13話
本日は2回更新予定です。
「おおっ!」
「思ってたよりでかい……」
ネジュ山の麓の森で会った商人マエルの荷馬車に揺られて一週間。
僕らは、ライヒ王国の王都ルセイアについた。
ライヒ王国を南北に貫くサン川の中流にある中洲を中心に円を描くように城壁が作られており、その城壁の内側がルセイアだ。
街道沿いに小さな村と畑がほとんどな平野だったから、ここだけ人の活気が異様に溢れていてるようにも感じてしまう。
陽光に照らされた石畳の道を歩く沢山の人々。
走り回る子供達。
不思議な形の楽器を演奏する人達とそれに合わせて踊る娘達。
喫茶店の外のスペースに座り、踊りに見惚れる青年達。
買い物をする女性達はそれに苦笑しながら、商人達が売る品物を吟味している。
この世界に来て初めて見た、人々の暮らしだった。ラヴィーニも何か思うところがあるようで、2人でしばしその様子を眺めていた。マエルは田舎っ子が都会を見て驚いているのだと見守ってくれていた。
「ソラ、ラヴィーニ。魔物の退治を請け負ってくれたあんがとな。おかげでいつもより早く着けたぜ」
「私達の方こそお世話になりました」
「ありがとうございます」
この世界にはやはりというか、冒険者ギルドなるものがあるそうで、僕達は最初にそこに行き、冒険者ギルドに登録するのだ。
城門を通り、ルセイアの南区─商業区の端にある厩舎でマエル達は下ろしてくれた。冒険者ギルドなどがあるのは北区らしいので、工業区の西区か貴族区の東区のどちらかを通って行けばいいと教えてくれた。
川の中州にある城を中心に東西南北に大通りが走っているので、それを目印に行けばいいらしい。今いるところは南大通りの一番外側で、冒険者ギルドがあるのは北大通りの城に近いところ。
「本当に、馬車の旅は楽でしたから」
「そうか」
亜空間にずっといたヘッグやラタは怒っていたけど、ラヴィーニに負担をかけたくなかったので、とても有難かった。
ラヴィーニは魔力の制御が上手くできず、普通にしてるだけでも魔力が漏れてくるようで、常に僕にくっついていたから、荷馬車は本当に楽だった。
マエル達は魔物退治の分の支払いをすると言っていたが、荷馬車に乗せてもらったのでそれはチャラだ。ほとんど見ないであろうエルフ族と天狼族を何も聞かずに乗せてくれたのだ。一応フード付きのローブを着ているけど。
「そんじゃ、またどこかで会えたら!」
「はい!」
貴族のところに行くらしいマエル達を見送り、完全に姿が見えなくなったあと、人影がないこと確認して亜空間に声をかける。
「ヘッグ、ラタ。おいで」
「遅いわよ!」
「悪かったって」
「ソラとラヴィ2人でいちゃいちゃしちゃってさ!」
「はいはい落ち着いて」
頬を膨らませて、プンプンと擬音がつくような怒り方をするラタを宥め、黙ったままのヘッグにも声をかける。
「ヘッグ。出てきてそうそう悪いけど……」
「あ、ああ。なんだ?」
少しぼーっとしていたみたいだが、大丈夫だろうか。
「ラヴィーニにヘッグの加護を与えることと、ヘッグの守護神獣としての力が僕だけでなくラヴィーニにも使えるようお願いしたいんだ」
これは、ルセイアに着くまでずっと考えていたことだった。ラヴィーニに魔力を与えるのは別に構わない。
しかし、色々やってみたが何故かラヴィーニの魔力が自然に漏れていくのは防げないのだ。"抗魔の瞳"の力の影響の可能性もあるから、闇属性を持つヘッグに守護神獣になってもらい、かつ、加護をもらえれば多少はやりやすくなると思うのだ。
「……別によいが。ラヴィーニ」
「なに?」
「神霊や神竜、神と呼ばれるものが加護を与えることは、眷属とは違う形でそのものの後ろに我々がいると暗示することが一番大きな理由だ。力を与える意味もあるが、一番はそれだろうな」
そんな理由があるのか……つまり、僕には世界樹シエルとラタトスク、ウロボロス、さらには誰かわからないものまである。
あ、僕って結構ヤバい……?!
