第56話 偉大なる前王の灯火
対魔族戦において怖気づくことなかれ
魔族に有効なのは優秀な武器にあらず。
使い手の殺意だ。余計な事を考えず目の前の敵を
殺すことだけを考えよ。
守る者の為に命を賭し、生き延びる覚悟が出来たとき
人は退魔の力を宿す。決して、殺意を抱くことなかれ。
ただそれが出来る者はほぼいない。
―― 城門前 ――
町の中央にある城はまだ魔族の手が及んでいなかった。運悪く生き残った者達は閉じられた城門を死に物狂いで叩いている。
「隊長ォ!!民間人が邪魔で城門が開けません!!」
パニック状態だ、我先にと開きもしない門に群がっている。
子供を抱えて泣き叫ぶ母親もいる、魔族に子供を殺されたのではない抱えられている幼い子は人海に飲まれ転び、数百の足に踏みつけられたのだ。似たような理由で大怪我をした者も決して少なくはない。パニックは伝染するものだ、防げるものではない。
「可能な限り・・・時間を稼げ・・・!!魔族を城に寄せつけるな・・・!!」
「北西の空から飛行型の魔族が迫っています!!」
「広間の方角からオークやゴブリンたちが大多数迫っていると報告が!!」
「クソ・・・弓を扱えるものは北西へ行け!広間の方は・・・俺が食い止める・・・!何人か一緒に来てくれ・・・!!残る者は門を開け!!」
ガーダーが30人ほどの兵士を引きつれ広間への道を駆けていった。
―― 城内 ――
「ゲバルト王はどこに!?預言士様も見当たらないぞ!?」
「ま・・・まさか逃げたんじゃ・・・」
「に、逃げた!?どうやって城から抜け出すってんだ!?」
城内では取り残された兵士や調理人そして奴隷も恐怖に慄いていた。門を固く閉じ何人たりとも入れようとしない。
「隠し通路があるって聞いたことがあるな」
金髪の調理長が会話に割り込んで来た。
「それは本当か?マウスリップ」
「うん、僕も結構長いことこの城に仕えてるから薄々予想ついてたんだけど、あると思うよ?じゃないとルミアが簡単に城を抜け出せてた説明がつかないよ。場所は知らないけどさ」
「じゃあ俺達も隠し通路を通れば逃げられる!?探そうぜ!!」
城内意志がまとまったその時だった。
「無駄だ」
声の主は国王ゲバルトである。隣にはマイリアンの姿があった。
「ゲバルト様!!逃げたんじゃ・・・」
「そうだ、ボクちんは逃げた。ずっとずっと逃げるだけの目を背けるだけの生き方をしてきた。もう逃げない」
ゲバルトの目には真っ直ぐな決意が見て取れた。
長く城に仕えていた者はその瞳にエア前国王の面影を見た。
「民が外に集まっているんだったな?」
「えぇ・・・それがどうしました?」
「門を開け、生き延びた民を受け入れ籠城戦を展開する」
「「「は?」」」
兵士達はあんぐりと口を開き自分の耳を疑う。ゲバルトらしからぬ発言と何より自分の身を危険に晒したくないという本心が駄々洩れた反応だった。
「はい!すぐに門を開きます!!」
率先して動いたのは一部の奴隷だった、奴隷は元召使いで少ないながらもエアの時代から城に居る人物もいたのだ。大半は処刑や追放されてしまったが。
「ふざけんなぁ!」
「きゃあ!!」
正門へ向かおうとした奴隷の手を兵士の一人が乱暴に引き地面に転がした。
「門を開いたら俺たちが危ないだろうがッ!冗談じゃねぇ!絶対に開けねぇからな!!」
ゲバルトは憐憫の視線をその兵士に向けた。こいつはボクちんと同じ、自分の事しか考えることのできない哀れな人間。
「マイリアン、見せしめだ」
「イエッサァーッ!喜んでぇ!!!」
ゲバルトに命じられたマイリアンが退魔の魔力を帯び奴隷を引き倒した兵士の腹部を槍で貫く。
