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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
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不透明な話

「で」

 手刀を振るように手を下して。

「方舟みたいに、魂が優先される場所に出ちゃうと、頭の方の認識と、魂側の認識が大いに食い違うわけだな」

「……ああ」

 合点がいった。

 確かに、一度目に見上げた空と、二度目に見た空は、驚くほどに違って見えた。

「一度目はその齟齬があまりに大きい。だから、まず意識を保つことはできない」

「それを分かっていて、鍵を?」

「そうさ。僕は優しいからね」

 嘘を付け。そう罵倒するのは簡単だ。しかしその前に、僕が今確かにここにいるという事実があった。

 僕はここを出た。それは間違いない。そして方舟で気を失った。それも確か。

 だとして。気絶した僕を探し出し、ここまで連れてきたのはドクトルで、つまり、彼には恩があるということになる。

「……ありがとう」

 呟いてみると恥ずかしいものだ。僕はコーヒーを飲むふりをして口元を隠す。

 ドクトルは意外そうな表情なぞ微塵も見せず、いつものニヤケ面のままだ。

「君はやはり『いい子』だな」

「抜かせ」

 そういう類の言葉を受けたのは初めてだ。何せ、ここに来る前は――やめておこう。後ろめたい記憶だ、話すようなことじゃない。

「……質問」

「はいどうぞ」

「死んだら魂だけがここに来るのか?」

「なんでそんなこと聞くかな。当たり前じゃないか」

 今更なことだ。さすがに分かっていた。ドクトルの「馬鹿だなぁ」と言いたげな……いや、事実漏れた言葉は置いておいて、これは確認も兼ねていた。

 魂が集まる場所なのだ。方舟は死者の乗る舟といったところか。

 そう、魂の乗る舟。生きているうち、切符は決して手に入らない。僕は今そういう場所にいて、だからつまり――

「方舟の空は見たことがある」

 目を閉じて、そう古くない記憶を探る。

 あれは都合よく見た夢だと思い込んでいた。

 真っ黒な空。時折走る七色の筋。目を前にやると、そこには延々と続く、起伏のない、どこか人工物然とした地面。

「……あれは綺麗だと思うよ」

 ドクトルは黙って、僕が次に言葉を続けるのを待っていた。

 ああそうだ。方舟の空。僕をあれを一目見た時、綺麗だと思った。生前――と言うのもおかしなことだが――景色に心を震わせたことなどなかったが、そうか。

 あれが写真を撮りたいという気持ちなのだろう。

「もう一度見てみたい」

 それは、確かな願望だ。ささやかで、目的から少し離れている気がするけれど。

 僕は今、見知らぬ誰かに会うことよりも、方舟の空を眺めていたいと思っている。

 ドクトルは今度こそ、ちょっと意外そうに眉を八の字に吊り上げた。

「おかしいかな」

「いや……いやいや、おかしなことはないよ。ただちょっと……」意外だった、か。「……驚いたな。折れて、今度こそ頼ってくれるとばっかり」

 この男は頼られたかったのだろうか?

 ともかくだ。外に出たいと思うならばこそ、聞かねばならないことがある。

「もう一つ質問だ」

 ドクトルが掌を僕に向ける。質問してもいい、ということか。

「十日もかかった理由はなんだ?」

 僕がそう質問すると、俯いたままのドクトルは体勢を変えず、ボソボソと答える。

「また難しい話なんだ。君の魂はどうやら、一人歩きが好きみたいで」

 良く分からない。

 冷め始めたコーヒーを啜る。

「君の体は確かに生きていた。魔力が定着していたから、これは間違いない。ところがおかしなことに、いつまで経っても目を覚まさない」

「怪我でもしてたんじゃないか」

「その可能性は」ドクトルは顔を上げた。「ちゃんと考慮した」

 言って、僕の体を指さす。

「結果、怪我は一つだけ。頭を強く打ったようだった。でもおかしい。脳に損傷はない」

「なら……どうしてだ?」

「一つ仮定を立てたんだけど」指した指をそのまま顎に持って行って。「魂の、それも自我に関連する部分がごっそり、方舟をさ迷ってるんじゃないか? とね」

「有り得るのか、それ」

「もちろん有り得ないよ! 考えられない。要するに、分かったことは一つ」

 顎に当てていた指でもう一度銃口を模して。

「君の魂は普通じゃないってこと」

 それが、まっすぐ僕を睨む。

 普通ではない。なぜだろう、僕はその言葉を、驚くほどすんなりと受け入れることが出来たのだ。

 僕にとって普通でないことなど些事だというのか。とにかくだ、ならば問題は一つだけ。

「普通じゃなければなんだ。外に出るなと?」

 コーヒーカップは空になった。

 ドクトルはまた黙り込む。でも今度は俯かない。まっすぐ僕の方を見て、何か考えているのだろうか、ゆっくりと口を開いて。

「なんて言うのか予測してると踏んで、敢えてもったいぶって話すと」

 僕はため息をついた。

「君には今幾つかの選択肢がある」

「ああ……うん、幾つかな」

 あってないようなものだが。

「一つ。外に出る。この場合、君は本当の意味で、自分の足で歩かなきゃいけない」

 そして確かに言えることとして、僕はこの選択肢を選ぶだろう。

 あとに続く条件がどんなに魅力的であったとしても。それは僕にとって関係の無い話だ。

「一つ……僕が魔力の使い方を教え、それから外に出る」

 どちらも同じと思うだろうか。答えは否だ、全く違う。

 二つ目の選択肢は魅力がある。体調を万全に整え、機を伺い、方舟のことをもっと調べることだってできる。

 だが僕はその間、ずっと負けたままだ。

 相手がどこにいるのか、そもそもそれが人間なのか、どんな技を使うのか、どんなふうに動くのか。呼吸の一つさえ、ずっと分からないまま。

 そんなことは耐えられない。

 拘りすぎるなと、幾度も言われたか。

 でも何を言われたって、僕が勝利を求め続けることは変わらない。

 僕にとって、勝つということは生きるということで。

「……負けてられないんだ。止まっていられない」

 負けることは、終わることだ。

 ドクトルは僕がまだ生きていると言ったけど、それは嘘だと思う。

 僕は負けたままなのだ、生きてはいない。

 それはまさしく、十日も意識を失っていた時と同じだ。

 僕は今こうして息をして心臓が鼓動を刻んでいて。だから死んではいないのだ。

 でもちゃんとした意識が、しっかりとした思考ができるのかと問われれば――。

「お前は心臓を誰かに預けておけるか?」

 ――出来るわけがないのだ。

 出来るわけがない。出来るわけがないのだ。なぜなら、アイツは、顔も名前も何もかも知らないあいつが。

 あの目深なフードから覗く瞳が、未だ僕に、敗北を知らしめてくるから。

 あの瞳がある限り、 僕は奴を倒すことばかり考えてしまう。

「分かんないな」

「そうか?」

「そうとも」深くため息をつき。「…………約束があるんだよ」

 ドクトルは小さく呟いた。

「ある男とね。君を彼の元まで連れていくと約束した」

 だから、とドクトルが立ち上がる。

「死んでもらっては困るんだよね」

「だったらどうする」

「一つレクチャーだ」

 ドクトルは本当に良い奴だ。

「魔力の動きを感じること。それができれば、基礎はまず出来てると言えるだろう」

 いまいちピンと来ないアドバイスだが……外に出れば分かることもある。

「悪い、またしばらく世話になる」

「ああ……うん。どのくらい?」

「無論、お前が約束を果たすまで」

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