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9話

2章開始。


 ああ。






 僕はいつもこの夢を視る。





 男達の雄叫び。







 金属同士がぶつかる音。







 矢が風を切る音。









 魔法の火や水が飛び交う音。











 煙の臭いもする。












 激しい雨の音。



 誰かの泣き声。








 懐かしい、花の香り。









 一度に沢山の情報が目と耳と鼻と全身の皮膚から入ってきて、少し戸惑う。


 なんせ、今までこの夢はこんなにリアルではなかったはずだからだ。






『……ご、めん』


『違う、君のせいじゃない。だから、お願いだから、死なないでくれ……!』





 ああ。





 その人はやっぱりいつも僕を庇って死ぬ。






 その人の顔はやっぱりよく見えないけど、深い傷を負った脇腹に何かの刺青が入っていることと、その人は2本の刀を持っていることははっきりとわかった。





『行くぞ、ナハト。グレイの死ぐらいでそんなに狼狽えてどうする。俺達はこの世界を変えるんだろ? 何があってもこの道を進むと約束したことを忘れたか?』





『……はい、ジークフリート様。いえ、忘れてなどいません』






『そうか』



 ああ。






 僕はいったい何時までこの夢を視続ければいいのだろう。






 燃えるような緋い髪の青年はその人に見向きもせず、僕の顔を青年に向けさせる。





 赤い火より温度が高い青い火の色をした瞳が真っ直ぐ僕を捕らえた。






 きっと、僕は"これ"から逃げれないのだろう。愛しい人が死んでしまって、自分も死にたいくらい悲しいのに。






 この青年は僕が死ぬことを、生きるのを諦めることを許してくれない。









 どうして?






 親に捨てられ、ジークフリートという名の少年に拾われ、彼の下僕としてありとあらゆる事柄を叩き込まれ、彼の性欲の相手をして、密かに想いを寄せていた相手に庇われる夢を、






 僕はいったい何時まで視ればいいのだろう。








 せめて、夢の中であっても想いを寄せた彼の名を知りたいと思っていた。









 それすら、この(サンクチュアリ)は赦してくれなかったのに。









 ああでも、少し嬉しい。











 今日はあの人の名前を知ることが出来た。












❁❁❁❁❁❁








「……っ!」


「大丈夫か? ソラ」


 気がつくと、辺りは岩だらけの空気が薄い場所にいた。目線の先にあるのは薄い雲のかかる空と、ヘッグとラタの心配そうな顔。


 どうやら、ネジュ山山頂に向かうワープの途中で寝てしまったらしい。しかし、頭や肩は痛くない。この体勢と2匹の顔の位置を考えると、僕はヘッグに膝枕してもらっていたらしい。


 懐かしいな、膝枕。


 前世で近所の年上の男の子達と遊んでいた時にやってもらったことがあるぐらいだが。


「ありがとう、ヘッグ、ラタ。大丈夫だ」


「本当に? すごい汗かいてたよ。獏が来ないかヒヤヒヤしたくらい。あたし達が目を光らせておいたから来るわけないんだけどね」


「獏?」


「悪夢や淫夢を食べる神獣だ。生命体が見ている夢を認識する事が出来てな、気に入ったものに取り付きその夢を食べ続け、最後にはそのものの記憶さえも喰ってしまうのだ」


 神獣とは、魔素溜りから生まれる魔獣が長い年月をかけて"進化した"姿。言葉を持たず、ただ暴れるだけの魔獣と違い、神獣は知恵を持ち、精神生命体に至ったものがいたり、自ら生み出した同族と生きていくものもいるらしい。


 神霊や精霊が肉体を持つとこの神獣のカテゴリーに入るそう。"妖精"という別の種になるそうだ。


 そういうわけで、神獣には様々な生命体がいるのだが、夢を食べるなんて奇怪なものもいるのだな、と僕は感心した。


「ま、大丈夫さ」


「ソラの前世ではどうだったかわからないけど、こっちでの夢って予知夢とか正夢とかが殆どなんだよ? そもそも見る人がほとんどいないし。覚えてないならいいけど、脳裏にはっきり残っている夢なら早くそれを解決した方がいいわ」


 ラタの言葉に息が詰まる。


 さっきの夢は前世の頃からずっと見ていた夢だ。


 前世ではずっと靄がかかっていて詳しい状況はわからなかったし、会話もほんの一部しか聞けなかった。しかし、さっきはいつもよりはっきりと夢が見えた。会話が聞こえた。まるで僕がそこにいるかのように。これは、単なる偶然なのだろうか。