「……それで?」
「お前に何かしたら俺が出てくるぞ、と言えるほどの力が貴様にあるのか?」
「……それを見せろ、と?」
「ああ」
ヘッグの灰色の瞳をラヴィーニの銀の瞳がはね返す。
「わかった」
何がわかったのかよくわからないけど、ラヴィーニの答えを聞いたヘッグが笑顔を見せたから、2人はよくわかっているのだろう。
「さ、ギルドに行こう」
「そーよ! 早く行くわよ」
南大通りを中心部まで上り、西区を回って北区に行こうと考えながら歩き出した。
❁❁❁❁❁❁
南通りのより城に近い場所にある店は貴族向けのようで、外装もガラス越しに見える店内もどんどん豪華になっていく。
所々に豪奢な馬車も停まっていて、もっと手前で西区に入っても良かったかも、と場違い感を感じていた。
「ねえねえ、ソラ。さっきデータベースを洗っていたんだけど、少し前に倒したクリムゾンペガサスには面白い天敵がいるみたいね」
「どんな魔物なんだ?」
「デススピアー。猛毒と闇の魔法を持っていて、集団で魔物やヒト族を襲うこともあるから、もし出現したら騎士団とかが出る事態になるかもね」
ラタトスクは軽く言っているが、結構危険そうな魔物だ。集団で襲ってくるということは、魔法の座標指定する時にその個体に指定しにくいことになる。普段は魔法を使う対象に座標を設定し、いつ動いても大丈夫なようにする。
しかし、集団に魔法をかける場合、その集団に対して座標指定はできないため、集団のいる空間に対して座標指定することになる。
だが、それだと動き回るとその度に座標指定しなくてはいけない。
僕にはそこまで難しいことではないけど、そうじゃないもの達は結構大変なんじゃないかな。
「クリムゾンペガサスの瞳が好物みたい」
「え、僕今持ってるんだけど」
そう、クリムゾンペガサスが魔素になって消えた後、そこに四つの目玉だけが残っていたのだ。
マエルが言うには、これは所謂ドロップアイテムで、ギルドに登録した後そこで売ればそこそこの金が貰えるそう。討伐依頼なんかはドロップアイテムを持って帰ることで完了になるらしい。
「まあ、亜空間に保存してあるから大丈夫か」
「それなんだけどね、記録には亜空間内に保存してあってもデススピアー達が狙ってやってきたと書かれてあるの」
「えぇ……」
闇魔法にそんな効果あったか? と思いながら歩いていると、一つの店の前でラヴィーニが足を止めた。
さっきも露店で何か見てたけど、今度は……武器屋だ。
「ラヴィーニ。武器が欲しいのかい?」
「あーうん。こんなに高くなくていいけど、前世で剣道やってたからさ、こういうかんじの剣がいいな、て」
ラヴィーニが指を指したのはガラスの向こうに鎮座する日本刀のような形の剣。人々の服装や建築物から、ここは前世でいうフランスやドイツのような国だと思っていたのだがこういうものもあるのか。
「ラヴィーニ、剣道部だったんだ」
「いや、部活は小中高全部、水泳部」
「え、僕も水泳部だったけど……どっかの大会で会ってたかもね」
「確かに」
僕も部活とは別で弓道やってたから、似たようなものだろう。そういえば、前世の幼馴染み達も一緒に剣道や薙刀やってたな……懐かしい。
「それ、たぶん鬼族の刀よ。この辺りでは珍しいから、結構なお値段がするんじゃない?」
僕の頭の上に乗っかってるラタも興味深そうにガラスを覗き込む。ヘッグも不思議そうな顔をして見ている。
「これは……」
「ヘッグ、何か心当たりが?」
「いや……ラヴィーニ。これを使いたいなら早めに買っておく方がいいぞ」
「確かに。これ、精霊剣だから」
ラタとヘッグだけでうんうん言っているけど、僕とラヴィーニはさっぱりわからないと顔を見合わせる。
精霊剣、とはどういうことだ?
