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2-2 黒魔女、運命を笑う

 


 ルース・レオンハートは、マジラヴァの登場キャラクターであり、攻略対象の一人だ。


 燃えるような赤い髪と、金色の瞳が特徴的な彼は、所謂荒々しいタイプのオレ様キャラとして人気を博していた。


 学年は主人公の一つ上の先輩で、イベントは比較的発生しやすく、かつ本人がチョロいので攻略難易度も低め。プレイヤー達からはチョロスという愛称で親しまれている。何を隠そう、私も一番最初に攻略したのはこのチョロス……もとい、ルース様だった。


 ゲームをプレイし始めた当初、正直私は彼のことがあまり好きではなかった。たまたま攻略サイトで、難易度が低めだからと選んだ彼は、どこか冷たくて、周りを撥ね付けるようなトゲを持っていたのだ。


 ……しかし、親密度を上げていくうちに優しい表情を見せるようになり、私は一気に落ちた。その後ゲームを進めれば進めるほど、彼の態度は甘く、優しく、とろけるようなものへと変わっていく。最終的には立派なお兄ちゃんキャラへと化け、彼は沢山の女性ファンを獲得していた。


 ちなみにそんな彼の家、レオンハート家は代々続く炎魔法の使い手。


 この国で王族の次に強い権力と魔力を持つ五つの家に与えられる称号『五剣』の肩書きを与えられる程、強大な力を持っている。


 特にルース様はそのレオンハート家の中でも群を抜いて魔力が強いらしく、悪い魔法使いを何人も倒したのだとか。幼馴染がそう話してくれた。


 ……実はその幼馴染も五剣の家の者で、ルース様は、彼と一緒に、私のこともなにかと気にかけてくれていたのだ。去年私より先に卒業して、レオンハート家の家督を継いだが、忙しい合間を縫ってちょくちょく学校に遊びに来てくれたりもしていた。


