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第七話 新しい日常

それからはもう、あっという間だった。

授業は聞かずにアリアの席に縄で括り付けられ、ただただ『不幸』を吸収し、アリアに供給する。

しばらくして昼休みになり、いつもどおりにカズと委員長と俺で学食を食べた。そこに愛里とかいうヤツが増えてたけど。


午後の授業も同じく、『不幸』を吸収し続けた。



ちなみに、今日のカズと委員長はとても幸運だった。

授業はずっと寝続けているカズだが、今日一日は教師に見つかることもなく、数学の宿題も急遽、来週に持ち越しとなった。

委員長はやたらと教師に当てられたが、難問をスラスラ解きまくった結果クラス中から賞賛を浴びることになった。


そりゃそうだろう。ずっと二人の『不幸』を吸い続けていたのだから。




「…なんか今日は気分が良いわね。」

「そうかぁ!優子もそうなのかぁ!

あはははは!いやぁ、俺今日はマジで気分良いぜ!よく寝たからな!」

「このっ…!なんで先生に見つからないのよ!数学の宿題は来週に持ち越しだし!」

「日頃の行いってヤツよ!そういう優子こそ今日はチヤホヤされてたじゃんか!」

「うるさい!それとこれとは違うわよ!この脳筋!」

「何ィ!…え?脳みそって筋肉じゃないのか?」

「〜〜〜!!」




また委員長の怒りが大爆発しそうなのでこの場を離れる。

…あと、これからはなるべくカズの『不幸』は吸わないようにしよう。



そうしていると、教師が入ってきて、帰りのHRが始まった。


「はぁ…やっと一日が終わった…」

「そうね。結構あっという間だったし。」

「そういえば、もう大丈夫なのか、アリア。」

「ええ。今日は大量に魔力供給してもらったからね。魔法を使わなければ楽々一年は過ごせるかな。」

「お、おう。それは良かった。」

「ま、これから毎日やってもらうけどね。」

「嘘だろ!?」

「当たり前よ。ここで魔法を使うには二ヶ月分くらいの魔力を消費しなきゃいけないの。つまり、まだ六回しか魔法を使えないのよ。」

「待てよ。最初に吸った百合の分は残ってないのか?」

「そんなの、もう全部使っちゃったわよ。ここまで状況をセッティングするまで結構大変だったんだから。」




…まぁ、確かに。百合と母さんへの催眠術、家に施した細工などを足せば、結構な魔力消費をしたんだろう。



「さて、と。もう先生の話終わったみたいだし。帰りましょ?」

「ん?あ、ホントだ。」


起立して、一礼する。

俺は一礼なんてできないので軽く会釈して終わる。

それと同時に、腹に巻きついていた縄が解け、自由になる。

自由になるのは昼休み以来だったから、ありがたい。


教室は一転して騒々しくなった。


今日はどこに遊びに行こうだとか、部活がどうだとか、そんなたわいない話だ。


カズは委員長に頭を引っ掴まれてどこかに連れていかれている。

恐らく委員長の部屋に連れていかれるのだろう。

風太チャン助けてぇぇ、なんてどこぞのバカの断末魔が聞こえる気がするけど、無視する。

自業自得だ。



そんな、当たり前の光景を、アリアは尊い目で眺めていた。



「どうしたんだ?急に。」

「?あぁ、うん。私ね、実はこういうのに憧れてたんだ。学校っていうものは知っていたけど、みんなとても平和で、幸せそうね…」

「なんだよ、アリアは学校に行ったことなかったのか?」


冗談混じりに聞いてみる。



しかし、アリアは悲しそうな顔を浮かべて答えた。



「…ええ。私、今まで学校に行ったことなんて、一度もないわ。」

「えっ…?」


「うん。私の家は今朝も言ったけど良家でね。代々、跡継ぎには英才教育が施されてるの。寝て起きてご飯を食べたらすぐに魔法の修行。それが終わったら学問。人と交流する時は決闘する時だけ。もちろん、学校にも行ってないし、私の屋敷の敷地内から出たことはなかったわ。町で遊んだこともないし、友達なんて一人もいなかった。