「うぎゃぁぁ!!」
周りの兵士の血の気が引いていくのが見てわかるほど顔が青ざめている。
「奴隷には無理強いしない、どこかに身を潜めていてくれ。
もう充分苦しめてきた・・・どうか生き延びて、報われてくれ。今まで本当にすまなかった」
ゲバルトが両膝と両手を床に付けて頭も床に付けた。
ひしゃげた左腕も床に付ける、皆に与えてきた苦痛に比べれば、いかに些細な痛みであることか。
「オラァ!!ボンクラ兵士共ォ!!さっさと開門してこいよ!!さっさといかねーと、このマイリアン・ヘクター・バール様が全員粛清するぞぉ!!!」
「畜生!なんてこった・・・!!」
脅されて泣く泣く何人かの兵士が門へ向かっていった。
その間も王は頭を上げなかった。
「ボクちんがしたことは到底許されることじゃない・・・」
奴隷の一人がゲバルトに手を差し伸べた。
「顔を上げて下さい、アナタの事は許せないです・・・でも、この決断をしたことはきっと、エア様もペンナ様も喜んでくれると思います。私にも手伝わせてください」
「・・・」
ゲバルトがようやく顔を上げた。
「今この瞬間からアナタは本当の王様です。我らに指示を、ゲバルト王」
ゲバルトが鼻の奥からツンと込みあがる物を押し込んだ。震える声でありがとう、ごめんと呟いた。
一呼吸ついて王が言葉発する。
「突然昔の記憶を思い出した、今回の主犯は預言士で間違いないはずだ」
父と交わしたルミアを支えるという約束を、父に許された記憶を消されていた。予言士の放った怪しい光に包まれたことで。
ゲバルトの言葉にその場に残っている者たちがどよめく。
「被害を押さえるために預言士と会話をしたい。奴は必ずこの城に戻ってくるはずだ。姿を見かけたらボクちんの前まで連れてきて欲しい。城の全員に、この事を伝えてくれ、あと使えそうな物は全部使う城中からかき集めてくれ」
「はい!」
奴隷たちは大急ぎで準備に取り掛かり兵士達は嫌々王の命令に従った。硬く閉じていた城門が音を立てて開く。
「開いた!!開いたぞぉぉ!!」
「どけよ俺が先だ!!」
「私が先よ!!!」
人海がうねり城内になだれ込んでくる
「押し合わないで下さい!危険です!落ち着いて行動してください!!」
奴隷の呼びかけは民衆には届かず次から次へと人が流れてくる。
列の最後の方には反乱軍が城内に入って来た。奴隷たちは人々の誘導にあたり兵士は反乱軍を警戒し武器を構えている。
「ゲバルトは居るか?話をしたい」
「・・・勝手にしろ」
兵士はそう言いつつも警戒心を解かず武器を構えたまま道を譲った。
エントランスを少し進んだところにゲバルトが立っている。
寝室か玉座で震えてるのかと思っていたのでエントランスに居るのは反乱軍たちにとって少し予想外だった。ゲバルトが敵勢力に気が付いた。
「反乱軍か・・・」
「ゲバルトォ!何故門を閉じていた!!」
「ごめん・・・気が弱かったせいだ、怖くて仕方なかったんだ。でも覚悟は決めた生きる為に・・・力を貸して欲しい」
「都合のいいことを・・・!!お前のせいで・・・どれだけの人が死んだと思っているんだッ!!」
「・・・もう許されないのは分かってる。報いは受ける、預言士と共に。だから今は力を貸してくれ!頼む!!」
ゲバルトがまた両手足を地面に付けた。反乱軍が知っているゲバルトとはあまりに違い過ぎて影武者ではないかと疑いたくなるほどだった。
「クソ!!この場を凌いだら・・・必ず裁きを下すからなッ!!」
「ああ、それで構わない。町の状況について教えて欲しい」
「・・・もう、この城の周辺以外は全滅したと思ってもらっていい。北西の空には飛行魔族の部隊、広場の方からはゴブリンやオークがこちらに向かっている」
