16話
「さ、どっちからやるか?」
真ん中に立ったサイモンはいつの間にかその手に2本の剣を持っていた。
真剣ではなく鍛錬の用の木剣だが、当たったら十分痛そうだ。
「俺から行きます」
「頑張れ、ラヴィーニ」
僕が最初でも良かったのだが、何故かラヴィーニがやる気のようなので声援を送りその背中を見守る。
「ではー、私が審判をしまーす。5分間、ラヴィ君はマスターにできる限りの攻撃をしてください。相手が手だし出来ない状態になったら止め。ただし、即死の魔法や攻撃はダメです。その兆候が確認できたらその時点で登録できませーん」
緊張感のないクロエの声が部屋に響く。
ラヴィーニはクロエから受け取った木剣を振って、感触を確かめている。竹刀とかは……流石にないか。
僕らはそこそこ強いとはいえ、相手とは体格差と経験値差が大きい。そこをどう覆すかがポイントだろう。
「それでは、始めっ!!」
クロエの声と同時に結界が周りに張られ、床を蹴ったラヴィーニの剣がサイモンの脳天を狙う。
しかし、サイモンはそれを左の剣で受け流し、ラヴィーニの脇を狙って右の剣を動かす。
ラヴィーニもそれをわかっているようで、剣が彼の身体に届く前にサイモンの胸を蹴って距離をとる。
いつの間にラヴィーニはあんな風に動けるようになったのか疑問に思っていると、どうやら身体強化をかけまくって身体をイメージで動かしているようだった。
僕ら精神生命体はイメージで魔法を使うことが出来る。さっき僕が扉を蹴破った時もイメージで魔法を使ったため、それを見て覚えたのだろう。
元々運動神経いいから、5分間くらいなら身体に大きな反動はないだろう。
ただ、魔力が枯渇しないか心配だ。デススピアーに即死の魔法を使ったあと、ずっと手を握っていたからそこそこ回復してると思うけど、ペースを間違えると枯渇しかねない。絶対量は多いのに、ラヴィーニは馬鹿みたいに魔力が漏れだしてしまうのだ。
だからこそ、攻撃魔法を使わず、身体強化のみで戦っているのだろうが。
それに、いくらイメージで身体を動かすといっても限界がある。
僕とラヴィーニは前世でVRMMOの経験があるし、武道もやっていたが、相手は実際に魔物と戦う世界で何十年も生きてきたのだ。どうしても経験の差が出てしまう。サイモンもラヴィーニが身体強化で無理矢理身体を動かしていることがわかっているようで、わざとラヴィーニを誘い込むように隙を作っている。あの人、絶対 対人戦の経験があるな。
「面白くて堪らない、という顔をしてますね」
「エマさん」
サイモンと言い争いをしていたメイドさんもここに来ていたようだ。
「先程は本当に申し訳ございません。お互いに言い出したらきりがなくなってしまって……お恥ずかしい限りです」
「いえ、こちらも扉を壊してしまい、すみません」
後でしっかり直します、と思いながら、エマさんを観察する。
何故今僕に話しかけてきたのだろう?
「私に何か用ですか?」
「……はい、次に行われる貴女のランク判定の模擬戦ですが、相手を私に務めさせてはいただけませんでしょうか」
「それは私ではなく、サイモンさんにお聞きください。私はちゃんと判定してもらえばいいので」
「はい。ありがとうございます」
僕の力を見極めて何がしたいのだろう。公爵家関係だったら嫌だな。あそこには極力関わりたくないんだ。ナタンとティメオに世界樹の紋章を見せたのだってそのためだ。そうじゃなかったら追ってきてるとわかった時点で全力で逃げるか適当にやり過ごすかしてる。
そう考えながら目の前の攻防に意識を戻す。対戦はずっと膠着状態で、最初と同じようなやり取りが繰り返されている。
しかし、それにしてはラヴィーニの魔力の消耗が激しすぎる。身体強化だけでここまで減るのかと疑問に思って観察していると、ラヴィーニが攻撃に闇魔法を織り込んでいることが分かった。
「……なるほど」
たぶん、平衡感覚を狂わせているのだ。
5分間戦い続ければいいのだが、何とか倒したいから魔法を使ったのだろう。まだ戦い始めてから一分も経ってないのに、魔力の消耗を気にしていない。
倒れやしないかとこっちが凄く心配になる。
「……あ」
そうしているうちに、サイモンがバランスを崩し、それを狙ったラヴィーニが足払いをし、転んだサイモンに剣先を突きつけた。
「そこまでー!」
クロエの声が再び響く。
