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12-2 黒魔女の夜

 

 プローミッスムから徒歩数分。

 村に着いた時には、時計の針はもう7時を回っていた。アヴァテーユというこの村は本当に小さな田舎村で、宿屋は一軒しか無かった。


 まぁ、こんなところだし、多分訪れる旅人も少ないのだろう。宿屋があっただけでもありがたい。

 私達は今日はそこで一泊することにした。


 しかし、ここでイレギュラーが起こった。


「いやぁ、お客さんなんて久しぶりだからねぇ。客室は二つしかないのさ。

 悪いんだけどお客さん、二つに別れてくれるかい??」


 私達一行がおばさんの言葉を聞いて、ビキリと固まったのは言うまでもない。


 そう、部屋割り……これが問題だった。

 なんてったってメンツが悪すぎるのだ。


 いや、確かに順当にいけばここは男男女女、同性同士で別れるのが普通だ。

 ……しかし思い出して欲しい。

 今このパーティに私以外の女の子は、あのワガママメンヘラ女しかいない。コイツと同じ部屋なんかに泊まれば、間違いなく私は二度と朝日を拝めなくなる。眠っている間にサクッと心臓を一刺しされてしまうだろう。

 ジャックを選ぶのなんて論外だ。

 心臓を一突きじゃ許してはくれまい。


 惨殺される。

 奴はやる。


 ……となると、やっぱり残るのはオルガか。向こうもどうやら私の意図に気がついたらしい。少し困ったような笑みを浮かべながら、


「あー……お嬢様、私と泊まります?」


 と声を掛けてくれた。


 彼もリズと泊まるのは(明らかに面倒臭そうだから)ごめんだろうし、ジャックはオルガを明らかに警戒している。向こうも私と泊まるのが一番やり易いんだろう。


「ええ、そうね、じゃあ私はオルガと泊まるわ」


 オルガがおばさんから鍵を受け取る。


 リズも爛々と目を輝かせて「じゃあ私はジャックとー!!」と、おばさんの手から鍵を奪い取った。


「行こ、ジャック!!あっ、シャワーは先に浴びていいからね!!……今日は、長い夜になりそうだね……?」


「意味深に囁くなワザと誤解させるんじゃない!!ちょっとおばさん、違いますから!!俺は……って、ちょ、おい!!」


 哀れジャックはリズの細腕にズルズルと引き摺られて行った。

 ……あとでこっそり慰めてあげよう。


「お嬢様、先に部屋へ向かっていて頂けますか?……私は少し、用事を済ませてから向かいます」


「用事?」


 この暗いのに?……一体何処へ行くんだろう。不思議そうな表情を浮かべる私に、オルガは曖昧に微笑むだけだった。……どうやら教えてくれる気はないらしい。


「そう、いってらっしゃい。夕食までには帰って来なさいよ」


 私はオルガの手から鍵を引ったくり、そう言い残して彼に背を向けた。

 問い詰めたって、彼はどうせ答えやしないのだし。なら聞くだけ時間の無駄だ。それに、今日はもう疲れた。私ももう、早くベッドで休みたい。

「ありがとうございます」という言葉と共に、ビュン、と何かが飛び去るような音がして、完全に気配が消え去る。呆然とするおばさんに「飛行魔法です〜」と愛想笑いを残し、私は宿屋の貧相な廊下を進む。