だから、学校ってこんなに楽しい所だったなんて、初めて知ったわ。」

「アリア…」



彼女の横顔が夕日に照らされる。


それは、この上なく美しかったが、とても寂しい顔だった。


苦しい。


何か、彼女に声を掛けなきゃ。


じゃないと、俺が、苦しい。


そうだ。彼女は…


「…違う。」

「えっ?」

「アリアの顔は、そんな寂しそうな顔じゃないだろ。」

「ふ、風太…?」


「明るくて、ちょっとおっちょこちょいで、誰とでも仲良くなれる。それがアリアだろ?この体になって、お前と会って初めての一日で俺はわかった。」

「アリア。お前はずっと笑顔でいてくれ。そんな寂しそうな顔しちゃ、ダメだ。」


「ふ、風太…」


「大体、こんな当たり前の日常でそんな幸せそうな顔してたら、この先幸せで破裂しちまうぞ?ここには、幸せが溢れてるんだから。」


「だから、アリアも。幸せになってくれ。」





しばし、沈黙が流れた。


教室にはもう誰もいなかった。



やっと。アリアが口を開いた。




「う、ふふ。そうね。そうよね。何言ってるのよ。私。辛いことなんて、もう忘れる。」

「私はここで、『しあわせ』になるんだ!」




彼女の笑顔は、美しかった。



夕日に照らされた、とても綺麗で明るい笑顔だ。



その顔を見てると、なんだろうか。

胸の中があったかくなっていく気がする。






グググッ



不意に体が膨らんだ。












真っ赤に染まった空を飛ぶ。


今朝とは違い、アリアは俺の背中ではなく、肩に乗っている。

背中には乗らないのか、と聞いたら肩に乗りたいんだ、とゴリ押しされた。




会話はない。

ただ、視線を少しずらせば、そこには幸せそうな一人の少女の顔があった。



だから会話は必要ない。

アリアは本当に幸せそうだった。








無言のまま家に着いた。


玄関を開けると、母さんが部屋から顔を出してきた。



「ただいま。母さん。」

「あら、おかえり二人とも。晩御飯そろそろできるから、二階で百合の相手してあげて。」

「了解。行こうぜ、ア…」


アリア、と言いかけたら、鋭い視線が飛んできた。


「愛里…」

(よろしい。)



危ない危ない。危うくバレるところだった。


階段を上がっていくと、アリアが突然思い出したように声をあげた。



「あっ!そうだった。私、今朝に母さんとお手伝いの約束してたんだった。風太、百合ちゃんと遊んであげて。」

「え?アリア?」



自分と逆方向に階段を下っていくアリア。


そこで一瞬、アリアがこっちに目配せした。

その目はこう語っていた。



(せっかくだから妹さんと遊んできなさい。)


と。


コイツ。変な所で気がきくなぁ…

でも、気遣ってもらったのは感謝する。



そうして俺は、一人で階段を上っていった。



百合の部屋に到着する。


ノックすると可愛らしい、ハーイいう返事が聞こえ、ドアが開く。



そこには、俺が契約してまで守りたかった、少女の笑顔があった。



「あっ、お兄ちゃん!!おかえり!」

「ただいま。百合…おっと。」



体がよろける。

百合が抱きついてきたからだ。



「へへへ…お兄ちゃん大好き…」

「おいおい…」


百合はいつも俺が帰ってくると抱きついてきた。


ただ、今日は体が違うだけだ。


「そんなに動いて大丈夫なのか?昨日は交通事故に遭ったみたいじゃないか。ケガはしてないのか?」

「全然!痛い所なんてどこにもないよ!」

「そうか…無事で良かった…」



百合が無事なら、こんな体になった意味が少しでもあるってもんだ。



「そ、れ、よ、り!!聞いてお兄ちゃん!今日、学校でね!」



しばらく百合の話を聞いてやる。

いつも通りの時間が過ぎ去っていく。


すると、下からアリアの声が聞こえてきた。



「風太〜!百合〜!ご飯出来たよ!

