第17話 崩国の足音
最初に書いておきます。
エア国王は浮気をしたことは一度もありません
ペンナ一筋、ゾッコンというやつです。
浮気していないのに浮気の証拠を残すのです。
ヘレンは城から出て何もない暗闇の草原をひたすら駆ける。
やがて樹海が視界に入り込む、預言士に指定された場所だ。
しかし、辺りを見回しても預言士の姿が見当たらない。
時間が過ぎてしまったか?いや、樹海の方角に多数の気配がある。何か仕掛けてくる気か?
「少し遅かったじゃないかえぇ・・・待ちくたびれて教団に連絡する所だったよぉヒヒ!」
預言士が樹海の方角から現れる。樹海には魔族が多く生息していると聞く。そんな危険な場所に潜んでいるとはご苦労なことだ。
「・・・!」
てっきり預言士の後ろにある多数の気配は城の兵士だと思っていたのだがどうやら違うようだ。
預言士の背後から現れたのはゴブリンやオークなどの亜人種型の魔族筆頭の群れだった。数をざっと数えたら30程だろうか。
「どっちにしろ殺す気か・・・」
呆れたようにヘレンが言葉を吐き捨てた。
「勘違するでないよぉ・・・これはいわば保険さぁ、お前に襲われたらたまったものではないからねぇ・・・」
「・・・この魔族達は?」
たったこれだけの数で国の転覆をはかる程、預言士はバカではない。ただ何かを良からぬことをするのは確かではある。
「零面相殿もあの国に長く身を置いたなら樹海に住む魔王の名は知っているだろぉ?こいつらはその仲間の魔族さぁ・・・」
預言士が不気味ににやりと笑う。
「魔王・・・」
「そうさぁ、魔王は王都を滅ぼし忌まわしき災いの箱を王族に渡したという。全てが事実ではないけどねぇ・・・実際に魔王は居るよぉ今もねぇ」
「・・・」
「魔王の仲間を率いているお前も魔王の配下か?」
「あぁ、その通りさぁ。魔王が国の様子を知るために私を送り込んだのさぁ」
預言士が言った王族に渡された災いの箱、私はそれの回収を教団に任せられた。箱の中は青龍教7聖人、貪食の席『底なし』のベルゼブ。7聖人の中で最も残忍で強大だったという。
例の魔王に封印されたらしいが。
私は様々な国を巡りその国家にまつわる箱があれば全て盗み出してきた。そして、いよいよ目当ての本物の箱に出会った時、私は変な国王に見つかり城で働くことになった。
ヘレンという、名前を貰って。名前と一緒にかけがえのない時間も貰った。
ベルゼブが復活がすれば魔王に復讐する為にきっとこの国にやってくるのではないか?そうなればルミアやエア、ペンナも巻き込まれて皆、命を落とすことになるだろう。箱が教団の手に渡るのは絶対に避けねばならない。それが一番最悪の事態だ。
「・・・魔王に伝えて欲しい、この国を傷つけるのはやめて欲しい」
「ヒ!伝えておくよぉ・・・ほら、あんたのネクロノミコンだ」
到底信用できない返事だが教団にこの場所を知らされる方が危険だ。従うしかない。預言士は乱暴にネクロノミコンをヘレンの足元に投げつけた。
ネクロノミコンを拾い上げ無言でその場を離れていく。
預言士も預言士と共にいた魔族も、何も言わずヘレンの姿が見えなくなるのを確認して樹海に姿を消した。
歩き始めてまだ10分経たないうちにヘレンの頭の中に糸がピンっと張ったような感覚が走る、久しぶりにネクロノミコンからの連絡だ。
青龍教からの連絡である。ヘレンは歩みを止めることなくネクロノミコンを開いた。
「久しぶりですね、零面相。長い間、連絡もしないで心配したのですよ?」
ネクロノミコンに映し出されている栗色の髪の長い女性は言葉の通り心配そうにしている素振りを見せる。
「申し訳ございません」
その謝罪の言葉に感情など入っていない。しかし相手はそんなこと気にも止めないで話を進める。
「まあいいです、箱は見つかりました?」
「ここに」
ネクロノミコンに映る女性に箱を見せると妖艶な笑みを浮かべて、ほぅっと息を漏らした。
「あぁ、あなたなら必ずやり遂げると信じていましたよ、さあその箱をこちらに・・・」
相手が片手を自分の頬に当てながら反対の手をこちらに差し伸べる。
「パンドラ、あなたにこの箱を渡すわけにはいかない。これは私が持ち続ける」
ヘレンの言葉を聞き、満ち足りていた瞳が冷たく蔑む目に変わった。
「零面相、つまらないこと「零面相は
今日死んだ」
「ではカテーナ・・・」
「鎖は零面相の正体、零面相と一緒に死んだよ」
相手の頭に血が上っているのが分かる位パンドラの顏に赤みが増している。
「じゃあ・・・アンタは、誰だと言うの・・・?」
落ち着いた口調の中の苛立ちが目立ち始めてきた。
「私はヘレン、青龍教の敵」
毅然とした態度でネクロノミコンの向こうの相手を見据えた。
「フフフ、裏切るのね・・・?あの汚らわしい人間のように・・・」
憤怒から来る嘲笑。ヘレンは恐怖を感じずにはいられなかった。だが引き返す気などない。
死への一本道だろうと足掻き続ける。
「教祖パンドラ、カテーナがお世話になりました、貴方と居て楽しかったのも事実です。でも、さようなら」
パンドラの返事を待たずに本を閉じる。これで私の死は確定だ。でも、せめてルミア様が生きている間は生き延びよう、あと100年は。
―― 翌日 ――
日が昇る頃、城内は騒然としていた。それはそうだ、ヘレンによる襲撃があったのだから。
兵士や召使いがバタバタと事実確認に奔走している中で城内で落ち着いているのは3名だった。
ルミアは夜が明けても眠ることができず、ただヘレンが最後に立っていた窓から身を乗り出して広い世界に目を向けていた。
エアは怪盗零面相の手紙に目を通して呟く。
「なんだ、随分お喋りになったじゃないかヘレン」
一筋の涙を流していたらペンナが「今度はどこの女の手紙!?」と阿修羅観音も泣いて逃げ出す修羅の顏でビンタされて吹っ飛んだ。
まんざらでもない顔をして吹き飛んだのを追記しておく。
預言士は日の届かない暗い部屋で、辞書のように分厚い白紙の本に指を乗せ、まるで文章をなぞるように指を上から下に滑らせては、ただただ声も出さずに笑い続けていた。
エア国王へ
城は今騒然としていることでしょう
全ては私、ヘレンのやったことです。
申し訳ございません。
この城に来た当初の目的であるあの箱は
私が持っています。
けれど安心してください、青龍教に渡す気はありません。
生涯をかけて私が教団から守り続けます。
それを私にヘレンと言う意味を与えてくれた貴方様への
恩返しとさせていただきます。
勝手に居なくなってしまい、申し訳ございません。
それと気が付いているとは思いますが
預言士が不穏な動きをみせています。
細心の注意を払って下さい
箱を狙う者の次に危険です。
絶対に気を許さないで。
心苦しい報告ですがゲバルト王子はルミア様に
暴力をふるっています。
ルミア様を守ってあげて下さい。
本音を言えばずっとこの国で生きていきたかった。
万が一、私が教団に打ち勝つようなことがあれば
またこの国に戻ることを許して下さい。
いつか再会を信じて。
ヘレンより




