13-1 黒魔女と失踪
おばさんの話を聞くに、少年……リックを最後に見たのは、昨日の夜とのことだったそうだ。
「リンゴを届けてくれてねぇ……それから、少し待ってもらって、お礼にケーキを渡したのさ」
泣き腫らした目をハンカチで擦りながら、おばさんは言う。
「で、朝外に出てみたら、道にケーキが落ちていてねぇ。嫌な予感がして、家の中を覗いてみたら、案の定リックは中にいなかったんだよ。慌てて村中を駆け回ったんだが、どこにも見つからなかったんだ」
「リックのご両親はどうしたの?」
「あの子らは昨日から、リンゴを売りに街へ出てるのさ。街に一泊して、今日帰ってくる予定だったんだが……リックが居ないなんて知ったら、どれだけ悲しむか……」
言うなり、またおばさんは泣き出した。せっかく拭った顔が、またぐちゃぐちゃになっていく。
「誘拐、かもな」
おばさんを宥めながら、ポツリとジャックが呟いた。
「ノエルから聞いた。この辺りは盗賊……ルーポの一族のアジトが近いらしい」
「ルーポの、一族?」
聞いたことのない名前に首を傾げていると、ジャックが沈痛な面持ちで説明してくれる。
「ルーポの一族は、ここらじゃ有名な盗賊団だよ。貧しい村からだろうと、容赦なく財を貪る汚い奴らだ。子供の誘拐や人身売買なんかも平気でやる。
今回、石を狙ってるのも奴ら。
……ノエルが言ってなかったか?」
そういえば、名前は聞かなかったが軽くそんな事を言っていたような気もする。
確か、敵対組織が、石の力を使ってこちらを潰しに来かねないから、奪われる前に先に盗みに行け……みたいな、そんな感じで。
なるほど……そいつらが。
「邪竜石は膨大な魔力を持つからな。連中が狙ってても不思議じゃない。
どこかで出くわすだろうとは思っていたが、まさかここで……」
「はいはーい!ちょっと待って!」
ジャックの言葉を遮ったのは、部屋の隅で黙って話を聞いていたリズだった。
「まだ決めつけるのは早いんじゃな〜い?リックくんを攫ったのが、ルーポの一族だなんて証拠、どこにも無いんだからさ〜」
いつも通りのマイペースな口調でそう言う。確かに、リズの言う通りだ。
まだ、ルーポの一族が噛んでいると決まったわけじゃない。
「そもそもさ、誘拐されたかどうかすらビミョーな訳でしょ〜?もしかしたら、迷子になってるだけかも!!」
「向かいの家なのにか?」
「……ほら、どこか行かなきゃいけない場所ができた、とかさ!」
それは若干苦しいような気もするが。
でもまぁ、誘拐と決めつけるのも早計ではある。……話を聞く限り、何かあった事には間違いなさそうだけど。
「ねっ、だからさ!皆で探してみよーよ!案外、おばさん慌ててたから、リックくんの事見落としてたのかもしれないし!」
「て、手伝ってくれるのかい……?」
「うん!まっかせといてー!!私が絶対、見つけてあげるからさっ!」
そう言ってリズは、安心させるようにニコリ、とおばさんに微笑みかける。
「ね、皆も、勿論良いよね??」
ぐるり、とリズの青い瞳が全員の目を捉える。いつもは甲高いきゃらきゃらした声は、何故か妙な威圧感を帯びていた。
「いい天気ねぇ」
村を歩きながら、私はそう、溜息混じりに呟いた。空は快晴。風は穏やかで、遠くからは子供達の声が聞こえる。
……こんな事件が起こっているというのに、村は驚く程のどかだ。
あの後、結局リック探しに付き合う事になった私達は、三つに分かれた。
ジャックは村の外、北側と東側。リズは村の外の西側と南側。そして、私とオルガはこの村の探索を担当する事になったのだ。
が。
「居ないわね」
「居ませんね」
探し続ける事2時間。
マジで見つからない。
「やっぱり、外の方に出ちゃったのかもしれないわね」
「というか、現場の状況と話を聞くに、やっぱり連れ去られた可能性の方が高そうですがね。魔物の匂いも、血の匂いもしませんでしたし、迷子が無いならやはり誘拐かと」
「そうなのよねぇ……」
リックは、夜外に出るのを怖がっていた。そんな彼が、自分から村の外に出て行くとは思えないし。
「向こうで見つかってると良いけど……」
「死体で見つかってる可能性もありますしね」
「やめなさいよ、縁起でもない」
ピシャリ、とオルガを窘め、もう何度目かになる道を、キョロキョロと見回しながら歩く。
すると、階段の先の空き地で、何人かの子供達が輪になって、楽しそうに歌を歌っているのが見えた。
……見たところ、リックと同じくらいの歳の子だ。もしかしたら、何か知っているかもしれない。
「ちょっと、君たち!」
ドレスのスカートの端を摘みながら、階段を上って子供達に呼びかける。
しかし子供達は遊ぶのに夢中なようだ。こちらには気がつかない。
少年の声。少女の声。高い声。低い声。全部混ざって、歌詞をなぞり、歌を紡ぐ。
『ひとつめは土の中
誰にも知られず眠ってる
閉ざされた内緒の迷宮
選ばれた者のみ鍵を持つ
太陽と月が交わる時間
嘘つき乙女の首跳ねて
あの日の約束果たしましょ』
_____内緒だよ。
「……っ!」
なに、これ。何だか、酷く、懐かしい……。
胸が、ギュゥっと締め付けられる。
理由は分からないけど、なぜか切ない。
……私、この歌を、知って……
「お嬢様?どうかされました?」
オルガの顔が、視界にドアップで映った。……突然固まった私を、不審に思ったらしい。訝しげな表情を浮かべている。