それだけ魔族が多いという事か。つまりもう希望などないということだ。だから預言士と話を付けたい。
「マイリアン、広間の方へ応援に向かってくれ。そしてもし預言士を見かけたらここへ連れてきてくれ」
「アイサー!任せて下さい!!」
自信満々でマイリアンが外に飛び出していった。
「なぁ反乱軍、経験では君たちの方がボクちんなんかより圧倒的に勝ってる。ここの兵士たちの指揮権を渡す。信用できないかもしれないが好きに使ってくれ」
「・・・了解した、オイそこの兵士。弓矢をありったけ持ってきてくれ空の魔族共を撃ち落とす」
「大変です!!飛行魔族がテラスから視認できる距離まで接近しています!!数は100を超えるかと!!」
「なんてことだ・・・」
空気が沈殿した、抗いようなどないと現実を突き付けられたのだ。城の者は言葉を発せなかった。
「助けてくれェ!!テラスに何か入って来たぁぁぁ!!」
兵士が半べそでエントランスに来る。城内がどよめいた。覚悟などできない民間人が大勢いたのだ。
「大丈夫だ!!安心してくれ!!」
ゲバルトが呼びかけている。そのおかげなのか大パニックにはならないで済んでいる。
「もう侵入されたのか!?案内しろ!!迎撃する!!」
反乱軍が我に返りテラスへ向かう。途方に暮れている場合ではなかった。
「ひー、ふー、みー・・・沢山いるわー」
青髪の青年は城のテラスの手すりの上に立ち飛行魔族を呑気に数えている。
「はぁ・・・よ!なんか用か?俺、忙しいつもりなんだけど」
青年がめんどくさそうに振り返って後にいる反乱軍に声をかけた。
「・・・人間か?」
「あー・・・んーメンドイなぁ・・・バケモンだバケモン。飛びっきりの悪党だよ~ん」
両手の親指を鼻に突っ込み残りの指をヒラヒラ動かしている。
完全に相手をバカにしている態度である。
「・・・どこから入った?仲間はどこだ?」
「仲間は死んじまったよ~、そっとしといてくんねぇ?」
「どこから入った!?」
「・・・黙ってろ、殺されてぇか?ゴミクズ」
「・・・!」
青年の威圧感にその場の人間がたじろいだ。そして全員が格が違う相手だと理解する。
「いい子いい子、そのまま黙ってろよ、人間はキライだけど魔族ほどじゃない。言う事聞いてる間は殺さないでいてやるよ。さて・・・いくかね、憂さ晴らし!!」
青年が手すりの上で体をかがめたと思うと次の瞬間には青年が立っていた部分が砕けていた。
「な!?飛んだ!?」
青年は飛行魔族の群れに文字通り飛び込んでいったのだ。テラスの手すりから。
「ヤッフィー!!おっ邪魔しまーっす!!」
群れの先頭に居たガーゴイルの顏に青年が飛び蹴りをブチかました。城のテラスから飛んできたので勢いも相当なものだ、ガーゴイルに直撃した程度で止まるわけがない。
ガーゴイル体だけが遥か後方まで吹き飛んでいく。肝心な青年は空中に留まっている。
「な!?なんだお前は!?」
コウモリのような姿の魔族が問う。
「敵だよ、そんなのも分かんないほど頭悪いんだな?」
ヘラヘラと青年が笑っている。
「殺せ!こいつを !!!」
「 !?」
「 」
「 」
「!? !?!? !!」
「 !!」
「 」
青年の周辺の魔族が声を発せなくなり混乱している。
「うーし、いくぜゴミ共!!遊んでくれよ!!!」
混乱の最中、空中に現れた大量の氷柱が魔族達を貫き空が液体で赤く染まった。
人間が嫌いだ
魔族が嫌いだ
神が嫌いだ
なによりも自分が嫌いだ
過ちを犯した、償えない罪を背負った。
何を抱えてももう変わりないだろう。
だから・・・
おやすみルシファー、お前の業は俺が持ってく