 ……少年がぶつかって来たのは、丁度廊下の角を曲がった時だった。


「ぐぶっ!!」


 丁度鳩尾に激突してきた頭に、女子とは思えない声を上げて蹲る。

 鈍い痛みが腹に広がって、じわりと生理的な涙が滲んだ。


「わ!お姉さんごめんね…!大丈夫?」


 ぶつかって来た少年は、私を気遣うように、小さな手で背中をさする。

 ……痛いのはどちらかというと背中よりお腹なのだが、まぁ心配してくれてるみたいなので良しとした。


「平気……平気よ……大丈夫……」


 言いながら、フラフラと立ち上がる。

 ……痛みが全然抜けない。相当な石頭だ。


「ほんと、ごめんね!僕慌てちゃってて」


 少年はそう言って必死に頭を下げる。アクアマリンの瞳は、若干潤んでいた。「大丈夫、平気よ」と、ツンツンとんがった髪の毛を撫でて、私は彼にニコリと微笑みかけた。


 ……歳の頃は、大体10歳くらいだろうか。片腕にごちゃごちゃ荷物の入ったカゴを持っている辺り、この宿屋のお手伝いっぽいけど……。


「えーっと…はい!お詫びにこれ、あげる」


 そう言って、少年はカゴの中をゴソゴソとまさぐって、リンゴを一つ差し出した。


「僕の家、りんご作ってんの!おばあちゃんに届けに来たんだけど、日が暮れちゃったから、急いでて」


「そう……ありがとう、頂いておくわ」


 小さな手から、リンゴを受け取る。

 おばあちゃん、というのはきっと、さっきの受付のおばさんのことだろう。

 まだ若く見えたが、孫がいたのか。


「君は、この村の子?」


「そうだよ!すぐ向かいに住んでるの!」


「そう……」


 お向かいに、ねぇ。

 ……なら、どうして彼はそんなに急いでたんだろう。そんなに近いなら、別に日が暮れていてもそう危ないことは無いだろうに。


「……日が暮れるとね、ここらじゃ変な呻き声が聞こえるんだ」


 まるで私の疑問に答えるように、彼は言う。どうやら思っている事が顔に出てしまっていたらしい。


「呻き声?」


「そう。グルルル……って、まるで怪物みたいな声。それが怖くって」


「ふぅん……」


 魔物の声か何かだろうか。

 この村の辺りはそこそこ魔物も出る、って御者のおじいさんも言っていたし。ボルノワじゃ滅多に聞かないが、こんなど田舎なら魔物の遠吠えの一つや二つ、聞こえてきてもおかしくはない。


「じゃあ、気をつけてね。もうぶつからないように」


「はぁい、またね、お姉さん!」


 少年はにこり、と微笑むと、後ろのおばさんの方へと駆けて行った。

 それを見送り、私は今度こそ角を曲がる。


 部屋は、簡素な造りのツインルームだった。小さな書き物机と椅子、鏡台にソファと…それから安っぽいベッドが二台置いてある。良かった。流石にベッドまで一緒だったらどうしようかと思った。もう彼とは何度か一緒の部屋に泊まっているけど、同衾は普通に抵抗があった。流石に姿形が男性の物と、同じベッドで寝られるほど、私の貞操観念も緩くはない。


 もらったリンゴを机に置き、私はなんとなく鏡台を覗き込んだ。……鏡に映り込んだ酷く疲れた紫の瞳を見て、私はああ、とヴァニティの薬で姿を変えていたのを思い出した。今は髪も茶色だ。……元の、糾弾される前のエレナ・ブラッディだ。姿だけは。


 はぁ、と深く溜息をついて、私はソファに深く腰掛けた。もう随分と長い間使われていなかったらしい。ぎしり、とソファのスプリングの嫌な音が響く。


 ……ああ、疲れたなぁ。



 思えば荷馬車で移動するのなんて初めてだったし。それに、あのリズの相手をするのも疲れた。


 ……いや、それだけじゃないな。

 ここまで色々あった。

 ……色々と、失った。


 要するに疲れが蓄積されているのだ。

 悪夢に魘されて、まともな睡眠も取れていなかったし。


 ……心地よい眠気が、体を襲う。

 ああ、今なら少し、現実を忘れられそうだ。


 …とろりと重くなり始めた瞼を閉じる。

 すると私の意識は、まるで泥に飲み込まれるかのように一気に暗闇の底へと落ちていった。







 ……懐かしい夢の中で、あの子はいつもの歌を歌っていた。


 内緒だよって、笑いながら。


サブタイトル変更しました。

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