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5-2 黒魔女、復讐を誓う

 

「……立て。歩くんだ」


 座り込んだまま動かない私に、シド様は、まるで出来の悪い犬を咎めるようにグイと鎖を引っ張った。


 ……この忌まわしい鎖を解く為には、力が要る。


 両親の仇を取るには力が要る。


 復讐を果たすには、力が要る。


 ……私は無力だ。口ばかりで何も出来ない。だから、くだらないプライドは捨てる。大切なものも、友人も、良識も、何もかもを捨て去ろう。


 例え本当の悪者に成り下がろうと、どんな非道を尽くそうと。



 私は、この国を、エレミアを……



 殺してやる。



「……悪魔!!どうせ見てるんでしょ!?」


 自分の足で勢いよく立ち上がり、私は処刑台の上で吠える。


「貴方、言ってたわよね!!最低限の魔法を使うには、せめて魂二人分の代償が必要だって!!」


 広場でガヤガヤと騒ぎ立てていた民衆の声は、ピタリと止んでいた。


 覚悟は、決めた。


 震えを誤魔化すように、怯える心を騙すように、酷く悪役じみた笑みを貼り付けて……私は叫ぶ。


「悪魔、貴方と契約してあげる!!代償は……この二人の…私の両親の魂!!!!」


 刹那、処刑台の上に旋風が巻き起こった。


 まるで竜巻のような天高く昇るそれは、パチパチと赤い閃光を放ち、処刑台を木っ端微塵に破壊する。


「なっ……なんだ、これは!!」


 目の前で起こるあり得ない現象に、初めてシド様は動揺の声をあげた。周りからも、悲鳴があがっている。


 ……ついにそれは、赤い光の渦となり、両親の死体を飲み込む。そして一際強い光を放ったかと思うと、光の柱は弾けて、消えた。


 ……そこには、一人の青年が佇んでいた。


「……ふふ、貴女の声、しかと聞き届けましたよ。

お嬢様?」


 光の中から現れた青年は、そう言って、嫌味ったらしい笑みを深く口元に刻みつける。


 ……美しい青年だった。ミステリアスな光を帯びた瞳に、鼻筋の通った顔。白磁のような白い肌。長い手足は、黒の燕尾服によく似合っている。


 そして、何よりその髪と瞳の色。

 夜の底を映し出したみたいな黒髪と、ルビーのような赤い瞳。私とお揃いの色。


 ……その毒々しい美しさに、思わず吸い込まれそうになってしまう。


「おや?どうしたんですか、そんな顔をして。微妙なお顔が更に微妙なことになってますよ」


「もしかして喧嘩売ってるのかしら???」


 ジト、と睨めば悪魔は「まさか」と肩をすくめニコリと綺麗な笑みを浮かべた。


「それに、今はお嬢様の他にも喧嘩しなきゃいけない相手がいますから」


 そう言って、悪魔は目の前の男……シド様にチラリと目をやった。


「……それもそうね」


 聞きたいことは色々とあるが、ひとまずそれは後回しにしておくことにした。聞きたい事は、とりあえずここを脱出してから。


 特にお嬢様以外『にも』って辺りはしっかり問いたださせて頂きたいところだ。


「さぁ、お嬢様、どうぞご命令を。私にできる事ならどんな願いでも、叶えましょう」


 そう気障ったらしく言うと、悪魔は私の前に跪く。


 ……そして、流れるような手つきで私の右手を取り、手の甲へとそっと口付けた。すると、私を縛っていた手枷は弾けて、跡形もなく消えた。


 私は静かに命令を下す。


「……報復を。私を陥れ、お父様とお母様を殺したアイツらに、地獄を見せてあげて」


「かしこまりました、お嬢様」


 言って、悪魔は恭しく頭を下げた。


 そして、次の瞬間。


 気がつけば悪魔の姿は目の前から消え、シド様の首を片手でギリギリと締め上げていた。


「……ぐっ」


 シド様が、苦悶の表情を浮かべながら、必死に抵抗を試みるも、悪魔の前では力の差は歴然だった。周りにいた兵士も、民衆も、すでに、みっともない悲鳴を上げながら我先にと逃げ出している。


 私はそれを見下ろして、小さく微笑んだ。


 ____ざまぁみろ。


 いい気味だった。先ほどまで私を散々嘲り、馬鹿にしたアイツらが、まるで蟻のように逃げ惑っている。そのザマを見るだけで、私の口元は自然とゆるんだ。



 ……そして、そんな私を狙う影が一人。


「“バルバール“!!」


「っ!」


 ビュン、とこちらに向かってまっすぐに飛んできた白い光。私の心臓を射抜こうと猛スピードで飛んできたそれを、私は脊髄反射で何とか躱した。


 ……あっぶない。あと少しで死んでいた。あんな熱量の魔法をぶつけられれば間違いなく即死だった。


 少し遅れて、光が掠った頬から、プツリと一筋血が流れ落ちる。私は手袋でそれを乱暴に拭き取り、光線が放たれた方へ目をやる。


 ……犯人は、分かっていた。


「……ごきげんよう、アラン様。随分とお元気そうで何よりですわ」


「ああ。穢らわしい黒魔女に、トドメを刺すくらいにはね」


 赤い瞳は、そう忌々しげに悪態を吐く。

アランは杖を、真っ直ぐにこちらへと向けていた。


「…あら、私を殺すおつもりですか?」


「勿論。……君は存在自体が罪だからね。この国の悪は、王に代わり俺が裁く。……“バルバール”!!」


 アランがそう叫んだ瞬間、また細い杖の先端から、白い閃光が走る。


「っ、悪魔!!」


「はいはい」


 悪魔の気だるそうな声と共に、私の視界はぐるりと反転する。…視界の隅を、閃光はまたもや超スピードで突っ走っていった。


 ……って、あれ?


