。
「では、ソラ殿、ラヴィーニ殿。これから話すことはくれぐれも他言無用で頼む」
「はい」
部屋にあったソファーに全員座り、僕が防音結界を張ると、マクシムが三人を代表して話し始めた。
「公爵家の当主はこの国の宰相で、現在は国王の外遊に付き添って外国に行っていることはご存知かな?」
「はい」
マエルの話やルセイアの街で耳に入った。
「当主のアレックス様が外国に行った後のことだ。奥様を訪ねて、彼女の友人がやって来て……それからその女がここに住み着いている」
話がいきなりすぎる。
どういうことだ?
「奥様は?」
「わからない。お部屋にいらっしゃると思うのだが、私達は情けないことにその日から一度も奥様を見ていない。今年四歳になるレオン様のお姿もだ」
レオン……レオンハルト・ド・リヴィエール。乙女ゲーム内では姉であるレティシアと常に一緒にいるシスコン設定で、どの√でも攻略対象ではない。
しかし、可愛い弟タイプのビジュアルが人気で彼も攻略対象にして欲しいという要望が数多く上がっていた。
ゲームの原作者が言うには、レオンはレティシア以外には絶対に懐かないから、やるならレティシアがヒロインの話を作らないと、ということらしくて一悶着あったのだ。
僕が本当にレティシアなら、レオンは僕の弟ということになる。前世で兄弟はいなかったが、兄弟みたいな幼馴染みはたくさんいた。誰かが風邪をひいたりすると、小さい頃は伝染ることなんて気にもせずに、みんなで部屋にお見舞い(突撃)しに行ったくらいだ。
だから、もし、レオンに何かあったなら助けになりたい。前世で彼が特別好きだったわけではないのだけれど、この世界の家族のために何かしたいと思う。悪役令嬢だけはごめんだけど。
「何時からですか?」
「2ヶ月くらい前だ」
僕が世界樹で目を覚ました頃か。
この世界の暦は、一ヶ月は四十日で一年は十二ヶ月。前世と余り変わらない。僕が目覚めたのは四月の中頃で、今は七月手前だ。前世だと梅雨真っ最中だが、この当たりはこの時期あまり雨が降らないらしい。
ちなみに、一週間は八日間で、光の日、火の日……と闇の日まで属性が曜日の名になっている。
「友人の方の大まかな情報をください」
「名前はクレモンス・ド・ベルトラン。ベルトラン現侯爵家当主の妹で、第二王妃の妹でもある」
「それで、強く出れないんですか」
第二王妃は側室ではなく、二人目の王妃。この国で強い勢力を持っている貴族の出で、この国で逆らってはいけない人間の一人だとマエルが言っていた。特に商業関係で。
「ああ。それに外部との連絡手段が絶たれている。外にいる見張りの兵は全部クレモンスが連れてきた者で、使用人達も私達夫婦とエマ、調理士のカルロ以外のものは全員ここから追い出されてしまった」
「貴方方が残っている理由に心当たりは?」
「恐らく、まだ連れてきたもの達が仕事に慣れていないからだろう、直に私達も追い出される……と最初は思っていたのだが、どうやら違うようで、私達4人にほとんどの雑務を押し付け、主人と一緒にあの者達は遊び呆けているよ」
何が目的なんだろう。
「クレモンスがこうした理由にも、心当たりがありますか?」
「奥様は2人目のお子様を生みなさってから、体調が優れなく、3人目を産んだ後からずっと伏せていらっしゃるのだ。医者に診せても原因不明。いつ死んでもおかしくないとさえ言われた。それであの不埒者は公爵夫人の地位に付けると踏んだのだろう」
「まだ奥様がいらっしゃるのに?」
「奥様を殺し、後は自分に任すと遺書を捏造すればいい。当主の姉は第一王妃だが政争には関わらないスタンスでこのことに関しても口出ししないだろう。しかし、当然第二王妃は絡んでくる。陛下もそろそろもう一人妻を娶ったらどうだと当主に持ちかけていたくらいだから、陛下を説得することも無理だ」
「使用人が変わっていたらさすがにおかしいと思うと思うのですが」
