11-1 黒魔女と出発前のあれこれ
「魔法を教えてやろう。隠された記憶を解き放つ、内緒の呪文だ」
そう言って、彼は私の小さな耳に唇を寄せて。
こっそり、秘密を教えてくれた。
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「うん、いいじゃないか! 似合ってるよ!」
新しい服を見に纏った私を見て、モニカさんは満足そうにニカリと笑った。
「本当?」
少し照れくさくなりながら、くるり、とフレアスカートを揺らす。
鏡の向こうの自分は、真っ黒なドレスを見に纏い、微かに頬を染めていた。
胸には控えめにビーズと花の装飾が、袖にはレースがあしらわれたそのドレスは、他でもないギルド長、モニカさんからのお下がりである。数日間ずっと同じ服装の私を見かねて、古いドレスを貸してくれたのだ。
……まぁ、冒険には向かないかもだけど、あの窮屈なイブニングドレスよりは幾分かマシである。
おあつらえ向きに唇を釣り上げれば、鏡の向こうで、もう一人の私がぎこちなく微笑んだ。
取引から一夜明けて、今日。
私達はジャックと共に、邪竜石が隠されているというダンジョンに向かうことになった。本当はオルガと二人だけで行くつもりだったのだが「魔法も使えないんじゃ、ダンジョンは大変だろう」ということで、ジャックが一緒に行く、と言ってくれたのだ。
私達としては有難い話である。いくら悪魔がいるとはいえ、戦力が多いに越した事はない。ダンジョンに挑むのだから、出来る限り万全は期すべきだ。
昨日一日は、ダンジョンに行くための準備に費やした。薬や食料を買ったり、武器を準備したり。私も一応、ジャックのお下がりだが、拳銃を一丁渡された。「出来る限り守るが、もしもの時は使ってくれ」と言う彼の顔は、そういえばどこか悲しそうだった気がする。
「忘れ物はないかい?」
「ええ、きっと」
背の低いパンプスを履き、今一度カバンの中身を確認してみる。薬も携帯食もハンカチも拳銃も、全てギルドからの貰い物&借り物だ。
「……ねぇ、モニカさん」
「ん?」
「どうして貴女達は、部外者の私に良くしてくれるの?」
彼女達は情報をくれた。道具をくれた。武器をくれた。衣装をくれた。
それから、沢山の笑顔と、激励の言葉も。私たちが仲間だと言うのなら、分かる。ギルドの一員として、そうしているのだと言われれば理解できる。
でもそうじゃない。私はただの部外者だ。昨日、たまたまジャックに連れられてやってきただけの人間だ。
……彼女達が、私に手を課す理由なんて、無いはずなのに。どうしてこんなにも、優しくしてくれるのか。
帰ってきた答えは、意外にも単純明瞭なものだった。
「そりゃあだってアンタ、仲間じゃないか」
きょとん、と。「何を言ってるんだお前は」とでも言わんばかりに、彼女はそう答えたのである。
「仲間……?」
私が?つい昨日会ったばかりなのに??
「出会ったのがいつか、なんて関係ないよ。私らの仲間であるジャックの大切な奴なら、アンタも私らの仲間さ」
「大切な、」
大切って。そんなはずがない。
ジャックだって、つい一昨日会ったばかりだ。そんな簡単に、誰かの大切になんて、なれるはずがない。
……なれるなら、私は苦労していない。
「……ま、自覚してないならいいさ。
アイツも難しいお年頃だしねぇ」
そう、ケタケタ笑いながら彼女は私の肩にポン、と手を置いた。
エメラルドグリーンの瞳が、優しく私を見つめる。
「アンタはもう少し、素直になってみるべきだ。その色眼鏡を取り払って、しっかり周りを見てごらん。
……案外、アンタは難しく考えすぎているだけもしれないよ」
残酷な人だ、と思った。
素直に、だなんて。
……それを私に言うのか。裏切られ、虐げられ、復讐を誓った私に。
そんなこと、できるはずがないのに。
人間不信を拗らせたつもりはない。
でも、手放しで人を信じるには、現状を楽観視するには、少し私は疲れすぎた。
だからきっともう、私はギルドの人達みたいにはなれない。
「……気をつけて行っておいで。怪我するんじゃないよ」
私の心境を知ってか知らずか、彼女はそう微笑んで、そっと私の頭を撫でた。
まるで母親みたいだなぁ、なんて。
母様の影を重ねて、私はそう思ってしまった。
トラブったので二つに分けました。申し訳ない…!