第三話 少女
相変わらず、俺は激しく混乱していた。
なぜ俺はこんな真っ白な空間にいるのか。今俺はどこにいるのか?
そして、この体は一体何なのか。
本当に訳がわからない。
完全に肌色の風船に成り果てた体を軽く叩いてみる。
確かに触られた感触があり、ボンボンという、バランスボールを叩いた時のような音が聞こえる。
腕はムチムチに膨らんでいて、手の指はやたらプニプニしている。
「あー!会えてよかった!」
「!!」
突然、声がした。
同時に目の前に女が現れる。
いや、女というより、少女だ。
年は俺と同じくらいに見える。
先程の服装はよく見たら、可愛らしいフリルのついた黒のドレスで、
髪は金髪で瞳は綺麗な碧眼だった。
「感想はどう?まぁ、落ち着けって言うのも無理があるかな?とりあえず、大丈夫?」
混乱しすぎで、適当に「大丈夫だ」と言ってしまったが、そんな訳ない。
「…なあ、」
「その体について、でしょ?
まぁ、順を追って説明するから、よく聞いておいて。」
すると、少女は落ち着き払った様子で話し始めた。
「まず自己紹介から、かしら?
はじめまして、船橋 風太さん?
私の名前はアリア・カーリー。
魔法使いよ。」
「魔法…使い?」
「そう。魔法使い。正真正銘のね。
といっても、こないだ15になったばっかりだけど。」
15歳。俺と同い年だ。
「じゃああなたについて説明するわ。
魔法使いは人間の『幸せ』を魔力に変換してるの。」
「魔法界で過ごしている分には全然問題ないんだけど、人間界に来る時は魔法使いに『幸せ』を供給する使い魔が必要なの。これがないと、魔法使いは魔力を維持できなくなって、消滅してしまうの。」
「それで、ちょっと困ってたんだけど、あなたが使い魔になってくれて助かったわ。」
「!?じゃあそれって!」
「そう。まぁ、その外見を見ればわかるけど、あなたはもう人間じゃない。
私だけの、使い魔になったの。」
言葉が出なかった。
今まで人間として暮らしてきたのに、突然、誰だか知らない少女に使い魔にされてしまったのだから。
「まぁ、あなたの気持ちもわからなくはないわ。突然すぎるしね?
だけど、これは夢じゃないのよ?」
わかってる。
これは夢じゃない。
薄々分かってたけど、そう思いたくなかった。
「で、あなたの妹の百合ちゃんのことだけど。」
「!!百合はどうなんだ!?」
自分のことなんて忘れて、俺はアリアに問いかけた。
「大丈夫。あなたのおかげで明日には退院できるわ。」
「!?本当か!?」
「ええ。あなたのお母さんから連絡がきてたわよ。」
その、アリアと名乗った少女はポケットから携帯を取り出した。
間違いない。俺の携帯だ。
母さんからLINEが送られてきていた。
『百合、軽傷で済んだって!
よかった!』
「そうか…よかった…」
思わずホロリと涙が流れた。
「うふふ。優しいのね。」
「う、うるさい!///」
「はいはい、それで、大事なのはあなたのことよ。」
「そ、そうだった…」
「あなたは『しあわせのふうせん』となって、私に魔力供給をしてもらうわ。」
「人の『不幸』を吸い込んで、体内で『幸せ』に変える使い魔、
『しあわせのふうせん』になってね。」
「『しあわせのふうせん』…」
「あなたができることは二つ。さっきあなたの妹にやったみたいに『不幸』を吸い込んで、『幸せ』に変えること。そして、自分の体に溜めた幸せを周辺に振りまくこと。」
「これをずっと、やってもらうわよ。」
「はぁ・・・」
「何よ。その態度。」
「いや、こんな体にされたんだぞ?
かっこ悪いし、動き方も分からないし、なんの得もないじゃないか。
それに随分と大変そうだし、これから俺はどうすりゃいいんだよ?」
「あー、それ言ってなかったわね。
いい?あなたは普段通りに生活してくれればいいの。」
「はぁ!?できるわけないだろ!」
「大丈夫。その体はすごく便利なんだから。試しに、体に『浮け』とか念じてみて。」
「わ、わかった。」
試しに念じてみる。
(『浮け』…)
すると、俺の体はフワフワと上昇し始めた。
「うわ!?止まれって!」
すると、ピタリと止まる。
『前に行け』と念じると、体はゆっくりと進む。
『止まれ』と念じると、ちゃんと止まってくれた。
「ほらね?『しあわせのふうせん』は念じれば大体のことはできるのよ。」
「あぁ、確かにすごいな。
だけど、こんな姿、母さんとかに見せられないよ。」
「そこら辺もその体がなんとかしてくれるわ。明日、その話をしてあげる。」
「はぁ?」
「とりあえず、今日は遅いから寝れば?」
アリアが携帯の画面をこちらに向けると、もう夜の2時になっていた。
「やべ!明日も学校あるのに!」
「大丈夫よ。あなたの部屋に移動させてあげるから、そのまま寝ちゃっていいわ。」
「なんか、その…ありがとうな」
「いいのよ。明日からしっかり『幸せ』集めてもらうからね!」
「そうか…まぁ、なんだ。
これから、よろしくな、アリア。」
「ええ、よろしく。風太。」
改めてアリアと挨拶を交わすと、俺は目を閉じた。
こうして、俺の、いつも通りでいつも通りじゃない日常が始まるのだった。