14-2 黒魔女と宝探し
「うわー……ヤッバいね、これ」
聖女像の元にぽっかりと口を開けた大穴に、リズは小さく、頬を引きつらせた。
いよいよ、ダンジョン探検開始である。
入り口を見つけた私たちは、とりあえず一度ジャックとリズを呼びに宿屋へと戻った。どうやら突然姿を消した私たちを随分と心配してくれていたらしく、戻って早々、ジャックのお説教を食らう羽目になってしまった。その間にも、リズの嫉妬の視線が突き刺さったのは言うまでもない。理不尽。
とりあえず朝食を取りながら、私達はダンジョンのことを手短に、簡潔に話した。そして、色々と話し合った結果、行動を取るのは早い方がいいという事で、昼からの探検ということになったのである。ちなみに、二人には協力してこの地にかけられた不可視の魔法を解いてもらった。お陰で今は四人全員がこの場所を認識できている。
「いいか、確認するぞ」
聖女像を前にして、ジャックがビシッと人差し指を立てて言った。どうやら少し緊張しているようで、その顔付きは、いつにも増して厳しい。
「中に入ったら絶っっ対勝手な行動はするな。何が命取りになるか分からん。必ずまとまって行動すること」
「特にオルガ! リズ!!」とジャックの目が鋭く二人を突き刺す。
……まあ確かに、我がパーティ屈指の自由人のお二人だ。言い聞かせておくのは大事だろう。実際、聞くかどうかは置いておいて。視線をふい、とわざとらしく逸らす二人に、ジャックは小さく嘆息し
「あとは押すな、駆けるな、無駄口を叩くな。いいな?」
と念を押した。こうやって聞いていると、子供の避難訓練みたいである。ほら、おはし、だっけ。
まぁ一応、全員が形だけ頷き、いよいよダンジョンの中へと入る事になった。……いや本当、この二人が何かやらかさないことを祈るばかりである。
聖女像の足元に開いた、大穴。そこから階段が続いており、下の方はぽっかりと闇が口を開けている。
「先ず俺が行こう。次にリズ、エレナ、後ろをオルガが警戒してくれ。何かあったら、すぐに言え」
「かしこまりました」
言って、オルガは私の後ろに並ぶ。
こいつに暗闇の中で背後を任せる、と
いうのがもう危ない気がしないでもない。面白ければなんでもあり、みたいに思ってるとこあるからなぁ、この悪魔……。まぁ、戦力的に言えば妥当な配置なのだろうが。
「……降りるぞ」
先頭のジャックの背中が、徐々に闇に飲み込まれていく。続いて、リズ。
「おや、お嬢様。もしや震えてらっしゃるのですか?」
「……っ!」
言われて、体が小刻みに震えていることに気が付いた。
……ああそうか、怖いのか。
この先の暗闇が怖い。
道の先に続く未知が怖い。
何があるか分からないこの場所を、私は密かに怖がっていたのだ。
ダンジョンはひどく危険な場所だ。
しかもここは、ずっと誰にも知られず、隠されてきたダンジョン。危険なトラップもたくさんあるだろう。
何より、さっきから付き纏うこの嫌な感じ。
何が良くないことが起こる気がしてならない。
「ちょっと二人ともー?! 何トロトロしてんの?! 置いてくよ?!」
ぼわん、と少し篭ったリズの声が、中から聞こえてくる。
……私は恐怖を押し殺すように、にこりと唇を釣り上げた。
「別に、ただの武者震いよ」
「そうですか。失礼しました」
オルガは口の端を釣り上げ、そう済ましたように言った。きっと彼には、この笑顔が大層滑稽に映るのだろう。
それでも私は笑っているべきだ。
怖がっている場合じゃない。
進むしかない。
後ろに進めば、死あるのみだ。
「行きましょう」
カツン、と。階段を打ち鳴らすパンプスのヒールの音が、高らかに響いた。
同時刻。木の陰から聖女像を覗く、影が二つ。赤い頭と青い頭。歳の頃は18、19といったぐらいだろうか。
どうやら双子らしい彼らは、同じ顔で、ニヤニヤと悪役らしい笑みを浮かべていた。
「へいへい兄弟。アイツ見たかい? あの男!」
「ああ見たさ兄弟。あのいけ好かない執事だろ? ありゃあ完全に気づいてたな」
「ひゃ〜〜! 完全に気配を消してたんだがなぁ。気付かれてたなんて父ちゃんにバレたら怒られるぜ!」
「はっは、無問題だ。だってアイツらが出てくることは二度とないんだからな!」
「さっすが兄弟、やる気満々だねぇ」
「当たり前だろ! 愛する家族のためだ、失敗なんてできるかよ!」
赤髪の青年はそう言って好戦的に笑った。青髪の方も、それに答えるように口元の笑みを深める。二人は鞘から短剣を抜き、それをお互いに向けた。
「我らルーポの一族、狼の血を引くもの」
「狙った獲物は骨の髄まで貪り食らえ」
キィン、と。二人の手にした短剣が、ぶつかり合い、音を鳴らす。
「さぁ、行こうじゃねぇか兄弟」
「あぁ、アイツらぶっ殺して、お宝を父ちゃんにきっちり持って帰るぜ」
同じ顔がニヤリとまた、素敵に笑う。
策略、謀略、執念、その他諸々渦巻いて。かくして宝探しは、幕を開けるのだ。
悲劇の会場へ、冒険者御一行はまっさかさま、である。
お久しぶりです。短くてすみません、キリがいいのでここで切ります。次回からようやく話が動きます。