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3 黒魔女、悪友と再会する

 


 牢獄暮らしも四日目に入れば、流石にもう慣れてしまった。住めば都、とはよく言ったものである。異常な状況に置かれているはずなのに、ここ最近は毎晩快眠だ。自分で自分の精神を疑う。


 どうやら私という奴は、意外とふてぶてしいらしい。


 牢の中にはよく見ればトイレもシャワーもあった。入水自殺ができないよう、桶なんかは置かれていないけど、それでも汗が流せるのは有難い。


 ……と、こんな感じで、一応生活していく上では、退屈だということ以外の不自由は無かった。


 まぁ、その退屈というのがなかなかの強敵なのだが。


 ここでの娯楽なんて、床を這う蜘蛛を追いかけ回して遊ぶことくらいだ。話し相手もいないので、最近じゃ蜘蛛とトカゲとお喋りしている。生き物がいる、というのは心強いが、たまに我に帰ると酷く悲しくなる。虚しさがすごい。もしそこら辺のお嬢様が私と同じように、地下牢に放り込まれれば、きっと正気ではいられないだろう。特にマリーなんてきっと卒倒するに違いない。あの脳内お花畑が、ネズミや蜘蛛と同居なんて耐えられるとは思えないし。


 ……もしここから出て、魔法も復活したら、絶対あいつをここにぶち込んでやろう。


 そう心に決めつつ、私はなんとなく冷たくそびえ立つ鉄の扉へと目をやる。扉は今日も変わらず、固く閉じられたままだ。


「……さぁ、どうしたものかしらね」


 ため息交じりの呟きは、闇の中にぼんやり溶けていく。


 そう、マリーを牢獄にぶち込む前に、まずは私がここから逃げなくてはいけないのだ。


 ルース様の話によれば、私はあと三日後、処刑される。だからそれまでに私は、この牢獄を抜け出し、見張りの目をかいくぐり、外へ逃げなければならない。


……が。


 ルース様にあんな大口を叩いた割に、私は今のところ大した案も出せていなかった。


 だって考えてもみてほしい。窓のない石造りの牢獄。中は真っ暗。開いてる穴は上から空気を取り込む通風口と、超強い見張りがいる扉だけ。おまけにこっちは魔法も使えない。


 普通に無理ゲーだ。

 もしこれが脱出ゲームか何かなら、確実にメーカーに苦情が来る。少なくとも私ならそうする。


 ……いやまぁ、だからって諦めるわけにも、いかないんだけどさ。


 例えそれがどんな無理ゲーに見えても、死にたくなければ方法を探すしかない。これはゲームなんかじゃなくて、今の私にとってはまぎれもないリアルなのだから。


「あーあ。ゲームのヒロインみたいに、私のことも白馬に乗った王子様が助けてくれないかしら……」


 いや、ないな。阿呆らしい。


 少女漫画脳にも程がある。大体、その白馬の王子様は今はヒロインの虜だ。どうせ今頃も、何処かしらでイチャイチャしているに違いない。そう思うと殺意が湧いてくる。


 心の中で、メラメラと怒りの炎を燃やす。


 ……すると突然、グゥ、とお腹が鳴った。


「あら、いけないわ」


 公爵令嬢たるもの、お腹を鳴らすなんてはしたない真似をするものではない。気をつけなくては。


 食事は、意外にもまともな物を出してくれる。美味しいとはとても言えないが、大悪党に与えるものにしては全然普通だ。王家の事だから、てっきり嫌がらせにカビの生えたパンなんかが出てくると思っていたけど。


 ……これが果たしてアランのせめてもの情けか、それとも処刑の前に死なれても困るという王室側の思惑か……いや絶対後者だな。


 アランは案外そんなにお優しい奴じゃない。特に黒魔法使いに対しては。


 お腹の空き具合的にも、そろそろ食事の時間のはずだ。この暗闇の中では、腹時計が唯一の時間を知る為の手段。


 時間感覚が狂わずにいるのは、ちゃんと三食、決まった時間にご飯が出てくるおかげだろう。


 空腹を訴える腹をさすりながら、扉の方へと目をやる。…しかし、扉は変わらずどっしりそこに佇んでいるだけだ。扉には向こう側に蓋がついた横長の穴が開いていて、食事はいつも、そこから差し入れられる。献立は基本パンとスープ。牢の中で動きもしないから、それで十分足りる。


