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14話


「生意気ね!! 悪役令嬢のくせに、主人公の私に、勇者ジャンヌに逆らう気?!」



 ストロベリーピンクの髪と紫の瞳の少女のその言葉で思い出した。



 この世界に来てから時々感じてた既視感。


 どっかで聞いたことがあるような、で考えることをやめていたが、確かに目の前にいる少女は『叡智の姫と七色のプリンス』という前世でプレイしてた乙女ゲームのヒロインを幼くしたかんじだ。


 それにしても、悪役令嬢? 僕が?


 悪役令嬢ってあれだよな。


 リヴィエール公爵家の令嬢で第二王子ジークフリートの婚約者で……


 あ、いた。ジークフリート。夢の中で出てきたジークフリートってもしかしてこいつ? ゲームの中のジークフリートは淡い金髪にグリニッシュブルーの瞳だったけど、夢で見たジークフリートは髪も瞳も燃えるような緋だった。違うジークフリートなのだろうか。


 それに、令嬢の名前は確かレティシア。


 もしかして、僕の今の身体の名前がレティシアの可能性がある?


 確かにゲームでのレティシアのビジュアルは……銀髪、蒼眼、高い身長。


 まんま今の僕だ。耳が尖っていたかどうかは覚えてないけど。


 いや、考察は後でにしよう。とりあえずここから出たい。



「悪役令嬢? なんのことですか? あなたみたいなよくわからない人に使う時間はありませんので」



 後ろでギャンギャン騒ぐジャンヌをほって、店を出る。出る時に店主に迷惑料としてもう1枚金貨を渡した。


 本当にあれが主人公ならストーリー崩壊してるな、きっと。



「ソラ、あのジャンヌってもしかして……」



 西区に向かう小道を早足で進んでいく。



「うん。たぶん転生者だね」



 悪役令嬢って言葉を言ってたし、召喚されたとも言ってたから間違いないだろう。



「ラヴィーニは乙女ゲームって知ってる?」


「知ってる。『叡智の姫と七色のプリンス』だろ?」


「なんでそこまで知ってるんだい」


「友達にやらされた」



 可哀想に。


 だけど、今はラヴィーニが知っていてくれた事に感謝だ。話が早い。



「あれの悪役令嬢ってレティシアだよな。ソラの本当の名前はレティシアなのか?」


「その可能性は高い。ビジュアル同じだし。だから、公爵家には極力近寄りたくないけど、手紙の宛先の人の名字がリヴィエールだから多分無理だろうね」



 よくある"シナリオの強制力"なんてあったらたまらない。けど、今の僕は公爵令嬢じゃない。



「わかった」


「ねえ、さっきから何の会話をしてるの?」


「俺たちにもわかるよう説明してくれ」



 段々ヘッグの口調がラヴィーニに似てきたのは気のせいか?



「今そんなことしてる暇ないから後で」


「えーひどい」


 とりあえず、冒険者ギルドに登録してこの世界が本当にあの乙女ゲームの世界なのか、よく似てるが違う世界なのか、この世界で生まれた誰かが僕の前世の世界に転生して記憶の底にある風景を乙女ゲームにしたのか、確かめなければいかない。



「レティシアは√にもよるけど、ほとんど死ぬパターンだから、フラグは本気で壊していかないと」


「今のソラを殺せるやつなんていないと思うけど」


「ラノベでよくあるんだ、"シナリオの強制力"」


「あ、確かに」



 『叡智の姫と七色のプリンス』の主人公は3人で、誰を選ぶかによってストーリーやキャラクターと出会う順番、好感度の上がり具合が変わってくる。


 一番人気があったのが、子爵令嬢のソフィア√。後は勇者のジャンヌ√と侯爵令嬢のシャンタル√だ。さっき店にいた少女のうち1人はシャンタルの可能性がある。


 ジャンヌとシャンタルは幼い頃から仲良しという公式設定があるからだ。どちらの√でも、どの攻略対象の好感度を上げずに進めると、二人の百合√に入ってしまうくらいには。


 そして、どのヒロインのどの攻略対象の√でも、レティシアは必ず悪役令嬢として登場する。よくある、ヒロインを虐める残酷な令嬢ではなく、全てにおいて完璧でヒロインのことなど視界に入れてないタイプの悪役令嬢だ。


 ジークフリート√を選んだ時の婚約破棄のシーンでも、実に堂々としていて、それなりに人気もあったらしい。


 問題なのはレティシアの死に方。ゲームの本編終了後、後日談としてちょろっと書かれているくらいだが、舞台となった国では大規模な内戦が起こり、その戦いの中で魔力の高いレティシアは魔士として参加し、死んでしまうらしいのだ。


 だから、僕が壊さなくてはならないフラグは、ヒロインと攻略対象の恋愛フラグではなく、戦争を起こすフラグの方。


 これはシエルから頼まれたことと同じなわけで。世界を旅して絶景を見て、美味しい食べ物を食べたいだけの僕は、何がなんでも戦争を止めなければいけない。


 なんだ、最初の目的とやらなきゃいけないことは同じじゃないか、と思いながら、西区を歩いていた時だった。



「─何か来る」



 足を止め、周囲を見回す。


 しかし、異様な殺気を感じたにも関わらず辺りは静まり返っている。工房などから少し離れた職人達の住宅街だから、こんな昼間は静かなのだろう。


 では、何が?