「しっかり掴まってくださいよ、お嬢様」


「えっちょ、まっ……!」


 言葉を返す間も無く、私の胃を浮遊感が襲った。……どうやら私は、コイツに担がれて、処刑台から落下しているようだった。


 __って、いやいやいや待って、ここ確か地上から10メートルは……!


「し、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬーー!」


「死にませんよ、私を誰だと思ってるんです!?」


 そう言って悪魔は私を抱えたまま、ストッ、と軽やかな音を立てて地面へと降り立った。


「…………ほ、褒めてあげるわ。よくやったじゃない」


「それはどうも」


 淡白に返して、悪魔は雑に私を地面へと下ろす。


「で?あの男は殺してよろしいのですか、お嬢様」


 悪魔は冷たく微笑みながらアランを見据えて、そう問いかける。


 迷う要素なんて一つもない。

 ……答えは、もちろん。


「イェスよ。殺して」


「かしこまりました」


 ビュン、と強い風が隣を駆け抜ける。

 そして振り返った時には、悪魔は既にアランを組み伏せて、その喉に爪を突き立てようとしていた。


「っ!?“ブレ……”!」


「遅い」


 びしゃり。


 赤の飛沫が、裂かれた肉からあふれ出した。血は鼠色の石畳を濡らし、まるで地面に落ちた花びらのように鮮やかな痕を残す。


 白の男は、真っ赤に染まっていた。


「っ……ぐぁぁぁぁっ!」


 アランは、苦悶の声を上げながら、その場に倒れる。


 ……よく見てみれば、裂かれたのは彼の肩だった。どうやらすんでのところで躱したらしい。


「っ…あ…ぐ…!!」


 痛みに喘ぐアランを、私はただ呆然と見ていた。


 アランは、この世界でも最強とされる光魔法の使い手だ。しかも、生まれつき魔力の多い者が生まれやすい王家の中でも彼の力は特に強大だった。


 ……そんな彼を、一撃で。


 なるほど。確かに、人間の上位種というだけある。恐ろしく強い。


「……哀れですね。さぁ、終わらせてあげましょう」


 悪魔はそう、楽しげに笑い……その長い足を……

アランの心臓をめがけて、振り下ろす。




 ……しかし、悪魔の靴底が、アランの心臓を貫くことはなかった。


 だって、彼がアランの胸を貫くその直前。悪魔の体は、突然吹き飛ばされたのだから。……地面から現れた、巨大な土の柱によって。


「なっ……!?」


 空中で、驚きに目を見開く悪魔。びっくりして口をあんぐり開ける私。…そして、高笑いをする男の声。


「くは、くはははははは!!!」


 姿を見るまでもない。この声は、あの男だ。


「……エヴァン」


 悠々とこちらへ歩み寄る男を、私はギロリと睨みつける。


 ……私に、悪魔と契約を結ばせた張本人であり、五剣の一人。


 この状況で、そんな彼を見て、警戒しないわけがなかった。


 青の瞳は、いつも通り不敵な笑みを浮かべている。……しかし、その色から、彼の思惑は全く読み取れなかった。


 何を考えているのか、分からない。


「は、そう警戒するな。俺は別に、貴様をどうこうしようという訳ではない。……ただ、そこの男を殺されると少し困る」


 そう言って、エヴァンは血塗れのアランを指差す。アランの肩の傷からは、ドクドクと血が溢れていた。もはや虫の息だ。あと少し放っておけば、きっと死ぬだろう。


 ……一応五剣の家の者として、指をくわえて見ているわけにもいかない、ということか。


「エレナ。貴様もここは引け。俺は優しいからな、今日は見逃しておいてやる。良かったなぁ?今日ここいたのが俺とヒュドールのだけで」


 笑いながら、エヴァンはアランの肩を組み、立ち上がる。


「っ、ふざけないで! そんなのできるわけないでしょ!? 退きなさい、エヴァン! 巻き添えを食らいたいの?!」


 そうだ。今更引き下がれやしない。ここで逃げれば、次にこいつの首を取れるチャンスはきっと遠のく。今、今じゃなきゃ駄目なんだ。お父様とお母様の仇を果たすには、きっと、今じゃなきゃ……!


「エレナ。勘違いするなよ。これは頼みではない。

命令だ」


「……っ!」


 鋭く睨まれ、思わず私の体はビキリと硬直した。…吐き出そうとした言葉は、まるでなにが詰まったように出てこない。


 すごい圧力だ。


 魔法とかそういうのじゃない。ただ純粋に、彼の持つ迫力に、私は完全に押し込められてしまったのだ。


 でも。それでも、私は拳を握る。


「……っ、い、いや……嫌よ……私、は……!」


 意味を成さない言葉を紡ぐ私に、エヴァンは深く深く、ため息をついた。


「……それなら、眠るといい」


 酷く冷たい声がそう言った途端、私の視界は闇に覆われた。真っ暗だ。まるで照明を落とした舞台みたいに、なにも見えやしない。


 ……魔法をかけられたのだ、と気づくがもう遅かった。


 私の意識は、意思に関係なくドロドロと溶けていく。


「……心配するな、エレナ。その日はいつか必ずくる。だから、それまで……」


 彼の言葉の最後を、聞くことはなかった。



 私の意識は完全に溶け落ち、甘い甘い眠りの世界へと落ちていく。


 __渦巻く憎悪を、抱えながら。

シリアスな牢獄編はこれにて終了です。次回からエレナの冒険が始まります。

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