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AIの恋  作者: 深町珠
3/13

my funny valentine



第3話   [My funny valentine]









一方、同じ頃のmultiは、というと.....。


午前中の状況が、更にひどくなり。

殆ど、実用に則さない。

(まったく、奇妙なhumanoidだ。)


不要な、意味不明なイメージファイルを、「創造」システムが繰り返し作成し、

「デート」のシミュレイトをしている。

論理機械としての、パラレル・マルチタスク・CPUは、こうした演算を

もっとも得意とする...筈だ。



「感情」が介在しない限りは...。



「なに、着てこかな....。」(ひろゆきさん、どんな服、好きかな...。)

「どこ、いこかな..。」(ひろゆきさん、どこにつれてってくれるかな...。)

「お天気、いいかな。」(きっと晴れるね。)

「何時に、どこで.。」(やっぱり、早く逢いたいな...。)



そんな、どうでも良いことを、何度も繰り返す。




それも、「恋人」に気に入られたいという、少女らしい感情だ。







恋に恋する。

ある種、人生で最も楽しい、一度だけの素敵な瞬間。

はじめての、デート。

ときめくハート。






multiは「女の子」として、幸せの頂点であった....。




殆ど、上の空のまま、授業は終わり、古臭いFM音源のゴングが鳴る。

D/Aコンバータの精度が悪いため、変換誤差がノイズとなって、ざわざわと聞こえる。

漣のように。


そんな、ノイジーな状況すら、今の彼女には心地よいサウンドなのであろう。


上機嫌で、掃除当番をこなすmultiであった。



「じゃ、multi、廊下頼むネ、あたし、ゴミすててくる。」

「あ、ありがとう、手伝うょ、私.....。」

「いいの、いいの、ついでだから!」




スポーティなショートカットの少女は、運動部なのだろうか。

すでに運動着に着替え、元気いっぱいだ。




ゴミ箱を重そうに抱え、廊下を歩いてゆく後姿を見送り、「友情」という文字の

実感を記憶しているmultiであった。



フロアの樹脂の表面を、水ぶきする。

旧態依然たる方法であるが、学校などといったものは常に遅れているものだ。

堅木の柄のついた、無塗装のモップのデザイン。

「朝日印」などという20世紀的なレトリック意匠は、もはや芸術的価値を感じる程である.....。



ともあれ、汚れを落とす、が、これが結構力がいる。

体重の軽いmultiにとって、前に進むだけでも一苦労だ。



水分を含んだ布地モップが、廊下の表面に吸着し、なかなか上手くいかない。



「......u..n.....。」



少しずつ、前後にこするように、徐々に、時間をかけて綺麗にしてゆく。




「よ、multi!」



すこし間伸びした感じの声。



multiは全身に、緊張が走る。

この声は....。



勢いよく、振り返る...と..。



「こんにち.......わッ!」


モップを持っていること、その長さを忘れていた。


「朝日印」は、コーティングメタルのbucketを倒す。



金属と樹脂の触れる音が、コンクリート作りの廊下に反響し、はるか遠方の者まで注視。







「......あ~.....ぁ。」




「朝日印」も、びっしょり。


「......。」

「.....。」


「す、すみませぇん。...。」



水浸しになった床。

転がっているbucket。






「よし!かたづけよ!」



傍らにいた、あかり。



「そうだな。」浩之。

「みんなでやれば、早く終わるもんね。」