「でっかい蜂だ。それも集団でこっちに向かって来てる」


「え?」



 空を睨みつけているラヴィーニが呟いた。


 大きな蜂で集団……



「デススピアー」


 ラタの声がやけに響く。


 王都に入ってきたら大惨事になると先程話していた魔物の名。



「ソラ、俺がやる」



 ラヴィーニがそう名乗りをあげる。


 確かに、彼の力を試してみるいい機会だろう。


 馬車に乗っていた時はほとんどを僕が倒していたし。



「できるのかい?」


「ああ」


「わかった」



 ラヴィーニは瞳を閉じてじっと立っている。


 僕とラタはヘッグに庇われながらその様子を見つめることしかできない。


 僕はかなり不安だった。


 僕は未だにネジュ山のあの小部屋で蹲っていたラヴィーニの印象が大きいのかもしれない。



「……消えろ」



 初めて聞いたラヴィーニの低い声。


 次の瞬間、空からどす黒い色の細長い棒が落ちてきた。きっと、デススピアーの女王の毒針だろう。


 触りたくないため、魔法で亜空間に収納した。



「ラヴィーニ」


「闇魔法は相手を一瞬で死なせることもできる……こういう魔法を使う俺は嫌い?」



 泣きそうな顔をしてラヴィーニは僕の方を見た。僕はそんなことないと言うように彼をそっと腕の中に閉じ込める。


 一瞬で死んだ蜂たちは、もう既に魔素に還ったのだろう。



「ラヴィーニはさ、前世で3度目の世界大戦の様子を見た?」


「…………いや、俺はその前に事故で死んでいた」



 そう言えば、そんな話を聞いたかもしれない。



「そっか。僕はその時に死んだんだ。周りが一瞬で瓦礫も灰も何も残らない状態になって……残酷で一方的な殺戮だった」


「俺の魔法と同じだって?」


「違う」



 ラヴィーニが前世で一番仲の良かった泣き虫の幼馴染みと重なる。


 ラヴィーニをどこか弟のように感じるのも、彼が前世のその幼馴染みとよく似ているからかもしれない。



「闇魔法は、慈悲の魔法。光魔法で傷は治せても痛みは消えない。でも、闇魔法で痛みを和らげることは出来る。どんなに悲しいことがあっても、闇魔法で記憶を消すことさえできる」


「……」


「それがいいか悪いかじゃなくてさ、闇魔法も世界に必要なものなんだよ。それと同じようにラヴィーニも僕に必要だし、それ以上に僕は君のことが大切なんだ」



 あの小さな小部屋でずっと1人でいた君に、僕ができるだけのことをしてあげたいと思う。


 もしかしたら、彼とよく似てる幼馴染みを助けられなかった後悔から来るのかもしれない。


 僕を庇って、亡くなった彼のことを思い出して、僕も泣きそうになる。



「……ありがとう、ソラ」




 僕らはしばらくそうしていた。










❁❁❁❁❁❁













「ラヴィーニ、ソラ」



 ヘッグの声でラヴィーニを抱きしめいた腕を解く。ラヴィーニはだいぶ落ち着いたようで、魔力も少し回復している。



「どうしたんだい?」


「さっきの店にいたやつが来てる」



 げ、あのジャンヌに絡まれるのはごめんだ、と思っていたら、道の向こうからやってきたのは子供達の護衛の2人だった。


 2人とも金髪碧眼で、短髪と眼鏡をかけた長髪の違いはあるが、顔はそっくりなので双子なのだろう。さっきはそこまで見てなかった。



「先程はジャンヌ様が失礼いたしました。俺は王宮に勤める近衛騎士のティメオ。ティメオ・ド・リヴィエールと申します」


「王宮の魔法研究所所属のナタン・ド・リヴィエールだ。ティメオの双子の兄」



 近衛騎士と王宮の魔士。そして名字が"リヴィエール"。


 ゲームでリヴィエール公爵家はレティシアとその兄弟くらいしか出てこなかったから、こちらのこの人達の情報はほぼゼロ。なんで僕らを追ってきたのだろう。



「ソラと申します。こちらは仲間のラヴィーニ、ヘッグ。使い魔のラタです」



 これは王都に来る前に決めていた設定だ。ヘッグのように人化できないラタは僕の使い魔─使役されている妖精や魔物のこと─ということになっている。



「ソラ……?」


「はい」


「名はレティシアではないのか」



 眼鏡の方が呟く。


 この世界の僕の名はやはりレティシアなのだろうか。彼がそう呟いたということは、生まれてすぐに死んだリヴィエール公爵家の令嬢が僕と同じ容姿である、ということも間違いないだろう。


