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「お前は、もしかして俺の父親だとか言い出すんじゃないだろうな……?」
「はははは、そういう言い返しができるようになってきたのじゃな。なら少しは安心じゃ。だが残念。私はお前さんの父親ではないのだよ。」
「じゃあなんなんだ」
「私は医者だ。君の担当医を長年続けている」
「医者だと?俺はお前など知らないが」
「それはそうだ。君と私は顔を合わせたことなどないのだからな」
医者と名乗った老人は、左腕で口ひげを軽くなぞると口角を軽くあげてみせた。どうやら彼なりの微笑み方であるらしい。
「私はタナベという。脳神経外科の医者をしている、その中でも主に脳神経と海馬体辺りを専門としている」
「タナベ医師は、脳研究の権威であり、かつこの全感覚没入型仮想空間の研究の第一人者でもあるのです。」
サイトウは、タナベの自己紹介に補足を入れた。
「そうだねぇ、ふむぅ……まぁこれから君に言うことは全て真実なんだ。
真実は時として残酷だ。
言わなければいい真実も存在する。
真実を伝えたことにより保たれていた自我が崩壊する可能性もあるからね。
だがそれは現実世界での話だ。大丈夫、ここは仮想空間だ。
ここで伝えることは君の感覚へと直接訴えかける。
それは非常に君には辛い事実であるかもしれない。
でも君はそれを受け入れるしかないんだ。
人間の感覚には『拒否』という感覚がある。
それを感知することは難しいが、人間は確実に感覚を取捨選択し、必要のないもの自分が害となるものを拒否するんじゃよ。
だが、ここではその拒否の壁というものは存在しない。いいかね?」
タナベはここまで一気に言うと、一つ呼吸を置いた。どうやら彼にとってこれを説明することは勇気のいることであるらしかった。
「いや……すまない、俺にはお前の言っていることはよく分からない。何を言って……」
「聞いて欲しいの、お願いっ……」
ランサムが紡ぐ言葉を遮るように、ランサムの母と紹介された女性が口を挟んだ。
鋭い目つきで睨んだランサムだったが、その女性はまっすぐとランサムを見つめていた。
そしてランサムはその視線に不思議と吸い込まれこれ以上なにか言うことはできなくなってしまったのだった。
「むぅ……ではいいかな。今からちょうど20年前の2056年の夏の事、君は21歳の大学生だった。
君は、ご両親そうだそこにいるお母さまとお父さまの愛情に精一杯の学力という努力で恩返しをしたんだ。
誰でも入れるわけではない大学府。
君はその中で必死に勉学と研究に励みながらも青春を謳歌していた」
タナベは静かに語りだした。サイトウは今回は口を挟むつもりはないらしく、両手を前に組みながら少し居心地の悪そうに下を向いている。
「だが、そんな平凡かつ幸せな日常も一瞬で崩れさってしまうのだよ。君は旅行先からの帰宅途中、車を運転していた最中に事故を起こした。
車は分かるか?分かるだろう。忘れているようなことも脳は本当は覚えている。
よく思い出すんだ。君は全てを知っているはずだ」
「車……」
「君の車は、不運にも旧型車であり自動安全運転装置が装着されていなかった。
スピードを出しすぎた君は、カーブを曲がりきれず車道を大きく膨らんだ。
そこに対向からきた、これまた不運にも自動安全運転装置を解除させて走らせていた走り屋と衝突したんだ。君は車外へと放り出され、そして車道から転げ落ちた。
だが、君は幸運にも一命を取り留めた。
いや取り留めてしまったということが正しいのだろうか。
君は車外へ投げ出された際に地面へ頭を強く打ち付けてしまったのだよ。
その際の脳へのダメージは大きく、すぐに病院へと搬送され緊急手術が行われたよ。
手術は成功したが、君は意識が戻ることはなかった。脳へのダメージが大きかったからか君は脳だけは活動を続けるが意識を取り戻すことはない植物人間状態へと陥ってしまったのだよ」