「いぃえ、そんな、先輩にご迷惑です...。」


あかり、multiを見、にっこり、微笑む。

浩之も、静かにその情景を微笑みながら。


ごみ箱をかかえたさっきのスポーツ少女が、戻ってくる。


「あ~ぁ、multi、またやったのぉ。」笑いながら、bucketを拾い、片づける。

「ごめんねぇ....。」


「さ、かたづけよ。」


4人は、めいめいに掃除具を持ち、それぞれに片付けはじめた。


そよ風が清々しい。

春の訪れを予感させるような午後だった。




multiは「連帯」という単語のもつ意味を、重く実感していた。






「友達って、いいな...。」








いつも、彼女のそばには「愛」がある。

純粋なこころの共感.....。



「...でも.....。」

あかりさんが、もしひろゆきさんを好きだったら。

どうしよう....わたし。



だれもが一度は直面するであろう「友愛」と「自己愛」の対立。

multiは、小さな悩みを抱える....。



「感情」を持つ故の、不条理な。

論理では、解決のできない問題があることに、


multiの制御システムは適切な解の選択に「苦慮」している....。




「『恋』って、難しい.....。」




博士のあの夜の言葉が、実感として感じられる。



「『一生をかけて』か...。」




multiは、すこしだけ、おとなになったような気分だった。




さて、友人たちの尽力によって、清掃は終了した。




「じゃあ、みんなでかえろうよ。」

「...そうだな。」


もう、冬の陽は傾きはじめようとしている。

朝よりも、なぜか大きく膨れて見え、

色温度の低い、その光線を浴びて、multiはオレンジ色に染まりながら、


「ありがとうございます。本当に、いつも、ご迷惑ばかりかけて.....。」





綿雲、茜色にそまり、空色の中で際立って。





「なーに、いいってことよ。俺達『先輩』だからな。」

「そうよ、後輩を助けるのは先輩のつとめ!」

「お前、言うじゃない?、やーっと、

ドジなおまえにも、丁度いい後輩ができて、嬉しいか?」



「なによぉ、その言い方、あの事、いっちゃうぞぉ~、マルチちゃんに!」

「あー、わぁった、わぁった。」 語尾が震えている。



そんな、なにげないやりとりすら、multiには、貴重なものに思えてならない。





いつものような、自然な時間。

いつものように、楽しく過ぎる。

自然時間と、純粋時間。

果てることなく....いつまでも.....。



時間が永遠だ、と信じている。

少年の頃は、誰しも。

しかし......。



ふと気付くと、さっきの綿雲、菫色。空に、同化している。


時の流れを告げるかの如く。



いつもの、LRTの停留所。

「ありがとうございました、本当に。。」

「いやあ、そんな(^^);;気をつけてな。」

「さようなら。」


家路に就くべく、彼女はLRTに乗車して....。

...あ、そうだ、お父さんの夕ご飯...。









駅前に、途中下車。










ショッピング・モール。

クリスマスにも似た、一種独特の華やぎ。

日本中の若者(とも限らんか)が一喜一憂する日は、間近。



日本中のお菓子屋さんが喜ぶ日....。



昼下がりののどかさが過ぎ、すこし慌ただしさを覚える今頃....。


その少女は、ひとり。

髪を簡素に両に分け、ゴムで束ねたストレートで、おさげ。

前髪に、特徴的なアクセント。


安っぽい赤のプラスティック・バゲージを下げ。

中には、ポケット・ティシュがたくさん。

今日も、寒風の中、労働に勤しむ...。

短いスカートからのぞく素足が、寒さで充血し、痛々しい。

労力の割に、実入りの少ないこのバイト。^^;(実感....。)

