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1-1 黒魔女、糾弾される

 嫌いなものは何ですか、と聞かれた時、ワタシは迷わずこう答えるようにしている。


 早寝、早起き、朝ごはんです、と。



「ちょっとアンタ! もう八時だけど起きなくていいの!?」


「良くないです!!!」


 階下から聞こえる母親の声に、眠気に侵されていた頭は一気に覚醒した。暖かい布団から飛び出して、ワタシは急いで身支度を整える。顔を洗い、歯を磨き、制服を着て…カバンにゲーム機を放り込んだ。

 朝食を摂っている余裕はないので、ダイニングの席に着くことはない。


「ご飯は!?いらないの!!?」と後ろから怒鳴る母の声を聞き流して、ワタシは玄関を飛び出した。


 自転車のペダルを踏み、長い長い坂道を滑るように降りて行く。



 ……思えば、これがいけなかった。



 案の定、というかお約束というか。

 …ワタシの体は交差点に入ってきたトラックに跳ね飛ばされ、道路のアスファルトは真っ赤な血で染まった。


 享年17歳。哀れワタシは、モザイク必須なぐちゃぐちゃの肉塊と成り果てたのである_____





 という前世の記憶を、たった今思い出した。


 さて、ここいらで一つ自己紹介をしておこう。


 私の名前はエレナ・ブラッディ。


 エレミア王国でトップクラスの権力を持つブラッディ公爵家の公爵令嬢。栗色の艶のある髪と、理知的な光を帯びた紫の瞳を持つ美しい少女であり


 ……この『世界』の、絶対的な悪役だ。



『マジカルラヴァーズ』


 通称マジラヴァ。発売初日から口コミで話題を呼び、僅か三日で在庫分はすべて完売、ソフトの受注が追いつかなくなるという伝説的なヒットを飛ばしたモンスター的乙女ゲームだ。


 とはいえ、内容はいたってシンプル。魔法使いの国、エレミア王国でトップランクの魔法学校への入学が決まった、平民の少女である主人公が、学校内の有力貴族達とアハハウフフな学園生活を送る……というありふれた学園ものである。


 しかし、個性豊かなキャラやグラフィックの美麗さ、システムの斬新さから人気に火が付き、私を含めた沢山の乙女がこのゲームにのめり込んだ。


 ……そして、そんな彼女達の恋路を邪魔する、いわばお邪魔キャラこそが、王子アランの婚約者であるエレナ・ブラッディなのである。


 そう、つまりは私だ。


 あの、高飛車、高慢、意地悪と嫌な金持ちの体現者みたいなアイツ。


 キャラクターとのイベントごとに邪魔をしにきたアイツ。


『金魚のフン』とプレイヤーに呼ばれ、疎まれていたアイツ。


 それこそが、私なのだ。

 俗に言う転生とかいうアレ。ファンタジックでラノベによくあるアレだ。


 …そう、どうやら私は、マジラヴァの世界に転生し、しかもあろう事か気がつけば悪役令嬢エレナとしての人生を歩んでいた。


 少なくとも、今思い出した限りでは。


「……でも、そう考えれば、この状況も納得がいくわね」


 静まり返る大広間で、私はポツリと言葉をこぼす。先ほどまでパーティ会場を包んでいた楽しげな雰囲気は跡形もなく消え去り、私を中心に重苦しい空気が辺りを支配していた。


 ……今の今まで、一体何が起きているのか分からなかったけれど、全てを思い出した今なら得心がいく。

 だって私は悪役で。私はこのシーンを画面越しに観たことがあるのだから。


「さて、エレナ? 君の悪行は、皆に知れ渡った訳だが……何か言いたいことはあるかな」


 王家の象徴である白髪を結わえた、端正な顔立ちの青年…王子アランは、そう言って真紅の瞳で私を鋭く睨みつけた。こちらを睨むその目には普段の穏やかさは一欠片も残っていない。

 明らかな侮蔑と憤りの色だけが、こちらを見つめている。……どう見ても、元婚約者に向けるような目ではなかった。


「……はぁ」


 辿り着いてしまった結論に、私は小さく嘆息した。


 どうやら、認めたくなかった現実を認める時がきたらしい。


 …私は、悪役令嬢エレナは、現時点で破滅への階段を登りきったのだ、と。


 事の始まりは、屋敷に届いた一通の手紙だった。

魔法学校を二日前に卒業し、久しぶりにゆっくりと部屋で優雅にお茶を飲んでいると、じいやが王家の封蝋がされた手紙を持ってきたのだ。


 中身はと言えば『王子が魔法学校を卒業したことを記念して、王子の同級生の生徒を招き、王城で盛大にパーティをやるから来てください』と、まぁ掻い摘んで言えばそんな感じだった。


 正直こういうパーティだとかそういうのは、堅苦しくて苦手なのだが、流石に王子主催のパーティに「すみません気乗りしないんで欠席で〜」とは言えまい。

 私は黒のパーティドレスを身に纏い、渋々、会場である王城へ向かった。


 ……そして、会場の大広間に入るなりこれだ。

突然の事になんだなんだと目を回しているうちに、王子アランは私が犯したという悪業を、皆の前で声高々に私に突きつけたのである。


 訳が分からなかった。


 一体彼らが何を言っているのか、一体なぜ彼らが私に怒りを向けているのか、私には全く理解できなかったのだ。


 しかし、前世の記憶を思い出して、私はようやく現状を把握した。


 つまりこれは、断罪イベントなのだと。


 ……マジラヴァの攻略対象の一人であるアランとのルートに入り、かつアランの好感度が一定以上だと、この卒業パーティでの断罪イベントが始まる。


 断罪イベントでエレナは、彼女が今まで行ってきた数々の悪行を、想い人であり、婚約者のアランによって糾弾される。罪を暴露され、彼女は多くの貴族の前で醜態を晒すのだ。醜く喚き立てる彼女の姿は、中々に愉快だった。彼女が地面に這いつくばるスチル絵を見たときは、画面の前でガッツポーズを取ったものだ。


 ちなみに、この断罪イベントで自らの悪行を暴露された後エレナは、



 エレナは……



 あれ?



 ……なんだったっけ。


 ひょっとしてまだ記憶が混乱しているんだろうか。

上手く思い出せない。


 ……まぁ、いいか。思い出せないということは、そう大切な事でもないのだろう。


 大事なのは、この私が、今、この瞬間、断罪イベントを迎えているという事だ。


 このままなんとかしなければ、多分私はロクでもない目に遭う。具体的に言えば破滅する。それは間違いない。


 え?どうして思い出せないくせに断言できるのかって?


 答えは簡単、それがお約束だから。


 世の中には許される悪役と許されない悪役がいる。エレナは後者。主人公へのあの仕打ちは、同情の余地がない。彼女は疎まれ、そして悲惨な終わりを迎えるべきキャラクターだ。


 ……破滅への階段は登りきった。

 後は、てっぺんから落ちるだけ。


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