 ……しばらく待っていると、数分して、ゴンゴンとドアを叩く音が部屋に響いた。


 食事の合図だ。


 私は床から立ち上がり、食事を受け取ろうと手を差し出した。


 ……しかし、受け取り口は一向に開く様子を見せない。


「……?」


 どうしたんだろう。何か手間取っているのだろうか。


 頭にクエスチョンマークを浮かべながら、それでも受け取り口の前で待っていれば、突然ギギ、と嫌な音を立てて目の前の扉が開いた。


 ……扉の向こうから現れたのは、嫌という程見知った顔だった。


「喜べ!!俺だぞ!!!」


「帰って、どうぞ」


 仁王立ちで偉そうに現れた青年を、私は慣れた調子でスッパリと切り捨てる。


 ……しかし青年は私の言葉などそもそも聞くつもりはないらしく、無遠慮にズカズカと入ってきた。


 ……通常運転だ。憎たらしいほどに。



「くはは、相変わらずシケた顔だな、エレナ・ブラッディ。元気か?」


「アンタのせいでたった今元気じゃなくなったわ」


「そう照れるな、ツンデレという奴だろう?知っているぞ?」


「貴方にデレた覚えなんて、この十八年間、一回たりともないのだけれど」


 私のこの態度がツンデレ、すなわち好意の上に成り立つものだと思っているなら、コイツは本格的に病院に行くべきだと思う。


 ……だって私は、この男が、幼い頃からずっと苦手なのだから。


「喜べ、俺が直々に会いに来てやったんだ。

なぁ、エレナ…いや、黒魔女」


 そう言って、目の前の男はその金髪をキラキラうるさいくらいに輝かせ、傲慢な笑みを浮かべた。


 ……コイツの名前はエヴァン・ガイナス。ルース様同様、この国の貴族で、随一の権力と魔力を持つ五剣の一人であり…私の幼馴染である。




 初めに断っておくが、私は基本コイツが苦手だ。だって傲慢だし、性格は悪いし、声はデカイしデリカシーも無い。良いところといえば家柄と顔くらいのものだろう。まぁ、彼もマジラヴァの登場キャラクターなので、今になって思えば家柄と顔がいいのは当然といえば当然だが。


 エヴァン・ガイナス。

 輝かんばかりの金髪と、美しいマリンブルーの瞳を待つ彼は、マジラヴァでは、主人公の同級生として登場する。初っ端から、平民上がりの主人公の事をそれはもう見下しに見下し「気安く話しかけるなゴミが」なんて暴言を平気で吐くような超絶俺様クズ野郎だ。


 ルース様が兄系俺様だとすれば、コイツはドS系俺様。いや、私に言わせればこんなの俺様どころじゃない、『オ〜レだオレだオレだオレだ〜!!!』と全力で主張してくるような自己主張激しめの超俺様タイプだ。基本高圧的で威圧的。常に話し方は斜め上からだし、自分のことは大好きだし。友人はそこがいいのだと言っていたが、私には理解できなかった。今もできない。


 ……一応ストーリーは一通りプレイしたが、私はどうにもこういうタイプは好きにはなれなかった。そしてこの十八年、幼馴染として付き合ってきても、今のところ、彼に対して抱いた思いは変わっていない。

いや、ここまで散々disってきたが、別に彼が本質的に善人であることは私だって理解はしている。


 …ただ、破滅的に私とは相性が合わないというだけで。


 そして前述の通り残念ながら、本当に残念ながら、そんな彼と私は、赤ん坊の頃からの幼馴染だ。


 どうやら私の母とエヴァンの母が同じ魔法学校の同級生だったらしく、私達は小さな頃から頻繁に会っていた。


 そして会うたびに、彼は私を構い倒した。一体私の何が彼のお気に召したのかは知らないが、それこそハイハイの頃から、彼は私にべっったりついて離れなかったのだ。


 母達は「あらあら仲良しねぇ」なんて笑っていたが、私はたまったもんじなない。だってこちとら一ミリも仲良くするつもりはないのだ。


 むしろ幼女時代はいかにしてアイツを撒くかに日々頭を悩ませていた程だ。


 ……しかし残念ながら幼い頭でいくら考えても彼を引き剥がすことはできず、結局私達は同じ魔法学校へと入学し、六年間同じクラスで過ごした。アイツの顔を見なかった日は入学してから一日たりともない。


