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4-2 黒魔女、悪魔と出会う

 




 悪魔、というのは一般に、人間なんかとは比にならないような強い魔力を持っている。


 悪い魔物と書いて悪魔。


 後天的に魔法を与えられた人間とは違い、彼らには生まれながらにして強い魔力と、多くの知識に恵まれているのだ。


 そして大抵の悪魔は、自分の中に渦巻く強い魔力を抑えるために、それぞれ形を変え、魔力に適応できる姿を取る。よって、姿は悪魔の個体一人一人で様々だ。


 例えば、ヤギの頭を持っていたり。


 例えば、背中から羽が生えていたり。


 例えば、人型だったり。


 そして大抵の悪魔は、契約者であり餌となる人間を怖がらせるため、敢えて気持ちの悪い姿を取る。この本のページで見た悪魔も、中々にグロテスクな見た目だった。


 ヌメヌメした鱗に、蛇のような赤い瞳。鋭い牙と爪。


 いかにも悪魔、という風貌で、決してこんな感じではなかった。


「……こんな、三歳児が三秒で書いた落書きみたいな見た目では決してなかった」


「すみません心の声漏れてますよやめてください」


 傷ついたような顔をする悪魔に、おっと、と私は口を閉じる。


 悪い事を言ってしまった。


 まぁ、困り顔も何も、こんな緑の埃に、点と線で書かれた顔文字がついたみたいな顔から、細かい感情なんてほとんど読めないんだけど。


 雰囲気ってやつだ。


 ともかく、私はこんなのを喚んだ覚えはない。私が喚んだのは、もっと強そうで、禍々しい感じのやつだった。決してこんな、失敗したゆるキャラみたいな見た目のやつじゃなくて。


「だから、多分来るところ間違ってるわよ貴方。返品交換を要求するわ」


「いやそんな宅配便みたいに言われても」


 今度こそ、悪魔は困り果てたような顔をした。口角……というか口みたいな棒?が曲線を描いて下がったので、間違いない。


「というか、貴女。さっきから随分な言いようですけど、私がこの姿でここに現界したのは、貴女のせいなんですからね」


「…私のせい…?」


 どういうことだろうか。まさか、召喚の手順を間違えたとか?


 ……いやでも、ちゃんとページの通りにやったはず……


「いやいやいや、ご冗談を。あんなやっっすい代償で、まともな状態の悪魔を召喚できるわけがないでしょう?」


「あら、安いとは何よ。この私の血の一滴が安いわけないでしょう」


「確かに黒魔女の血ですし、他の人間よかマシですが、それでも安すぎです。我々を蚊か何かと勘違いしていらっしゃるのですか」


 ふよふよと宙に浮く緑の埃は、ほとほと呆れたような声で言う。


「そもそも、召喚時の代償は悪魔にとっては現世への渡り賃のようなもの。それなりの代償がなければ、私たちは強い力を発揮することは……まぁ、出来なくはないですがしません。割に合いませんし」


 むむ……なるほど。つまりレベル100のコイツを買うには圧倒的に料金不足だから、コイツはギリギリ料金が足りたレベル1の姿で現れたってわけか。


「ってことは、代償を上乗せしていけば、貴方は強い姿になれるの?」


「……まぁ、そうですね。そういうことになります」


 うーん、なんだかゲームの課金みたいだ。

……まぁ、代償がお金なんて可愛いもので済む気は全くしないけど。


「じゃあ、一体どれだけ代償を支払えば、貴方は全力の力を出せるのかしら」


「全力、となればそうですね……死体の山3つ分くらいの魂を頂ければ」


「交渉決裂ね、帰って頂戴」


 やっぱり、いくらゆるキャラフェイスだからって悪魔は悪魔だった。要求がエグい。


「まぁ、帰るも何も一度召喚された以上、何かしら願いを叶えなきゃいけないんですけどね。

 これでも悪魔なので」


「じゃあ私をここから出して、王子とマリーを酷い目に遭わせて」


「今の私にそんなこと出来ると思います?」


「何なのよアンタ」


 できないなら最初からそんなこと言わないで欲しい。無性にイラッとする。


「まぁでも、人間二人分の魂を頂ければ一応進化はできますよ」


「しんか」


 一体何に進化すると言うのだろうか。

 埃からダニになるみたいな??

