12-1 黒魔女と秘密の迷宮
ダンジョン、プローミッスム。
エレミアの隅の隅、ガイナス家の領地、アヴァテーユ地方にあるダンジョン。
____通称、虚構の法螺穴
その名の通り、誰も知らない秘密の迷宮である。
そう、このダンジョンの内部を知る者は、誰も居ない。それどころか、実在するのかどうかすらも曖昧だ。だって、プローミッサムを、誰も見たことがない。
……このダンジョンの存在は、噂話の様なものだ。或いは、法螺話と言うべきか。
元々、プローミッサムは、近隣の村々で語られる伝説に登場する迷宮だった。なんでも昔、一人の旅の魔法使いが『だいじなもの』を持って村へやってきて、その隠し場所としてプローミッサムを作ったらしい。しかし魔法使いは、そのだいじなものを隠し通す為に、入り口を魔法で隠してしまったのだとか。それ以来、プローミッサムは入り口を開く事は無く、数百年間沈黙を保ってきた。
だからダンジョンの場所は誰も知らない。この話が本当なのかすら、誰も分からない。
それでも、この話は村人たちによってずっと昔から語り継がれてきた。
御伽噺として、大人から子供たちへ。
……ノエルは、この話は本物だと言った。一体どこから情報を仕入れたのかは知らないが、プローミッサムは、確かに実在すると。
だから私達は、こんなド田舎を訪れているわけだけだけど……
「なーんにもないじゃなーい!! やだ、つまんなーい!!!」
だだっ広い草原に、耳障りな甲高い声が響く。声の主であるリズは、不満げにぶぅ、と頬を膨らませた。
そう、何もないのだ、ここ。
ダンジョンのダの字もない。
どこまでもどこまでも、夕焼け色に染まった、穏やかな草原が続いている。
「本当に、目的地はここなのよね?」
「ああ、その筈だ。ノエルから受け取った地図の通りに来たしな」
地図を見ながら、ジャックが頭を掻く。ひょい、と覗き込んで見せて貰えば、確かに位置に間違いはなかった。地図の端には手書きで『詳しい位置はよく分かんないから適当に見つけてね★』と軽薄さを匂わせる文章が書かれている。
……一文でこれ程までに人をイラつかせる彼も凄いと思う。
「ねぇジャック〜〜〜!! 私、もう疲れちゃった〜〜!! 今日のところは引き上げて、明日また見に来ようよ〜!!!」
リズがジャックの腕に絡みついて、ぶぅぶぅ子供の様に駄々をこね始めた。
ジャックが迷惑そうな顔をするのにも御構い無しだ。
…………。
「文句しか言えないなら、別に付いてこなくても良かったのよ、リズ」
私がそう冷淡に言ってやると、リズはあからさまに不満そうな目でこちらを睨みつける。
「え〜〜? エレナちゃんに言ってないんだけど〜〜? 調べたいなら一人でここにいれば〜〜?」
……本当、気に食わない女。
わがままだし、ちょっと気に食わない事があれば、すぐに癇癪を起こすんだから。手に負えない。
そもそも、別に彼女が付いてくる必要なんて無かったのだ。それを、いきなり「ジャックと一緒に居たいから!」なんて訳の分からない理由で一緒の荷馬車に飛び乗ってきたのだから、私としては良い迷惑である。
「というか、そうやって、所構わずジャックにベタベタするのやめたらどう?教養の無さがバレるわよ」
「え〜? なに〜? エレナちゃんもしかして、私とジャックが恋人同士だからって嫉妬してんのぉ〜? あは、やだかっわいー!!!」
「だから俺はお前と恋人になった覚えは……」
「酷い酷い酷い酷いジャックの馬鹿!!
どうしてそんなこと言うの!?
あっ、そっかぁ。私に飽きちゃったんだね……?
じゃあ仕方ないね、死ぬね?」
「だから軽率に自殺芸をするな!!!」
ギャイギャイ言い合う二人に、私は盛大に溜息を吐いた。
やってられないわ、本当……。
オルガだけでも胃が痛かったのに、リズというストレス因子が加わったせいで、そろそろ胃に穴が空きそうだ。勘弁してくれ。
「……って、あれ?オルガは??」
そういえば、と思い返せば先程から彼の姿が見えない。
……どこに行ったんだろう。
ぐるり、と風に凪ぐ草原を見渡してみる。すると、遠くの方に人の形をした影が見えた。
「なにやってんのよアイツ……」
影を追い、坂道を下る。
いくら悪魔といえど、置いてきぼりは可哀想だろう。
「ちょっとーー!!?オルガーーー?!!」
大きな声で、草原の向こうのオルガに呼びかける。しかし、彼は答えない。
……聞こえないのだろうか。
段々と彼の背中が近づいてくる。
トン、と肩を叩けば、彼はようやくこちらを振り向いた。
「おや、お嬢様」
「何してるの?」
問い掛けると、オルガは思い出したように笑みを浮かべた。
「いえ、別に。……ただ、少し気になるものを見つけたので」
「気になるもの……って、え?」
言われて、私もようやく気がついた。
私が今立っているのが、石畳の上だということに。
「これは……!?」
どういう事だ?さっき上の方から見たときは、確かにここは草原だった。
石畳なんてなかったはずだ。
……それも、こんな円形状の広場なんて。
普通、彼処から、こんなに目立つものを見落とすか……??
「少し、一緒に調べてみましょうか」
言って、オルガは私の手を引く。
……彼の口元からは、笑みが消えていた。
私は手を引かれるまま、広場に足を踏み入れる。
広場は、半径30メートルほどの正円形をしていた。どうやらかなり古いものらしい。ところどころひび割れている。
そして……何より目を惹くのは、やっぱり広場の円周上に置かれた石像だ。等間隔に並べられたそれは、ここからでは何を形取っているのかわからないくらいには風化していた。
「1、2、3……合わせて13体。随分多いわね」
「そうですねぇ……」
オルガは赤い瞳を鋭く光らせ、石像の内の一体に近づく。
よく見てみれば、石像は女の人の形をしていた。風化が激しくて細かいところまでは分からないが。
……布を巻きつけたような服を着て、優しい笑顔を浮かべている。前世の美術館なんかに、ポンっと飾ってありそうな石像だ。
「どうやら、他も全て女性の石像のようですね」
目を細め、辺りを見回していたオルガが言う。
13体の、女性の像……か。
「……何らかの宗教施設とか、かしら?」
「かもしれませんが……。少なくとも、私が知る限りこんなものを作る宗教は、この近辺では信仰されていなかったと思いますがね」
……じゃあ、一体ここは……。
しばらく考え込んでいると、突然ビュウと強い風が吹いた。冷たい風が体に刺さり、思わず身を縮める。風は草を薙ぎ倒し、辺りを駆け抜けていく。
……また静寂が戻る頃には、もう夜はそこまで近づいていた。
「……そろそろ戻りましょうか。暗くなってきましたし、お二人も心配しているでしょうから」
オルガはそう言って、ニコリと笑いかけ、私が頷く前に歩き始めた。
……手は、まるで何かを警戒するように握られたままだ。
有無を言わせぬ態度に、私は仕方なくされるがまま、オルガに手を引かれる。
……石像の女は優しく微笑みを浮かべ、静かにこちらを見つめていた。
ちょっと改稿しました。