「坊主、強いな。本気の俺に勝ったとはいえ、さすがに冒険者になりたての奴をAランクにする訳にはいかねーから、Bから頑張ってくれ」
「……は、ぃ……」
「ラヴィーニ!!」
立ち上がったサイモンがラヴィーニと握手しようと手を差し出したが、ラヴィーニはそれを取れずにその場に崩れ落ちる。
僕は駆け寄って彼を支えながら、意識して彼に魔力を注ぎ込む。
やっぱり魔力がかなり少なくなっている。初めて会った時ほどじゃないけど、かなり辛いはずだ。身体強化の反動も多少はあるはずだから、回復魔法も一緒にかけていく。
荒い呼吸を繰り返すラヴィーニを横にして、頭を膝の上に乗せた。
「ソ、ラ……?」
瞼が少し開いて、銀の瞳が僕を映す。
「頑張ったね、ラヴィーニ。お疲れ様。少し休んでて」
戦ってる姿がカッコよかったよ、とか、ランクAのサイモンに勝ったんだよ、とか言いたいことは沢山あるけど、彼に負担をかけないように額をそっと撫でるだけにする。
「……頑張ったからさ、キスしていい?」
なんでそうなる。
「だめ」
「えー……キスした方が早く回復するから、クロエさん達に迷惑かからないよ……? 俺回復するまでここから動けないし……」
そんなに喋られるなら大丈夫だろ、と思いながら、ラヴィーニの膝裏と腰に腕を回し、持ち上げる。
彼は驚いたように目を開かせたが、疲れてるのか暴れることは無かった。そのまま部屋の隅のベンチへ移動させ、先にそこに座っていたサイモンに彼の様子を見てくれと頼んだ。
サイモンの横にはエマがいて、よろしくお願いしますと言われたので、彼女が僕のランク判定の相手をするのだろう。
「ソラ」
「じゃ、さっさと終わらせてくる……」
恥ずかしさを堪え、ラヴィーニの額に口付ける。ラヴィーニには何か言いたそうにしていたが、何も聞かず、手を振ってエマが待つ部屋の中心へ向かった。
「仲がよろしいのですね」
「まあね」
クロエが渡してくれた模擬戦用の弓を構えることなく、目を閉じてクロエの声を待つ。
「ルールはさっきと同じでーす。それでは、始めっ!!」
❁❁❁❁❁❁
ソラに口付けられた額にそっと触れながら、目の前の攻防を見る。
しかし、始まったばかりのその戦いは既に決着が着きそうだった。本当にさっさと終わらせるつもりらしい。
そこまで自分は頼りないだろうか。
「坊主」
「ラヴィーニです」
「ラヴィーニ、お前ら一体なんなんだ?俺に勝ったのもそうだし、エマだって癖があるがAランクだ。なのにもうエマの負けが確定してる」
「俺達は少し特殊なんです。ただ、やっぱり経験の差と体力差を感じましたから俺はまだまだですね。それを感じる前に力で押し切るソラは規格外だと思います」
「お前さんも十分規格外だぞ……」
頭をぐしゃぐしゃと撫でられながらそういうサイモン。前世の父はそういう人じゃなかったから、少し戸惑ってしまうが嫌だとは思わなかった。
「そこまでー!」
クロエの声で対戦に視線を戻す。エマのナイフ(と言っても、模擬戦用の短剣だが)を結界で全て弾き返し、風魔法で彼女をぶっ飛ばしたソラが勝ったようだ。
最初はエマも結界と回復魔法で何とか応戦していたが、30秒くらいで終わってしまったらしい。
エマに手を差し伸べながら回復魔法をかけるソラが見える。
本当にお人好しだと思う。
「嬢ちゃんもBランクからな。2人ならSランク行けるだろうから、しっかり経験積んでくれ」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃーあ、ギルドカードを発行するでこっちへ来てくださーい」
クロエが案内する方へ歩こうとすると、左手に暖かいものが触れた。そちらを向くと、普通にソラが俺の手を握っていた。少し前まで恥ずかしがっていたくせに、いつの間にかこういうふうになっているの、本当に"昔"から変わらない。
「……? まだ魔力そこまで回復してないだろう? こうしていた方が楽だと思ったんだが」
俺が驚いたことに気づいたようで、ソラがそう言葉をかける。
「ああ、ありがとう」
「当然のことだよ」
ソラは知らないだろうけど、いや、知らないままでいいのだ。
俺が"ありがとう"と貴女に言う時に、どんな想いと思い出を込めているなんて。
『……ありがとう、蒼月』
『当然だよ、雪崩』
あの時も、部屋の隅で蹲っていた俺を貴女が見つけてくれたんだ。
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