「アレックス様は元々家の方に興味を持たない方でそういう管理は私達に一任していた」
聞いてて思った。
仮にも一国の公爵家としてどうなのかと。
押しかけてきた女の度胸も凄いが、それに対抗できなかった執事達はなんとかならなかったのか。いくらバックに王妃がいるとはいえ、情けなさすぎる。
「エマさんが今日使った道を使えばよかったのでは?あれなら外部と連絡が取れますよね?」
「いや、あれを見つけたのはつい昨日のことだ。この部屋にメモ用紙が置いてあって、壁や植木の開け方が記されてあった。北区への抜け道などもな」
ここの構造が第三者に筒抜けであることの現れなんじゃないか。
それに、それはラヴィーニと似た能力の持ち主がいることでもある。元々、公爵家関係者である可能性も否定できないが。
例えば、ティメオやナタンとか。その父は確か現当主の叔父のはずだ。ゲームに彼は出てこないし、あの双子の出番も少ないが公爵家の一員であることに間違いはない。なんとかゲームの記憶を掘り起こして、少しだけサブキャラとして彼らが出ていることを思い出したのだ。
「それで、どうして冒険者を?」
「手紙を出すのは不味い。例えギルド経由だとしても、途中どこかで必ず第二王妃の手の者に見つかる。だから、アレックス様が帰ってくる前になんとかしたいのだ」
公爵なのだから私有の隠密がいたり、王家直属の隠密が調べていそうな気もするが、話を聞いている限り、前者はいないと判断せざるを得ない。
それにもしいたとしても、この世界の一般的な連絡手段はとてもスピードが遅い。公爵達がどこにいるか知らないが、そのせいで二ヶ月間放置されたままの可能性もある。
「帰ってくる日は?」
「もうそろそろのはずだ」
例え、帰ってくると手紙が来ても、敵側に全て回ってしまうのか。さすがに当主を迎える準備をしないといけないから帰ってくることぐらいは伝えると思うが、そういうことすら考えられない女である可能性も否定できない。
「それがこちらの事情だ。2人に頼みたいのは、追い出されてしまった元使用人達の安否確認と安全確保。奥様とお坊ちゃまの容態を見て、もし病が治るようなら治して欲しい。そして、あの女をここから追い出してほしい」
「それと、クレモンスの息子と娘には被害がいかないようにして欲しいのです。息子のリュカ殿は公爵家長男のアルフォンスお坊ちゃまと仲がよろしくて、学園でいつも一緒にいるそうなのです。娘のクララ殿も一度しかお会いしたことありませんが、素直で明るい方です。ここには来ていないので、きっとベルトラン邸の方にいるのでしょう。御二方はクレモンスの前の夫が浮気し、その相手に散財していたことを知って激怒した彼女を宥め、宰相のアレックス様に調停離婚を持ちかけて見事に大きな波風を立たせずにことを収めたのです。こんなことして、一番怒るのは子供達だと言うことに、あの女は気づいていないのでしょう」
マクシムの言葉に付け足すようにブロンシュが話す。
アルフォンス……学園で確か生徒会長をやっていたな。彼もどのヒロイン√でも攻略対象ではなくて、実装して欲しいとの声が大きかった。僕の兄かもしれない人物でもある。
リュカ、リュカ・ド・シュヴァリエはどのヒロイン√にもいるし、パッケージにもいるメインのキャラクター。熱血騎士枠で、公式の人気キャラ投票で三位だったくらいには人気があった。ある意味王道で、ストーリーや難易度も中の上だったな、と思い出す。クララはリュカ√のサブキャラでリュカの好感度をあげるために彼女と会話する必要があるシーンがある。でも、ゲームではそれくらいだ。リュカの過去とかは語られていなかった。
「ソラ」
「大丈夫。思ってたより楽そうだ」
乙女ゲームの知識が役に立つかわからない。ゲームの話はもっと先の話だからだ。でも、何をすればいいのかはもうわかっているし、そのために必要なこともわかっている。
「ならいいけど」
