14-1 黒魔女と約束の地
くにとり!!17
「さて、始めましょうかお嬢様」
言って、オルガはこちらを振り返った。朝焼けのオレンジ色が、彼の輪郭をぼんやりと彩る。遠くに見える山と山の間には、紫色に染まった雲が長くなびいていた。
時刻は、午前五時。早朝である。
まだまだ皆が寝静まるこの時間に、私とオルガは二人、例の広場へとやってきていた。ちなみに、リズとジャックには内緒だ。そもそも、彼らはこの広場を視認できないし。それに、疲れた彼らをこんな時間に叩き起こすのも忍びなかったのだ。二人は、ずっとリックの様子を見てくれていた。リックが寝入ったのも夜遅かったし、寝かせてあげるべきだろう。
……さて。
「……で、始めるって言ったって何を始めるのよ。私、何も説明されていないのだけれど」
そう。実は、私はこの男からまだ何も聞かされていない。昨夜、オルガは意味深なことを言ったっきり「明日説明しますよ」と誤魔化されてしまったのだ。
露骨に苛立った口調の私に、オルガが「あぁ」と思い出したように声をあげた。わざとらしいことこの上ない。
「すみません。説明が先ですね」
言って、オルガはその手の中から……大きな斧を、取り出した。
「この斧で、嘘吐きの首を刎ねます」
彼は、またいつもの通り綺麗な笑みを浮かべた。
オルガの説明の煽り、嫌味、その他諸々の余計な部分を省くと、要するに、この聖女の首を跳ねれば、プローミッスムは姿を表すのだそうだ。
「この歌……お嬢様が言っていた歌は、つまり、このダンジョンに入る鍵なのですよ」
「鍵……?」
おうむ返しにそう訊ね返した私に、オルガは「ええ」とキザったらしく頷く。
「ほら、歌詞を思い出してみてください?『ひとつめは土の中』これが邪竜石のこと。『誰にも知られず眠ってる、閉ざされた内緒の迷宮』は、おそらくプローミッスムの事です」
……たしかに。そう言われれば、ぴったりと不気味なぐらいに噛み合って聞こえる。
「てことは、『太陽と月が交わる時間』が早朝、もしくは夕方の事で……『嘘つき乙女の首跳ねて』は?」
「そこの聖女像の首を撥ねろ、という事でしょうね」
オルガの長い指が、ボロボロの石像を指す。13体の像の中で、一番大きな像。たしかによく見れば、慈悲深いその表情が聖女のものに見えなくもない。なるほど、だから、斧。
「……あら?でも、この『選ばれた者のみ鍵を持つ』って、誰のことかしら」
「……それは、ほら。お嬢様のその無い胸に聞いてみたらいかがですか?」
「もっとも、もう分かりきった話ですが」と彼は嫌味にそう言って、斧を担ぎ聖女像の方へと歩いていく。
……鍵を、持つ者か。
もしかして、私たちのほかにまだこの広場を認識できる人間がいる、ということだろうか。それはマズイ。万が一邪竜石を取られでもしたら大変だ。
さっさと中に入って、先に石を奪わなくては……って、あれ?
そもそもどうして私は、ここが見えるんだっけ。分からない。どうして、この歌の嘘つきが聖女だと、知っているのだろうか。……分からない。
でも、今なら、この言葉を差し込めば……全てのピースが、ピタリとハマる。
「もしかして、選ばれし者って……私?」
「でしょうね、恐らく」
オルガはあっさりと、正解を認めた。
いや、でも待て。なんで私が選ばれし者なんかに?私は黒魔女の血を引く忌み子。この邪竜石を封じ込めたのは、白魔法使いの王族側の人間のはずだ。私みたいな奴を、その人は一番に警戒するはずじゃないか。
じゃあ、一体なぜ……?
「……答えは割と明確だと思うんですけどねぇ。頭、硬いんじゃないですか?」
オルガがからかうように、こちらを振り返ってそう言った。失礼な奴だ。
……いやまぁ確かに、オルガの言う通り頭が硬い自覚はあるが。
私、誰に嘘吐きの名前を教えてもらったんだっけ。誰に歌を教えてもらったんだっけ。
それがどうしても、思い出せない。
心のどこかでは分かっているはずなのに、靄がかかっている。
「……ああ、なるほど。なら仕方がありませんね」
オルガの赤い瞳が、そう言ってこちらを小さく一瞥した。
「な、何よそんな意味深な事を言って。言いたい事があるならハッキリ言って頂戴」
「いえ、別に。そんな事よりも、ほら。そろそろ太陽が昇って、月が見えなくなります。さっさとやりましょう」
言って、オルガはその長い指で聖女像をするりと撫でた。……まぁ確かに、考えても分からないものは仕方ないか。はぐらさかれてる以上、どうせコイツは聞いたって教えてくれないんだろうし。
「ええ、そうね。お願い。やっちゃって頂戴」
小さく嘆息し、私はオルガに向かってそう命じる。オルガは口の端をスッと吊り上げて「かしこまりました、お嬢様」とキザったらしく頭を下げた。
オルガの手が、振り上げられる。
質量を持った斧は、石造りの聖女の首へ向けて、真っ直ぐに振り下ろされた。
約束は、果たされる。
日曜に更新するって言ったのは誰だ〜〜?私だ〜〜〜!!!!ダメでしたすみません。次回からはちゃんと日曜更新がんばります。
最低週一、余力が裂けたらところどころ更新すると思います。不定期な感じになってすみません。よろしくお願いします。