下に降りてきて!」

「おっ、もうそんな時間か。行こう。百合。」

「うん!」




台所に着き、夕飯を食べる。



食べ終わると母さんに最初に風呂に入るように言われた。



「風呂か…」


もちろん、この体で風呂に入るのは初めてだ。

ちょっとだけ緊張する。



洗面所に行き、服を脱ぐ。

服は学校でアリアに教えてもらった通りに、『服を脱ぐ』と念じただけでなくなった。


今朝ぶりに自分の裸と対面する。

やっぱり俺の体は一本の毛も生えていない、ツヤツヤとした光沢を持った風船のような体になっていた。

心なしか今朝よりも膨らんでいるように見える。


「まぁ、そりゃそうか。」


一人で勝手に納得して風呂のドアを開ける。


まずは頭を洗おう。

シャンプーに手を伸ばす。

が、届かない。


体をうまく傾けてなんとかシャンプーを取れたが、膨らんだ体につっかえて

シャンプーを押せない。


これでは頭どころか体も洗えない。




「まぁ、特に汚れてる所もないし、今日だけならいいか…」


浴槽の蓋を開け、湯船に浸かる。

アリアが調整してくれたのか、ぴったり浴槽に体が入った。


「…」


おもむろに体に触れる。新しくなった俺の体は、撫でるとキュッキュッという音がした。

押し込んでみると、風船のように凹み強い力で手を押し返してくる。


「…結構、気持ちいいな。」


押された体も、マッサージを受けたみたいになかなか気持ちいい。

この感覚をしばらく感じているのも悪くない。

どうせ、この体と一生付き合っていくんだ。

ゆっくり体を温めながら、この体を楽しむとしよう…



風呂から出て、体を拭くために服をタオルに変える。

膨らんだ体では隅々までタオルが届かないからだ。

しばらく待機すれば、水分は落ちてくれた。

まぁ、元々俺の体は風船だから、水を殆ど弾いてくれたのもあるんだけど。



パジャマに着替えてリビングに戻るとアリアがソファに座ってテレビを観ていた。

百合は部屋に戻っているらしい。



「おっ、どうだった〜、初めてのお風呂は?」

「まぁ、シャンプーが取れなかった所以外は全然大丈夫だったかな?」

「あぁ、シャンプーね。まぁ、汚れない限りは風太には必要ないし、問題ナシね。」

「いや、あるだろ。汗流せないし、臭うだろ。」


「あぁ、その話はしてなかったわね。

『しあわせのふうせん』になった人間は内臓器官とか神経組織とか骨とかも全部なくなっちゃうの。だから、汗なんて流れないのよ。内臓とかもないから排泄物とかも出ないし。まぁ、『しあわせのふうせん』にお尻とかがないのはそういうのもあるのかも。」