ただ、ラタ達がいないのが少し辛い。僕もラヴィーニもこの世界での常識がほとんどないからどこかでやり方を間違える可能性もある。ゲーム内での知識が役に立てばいいのだが……
依頼自体はもっと物騒なものかと思ったけど、何とかなりそうだと思った。
「事情はわかりました。こちらでもう少し詳しく調べてみますが、恐らくお望み通りにできると思います」
「本当か?!」
「はい。ただ、一つお願いが」
「なんだね」
「このお邸の執事見習いの服を二着、私達のサイズのものを貸してほしいのです」
「それくらい大丈夫だ。エマ」
「はい」
エマが部屋の箪笥から服を取り出して渡してくれた。
「貴方方は通常通りに業務を行ってください。手助けは不要です。日付が変わる前までに終わらせます」
それを受け取りながら言う。
「わかった。よろしく頼む。この部屋は好きに使ってくれて構わない」
「はい」
「それでは頼んだ。ああ、愚息は好きに使ってくれて構わない」
「え」
父の言葉に目を剥くエドゥアル。
「……本当に無理はしないでくださいね」
「何かあったらここに置き手紙を」
そう言って三人は部屋を出ていった。部屋に残ったのは僕らと置いていかれたエドゥアル。彼も一応ここの使用人のはずだが、クレモンスは知らないため、置いていかれたのだろう。
「ええっと……それで、俺が手伝うことは何かあるか?」
ため息をついたあと、そうエドゥアルは言った。
「王宮の騎士団と魔法研究所へ言って、ティメオ殿とナタン殿にこの事を伝えてください。彼らがどういう立ち位置にいるか判断できないので、話すのは慎重に。あと、協力している冒険者がいるが、それが私達だということは内密に頼みます」
「……君、今いくつ?小さい男の子二人が冒険者なんて危険過ぎないか?」
エドゥアルはこちらの思惑通り、僕を男の子だと思ってくれているようだ。
「見た目通りの年齢ではありません」
「やっぱり、そんな子供なわけないよな」
見た目は10歳くらい、身体年齢は5歳、中身は27歳、ってよく考えたら凄いな。自分でもびっくりだ。
「とりあえず、俺は王宮の方へ行ってくる」
「はい、戻ったらここで待機していてください。後、何かあったらフクロウの方に連絡を入れるので」
「え、フクロウって……あっ!」
エドゥアルと会った時から何故か僕に懐き、ずっとこのエドゥアルの使い魔は僕と一緒にいたのだが、彼は気づいていなかったようだ。ステータスを確認させてもらったから、かなり強いくて大丈夫だろうとは思うけど、なんか心配だ。
エドゥアルのフクロウは一見ただのフクロウに見えるが、もう少しで進化しそうなくらい長く生きている。当然、その分精神生命体に近く、精神生命体のみが使える念話を聞くことだけだができるようだ。
「そ、それじゃ……」
そそくさと部屋から出ていくエドゥアル。ラヴィーニも心配だなとボヤいてる。大丈夫だと信じよう。
「さてと、ラヴィーニ、終わった?」
「うん。この邸の構造は全部解析完了。隠し扉とかも全部わかった」
さすがはラヴィーニ。僕がマクシム達と話している時からずっとこの邸全体を調べていてくれたのだ。姿の見えない奥様とレオンを助けるために、なるべく誰にも見つからずにそこまで行きたいという僕の考えを完全にわかってくれていた。ちょっと相棒感があっていい。
「二人がいる場所は?」
「捉えてる」
「何かあったら教えて。まずは元使用人達の方へ行こう」
「やっぱりあそこ?」
「多分。でも、その前に調理士のカルロさんのところへ行こう」
そう言って、着ていた服を脱ぎ、執事見習いの服に着替える。これは邸の誰かに見つかったとき用ではなく、カルロや元使用人達と話しやすくするためのものだ。
「……」
「ラヴィーニ?」
「……ううん。なんでもない」
何故か少し固まっていたラヴィーニに着替えるよう促し、部屋から出る。
ラヴィーニに先頭を行ってもらい、調理場に向かった。
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