「2人とも、精霊剣ってなんだ?」
ラヴィーニがラタに向かって問いかける。
「精霊剣に限らず、武器の名に"精霊"がつくものは、神霊には至らずとも力の強い精霊が宿っているの。だから、その武器を使うためには宿っている精霊に認められる必要があるわね。でも一度そうした関係を築けると彼らは力を貸してくれるわ。例えば、使用者の年齢に合わせた大きさにするとか、魔法発動の手助けをしたりとか」
「でも、俺に精霊は……」
「あ、あれには闇属性の精霊が宿っているから、そこは大丈夫よ」
そんな武器があるのか。
確かにそれなら早くから使っていた方がいいのかもしれない。
「ちなみに神器には神霊が宿っているわ」
「え」
ヴィゾーヴニルからもらったレーヴァテインにも神霊がいるのか。
「あたしはその神霊が何か知らないけどね。ソラが持ってから何回か話しかけているけど、ちっとも答えないの。寝てるのかも」
なるほど。
まあ、僕のことは今はいい。考察したいことがたくさんあるけど、まずはラヴィーニのことが優先だ。
「ラヴィーニ。あれ、本当に欲しいかい?」
「……高そうだからいい」
「値段じゃなくてさ、あれを使いたいかってこと」
「……うん。あれ使ってみたい」
「うん、わかった」
お金なら天狼族の族長からもらった分と、マエル達を助けた時に一番怪我が酷かった人から押し付けられた分がある。それに、イル島にいた時に面白い半分で使ったものが色々あるのだ。これを売ればそれなりの額になると思う。
「ちょっとさ、直に見せてもらえないか店主に聞いてみよう」
「え、ソラ。ちょっ……」
分厚そうな木の扉を開けて店内に入る。
「もうっ!! 女の子と街に来てるのに武器屋に一番に行くなんてどうかしてるわよ!」
「わ、悪かったって……」
「うぜぇ……」
「何よ、ジーク」
「なんでもねえよ」
店内には6人の男女の子供とそれを見守るように立つ2人の男性。それと言い争いする子供達を見てオロオロする店主らしき人。
子供達は簡素だが素材のいい服を着ていて貴族の子供が街に来た感じが満載だ。後ろの2人は護衛だろう。
子供はどうでもいいやと店主らしき人に声をかける。
「すみません。店頭に飾ってある鬼族の剣を見せてもらえませんか?」
「……え、あ、ああ。わかりました、少々お待ちください」
子供の喧嘩から抜け出せて良かったと思っているのか、明らかにほっとした表情の店主は、子供の僕を見ても天寧に対応してくれた。後ろに長身でごつい大剣を持ってるヘッグがいるからかもしれない。ちなみにあの剣はヘッグの鱗の一部だ。
「どうぞ」
「ほら、ラヴィーニ」
「う、うん」
店員に渡された白い手袋をつけて、ラヴィーニが剣を手に取った。
次の瞬間、剣から黒い何かが現れる。
僕やラヴィーニは瞬時にそれが精霊とわかったが、店主や子供達はそうではなかったようで、なんだなんだと騒いでいる。護衛の人達は落ち着いているが。
『……オレは闇の精霊。名前はノワール。大昔、お前の先祖にそう名をつけてもらった』
「俺の先祖……?」
普通のテネブラエ達より一回り大きい─しかし神霊よりは小さい─闇の精霊は静かに語りだした。
『そうだ。それからずっと闇の一族がオレの前に現れることはなかった。しかし、お前はやってきた。太古の契約にしたがい、今代の忌み子のお前に力を貸そう』
「……いや、昔の契約だからじゃなくて、ちゃんと俺の力を認めて契約してほしい」
ラヴィーニも剣の精霊に話す。
もしかしたら、さっきヘッグに力を示せと言われたことを気にしてるのかもしれない。
『……いいだろう。今代の忌み子よ、名は?』
「ラヴィーニ」
『"雪崩"か。お前の心のようだな』
精霊の言葉に唖然とする。
え、そんな意味があったの?! ごめん、ラヴィーニ。変な名前付けてしまった!