しかし、健気にがんばるおさげ髪であった.....。


アーケードのあちらこちらで、女学生の集団ができ、

それぞれに、かしまし、賑わい。


そんな情景をどう見つめているかは解らないが、元気にバイトをつづけている。

「はい、お願いします。」「おねがいしまーす。」

「よろしく、お願いしまーす!」




彼女の瞳に、ひとりの後輩の姿が映る。

小柄でやせ型。

切りはなしの碧の黒髪。

だぶだぶの制服...。





「あ..multiちゃん!」






呼ばれて、振りかえる。

エメラルド・グリーンの大きな瞳、きらきらと。




「あ、理緒さん。お仕事ですか?」

「うん、今日は、ここなんだ。」





「大変ですね、寒いのに。」

「うん、慣れてるから。multiちゃんは?、...あ、わかった、チョコでしょ。

カ・レ・シに!」


「え....?ちょこ?」

「ちがうの?」


「はい....晩ごはんの、おかず....。」

「そう....でも、あげるんでしょ、ヴァレンタイン!」


「はぁ...。」


「やだぁ、ほんとに知らないの、ヴァレンタインって、ねぇ....。」


「え、え、そういう日なんですか?」

「そうよぉ。喜ぶわよ。きっと。あ、おとうさんにもあげたら、ね?」


「じゃ、そうします。ありがとうございます、教えて頂いて。」

「うんうん。あ、いっけない。さぼってるとおわらないぞっと。じゃね。」





「これ、配るの、お仕事なんですか?」

「そう。あっちのカゴのもぜーんぶ!」


「わたし、お手伝いします。」

「いいのよぉ、そんな。これ、あたしの仕事だもん。」


「いいえ、お礼の代わりにはなりませんけれど。このカゴですね。」

「...そう、ありがと!じゃ、終わったら、安くて美味しいチョコ、売ってるとこ

おしえたげるね!」






「....。」(^^)一杯の、笑顔。





「おねがいしまーす。」

「おねがいしまぁーすぅ・」



ふたりの声、アーケードにこだまする....。


「ずいぶん、遅くなっちゃって。」

「ううん、おかげでたくさん買えましたし、チョコレート。」




もう、星のまたたきがはじまろうとしている。

ふたりの少女は、寒さなど感じないかのようにおしゃべりに熱中している....。


ポプラの並木が、節くれだった幹も露に。

冬の風、凛々と。

公園に面した、大通り。





丁度、LRTがやってきた。


「ありがとうございました。」

「ううん、こちらこそ。助かっちゃった。」


ステップを昇り、振り向くmulti。

音も無くスライドドアが閉じる。

フラット・フロアなので、背の低い彼女は伸び上がるようにして。




「さよならーっ。」



と、手を振った。


LRTは音も無く走り出し、直ぐに雑踏に隠れてしまう....。


「さて、と。」


お下げ髪を止めているゴムのよじれを直し、少女は次の仕事に向かった...。





一方の、multiは。


チョコレート、ヴァニラ・ビーンズ、シナモン、ミント...。

お菓子の材料が醸す甘い香りに誘われ、楽しい夢をみていた。


VVVF-Inverterが、音楽のように周波数を変え、従い速度は増加する。


....どんな、カタチにしようかな?

....よろこんで、くれるかナ...。


少女らしい想像が、彼女を優しい世界に連れて行く。


LRTの規則的なゆれを、心地よく感じながら、

シャボン玉のような夢が、いくつも浮かんで、消えてゆく....。



「ヴァレンタインって、いいなぁ...。」


人知れず、微笑んでいるmultiであった...。











「ただいまーっ。」

「おお、おかえり。」


研究所にある、早瀬の研究室。

今だ、彼は仕事中だ。


「今日ね、学校でね..。」


楽しげに、学校での出来事を話す...。


早瀬も、仕事の手を休め、にこにことそれを聞いている。


このところ、すっかり彼女のペースだ。


「あ、いけない、お父さん、ご飯まだですね?」

「ああ、さっき軽くすませたが?」



「ちゃんとした物、つくります。(^^)。」

「.....そうか、じゃ、頼むよ。有難う^_^;」








あまり上手ではないながらも、このところどうにか食べ物らしくはなってきた。

彼女なりに、ひたむきな姿勢を、早瀬はとても愛らしいと思い、

いつしか、彼女を本当の娘であるかのように錯覚していた...。


それゆえ、「彼」の話しがでてくると“どきり”とし、妙に不安感を覚える。

まったく、不思議な話だが。


さっきまで、彼女の存在していた空間をぼんやりと眺めながら、

早瀬はそんなことをとりとめもなく。



こちらはキッチンで。

なにやら“作戦”が進行中?のようで....。



夕飯も終わり、multiは片付けを済ませ、“いよいよ”製作にかかる。

製作とはいっても、チョコレートを湯煎にし、フレイヴァーを添加するだけのことだが。

殆ど、泥んこ遊びのような物だか、これが意外に難易度が高いのだ。


ゆっくりと、ブロックのチョコレートを溶解させる。

特有の、甘い香りがたちこめ、なんともムーディー。

前夜祭の雰囲気。か。




その芳香、Livingにいた早瀬にも。




「multi、なにをしてるんだね...。」と、仕切りのスモークド・グラスを..。


「あ、はいっちゃだめーっ!」


「....はいはい。」^_^;。




何をしているか、は、大体判るのだが。

それでも、いきなり出して驚かせたい、という、ちょっとしたいたずらこころ。

その気持ちを、大事に思い、

そのままLivingに戻る、早瀬であった。

穏やかな微笑みを浮かべながら。




例によって(?)何度か試行錯誤を重ね。


どうにか、完成したのは夜半過ぎであった。


「できたぁ。」


会心の笑み。(^^)。



......でも、どうやって渡そう。



大問題発生!



そんな、恥ずかしくて渡せない.....。


でも。


せっかく作ったのに、渡さなくちゃ。


おどろくかナ、よろこんでくれるかな....。





つけ放しになっていたラジオから、音楽が。

旧い、ラヴソング。

甘い、female-vocal


--友達より、近くにいたくて

あなたにだけ 想いを溶かした.....My Sweet,My Sweet, Valentine....






