表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/29

11-2 黒魔女と恋愛脳

 


「お、来たか」


 ギルドの外に出ると、ジャックとオルガはもう、準備を済ませてギルド前のベンチに二人腰掛けていた。どうやら少し待たせてしまったらしい。


「遅くなってごめんなさいね」


「気にするな、俺達も今出てきた所だ」


「それに、お嬢様がノロ…若干のんびりさんなのはもう知ってますから」


「……本当に余計な事しか言わないのね、貴方。ジャックの爪の垢でも煎じて飲ませて貰ったらどうかしら」


 忌々しげに悪態を吐く私に、オルガは「おっと、失礼しました」なんてニヤニヤ口元を歪めた。いつでもどこでもムカつく奴だ。完全に私を舐めている。


「……それで、目的地まではどうやって向かうの?」


 とりあえずオルガは無視して、私はジャックにそう問いかけた。悪魔相手に、ムキになったって仕方がない。彼らは人を煽るのが仕事みたいな奴らだし。ジャックは若干引き攣った笑みを浮かべたが、すぐに気を取り直して、


「あそこの馬が、郊外まで行くから、荷台に乗せて行ってくれるそうだ」


 と答えた。


 見れば確かに、少し離れた場所に、荷馬車が停まっている。荷台を引く痩せた馬の隣では、人相の悪いお爺さんが仏頂面でタバコを吸っていた。

 ……なんだか、カタギには見えない。


「大丈夫? あの馬車。野菜と見せかけて実は麻薬運んでました〜とか、そういうの、無い?」


「全然あるな。あの爺さん、麻薬商人だし」


 ……そんなシレッと答えることじゃないだろう、それは。


 なんだろう、やっぱり闇ギルドの人間は、アンダーグラウンドな商人なんかとも仲が良いんだろうか。同じ穴の狢、みたいな。


「まぁ、たまに取引まで爺さんの護衛したりもするからな。顔馴染みだよ」


 微妙な顔をしていた私に、ジャックは苦笑しながらそう付け加えた。


 ……まぁ、私自身も今となっては犯罪者だし、彼らのことをとやかく言う権利はないか。それに現地までの足が調達できたのはありがたい。電車や乗り合い馬車なんかを使っても良かったけど、やっぱりできるならあまり、一般人とは関わりたくない。どこでボロが出るかも分からないし。


「おーいボウズ!! まだ出発しねぇのか!? そろそろ置いてくぞ!?」


 お爺さんが、道の向こうでこちらに向かって手を振る。ああ、いけない。時間だ。


「じゃあ、行きましょうか」


「ああ。そうだな、荷物は……と」


 そう、ジャックがカバンを取ろうと、後ろを振り向いた時だった。


 目の前を、猛スピードで何かが突っ切っていったのは。


「ジャーーーーーーーックぅぅぅぅっ!!!!!!」


「ぐへっ!?」


 ドン、と。鈍い音が辺りに響く。

 次の瞬間には、ジャックは硬い地面に倒れ伏していた。否、倒れ伏していたというよりは。


 ……毒々しいほど、赤い髪をした女の子に、押し倒されていた。


「あーん会いたかったーー!! 久しぶりだねジャック〜!!!! アッシャンプー変えた!? いい匂いするーー!!! すんすんすんすん」


「っやめろ気色悪い!!!!」


「アッそうだよね……気持ち悪いよね……私みたいな女。ごめんなさいごめんなさい嫌わないで嫌わないで、お仕置きするから嫌わないで……」


「ばっ、やめろ! 軽率に手首を切るんじゃない!! こっのメンヘラ女!!!!!」


 いきなりナイフを取り出して、自分の手首を切りつけ始めた少女の手を、ジャックが強く掴む。


「あぁっ…! ジャックが私を心配してくれてる……! 私、愛されてるぅっ……!」


 恍惚とした表情を浮かべて、少女はぞくぞくと背中をしならせた。


 私達はといえば、いきなりの茶番にただ呆然とすることしかできなかった。


「何、あのサイコパス臭がする女の子は……」


「さぁ……?見たところ彼の恋人のようですが……」


「頼むからやめろ!!! こんなのと付き合えるか!!!」


「アッ、そうだよね……ジャックは私みたいなのと付き合うのなんて嫌だよね……。それなのに私、ジャックを好きになって、あろうことかモブお二人を勘違いさせちゃって……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、死んで償うから許してぇぇっ!!!」