「何でも、ないわ」
そう、そもそも同じ国に住んでいるのだ。民謡か何かなら、私が知っていたって、別に不思議じゃない。
「さー嘘つき乙女はだーれだ!!!」
少年の声が、空き地に響く。
周りの子達はみんな目を閉じて、輪になって動かない。少年はぐるぐると焦らすように円を周って、それからトン、とある少女の首に、手を落とした。
まるで、首を落とすみたいに。
「あははは!!」
少年は笑い声をあげながら、また円に沿って走り出す。女の子もきゃっきゃと楽しそうな声を上げて、その後を追い始めた。
どうやら、前世で言う、ハンカチ落としみたいなゲームのようだ。
……ハンカチ落としよりは、些か教育上よろしくないみたいだけど。
「ちょっと君たち、良いかしら」
ゲームがひと段落したところを見計らって、私は輪の中の少年の一人に声をかけた。少年の大きな瞳が、きょとりとこちらを向く。
「お姉さん達、誰?」
「あー……旅人よ」
「旅人?へぇ、珍しいね!お姉さん達も、ゲームやりたいの?」
「あ、いえ……ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?なぁに?」
「あのね、君達リックって子を見てないかしら」
そう問いかけると、子供達は皆「知らない」と、首を横に振った。
「そう……」
溜息が零れる。
地元の子達も見てない、か。
少しでも何か情報が掴めれば、と思ったのだけれど。
「ごめんね、お姉さん。力になれなくて」
「あ、いいえ。良いのよ、気にしないで」
しゅん、と悲しげな表情を浮かべる少年に小さく微笑みかけ、私はその頭を優しく撫でた。少年の柔らかい髪が、心地いい。
「とりあえず、一度宿に戻りましょうか。村にはもういなさそうですから、他に期待しましょう」
「そうね……連絡を待ちましょうか」
言って、私は手首にはめた腕輪を見やった。黒く、飾りのない腕輪は、太陽の光を受け鈍く光っている。
この腕輪は、捜索を始める前に、ジャックが渡してくれたものだ。
近距離なら、これで通信ができる魔法道具らしい。便利なものだ。
少年達にさよならを告げ、階段を降りる。
……すると丁度、腕輪が赤く光った。
リズの声が、脳内に響く。
「はいはーい、皆宿屋にしゅーごー!リックくん、見つけたよ〜!!」
宿屋に戻ると、ジャックもリズももう帰ってきていた。村に入る前に、途中で合流したらしい。
「で?リックは??」
「こっちの部屋にいる」
言って、ジャックが奥の部屋の扉に手をかける。
リックは、部屋の隅の椅子に、小さくなって腰掛けていた。
「…………」
一目で、普通じゃないと分かった。
生気のない表情。虚な瞳。
昨日まで爛々と輝いていたのが嘘みたいに、その瞳は何も写していなかつた。ただただ、ぼうっと虚空を見つめている。
小さな体は、弱々しく震えていて、よく見れば体には小さな切り傷がところどころに刻まれていた。
「酷い、わね」
思わず顔を歪めた。
……無事で帰ってきたとは、とてもじゃないけど言えない。
「ミセスは?」
「ああ、リックの様子にショックを受けて倒れたから、さっき自室に運んだ」
たしかに、あのおばさんがこの様子を見れば、卒倒するだろう。
……痛々しくて、私だって見ていられない。
「どうしたの、あの子。どこで見つけたの?」
震える拳を握り、私はそう問いかける。
「……村の外れの、草むら。この子、見つけた時からずっとこの調子だったから……何があったかは、分からない」
部屋の隅で壁にもたれかかっていたリズは、沈痛な面持ちでそう答えた。
「おい、ボウズ。俺達が分かるか?」
ジャックが、少年の目の前でパラパラと手を振る。しかし、少年は何の反応も示さない。……相当に、参っているらしい。
「しばらく放っておいたほうがいいのでは?」
後ろに控えていたオルガは、興味なさげに言う。
「ちょ、そんな言い方……!」
「いや。オルガの言う通りだ」
咎めようとした私の声は、ジャックに遮られた。
「……今は、落ち着くまでそっとしておいてやろう。さっき助かったばかりなんだ。すぐに思い出させるのも酷だろう」
コイツは俺が見ておくから飯食ってこい、と言ってジャックはソファに腰掛けた。
…………。
「お嬢様、ここは彼に任せましょう。顔色が優れません、少しお部屋でお休みになるといい」
「えっ、あっ、ちょ……!?」
オルガの手が、私の手を捕まえる。
何、ちょっと強引じゃない……!?
戸惑う私など御構い無しに、オルガは私の手を引き、部屋から出た。
カツ、カツ、と廊下に、二人分の足音が響く。
「ちょっと、離して。何なのよ、急に」
「……あの子供、魔力の匂いがしました」
「……え?」
魔力の、匂い?
「どういうこと?誘拐されるときに、魔法でもかけられたってこと?」
「さぁ、それがいつかは分かりませんが、魔法がかけられたのは間違いないでしょうね」
オルガはそこまで言って、自室の扉を開ける。そのまま、私を中に連れ込み、ようやく手を離した。
まるで、ここまで来れば大丈夫、とでも言わんばかりに。
彼はそっと声を潜め、口を開く。
「……あの匂いは……あの匂いは、リズ様のものです。お嬢様、彼女には気をつけた方がよろしいかと」
普段笑ってばかりの赤い瞳は、いつになく、真剣な色を帯びていた。
次回から、本格的にダンジョンの話に入ります。