あたふたする僕をよそに、ラヴィーニとノワールは契約したようで、見慣れた魔法陣が二人の間に現れ、そして消えていく。
『では、ラヴィーニ。その心の内を制御できるよう励むのだな。それと、オレは双子がいる。できるならばそいつを探してほしい』
「……ああ」
そうラヴィーニが答えると、ノワールはふっと笑い、剣へ戻っていった。
「ラヴィーニ、どう?」
「うん、重くないし手に馴染む」
「そっか。店主、すみませんが……」
見るだけだったのに契約までしてしまった。店主には正式に買うと言わなければいけないだろう。
「……おおっ……! 今のは精霊契約ですな? 40年少々この店であらゆる客を見てきましたが、初めてあった時に精霊契約をするなど、初めてですぞ!」
なんか凄くテンション高い……
でも確かに、使い続けてから、精霊が認めて力を貸すのが本来の順番なのだろう。
「あの、これ、いくらですか?」
この世界の貨幣は3種類。銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚だ。
金貨何枚くらいするのだろう。
「前にイル島にやって来た勇者は金貨30何枚とか言ってたわね」
ラタがそう教えてくれる。
うわぁ。高ーい……
「お代はいらないですよ!」
はあ?
「この国と冒険者ギルド間での協定で、精霊武器の契約者が現れたらその方にお譲りすることになってるので」
精霊武器をどうやって作るか知らないけど、そんなことして大丈夫なのだろうか。
そう思ったのが顔に出てたのか、
「もちろん、その分国から補償が出ます。店で見た時に契約できた場合のみ、ですが」
そう答えてくれた。
これを考えた人、太っ腹だな。
絶対精霊武器って他の武器より高いから稼ぎどころだと思うのだけど。
店主の話を聞く限りだと、そんなに簡単に契約できないみたいだから、こんなことなんてそうそうないのだろうけど。
「それに、その剣は先祖代々受け継いでいるいわく付きのものでして。正直なところ、引き取ってもらって嬉しいくらいです」
「そうですか。あ、これはお礼です。本来はもっと高いでしょうけど」
子供達を驚かせてしまったし。
そう言って店主に金貨2枚渡す。
ケチとか言われるかもしれないけど、チップみたいなものだからいいのだ。
「いえいえ、ありがとうございます」
冒険者ギルドに行こうと店を出ようとした時だった。
「ちょっと待ちなさいよ!」
さっき一番騒いでいた女の子に声をかけられた。ふわふわのストロベリーピンクの髪に大きな紫の瞳。
あれ、どっかでこんなキャラクター見たことがあるような……
「なにか?」
身長が30cm以上違うから、自然と僕が彼女を見下ろす形になる。
本来、5歳児ってこれくらいの身長だよな、と僕は呑気に思っていたが、少女はそうではなかったようで。
キッと僕を睨みつけて話し出す。
「あのね、私はこの国に召喚された勇者なの。あなたみたいな一介の冒険者は私は平伏すべきじゃない?」
……何言ってんだこいつ。
ラヴィーニやヘッグ達もそう思ったようで、怒るどころか呆れ返っている。他の子供はというと、女の子2人はそうだそうだと頷いていて、男の子3人はため息をついている。
苦労してるんだろうな、きっと。
「勇者、ですか」
「そうよ!」
「その証拠は?」
「はあ?!」
確かに勇者は多くの人から尊敬される名誉あるものだが、それは尊敬されるに値するものを勇者が持っているからだ。勇者だからというだけで尊敬されるはずないだろう。
しかも、世界樹の加護を持っていない彼女は、まだ勇者候補にすぎない。候補になってるかどうかもわからないけど。
「世界樹の加護を持っているものが勇者。あなたは持っているのですか?」
「な、何よ! 私は主神ゼウス様が勇者としてこの世界には召喚したのよ!」
「それでも、世界樹の加護を得るまではあくまで勇者候補です」
「うるさいわねぇ!!」
うるさいのはどっちだよ。
「例え加護を持っていたとしても、這い蹲る気はありませんが」
「生意気ね!! 悪役令嬢のくせに、主人公の私に、勇者ジャンヌに逆らう気?!」
彼女のその言葉で思い出す。
ライヒ王国、王都ルセイア。
ストロベリーピンクの髪と紫の瞳。デフォルトネームはジャンヌ。
そして、死んだ赤子を川に流す風習。
次々に頑張って解放していったスチルが脳裏に浮かんでは消えていく。
この世界、前世でやってた乙女ゲームとよく似てる。
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