「あああもう面倒くせぇぇぇ!!!」


 ジャックの悲痛な声が、市街地中に

 こだまする。周りの人の目がとても痛い。


「っ悪いな……。コイツはこういう奴なんだ……っ!」


 言いながら、ジャックが腹にナイフを刺そうとする彼女を地面に押さえつける。その手つきは何とも慣れたものだった。


「ジャックが私を地面に押さえつけてっ……これってもう押し倒してるのと同じだよねぇ!? やだ、ハジメテが路上なんて……っ! ジャックのケダモノっ!」


「やめろ!! 生き埋めにするぞお前!!!」


「心中!?心中なのっ!!?そっか……ジャック、今まで私に素直になれなかったのは、そういう事なのね!?

 いいわ、私、ジャックとなら死ねるっ!!!」


「一人で死ね !!!!!」


 ……いや本当、なんなんだこれ。

 私達は一体何を見せられているんだ。


「で、結局誰なの、貴女」


 そろそろ収集がつかなくなりつつあるので、気を取り直して、私は押さえつけられたままの少女に問いかけた。


 彼女はその蒼天のような青い瞳をきょとりと私の方へ向け……そしてニコリと微笑む。


「テメーに名乗る名前なんかねーよ、ブース」


「……は?」


 あまりにも。あまりにも、穏やかな声で紡がれた暴言だった。一瞬何を言われたのか分からなくなる程に。


 ……脳がようやくその言葉を飲み込んだ時には、少女はジャックの手を逃れていた。


 彼女の手の中のナイフが、真っ直ぐ私を向く。


「ねぇねぇねぇぇぇ? 人がいない間に何抜け駆けしてんの?? ていうか誰とかこっちのセリフなんだけど?? いきなり出てきてジャックとイチャイチャイチャイチャしてさぁ?? ジャックは私のなんだよ?? 泥棒猫? 泥棒猫なの?? ねぇ殺していい???」


「ひぇっ」


 呪詛のようなその言葉に、思わず背筋が冷えた。痛い程の殺気が肌を刺す。少女特有の高い声は、確かな、狂気を孕んでいた。


 何、この子……!?


「っおい!! やめろリズ!!」


 ジャックの怒鳴り声が、鼓膜を揺らす。それから、チッ、と落とされた舌打ちの音。


 ……喉を切り裂こうとしていたナイフが、ゆっくりと離れる。


「次ソイツに手を出してみろ……!俺はお前を許さないからな……!」


 ジャックが少女の方を鋭く睨みつける。ジャックの方を向いた時には、少女は先程と同じような笑顔を浮かべていた。


「もう、やだぁ!ジャックったら、そんなに怒らなくてもいいじゃ〜ん!

 ちょっとした、冗談だよ〜?」


 そう、彼女はへらへら笑って言う。

 ……冗談、だなんて。

 冗談であんな殺気が出せるわけがない。間違いなく、あの子は私を殺す気だった。


「……本当、悪いエレナ」


「……いえ」


 別に、ジャックが頭を下げることじゃない。


 まだナイフの冷たい感触が残る首に手を当てながら、少女を睨みつけると、まるで先程までの態度が嘘のように、彼女はニコリと人好きのする笑みを浮かべて私の手を取った。


「さっきはごっめんね! 私ジャックのことになると、ちょっと周りが見えなくなっちゃうの!! あ、私はリズだよ!! リズ・アッカーマン!!

 んで、ジャックの彼女!!よろしく!!」


「最後に関しては無視してくれ」


 リズの言葉に、ジャックが注釈を付け足す。

 ……よろしく、なんて割にはえげつない力を込める細い手を、私もこれでもかと力一杯握りしめた。


「エレナ・ブラッディ。……よろしくね」


「うん、仲良くしようね!!」


 お互いの目を探るように見つめ、うふふ、あははと笑い合う。


 ……カァン、と開戦のゴングは、高らかに鳴り響いた。


次回より冒険編スタートです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