第16話
新章の開幕です。レオナード達三人の活躍を今回も見守ってください。よろしくお付き合いをお願いしますね。
第16話
夕食後の一服をする時間。
俺は新聞を読み、ルカは床にひっくり返って惰眠をむさぼり、イゼリナは家計簿をつけている。
俺たちは諜報部隊では、あるがユリアナ王女の命でのみ動くという、ほかの諜報部隊とは違った異質な諜報部隊だった。
このことは、国内貴族などに公表はされておらずその存在は秘匿されている。
だからこそ、国内貴族の動向を監視する俺たちは意味をもっている。
これが、仮にも公表されれば後ろめたいところのある貴族たちは警戒を巌とするだろうし俺らはその動向をつかみにくくなってしまうだろう。
国内貴族に怪しい動きがなければ俺らは、これといってやることがなくこうしてゆっくりとしていられるのだ。
「塩の値段が上がってる……」
イゼリナがそんなつぶやきを漏らした。
家計簿をつけている姿は、まだ若いのに主婦のようだ。
「どうしたんだ?」
「レナード、このひと月の間に塩の値段が百マルクも上がってる」
そんなの塩を取り扱う商人が己の利に、はしっただけなんじゃないのか……。
「どうせ、大した問題じゃないだろ……イゼリナもそんなことやらずにこの休暇を満喫したらどうなんだ?」
「……はい、そうします」
そう言うと彼女も家計簿をつけるのをやめて、こちらに来て買ったばっかりの本を読み始めた。
王城の一室―――この場には王女と俺たちの四人しかいない。
王女が俺たちのような国際的な暗殺組織の人間と面会するのに供回りをそばに置いていないのは、密談ということもあるだろうが、それだけ信頼されているということもあるのかもしれない。
「先の仕事は見事だった。さすがは【冥府からの使者】《オルクス》といったところだな」
王女は、にこやかにそう言った。
見事だったかといわれれば……どうなのだろう……。
いろいろあったが、結果しか報告していないので王女は過程を知らない。
「おほめに預かり恐悦至極」
「で、今回もお前たちの腕を見込んで一つ仕事を頼みたい」
要請ということなら断ってこの休暇を満喫することができるのかも……
「断るという選択肢はない」
しれない、という考えは捨てなければならないようだ。
「お話を伺いましょう」
「引き受けてくれて嬉しい」
王女は、国内を描いた地図を卓上に広げた。
「カール・フィリップ公爵とエマニエル・シーザリオ伯爵は知っているだろう?」
俺とイゼリナは知っているので頷いたが、ルカは、知らないのかきょとんとしている。
「だいたいどこの貴族サマも後ろめたいことばっかやってて変わらねーから区別できねぇんだよ」
「おい、ルカ」
俺らの雇い主の王女も貴族だぞ?と思いつつ宥める。
「よいよい、そう思わせてしまっているのは我らのふがいなさ故だ」
寛容にも王女はそれを許した。
「お許しいただき感謝いたします。ルカも頭を下げろ」
ルカの頭をつかんで下げさせる。
「私の前では構わぬが、ほかの貴族の前では控えるのだぞ? 中には、貴族の血は貴いものであるの本気で信じている者もおる。そ奴らの前でそのようなことを言えば流血沙汰になるは必定」
「ま、この『フェルカーモルト』のルカ様が逆に殺ってしまうけどな」
ルカにつける薬はないのか……。
「そうだな」
ふふっと笑うと王女は地図に視線を向けた。
「話は戻るが、フィリップ公爵は東方諸侯の代表ともいえる大貴族でもとをただせばフィリップ大公国として、独立していた家だ。フィリップ大公国は隣国ノルトラント王国との戦に敗れ我らに併呑される道を選んだ国だった。もう一つのシーザリオ伯爵はフィリップ公爵の腰巾着だ」
案外この人も辛辣な物言いが多いな。
王女は、地図の一点を指さした。
「ここには丘陵地帯があり、かつてフィリップ大公国として公爵家が東方を治めていたころ我が国との境に築いた砦がある」
コルドベルク丘陵地帯と呼ばれるそこは、オリーブやブドウ、小麦の生産地としても有名で国内でも指折りのワインの生産地となっている。
「我が国に併呑されるにあたりその砦は放棄されたのだが昨今、その砦が再整備されているとの報告が上がっている。他にも、フィリップ公爵領やシーザリオ伯爵領に向かう人の数が漸増しているとの報告があがっている。これが示す意味は分かるな?」
―――反乱か。
「おおいいぞいいぞ、やり合って潰れちまえ」
ルカは、やっぱりわかっていなかった。
「お互いで潰し合ってくれれば楽ではあるがな。ことはそう単純じゃない」
微笑ましい目で、ルカを見る王女。
感が冴えてるときはあるけどルカは基本、馬鹿だってことをわかって心配しているんだろうな。
「おそらく二つの家は、繋がっているのだろう。ことによったら東部諸侯全体が繋がっているのかもしれん」
「結構な難題ですね」
ルカも思案顔でそう漏らした。
「だからお前たちに頼っているのだ。東部諸侯の反乱を未然に防いでくれ」
断らせないぞという意思を視線に滲ませながら王女は、こちらを見た。
「やれるだけやってみます」
「頼んだぞ。それと可能な限りの支援は行う。必要があれば何でも言ってくれ」
王女はそう言うと部屋の扉を開け退室していく。
しかし、扉の前でこちらに向き直った。
「忠告だが送り込んだ密偵の多くが消息を絶っている。必ずお前たちは帰って来い」
情報漏洩を防ぐために、よほどの腕利きを雇ったのか……。
もしかしたらあの宿を襲撃してきたときのようにリステリカや他の【冥府からの使者】の生き残りにも会えるのかもしれない。