なるほど。つまりそういうことか…


「いや、ちょっと待てぇ!」

「?」

「え、じゃあ俺が食べてた物とかはどこに行ってたんだ…?」

「魔力に変換されたに決まってるじゃない。」

「俺の脳とかもないんだよな…?」

「ええ。」

「じゃあ、俺がこうやって物事を考えることが出来てるのは…?」

「知〜らない。」

「はぁ!?」


「だって、そんなこと気にしてたってしょうがないじゃない。風太は私の使い魔で、『しあわせのふうせん』。

風太は今もちゃんと生きてるんだから、いつも通り暮らせばいいだけだし、私の為に魔力供給してくれればいいの。」

「うっ…」


非の打ち所のない返答に戸惑う。

まぁ、アリアが教えてくれた所で俺が理解できるとは思えないけど。


「ねね、それよりさ!この番組面白くない?ずっと観てられるわ!人間界って、こんなに面白いものが溢れてるのね!」


アリアが観ていた番組はバラエティ番組だった。

芸能人が集まって好きなものについてトークする、ハレトーークという番組なのだが、この番組、なかなかに面白い。

今回は『サッカー大好きなヤツら!』という回らしい。


「あぁ、その番組は面白いぞ。でも、『運動神経悪いヤツら!』っていう定期的にやる回はもっと面白いよ。」


そう教えてあげると、アリアは本当に驚いたらしく、


「えぇっ!?これより面白いの!?観たい観たい!」


子供か。お前は。


「あぁ、多分録画してたのがあるはずだけどな…」

「本当!?これ終わったら観よう!」


だが、洗い物をしていた母さんが洗い物を声をかける。


「愛里〜。風太が出たらお風呂入っちゃいなさい。」

「えー、これ見終わってからじゃダメなの?」

「ダメ。後が詰まってるんだから。急いで上がってから観ればいいじゃない。」

「むーっ、それ言われると言い訳できないけど…」


本当に、渋々といった雰囲気でアリアはいそいそと部屋を出ていった。



「…」


本当にアリアは何も知らなかったのかもしれない。先程の話を聞く限り、恐らくアリアは娯楽という言葉を意味上でしかわからなかったのかもしれない。


なら、俺がアリアに楽しい事を教えてあげよう。

彼女が心の底から笑えるように。

彼女が心の底からこの世界を楽しめるように。

彼女が心の底から『幸せ』だと思えるように…



そんなことを考えていると、アリアが部屋に戻ってきた。

大急ぎで風呂を上がってきたのだろう。

だが悲しいかな。番組には既にスタッフロールが流れていた。


「あれっ!もう終わっちゃった!?」

「あぁ、たった今終わったよ。」

「えぇ〜…残念…」


アリアは本当に残念そうな顔をしている。


(だから、その顔はやめろって言ってるだろ…)


俺はアリアに笑いかける。


「大丈夫だよ。しっかり録画してあるから今から見ても遅くないよ。」


それを聞いてアリアは本当に嬉しかったらしい。


「やったぁ!早く観よう、風太!」

「うぉっ!?」


はしゃぎながら俺に寄り添ってきた。

つまり、その、胸が。当たって、たりしてるんだけど。


「じ、じゃあ再生するぞ。」


リモコンを操作して録画していた番組を再生する。

じっくりと観れると思っていたが、アリアが寄り添ってくるせいで中々集中できない。

当の本人は大爆笑しているが。


(でもまぁ、いいよな…)







番組が終わった頃にはもう寝る時間になっていた。

アリアと二人で階段を上がる。

アリアは先程の番組が余程面白かったらしく、まだハイテンションだ。


「はぁ〜!笑った笑った!」

「はは、そうか、よかった。」

「明日は風太の言ってたヤツを観ようね!」

「あぁ、絶対に観ような。」


そんなたわいない話をしていると、俺の部屋の前に着いた。

アリアは俺の家の次元をいじくった際に作った自分の部屋があるらしいのでひとまずここで別れることになる。


「…じゃあ、おやすみ、風太。」

「あぁ。おやすみ、アリア。」


俺は二階の廊下を歩いていくアリアの後ろ姿を見送っていた。


だけど。何か言わなきゃいけない気がした。

もしかしたら、この出来事は全て夢なのかもしれない。

俺の体が膨らんだことも、アリアと出会ったことも、空を飛んで学校に行ったことも、アリアを加えたいつものメンバーで昼食を食べたことも、アリアとバラエティ番組を観て爆笑したことも。


彼女が夕暮れの教室で一瞬だけ見せた、本当に悲しそうな顔も…






本当に夢なら。

もう、彼女とは会えないかもしれない。


なら、言っておかなくちゃ。


今までこの世界の『幸せ』を知らなかった、たった一人の少女に…


「…なぁ、アリア。」

「?どうしたの?風太。」



「…今日は、『幸せ』だったか?」






俺の質問にアリアはちょっとだけ面食らったらしい。

でも、彼女はすぐに笑顔で返事を返してきた。


「えぇ。今日はすごく『幸せ』だったよ。私、この世界に来て、風太に会えて、良かった!」




それでわかった。それで十分だった。

今までの出来事は夢じゃない。

彼女の笑顔は、紛れもなく現実で、とても幸せそうな顔をしていた。


だから俺も返事を返そう。




「そうか…良かった、アリアが幸せそうで。お休み。また明日。アリア。」

「えぇ、お休み。風太。」





改めて挨拶をして部屋に入っていく。

布団なんかはないけど、このまま心地よい浮遊感に揺られていれば、自然と眠れるだろう。





この体になって初めての日常。それは大変だったが、今までよりずっと楽しく感じられた。


ただ、これからはもっともっと大変になるだろう。














なぜなら、アリアに、この世界の面白さを何も知らなかった一人の少女に、『幸せ』になってもらわなきゃいけないのだから…




これで、『しあわせのふうせん〜1学期編〜』は終わりです。

現在、趣味で書き溜めたものを加筆修正して投稿、という手法を行なっておりますのでまだまだストックはあります。

第2章は夏休み編です。

モチベがある限り続けていきたいのでこれからもよろしくお願いします。

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