 ……目視が出来なくなるし、できればそのままの方がいいんだけど。


「また変な事考えてますね? ……進化、というのは少なくとも人間に化ける程度の魔力は手に入るという意味です」


「へぇ。その姿なら、私の事を連れ出せるの?」


「まぁ、その姿なら……。魔法は普通の人間程度しか使えませんが、身体能力は悪魔の方がよっぽど上ですからね。貴女を連れて逃げるくらいなら」


「どうですか? 魂、今なら後払いでもいいですよ?」なんて悪魔は軽口を叩く。もちろん私は「嫌よ」ときっぱりそれを切り捨てた。


「人の屍を踏み越えて得る自由なんて後味が悪いもの。それなら、自分でどうにかして道を探すわ」


 というか、そもそもそんなもの用意できるはずがないしね。もちろん用意するつもりもないけど。


 私だって一応、人の命を踏み台にしてまで生き残ろうとするほど、クズではないつもりだ。

 まぁ、かといって人より自分を犠牲にするか、と言われたらイェスとは答えかねるが。人の命も自分の命も平等に大切なのだ。選べない。


「……なるほど。そうですか、そうですか。なら構いませんよ。どうぞお好きに。私はあくまで悪魔。いくら十分な力を発揮できないとはいえ、貴女に隷属する身ですから。……貴女が私を頼るなら、その願いに出来る限りお応えしますがね」


 悪魔はそう言うと、その口の端を、にんまりと釣り上げた。ゆるキャラフェイスには似合わない、なんとも悪魔チックな笑みだ。


「……ちなみに。もし、今代償を追加で払わないとすれば、貴方は何ができるの?」


「…………えっ」


「えっ?」


 いや待て。「えっ」って何だ「えっ」って。まさか、埃フォームじゃ本当に何もできない……なんて言わないよね?


「…………」


 静寂が、辺りを支配する。悪魔は何も言わない。……その沈黙の意味が、残念ながら私にはよぉぉく分かってしまった。


「こっ、この役立たずーー!!! 喚び出されたら願いを叶えなきゃいけない、なんて言う癖に、できることなんか無いんじゃないの!!」


「だからそれは貴女が代償をケチるからでしょう。嫌なら代償をチャージしてください」


「嫌よそんなの!! この私が手を汚すわけないでしょ!?」


 牢から出して復讐、は出来なくても、せめて鎖ぐらい解けると思ってたのに!

 まさか本当に何もできないなんて、無能を極めている。これじゃあ私に選択肢なんてないじゃないか。


 ……つまりここから無事で出たければ、私は今、魂を捧げると約束をしなければならないのだ。


 誰かを犠牲にするという約束を。


「ああもう! 最悪!! 喚ぶ悪魔間違えたーー!!」


 悲痛な悲鳴が、牢獄の中にこだまする。目の前の悪魔はそれを見て、またニヤニヤした嫌な笑みを口元に浮かべている。


 うわ、むかつく……!


 よし、こうなったら、絶対コイツの思い通りなんかになってやらない。

 脱獄だって、自分でどうにかしてやる。


「今に見てなさい、悪魔。私は絶対、自力でここから脱出してみせる。…貴方の力なんて、一つも借りないんだから」


「おやおや……それは、楽しみですねぇ」


 完全にこちらを馬鹿にした悪魔の声に、ビシッと突きつけた人差し指は、怒りのせいでプルプルと震えた。


 コイツ、覚えてろ。その内鼻の下明かして、二度とそのカンに触るニヤニヤ笑いができないようにしてやるんだから……!


 ……脱獄のチャンスがあるとすれば、処刑当日の明日の昼。処刑台への移動の

 為に、鎖が外されるその瞬間だろう。


 ……大丈夫、きっとどうにかなる。はず。

 人間、本気でやればなんとかなるって言うし、ね。


 なんて心の中で自分に言い聞かせ、私は明日の昼に向けて、うんうん頭を唸らせるのだった。




 ……この時の私は、まだ知らない。


 私の言葉が、ただの甘えにしか過ぎないことを。


 待ち受ける現実の過酷さを。


 絶望を。


 痛みを。


 ……何も知らないこの時の私は、どれだけ言葉で飾り立てようと、結局のところまだ幼い子供で、無知な箱入り娘だったのだ。



 ……悪魔は、またニヤリと笑う。


「せいぜい楽しませて下さいね?……『お嬢様』」


 さぁ、物語の幕が開く。

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