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あまりにも唐突に衝撃なことを告げるタナベに対してランサムは言葉が出なかった。しばらくの間、両者言の無い沈黙が続いた。
「だが……俺は現にこうやってここにいいるじゃないか……」
しばらく悩んだ挙句、ようやく口に出した言葉がこれであった。
「そうだ、君が植物人間となってからちょうど1年が経とうとしている時だった。
私は、このサイトウ氏の会社であるメディアソフトカンパニー社との共同研究の末、遂に全感覚没入型のプロトタイプを完成させたのだよ。
そしてその制作の副作用と言ってもいいのだろうか、非常に不思議な現象が起きたのだ」
タナベは喋りだすと興奮のボルテージがあがってきたらしく、頬が紅くなってきている。
「全感覚没入型は脳の神経を直接読み取り、ネットワーク上の仮想空間でコミュニケーションを取る仕組みになっているんだ。
つまり君のような永久に現実世界へと目覚めることのない人間と仮想空間という別世界で再び出会うことが可能となったのだよ。
分かるかね、この意味が」
「俺は……そういえば……」
ランサムは右手をおでこに添えると、片膝をついて呻きだした。
ランサムには20年間忘れていた時を思い出すための心の余裕が必要であった。
「君は、この全感覚没入型によるこの研究の試験体第一号となったのだよ。
研究というものは、綿密な準備と純然たる好奇心、そして必ず達成するという自信を持って行われるものだ。
だが、それが成功に繋がるとは限らない。
君をこの空間へ眠った意識を覚醒させデータとして表現すること自体は成功した。
だが、君の意識は表現できても記憶までをも性格に表現することはできなかったのだ」
「弊社のサービスは、世の中の人々へ新たな世界を提供すると共に、現実の世界で意識の戻ることのない人々と家族が再会することができ、第二の人生を歩ませることができる最先端の更正かつ医療サービスであるのです。」
サイトウはここまできてようやく口を開いた。
だがサイトウは、言葉遣いこそこれまでと変わってはいなかったがその口調からさきほどまでの営業トークのトーンは消えていた。
「そうだ。君には申し訳なく思っている。
だが君のこの失敗と経験があったからこそ、現在のこの成功があるのだ。
今ではほぼ確実に意識を失ったもの、現実世界で自由に四肢を動かすことができない者をこの仮想空間に表現することが可能となったのだ」
「俺の名は……」
「そんなに無理して思い出さなくてもいいのよ……あなたはあなたの生きてきた人生こそがあなたの人生なのだから」
ランサムの母親と紹介さえた女は優しく語りかけた。
「あなたは……もしあなたが私の母親だと言うのならばこれまでなぜ会いにきてくれたかったのだ……」
ランサムは苦しみながらも言葉を捻り出した。
「あなたのお母さまは、何度もあなたに会おうと思っていましたよ。ただ勇気がなかったのです。あなたのその失われた記憶の状態で出会うという勇気が。そこはなんとかご理解いただきたいのです」
「じゃぁなぜいまになって……」
「考えてもみてください。あれから20年も経過しているのですよ。
当時より20年の歳を重ねたお母さまは、いつまでも健康でいられるかの保障がないのです。
そしてあなたが生活を送ってきたサービスが終了した今、あなたとお母さまが会える最後のチャンスなのではないかと思い今回、遂にお会いする決意をされたのです」
「最後……最後だって?じゃあ俺はどうなるんだ」
「そこでなのです。今回弊社のサービスを長らくご愛好していただき、そしてこのシステムの発展に大きく貢献していただいたあなた様にせめてものご提案をさせていただきたいのです。」




