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「それではまたお会いできる日があると良いですね。よい人生を。」
サイトウはそう告げた。彼の別れの言葉は、非常にあっさりとしていた。
もう会えない方があなたにとっては幸せなのかもしれませんがね、とその後に小さな声で言っていたのは彼なりのジョークであったのかもしれない。
それはあっという間であった。気付いた瞬間には、空間が歪み次元の狭間を彷徨うならばこのような感じなのだろうという体験をランサムはした。
見えていた空間は光に包まれ、光が細切れにされていったかと思うと、空間自体が加速し移動していくようであった。
やがて、視界は光が強くなり目を開けていられる状態ではなくなった。
それと共に感覚が失われていくのを感じた。ランサムは、意識が遠のいていく中で、はっきりと一つの声を聞き取ることができた。親愛なる者からの最後となる言葉を。
最初に気付いたのは、カサカサという音であった。
そしてそれが、風に揺られて葉が擦れ合う音だと気付いた時には、ランサムは乾いた大地の上に立っていた。
「……戻ってきたのか」
この乾いた土は、覚えがあった。
ランサムが最後に立っていたセンリアのギルド区の丘の上だった。
同じ土の感触に同じ樹木、そして同じ服装で立っている、なにもかもが同じであるのに何か違う。
ランサムははじめそれが、世界に降り立った際の後遺症であると思った、だがその違和感はすぐに気付いた。
静寂なのだ。
丘から見えるセンリアの町からは何も聞こえない。
いつもならば町の喧噪がここまで聞こえてくるはずなのになにもない。
ただ風が吹く音だけがランサムの鼓膜を震わせる。
「そうだ……俺は選んだんだ。これでいいんだ……」
誰が聞いているわけでもない、ただ自分に言い聞かせるためにそうランサムはつぶやいた。
その刹那、風の音が大きくなった、それは強風という音ではなく風自体が震えそして音を立てている。
その音をランサムは忘れるわけがなかった、ずっと一緒にいた家族。常に隣で一番聞いていた音が聞こえたのだ。
「そうか……お前はいてくれたんだな、ずっと待っていてくれたのか」
ランサムの声は震えていた、その声に呼応するかのように大きくそして長い鳴き声が響いた。
「さぁ、行こうじゃないか。これからの人生は長い。これまでも俺達は一人と一匹で過ごしてきたんだ、これからもなんてことはないさ。この命が尽きるまで共に歩もうじゃないか」
ランサムは新たな一歩を踏みだした。
それはこれまで幾億歩も歩いて来た歩みと同じではあるが新たなそして決意のある一歩に違いなかった。その歩みはもう止まることはない。彼がその人生を終える時まで。
「そうだ、俺はお前と約束をしていた。
今度、再会する時はお前に名前をつけるのだと。
その約束を今果たそうじゃないか、名前は既に決めてある。
俺を産み落とした最愛の者が私に伝えた最後の言葉だ。
それは私にとっても忘れる事のないものであるが、その名前をお前に託そうじゃないか」