 私にとっては、大切な良き先輩である。


 と、まぁ、大分説明口調になってしまったが、それにしたって一体、どうしてルース様がここに……。


「五剣がな、テメェの見張りをアランの野郎に任されたんだよ。テメェの力は、一般兵じゃ抑えきれねぇからな」


 どうやら考えていることが顔に出てしまっていたらしく、彼はぽりぽりと頭を掻きながらそう簡潔に説明してくれた。


「……アラン、王子が」


 アランは、今、実質この国のトップだ。本当なら国王が国を治める筈だが、三日前、アランが学園から卒業するその前日に『危篤である』との一報が入った。


 …今は病状は安定しているらしいが、政治を行う訳にもいかない。だから、しばらくはアランが代わりを務めるのだと、卒業式の日に聞いた。


 ……つまり、ルース様達五剣は王子の指揮下。

 私の敵ということになる。


 いやまぁ、私を閉じ込めていた訳だから、それは最初から分かってはいたし、彼らが味方に付いてくれるなんて微塵も思っていなかったけれど。


 ……それでも、長年親しんだ相手と敵同士になる、というのは、堪えるものがあった。


「っ、あー……だから嫌だったんだよ、お前の顔を見るのは。そんな顔しないでくれ、頼むから」


 彼はそう、私の頭を軽く撫でる。


 ……その手の温かさは、昔と何ら変わらない。ちょっと不器用で、でも優しい、いつものルース様の手だ。


「お前は……本当に、黒魔女なんだな」


 ポツリと呟かれた言葉が、牢獄の中にぼわんと反響する。


 その声があまりにも悲しげで、見ていられなくて。私は思わずその金の瞳から目を逸らしてしまった。


「……申し訳、ありませんでした。騙していて」


 途切れ途切れに、謝罪の言葉を紡ぐ。


 私はかつて、国に大厄災をもたらした黒魔女の血を引く、ブラッディ家の女。私達とは反対に、聖女の血を引く王家は、私達のことを今までずっと血眼で探していた。


 ……長い歴史の中で、何度も正体がバレそうになった。時には私達とは全く無関係な魔法使いや魔女が、汚名を着せられて殺されたこともある。


 でも、それでも私達はどうにかその目を欺きながら生きてきた。そんな事実から目を背けてひっそりと。

 魔法で黒髪を隠し、瞳の色を変え、皆を騙してきた。


 ……生きるためには仕方のない事だった。


 この国では、私達は生まれついての悪だったから。こうするしかなかったのだ。…けど、分かっていても罪悪感はギリギリと私の心を確実に締め上げる。


 ルース様の泣きそうな顔を、これ以上は見ていられそうになかった。


「あの、ここは一体どこなのですか?」


 話題を変えようと、私はそうルース様に問いかける。


 ……変えるも何も元々聞きたかったのはこの事なんだけど。


「…ここは、王城の地下牢だ。あの夜会の後、お前はここへぶち込まれた」


 簡潔に、ルース様が説明してくれる。


 なるほど……。王城の地下牢、か。


 確かに、黒魔女を置いておくには一番の場所だろう。王家が得意とする光魔法は、黒魔法に打ち勝つ唯一かつ最強魔法なのだから。


 しかも今ここには、王家の中でも最高の才を持つアランがいる。下手な監獄なんかよりはよっぽど安全だ。


「魔法が使えないのは、何か特殊な封印でもしてあるのですか?」


「ああ、その手枷の下の手袋を外してみろ」


 そう言われて、私は手にはめていた白いレースの手袋を外す。真っ黒のドレスに似合う、とお父様に褒められたお気に入りの手袋だ。


 そしてその手袋の下では、赤い色をした、不思議な紋章のタトゥーのようなものが、まるでブレスレットのように手首をぐるりと一周していた。


「それは魔力を封印する魔法印だ。それがある限り、お前は魔力を使えねぇ。お前の魔法なんてこんなところで使われたらたまったもんじゃないしな」


「外すことはできないのですか」


「できたとしても教えるわけないだろ」


 うーん、だよなぁ。これさえなければ、牢から出るのなんて余裕なんだけど。まぁ仕方があるまい。


 そう思い直して、私は「そうですわね」とにこりと口元に笑みを浮かべる。


 さて、いよいよ最後の質問だ。


「では私は、一体いつ死ぬのでしょうか」


 ピタリとルース様の体が固まった。

 ……それに構わず、私は続ける。


「気を使わないでくださいませ。私、これでも自分の運命は分かっているつもりですから。……黒魔法に関わった者は死。私もまた、処刑台の上で首を刎ねられるのでしょう?」


 黒魔法は、使用だけではなく、それに関わること自体が禁忌とされている。


 王家は特にこの数十年間、黒魔法使い狩りに力を入れており、多くの術者が処刑された。そんな王家が、黒魔女の始祖の血を引く私を殺さないわけがない。むしろお祭りみたいに騒ぎ立てて、嬉々として私の首を刎ねるだろう。


 ルース様は少し、迷っているみたいだった。まるで湖面に映る月みたいに、その瞳をゆらゆらと揺らしている。


「いつなのですか」


 煮え切れないルース様に向かって、もう一度問いかける。するとルース様は

 目を合わせないまま「…一週間後だ」と答えた。


「一週間後、お前は城の前の広場で、ギロチンにかけられて殺される」


 ……一週間後。


 思っていたよりも時間が無い。悪の芽は早めに摘んでしまいたいということか。王家らしい。


「……なぁ、お前怖くないのか?お前はあと少しで、殺されるんだぞ?」


 切なげな声で、ルース様は私にそう尋ねた。握られた彼の拳は、これでもかというほど強く握られている。


 ……私は、そんな彼ににっこりと笑ってみせた。


「怖くなどありません」


「なっ……なんだよ、何でそう笑ってられるんだ!?」


「あら、泣いて欲しかったんです?」


「そういうわけじゃねぇ!……ねぇ、けど……!」


 力なく、ルース様は言葉を失った。

 彼は優しい人だ。きっと、私に同情してくれているのだろう。


 ……私は間違いなく、彼らにとっては倒すべき悪であるというのに。


 ルース様の拳を、両の手で優しく包み込む。そしてそれをきゅっと握り…私は真っ直ぐに、ルース様の瞳を見つめた。


「ご心配なく。私、大人しく首を刎ねられてあげるほどお淑やかでもありませんから。必ずここを、生きて抜け出してみせます」


 私はここで死んでやるつもりなんてさらさら無い。前世も今世も人生途中退場だなんて冗談じゃない。


 そりゃあ、私だって怖い。

 怖い、けど。でも、未来に絶望はしていない。絶望する暇があるくらいなら、前に進むべきだ。


 ……死にたくなければ、後ろを振り向いてはいけない。


 私のモットーはYesポジティブ、Noネガティブ。辛くとも必死に足掻けば、前に進めば、きっと何か道は開ける筈だ。


「そういう訳ですから、警備は真面目にした方がいいですわよ。いつ私が逃げ出すか分かりませんから」


「……随分余裕だな」


「あら、いつでも余裕綽々、不敵に微笑むのが、悪役ってやつでしょう?」


 そう軽口を叩けば、とうとうルース様は声を上げて笑い出した。まるで、学園にいた頃のように、愉快げに。


「…っはー……ああ、そうだな。お前はそういう女だった」


 ひとしきり笑うと、彼はパッと私の手を振り払った。そのまま彼は私にくるりと背を向け、部屋を出た。そして、去り際に一言。


「覚悟しとけ。俺は温情でお前を逃がしてやるほど甘くねーからな」


「ええ、ええ。知っておりますわ。

 …ではまた。今度は外で」


 ニコリ、と微笑んで減らず口を叩く私に、ルース様もまたふ、と笑みをこぼす。扉は再び嫌な音を立てて閉められた。


 ……静寂が、辺りを覆う。


「……さて、どうしたものかしらね」


 ああも大口を叩いてしまった訳だから、流石にノープランですとは言えまい。何か方法はないかと、私は早速、うんうん頭を唸らせるのだった。


 一度地面に落ちた蝋燭は、赤い炎を灯したままだ。


 炎は未だ消えることなく、ゆらゆらと、しかし力強く蝋の上で燃えていた。







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