 気がつけば、幼馴染は立派な腐れ縁の悪友へと昇格していた。


 まぁ、そんな彼が、投獄された私に接触してこないわけもなく。


 どこかのタイミングで、五剣という地位を利用して、見張りの途中でちょっかいを出してくる事はだいたい予想していた。


 ……コイツのことだから、なんなら投獄された当日に私を笑いにくるかと思ったが。


なんて、そんな事を考えながら、私は目の前の男を真っ直ぐに見据える。


「……で?どうしてわざわざ扉を開けたの?食事を差し入れるだけならそこの差し入れ口から入れればいいじゃない。……私に呪い殺されるとは思わなかったのかしら?」


 そう、苛立たしげに私は問いかける。

 しかし、エヴァンがそんなのに怯むはずもなく。


「手脚に鎖を巻き付けられ、魔力を封じられた黒魔女など奴隷と変わないだろう。怖いわけがあるか」


 と、私の言葉を一笑し、彼は私の手を取った。重たい手枷のついた腕には、忌々しい赤い魔法印が刻まれている。


「フン……まさか、お前が黒魔女とはな。

この細腕で、俺の知らないところで、お前は何人殺めてきたんだ?ん?」


 エヴァンの青い瞳が、意地悪く細められる。それが気に食わなくて、私は強く彼の手を振り払った。鎖がまた、音を立てる。


「人聞きの悪いこと言わないで頂戴。

 ……人を殺したことなんて、ないわ」


 確かにブラッディ家は黒魔法の始祖の血を引く家系だが、今は基本的に殺しだとか儀式だとかそんなのには手を出していない。パパもママも頭の中お花畑な平和主義者だし。


 ……アランと私の婚約話を取り付けたのだって、白魔術師と黒魔術師のいがみ合いを無くすための一歩なのだ。

 そんな彼らの娘である私が、そんな下衆な悪事に手を出すわけも無い。


「聞きたかったのはそんなこと?ならさっさとその扉を閉めて出て行って」


「は、そう釣れない事を言うな。

 ……なに、お前が死ぬ前に、優しい俺から一つ、プレゼントをやろうと思ってな」


「プレゼント?」


 訝しげな表情を浮かべる私に、彼はクツクツ笑い、こちらに向かって小さな箱を差し出した。

 …こいつ本当に見張りなんだよな?

 囚人の私にこんなの渡して良いんだろうか。


 そんな事を思いながらも、ご丁寧にリボンまでかけられたそれを、恐る恐る受け取って蓋を開けてみる。



 ……中に入っていたのは、羽ペンとインクと、レターセットだった。


「これから死ぬというのに、遺書も用意できぬのは哀れだろう。遠慮せずに受け取れ」


「ぶっ殺すわよアンタ」


 どうやらただの冷やかし&嫌がらせだったらしい。


 にしたって冗談がキツイ。キツすぎて普通に殺意が湧いた。もし私が今魔力を封印されてなければ、間違いなくコイツを呪い殺していた。不謹慎にも程がある。


「帰って頂戴。というかアンタに見張られるなんて癪だわ。誰か代わりの者を呼んで」


「随分な言い草だな。生憎、俺以外の五剣は全員出払っている。諦めて俺に見張られろ。そして遊ばれろ」


「ちょっと最後」


 ハハ、と楽しげに笑うエヴァンに、私は深く深くため息をついた。ああそうだよな、コイツはそういう奴だもんな……ああムカつく……疲れる……。


「とにかくこれはお返しするわ。悪いけど、私には必要が無さそうだもの」


 私は乱雑にリボンを箱に入れ蓋をし、エヴァンに向かって押し付ける。


 ……しかしエヴァンはそれを受け取りはしなかった。彼は私を無視してくるりと背を向けると、また鉄の扉に手を掛ける。


「それはお前が持っておけ。……上手く使えよ」


 ……エヴァンの薄い唇が、キュッと釣り上げられる。


 意味深につぶやかれたその言葉の意味を理解する間も無く、鉄の扉は再び閉じられた。


 部屋にまた、静寂が戻る。



 ……上手く使えよ、ねぇ。



 使うといったって、一体どうしろというのか。今のところ遺書を書く以外の使い道が本当に思いつかない。持ってきた相手的にも。


 また、パカリと箱を開けてみる。

 しかしやっぱり中に入っているものは先ほどと変わりはない。


 ……まさか私がこうして戸惑うのを楽しむために、あんな意味ありげな言葉を残したのだろうか。いやいやいくらエヴァンといえど、さすがにそこまで終わってはいない筈だ。……多分。


 一応中の物を一つ一つ丁寧に調べてから、また箱の中へとそれらを戻す。


 …箱を閉じようと、蓋を手に取ったところで、私はようやく『それ』に気がついた。


「何かしら、これ」


 箱の裏に貼り付けられた一枚の紙。神は雑に四つ折りにされており、黄ばんでいることからかなり古いものであることが分かった。貼り付けられた紙を蓋から剥がして、恐る恐る開く。


「これ、は……」


 紙に描かれていたのは、酷く見覚えのある絵だった。跪く黒い服を纏った女。邪悪に微笑む化け物。……そして、複雑な魔法陣。



 屋敷の地下室にしまわれていた古い本で、全く同じ絵を見たことがある。というか、多分これはあの本の一部。だって、こんな事を綴った本なんてそうそうあるはずがないもの。


 少なくとも、エヴァンが手に入れられる範囲には。


「……なるほどね」


 全てを察して、つい頬が引きつってしまう。

確かにこれは、上手く使わなければなるまい。


 だって下手をすれば、ギロチンに首を刎ねられる前に……『悪魔』に、魂を喰われかねないのだから。




今回は分けずに一気に投稿です。

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