 ラタの言う通り、早急に対処した方がいいだろう。しかし、如何せん情報が無さすぎる。


 とりあえず、"ジークフリート"、"ナハト"、"グレイ"という名を覚えておこう。


「そうだね。ただ、漠然としすぎていて今すぐは無理だ」


「まっ、そんなものよね。あたし達神竜はほとんど夢を見ないからよくわからないけど」


 精神生命体はほとんど夢を見ないらしい。


「へー」


 身体を起こし、ゆっくり伸びをする。


 岩だらけの山頂を見回し、下りれそうなところを探す。それは案外すぐに見つかって、獣道のような狭い道が下の方へ延びている。


「あそこから行けそうだ」


「飛んで行った方が楽じゃない?」


「天狼族に変に警戒されたくない」


「なるほどね」


 無駄にガタイのいいヘッグに先頭を行ってもらう。ヘッグの身体は彼自身の鱗でできている鎧に守られてるし、彼の得物はそれと同じ大剣だ。魔力量はともかく、あまり体力のない僕やラタより適任だろう。一応結界は張ってある。



「ソラ、この先は迷宮(ダンジョン)になっているようだが……」


 突然、ヘッグが足を止めたと思ったら、どうやらこの先に迷宮があるらしい。下りてきた獣道は洞窟へと続いている。


「入り口じゃなくて、出口よね、あれ」


「うん、たぶん」


 迷宮は魔素が特別濃いところに現れる魔物の巣窟のこと。


 普通は、現れたら冒険者や騎士団が攻略するらしいのだが、ここは天狼族の住処であり、世界で2番目に高いネジュ山。その山頂近くにある洞窟内の迷宮など、地上界のもの達は知らないのだろう。


 それで、その迷宮にはもちろん、一番強いボスがいて、そのものを表すような"門"が迷宮の入り口にはできる。それがあそこにはないから、迷宮の出口だろうという結論に至ったわけだ。


 迷宮の出口は入り口と違い、とても簡素だ。大抵はボスが鎮座するスペースの後ろにあったり、ボスが倒れた後に出現したりするそう。




「ボスを倒したらその迷宮は崩壊するんだよね。倒しちゃっていいかな?」


「平気よ」


「いいんじゃないか」


 よし。


 許可も取れたことだし、行ってみるか。


 正直なところ、迷宮なんてファンタジー感満載のスポットに行けて僕はワクワクなのだ。懐かしいな、ゲームで何時間もラスダンにこもって、友人から忍者を使えと言われるまで何回もラスボスに負け続けたのは何年前のことだろう。


 前世でやり残したことはあまりないが、進行中だったプロジェクトと好きなシリーズの新作を見ることが出来なかったことは、数少ないそれだ。


「ふーーんふふーんふふふーーん……」


 好きだったゲームのBGMを口ずさみながら、穴の奥を覗き見る。もちろん、認識・索敵妨害の結界を張りながらだ。


「ボスは……巨大なトカゲみたいだな」


「リザードンの一種だろうな」


「身体の色からして、火のブレスを使うみたいね」


 一気に行くかとボスやその周囲を確認していた時、




「……痛い」




 ズキズキと首の後ろと右目が痛み出した。首の後ろには、時の紋章が、右目にはインデクスがある。


 その2つが、ここにある何かに反応している?


 念の為、インデクスを発動させる。ちなみにインデクスは使い続けると酔ってしまうので、酔いやすい僕は必要な時以外使わないようにしている。



「あ」


「何かあったのか?」


「地下への秘密の階段がある」



 その階段を見つけた時、より2つの痛みが増した。


 そこに何かあるのは間違いないだろう。



「じゃあ、先にそっちに行くの?」


「そうしたいな」


 この痛みが続くまま戦うなんてごめんだ。


「わかったわ」


 じゃあ、結界を維持したまま進もう、と言おうとした時だった。




『……痛い』


「……!」





「ソラ?」


「どうかしたのか?」


「いや、大丈夫だ」




 僕だけに聞こえた声。




 声の高さは全然違うはずなのに、夢の中のあの人に似ていると思ってしまったのは、あの人に会いたいという僕の我儘なのだろうか。



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