 彼らにとっては、僕の父か母によく似た少女がいたから声をかけた、ぐらいのことだろうが。



「違います。先程はジャンヌさんが五月蝿くて言うタイミングがありませんでしたが、私は世界樹で育ちましたから」


 そう言ってローブを引っ張り、首元にある世界樹の紋章を見せる。


 すると、ティメオとナタンは顔を付きを険しくさせ、



「今度、正式に王宮に呼ばせてもらう」



 と、ナタンが言った。国王とまではいかなくとも、宰相クラスの人間とは会っておきたい。今後─10数年後に起こるだろう戦争を回避するために。


 だからこそ、この2人に今この紋章を見せたのだ。



「書物に伝わっている勇者の紋章とは少し違うようだが」


「ご自分で世界樹に行って確かめてみてはいかがです?」


「……」



 眼鏡をクイッと上げながら問うナタンに作り笑いで答える。



「すまない、ソラ殿。俺達の本来の目的はラヴィーニ殿にあってな」



 黙ったナタンに代わってティメオが話し出す。最初より随分と砕けた口調になっている。



「俺に?」


 僕の横に立っていたラヴィーニが少し驚いたようにしているが、さっきの店で一番目立っていたのは間違いなくラヴィーニだ。僕もラヴィーニに用があるのだと思ってていたし。


 それにしてもいつまでラヴィーニは僕の手を握っているつもりなんだろう。まだ魔力が回復してないのだろうか。どうせ夜一緒に寝るのに。



「精霊剣と契約したものは騎士団に勧誘しないといけないんだ」


「お断りします」


「そう言うと思ったよ。俺達の目的はこれだけだ、じゃあな」



 そう言ってやけにあっさりとティメオは行ってしまった。勧誘しても断られることが多いからめんどくさいとか思っているのだろうか。



「……あいつ……ソラ」


「なんでしょう」


「これを」



 ナタンから1つの鍵を渡された。


 代わり映えのない、普通の鍵……に見えるが、何重にも魔法がかけられている。特定のものにしかの鍵を使う扉の先に行かせないためだろう。



「きっと必要になる」


「わかりました。後、先程デススピアーが王都全体に張られている結界を壊して侵入しました。結界自体はすぐに修復し、デススピアーも討伐しました。結界の強化をお勧めします。壊された際に術者に伝わる仕組みも構築すべきです」


「わかった。検討しておこう」



 余計なお世話かもしれないけど、と思って言ったことだが、ナタンは検討してくれるそうだ。王宮に呼びつけられた時、研究所に連れていかされそう。



「ソラ」


「さ、早くギルドへ向かおう」



 ラヴィーニの手を握ったまま歩き出す。僕らの後ろでヘッグとラタが真剣な表情で何か話していたようだが、思念だけで会話していたようなので、その内容を知ることはできなかった。












❁❁❁❁❁❁













「おい、ティメオ。さっさと先に行こうとするんじゃ……」


「あーーーー!!」


「……そうなると思ったんだ……」



 ルセイアの南区と西区を繋ぐ、水路にかかる橋の上で20歳くらいの短髪の男が顔を真っ赤にしてしゃがみこんでいた。


 その男に駆け寄った長髪の男は呆れたように口を開く。



「エレオノーラさんによく似てたからな。お前、まさか惚れたとか言うなよ?」


「……10歳くらいなら、なんとかならないか?」


「はぁ……カッコつけようとするからだろ。ラヴィーニとヘッグとかいう大男からの殺気を感じなかったのか?」



 短髪の男が惚れたらしい少女は実際は5歳なのだが、そんなことは知らない男は彼の初恋の人物によく似てる少女をなんとか自分のものに出来ないかと考えているようだった。


 眼鏡をかけた方の男は少女と話している時に感じた殺気が恐ろしかったらしく、自分は会いたくないとまで言ってるが。



「本当にレティシアなら、今5歳くらいのはずだから、あんなに背が高くて落ち着いているわけないよな……ほらティメオ、戻るぞ」


「あーくそ。絶対ジークフリート様やアレン、エドガーもああいうタイプ周りにいないだろうから気にしてるよな……」


「みんな5歳だぞ……?」



 双子の弟の発言に心底呆れ返ったとため息をつく、眼鏡の男。



「最近のガキはませてるって言うじゃんか。特にアレン様なんて落ち着きすぎていて怖いくらいだ」


「わかったから城へ戻ろう。エレオノーラさんに伝えたいところだが、今の公爵邸にはお前や俺ですら入れない」


「そっちもなんとかしないとな……」


「アレックス宰相が戻らないと何も出来ん」


「はぁ……」





 ルセイアの時を告げる鐘が厳かに鳴り響いていた。



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