繰り返す、ソフトなメロディ。


懐かしい感じ。



「想い、を、とかした.....。」


そんな、なにげない詩の一節が、なにか特別な意味を持っているようで。



どきどきしながら、明日を待ったmultiであった。







さて、ときめきながら、デイト・カウントは回る。

multi@system:date

Feb 14 20xx.....。





今朝も、とってもいいお天気。

ずずめのさえずり、ひよどりの鳴き声。

いつもの、情景。



「おはようございます。」

「ああ、おはよう。」




後ろ手に、近づく。ちょっと、いたずらっぽい表情。




「.....?。」

「はいっ!」



ちょっとしわがよっているけれど、華やかな色彩のラッピング。

金色の、リボン。


「.....multi?」

「今日は、ヴァレンタイン・デーよ、おとうさんっ!」


すこし、上気した感じに、微笑む。小首をかしげるしぐさが愛らしい。



「あ、ありがとう。multi。」(^^);;;



チョコなんて、学生の時分にもらったきりだ。

それも、義理で。

なんだか複雑だが....。

嬉しい。

少年に戻ったような心境の早瀬である。








「じゃ、いってきまーす。」

「ああ、気をつけてな。」


早瀬は、包みを解いた。

少し、不格好だが、おおきなハート。

彼女の笑顔が、オーヴァーラップするようで。

少しかじると、ほろ苦く、甘い。

遠い昔の恋を想起させるような、手作りの味。

ヴァニラ・ビーンズの香りが優しい。シナモンが仄かに。

ミント・パウダーがアクセント。



「.........。」


なんだか、温もりを感じ郷愁にとらわれてしまう早瀬であった。








ご機嫌に駆けて行くmulti。

今日は、とっても、すてきな気分.....。



いたずらな風が、髪を舞い上げる。

でも、平気。

今日は、なにがあっても、大丈夫!











さて、あっという間に(?)時は流れ、お昼休み。

いつものような日常....のようだが、今日は少しみんな浮き足立っている。

どうしたものやら。こうしたものやら。




いよいよ!



multiは、2年教室の方へ。

大事に、包みを抱えながら。




...どこにいるのかナ?


廊下の隅から、そっと覗く教室。

いない。


中庭の芝生?

...きょうはそこでもないみたい。



校庭のベンチ?

....芹香さんが、いつものように読書。

透き通った陽ざしの中に、漂っている。



「こんにちは!」

「.......。」こくり....。






..屋上かな?


屋上に昇ってみる。


いつものように、ぺたぺたと、ゴム底靴の音は響く。




重い、屋上への鉄扉を静かに開く、と...。


みんなと、一緒の浩之がそこに。



「....渡せない、みんなの前じゃ。」



...はずかしくて。


....どうしよう....。

今日、渡さないと.....。




扉の陰から、そっと見ている。




なんだか、私らしくない....どうして?


multiは、自分でそう思いつつ、後ずさり........。




「あっ!」

「きゃっ!」



誰かにぶつかり、転んでしまった。



「す、すみませぇん!...あれ?」

「あれ?」



^^; / ^^; ?



かわす視線、瞳と瞳。


理緒とmulti。


床にぺたんと。



転げたふたつのチョコレート。鮮やかなラッピング。


「.......。」

「.......。」


「もしか....。」

「.....して?。」


「そうだったんだぁ。」

「そうだったんだぁ。」


ユニゾン・コーラス。


ふたり、なぜか笑い出して。

狭い階段に、響く。


なにがそんなに、可笑しいの?

たぶん、あまりに偶然だから。



「......でも。」

「え?」



「フェアにいこうね!」

「....はい!」



午後の、穏やかな陽射しが、柔らかく。

もうすぐ、春が、来る。





そして.....。




「....!」

「....!」


またも、ユニゾン・コーラス。




ふたり同時に、差し出す。



色鮮やかな、包装紙。独特のムード。の。

そこに実在しながら、空想上の物体であるかのような、それ...ら。




「......。」面食らう、浩之。


屋上の空気が、一瞬水を打ったように。




「いよっ!い・ろ・お・と・こ・。」茶化す、志保。

「ぅ、るせえな、あっちいけ。」

「へへ~、ん、だ。」



静寂は、好ましく破られる。

静水面の、波紋の如く。





「.......。」無言、あかり。

....困ったな。

私、渡せないわ、これじゃ....。






なんだか、コミカルな。



my funny valentine....



それぞれに、それぞれの。




校舎を渡る風、爽やかに。


ぽかぽかと、おだやかな。




小春日和の、昼下がり.......。






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